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異世界後遺症の癒やし方  作者: 参河居士
第2話 帰還民たちの事情
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その2

 自分の席を与えられたルカは、1時間ほどの間、ファイルを読みながら電話機の使い方を頭に叩きこんだ。

「これが外線、こっちが内線。内線表は……、このへんに貼っておくか」

 そうしてる間にも別部署から内線が回ってくることがあり、その応対をしているうちにコツもつかめた。

「とりあえず『少々お待ち下さい』と『席を外しております』だな。これでだいたい何とかなる」

 施設課とのやりとりを終えたルカは、壁の連絡ボードに伝言内容を書きながらそう結論づけた。

 連絡ボードは細かく仕切られていて、保安課全体の連絡事項のほか、各個人の出退勤や外出予定の時間などがチェックできるようになっている。

 ルカを除く1班のメンバーのスペースには「外回り」や「食事」など個別の予定が記されているのに対し、2班のほうはメンバー全員の項目に「本土任務」のプレートが貼られていた。

芒薄すすきくん、ちょっといい?」

 席に戻りかけたルカを慧春えはるが呼び止めた。

 声のしたほう振り返ると慧春の隣に中学生くらいの少女が立っていた。公園でルカを見つめていた人物だが、ルカはそのことを知らない。

「紹介するね。こちらは鉄葎かなむぐら凛心りんさん。リンちゃん、こちらが今日からバイトとして入ってくれる芒薄くん」

「芒薄昴鶴(るかく)です。よろしくお願いします」

 失礼のないよう丁寧に頭を下げたルカに、少女は片手を上げて軽く応じた。

「どーも。リンでいいよ」

「はい。じゃあ、俺もルカで」

 少女は慧春と同じ保安課のジャケットを羽織っているが、その下は薄手のパーカー、ミニデニムにランニングタイツ、スポーツシューズというカジュアルな装いである。

「じゃあ、リンちゃん、いろいろ教えてあげてね」

「はいはい、任せてください。じゃ、バイト君、見回りいくからついてきて」

 リンは連絡ボードに「外回り」と書きこむと、さっさと部屋から出ていった。

「はい? あ、待って!」

 ルカは同じようにボードに予定を書きこむと、慌ててリンの後を追った。

 ルカを従えたリンは、エレベーターで1Fまで降りると、庁舎内を突っ切っていく。向かった先は駐車場で、黒のクロスカントリービークルの扉を開けるとさっさと運転席に乗りこんだ。

 ルカも急いで反対側へ周り助手席に座った。車内を見渡すと奇妙な道具で埋め尽くされていた。

「ベルト締めてね。締め方わかる? 中にあるもの勝手にさわらないで。ケガするから」

 リンは矢継ぎ早に指示をだすと、ルカの返事を待たずに車を発進させた。

「今から回るのは保護観察対象者たちの家。とりあえず今日は私のやるコト見てればいいから。分かんないコトがあっても対象者の前では黙ってて。質問はあとで」

「はい」

「慣れたらひとりで回ってもらうから、本気で続けるなら免許とったほうがいいよ」

「あー……、でも俺、まだ16ですから」

「? アンタ、異世界むこうで100年以上暮らしてたんでしょ?」

「え、そういうもんなんですか?」

「当たり前でしょ。私がいくつだと思ってんの?」

「……童顔なのかなぁって」

「あいにくまだ14よ、『お兄ちゃん』。向こうでは孫を抱いたこともあったけど」

 リンのハンドルさばきは手慣れたもので、大型のCCVがまるで羽が生えたように軽快に走る。

「バイクでもいいけど、雨の日が大変だからオススメしない」

 そう言われても、今のルカには自動車を買う余裕などない。だいたい自動車1台がいくらするのかもよく分からない。

(……免許かぁ)

 乗り物に乗るために、国の認可がいるということ自体、ルカにはぴんとこない。異世界にいた頃は、馬でも飛竜でも自由に乗ることができた。

 乗りこなせるかどうかは本人が分かっていればいいことで、いちいち他人に審査してもらう必要などないのではないか。

(……って思ってるウチは、まだまだなんだろうな)

 ルカの中で「常識」がズレているということは、まだ原世界ホーム・ワールドに順応できていない証拠だ。

「聞いてもいいですか?」

「なーに?」

「鉄葎先輩はどのくらい向こうに行ってたんですか?」

「リンでいいって。700年くらいかな」

「ななひゃく!?」

「5つ合わせてだけどね。あと3つは記憶がないから分かんない」

「え? じゃあぜんぶで8つ!?」

「何驚いてんの? ツバキさんなんて14コよ?」

「そんなにっ?」

 異民局の規定では、異世界への移動は「転移」と「転生」の2つに大別される。

 前の世界での状態を保ったまま別の世界へ飛ばされるものを「転移」、別人としてゼロから人生をやり直したり、まったく別の生き物になるものを「転生」と呼び分けていた。

 別の世界へ飛ばされるということは、それまでの人生を失うのに等しい。それまで得た知識や技術の多くが無駄になり、知り会えた人々とも再会できなくなるからだ。

 幸いと言うべきか、ルカの場合は二度とも転移だったが、それでも新しい世界になじむまでには相当の苦労があった。

(それを14回、か)

 いったいどれだけの時間を過ごしたのだろうか。ルカの知る慧春は、いつも穏やかな笑顔を浮かべている。今のルカには、その笑顔の意味を知ることはできそうになかった。

「ぜんぶ覚えてるんですかね? 向こうのコト」

「ツバキさん? どうかな。そういう話はあんまりしないから。分かるでしょ?」

「はい、まぁ」

「バイト君は2つだっけ?」

「ですね。結構スゴイ経験したつもりだったけど、大したコトなかったですね」

「覚えてるだけ大したもんよ。フツーはリセットされて何も覚えてないんだから。向こうで覚えたスキルを使えるのはレアケース。人生ガチャで激レア引いたようなもんよ」

「ガチャ? レア?」

 聞き慣れない単語に首をかしげるルカをよそに、リンはおもむろにCCVを路肩に寄せ停車した。

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