二話:刺激的な出会いと謎の言葉
「では、何かがご必要になられるのでしたら、何なりとお申し付けくださいませ。わたくしかお城の誰かの侍女にご希望があればどうかお気軽にお申し付けください」
「ああ、いいえいいえ……これはご丁寧にどうも。今は何が欲しいのか部屋についたばかりで分からないが、まずは一人にしてもらえるのか?色々と心の整理を整えたいので……」
「畏まりました」
それだけ言うが早いか、すぐに部屋から退室していった侍女長と思しき茶髪の女性。
「それにしても、豪華な調度品だな、ここ…。部屋も何気に広いし…」
改めて案内された自分に宛がわれている私室を見渡す。
中央が大きな文様で埋め尽くされた青色の絨毯が敷かれている部屋は一人といわず、二人3人の人間をも余裕で寛がせるほどのスペースを持っていて、それだけでなく綺麗な調度品と大きな白色のソファーも良い雰囲気を出してくれた。
「ベッドも大きいし、ふかふかだ!今夜、問題なく寝れるんだね!」
むしろこれ程のベッドを手前に持っていても寛げないとか寝心地が悪いと思う者ならば罰が当たるというもの。
「エリック兄とエリンも今頃は僕と同じ感覚で部屋の感想をしている最中だろうなぁ」
さっき、2階の廊下でエリンとエリック兄がそれぞれに与えられる私室に案内されることになっているので、一旦兄達と別れてきたけど、恐らく二人の部屋もこんな感じになってるんだろうと思う。
「よっぽど召喚してきた僕らみたいな『英雄的な存在』が大事だな……」
でなければ、3階にいる王族達の私室に近いこの階にある部屋を提供しないだろう。
まったく、事情がまだはっきりと見えないが、【ソロニア】なる『秘密結社』か何かが脅威だって?
詳しくは後から説明すると王様が言ってくれたけど、なんか不安な気持ちで一杯だな、はあぁ……。
まあ、色々思いつめても意味がないのでまずは王様のいう通りに、混乱状態になりかかっている頭を冷やすのに王城内の散歩でもしに行くかぁー!
「よし!」
そうと決まれば話が早いので、部屋から出ることにした!
そこに設置されているデスクを見てみると時計があり、時刻は4:00時を示しているようだ。
どうやらここの毎日も地球にいた頃と変わらずに24時間でほっとする。
少しでも馴染みのある事柄が増えていくとこっちも心の準備がし易いというものだな、えへへ…
じゃ、まずはここから真っ直ぐに廊下の中央にある中庭へと続く階段を降りよう。
「はいですっ!『異界の勇者』のジョンソン様、どちらへ?」
部屋を出てみると、近くの壁に待機していた別の侍女が訪ねてきた。
「少しの散歩を」
「そうですか。それでしたら御ゆっくりお散歩をお楽しみ下さい。王城内だけなら大丈夫ですと国王陛下様も仰いましたので」
「そうさせてもらうよ」
短い会話を交わすとすぐさま中央の螺旋階段に向かっていく僕。
タタタタ……
中庭に出てみると、そこは色とりどりの花々が咲き誇り、その芳香が心地よく漂っている。
「キュルキュル...キュルキュル...」
風に揺れる花びらが優雅に舞い、鳥のさえずりが耳に心地よいメロディを奏でている。
「この自然の芸術的なアクセント...何気にイギリスの北方地域にある僕らの町、『ダンウィック』にそっくりだなぁー」
茂みに目を向けてみると、いくつか園芸用品を手にしている侍女を見つけた。
僕の存在に気づくなり恭しくお辞儀してくれたのでこちらもちょっとだけ頭を下げて微笑んだ。
じゃ、ここにも用があまりないんだし、彼女達の邪魔にならぬよう退散しよう、うん。
「これからどこへ行くんだろう...」
ぶらぶらと歩いていくと、一瞬はエリック兄とエリンの部屋へと訪ねようかと考えていたが思いとどまった。
彼らもこの急な出来事に対して精神的なショックと混乱があるし、独りになりたいと思うはず。
そっとしてあげよう。
今の僕は散歩中なのでまだ良い方だが、さっきは似たような気持ちだったので僕より感情に敏感で精神的に疲れやすい二人のことをなるべく休ませてあげないとね。
それから、僕は2階に戻ってどこへ行ったら時間をもっと面白く過ごせるのか侍女の一人に聞いてみれば、『それなら上階にある左手の奥にある突き当りのメインホールへご行かれる方はどうでしょう?式典とかお祭りがある際などに舞踏会としても使われることがありましたけれど、今は予約なし状態ですしほぼ無人状態だと思っておりますよ?」
なので、僕は彼女のいう通りに舞踏会に使われるメインホールへと足を進める。
分厚いドアを開けて中に入ると、そこは大きなシャンデリアが天井から垂れ下がり、キラキラと輝いている。華やかな絨毯が床を飾り、美しく装飾された壁面には貴重な絵画が飾られている。
「人がまったくいないな、ここ」
待機したり定期的なお掃除したりする侍女も見えないし。
壁伝いに視線を移動させると、そこは上品な装飾が施された晩餐会などに使われるであろう数々の料理を載せるための細長いテーブルがある。
赤と茶色が混ざった配色をしたそれは高貴な雰囲気を漂わせている。自室より格段と柔らかな感じの絨毯が僕の足元を包み、心地よく感じた。
「あら、冷静君、ここで何をしているの?」
「ーーー!?」
この声はーー!?
後ろを振り向いてみると、案の定あの魔女っぽい帽子を被っているミッシェル・フォン・アロンゾ公爵令嬢がいる。
「アロンゾさん……」
「ミッシェルでいいわよ?堅苦しいの好きじゃないからね~」
「それなら…ミッシェルさんでいい?」
「ふふ...まあ、合格といったら合格かな?冷静君~」
というか、まだその『冷静君』っていうのかよー?
……
それにしても、よくよくミッシェルの格好を見てみるとさっき垣間見えたような美少女っぷりだ。
彼女の身体はしなやかで、長身の持ち主だった。
茶髪セミロングが片側の左肩だけ三つ編みに束ねたところもどこか色気と幼さが兼ね備える不思議な引力を感じる髪型だ。
身に着けている黒タイツに至っては彼女の美しい脚線美を引き立てている役割も与えてくれるので、何とも言い難い雰囲気にさせてくれるものだ。
「 こんなところでお会いするなんて偶然よね、ふふふ~。もしかして、王様に勧められている通りに散歩でもしていたのかな?」
タタ……
ミッシェルは僕の方へ一歩近づき、 魅惑的な微笑みを浮かべた。目を奪われる程にテカテカ妖しく光っている黒タイツに包まれる両脚が歩いてくる途中に交互で片方だけ前に出して、何とも言えないセクシーな歩みを披露している様子だ。
「ごくーっ」
思わず口内に溜め込んだしまった唾を呑み込む僕。
「ふふふ~」
「!?」
遂に眼前まで歩み寄ってきたミッシェル公爵令嬢は僕の頬に右手を添え、白い指先で軽く撫でてきた。
それだけじゃなくて、 彼女の瞳は妖艶に細められながらも輝いており、何故かその瞳孔の奥底に自分自身の魂が吸い込まれていくかのように錯覚した。
「待っていたわよ、我のためだけにやってきた【英黒】よぉ~。君の来訪をずっと楽しみにしていたわねっ~!」
「なー!?」
耳元でささやかれたその言葉の意味を理解するのに達していない状態で、それと同時にあろうことか彼女がその魔性のエロス力を誇る長い右脚をこちらの左脚へと触れさせる程度のものだけじゃなくてグイグイと密着状態になるまでみっちりと絡ませてきた。
「~~~!????$#~~」
やばいーー!下半身があれをーーー!?
「冷静君っ~、予見していた通りにっ、君の可愛らしい冷静さとチョコ色の肌ああぁ~はぁ~はぁ~あんっ~!…やっぱり我の好みにっ~ぴったりだわぁ~んっ!」
その麻薬のような甘い声が僕の耳元で至近距離で耳朶まで響いてきて、背筋と脳みそが振るえて麻痺状態に落ちる僕。僕の脚に密着してきた彼女の黒タイツに包まれてるぴっちりとした脚に加えて脳内も溶けそうな強い快楽を感じてしまった。
やーやばいーー!僕!もうどこまでも落ちちゃいそうな気がーーー!
「なんちゃって~」
「ーー!?」
いきなりミッシェルに解放された。
後ろへ颯爽と綺麗なバックフリップを決め込んだ彼女は一瞬だけスカートの中の下着が見えそうになってドキッとした。というか、バックフリップしたのに帽子がまったく振り落とされないなんてどんな魔法使ったんだよー!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
解放されたのに未だにドクンドクンと激しく脈拍を打っている僕の心臓を落ち着かせるために何度も深呼吸をした。
「ごめんね、冷静君。さっきのはただ君の中にある【聖魔力】の適合値がどれほどの物か測るために必要な行為だったのよぉ?気にしないでもらえると助かるんだけどぉ~どうかな~~っ?(ぴか!)」
それを言い放ったミッシェルは悪戯っぽいウインクをしたと同時に、
「ふふふ……じゃ、またね~~冷静君!バイバイ~!」
ビュウウ――――ン!
シュウウウウウゥゥ………
一方的にいうだけ言って、今度は魔法陣が一瞬で彼女の足元に浮かんできたかと思えば全身を真っ白い光の柱がせり上がって彼女をどこかへと移動させた。
「はぁ…はぁ……転移魔術...の類か...」
骨抜きにされたような脱落した気分になった僕に、弱々しい声でそれを口から漏らしてしまったことしか出来なかった。
ま、まったく!一体何だったんだよっ~!
さっきは大人しかったで沈黙ばかり決め込んだ無関心な子だってのに、今のこの変貌っぷりは何なんだ!?
それに、何が『近衛騎士団魔導士』だ~!この破廉恥極まりない誘惑魔女めー!
明日は王女との訓練試合があるそうだし、一体何考えてんだよあのミッシェル公爵令嬢という子はーー!
ますます謎が深まった異世界での刺激的でめっちゃくちゃな初日だった!
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