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異世界後遺症の癒やし方  作者: 参河居士
第6話 ルーフトップ・オブ・ルッカリー
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その3

 一軒目の巡回を終えたリンとルカが、雨に傘を叩かれながらアパート裏の駐車場に戻ってくると、激しい雨音に混じってCCVの車内から呼び出し音が鳴り響いていた。

「はい、鉄葎かなむぐら

 リンが車載無線機に呼びかけると、マイクの向こうから慧春えはるの声がした。

「ごめんなさいね、巡回中に。今どこ? 福祉課から協力要請があったんだけど、陸原くがはらまで行ける?」

「いま西馳込にしはこめです。事件ですか?」

 リンは応答している間にも、後ろに控えているルカに急ぐよう無言でうながし、自分は素早く運転席に収まると、シートベルトをつけCCVのエンジンをかける。

「まだ分からない。でもビルの屋上に子どもがいて、飛び降りる危険があるみたい。警察も向かっているから、合流したら指揮をとってくれる?」

「わかりました」

 住宅街を抜けたCCVは、片側二車線の道路に出たところで一気に加速し西へ向かって爆走する。スピードメーターの針はぐんぐんと上昇し、今にも時速90kmに到達しそうだ。

「こ、こういうのも、保安課の管轄なんですか?」

 助手席に身を沈めながらルカがたずねた。駐車車両ひとつない無人の道路とはいえ、雨と風に視界を遮られるなか、窓の外の景色が飛ぶように過ぎ去っていくのは心臓に悪い。

「違うよ。フツーは福祉課の担当。ツバキさんも言ってたでしょ。手が足りなくてウチに連絡してきたんじゃない? ドコも人手不足だから」

「だったら、警察に任せてもいいんじゃないですか? わざわざ行かなくても。保護したあと話聞けばいいんじゃ?」

「大人しく保護されると思ってるの? 警察官だけじゃ対応できないコトもあるでしょ」

「え、暴れたりするんですか?」

「トーゼン。もし自殺志願者なら本人は死にたがってんだよ? ジャマされて素直に従う方が珍しいよ」

「そういうもんなですかね……わっ!」

 前方の信号が黄色に変わっていたが、CCVはまったくスピードを落とすことなく交差点を通過し、ルカは肝を冷やした。

「じゃ、じゃあ、その説得を、するワケですか? 俺たちで」

「まぁそんな感じ」

 外の景色に目をやったルカは、そろそろ右折するタイミングであることに気づいた。

 バイトを始める以前、ルカの頭にある地図には、自宅と学校、異民局くらいしか載っていなかったが、最近はだいぶ空白が埋められてきた。

 初日に渡されたマニュアルの指示を律儀に守り、空き時間に24区の地図を読む習慣をつけた成果である。

細かい番地まではまだ無理だが、このあたりは巡回で何度も通っているため、建物を見ればおおよその見当はつく。

 前方に新たな交差点が見えてきた。だがCCVがスピードを落とす気配はない。

まだ直進するのだろう、とルカが思った直後、リンはブレーキを踏みこみ、ほぼ同時にハンドルを旋回させた。

「うぐぇっ!」

 突然真横からのGに襲われ、ルカがうめき声をあげている間に、CCVは豪快にタイヤを横滑りさせ、水しぶきを巻き上げながら十字路を斜行する。

「おわぁ!」

強烈な横Gによって車体は外側に傾き、内輪が地面を離れて浮き上がる。

「やばいです! 倒れる倒れる! 倒れますって!」

激しく揺れるルカの視界の隅で何か光ったように見えたのは、あるいは火花だったかもしれない。

 CCVは片輪状態で右折を終え、直後、浮き上がっていた内輪側のタイヤが接地する。だが車内が水平になったあとも、ルカはシートベルトから手を離せずにいた。

「しょ、正気ですか!? こんなトコで! 何考えてんです!?」

「前に思いついてやってみたかったんだよね」

「試すならひとりのときにやってくださいよ! 死ぬトコロだったじゃないですか!」

「荷物乗せないでやっても意味ないじゃん」

 荷物扱いされるのは心外だが、リンが荷重や重心について言及していることはルカにも分かった。

「いいんですか? 異民局の人間がこんなコトして?」

「異民局だからいいんだよ」

 いくら対向車がいないからといって、市街地でのドリフト走行など、治安を守る側の人間のすることではないと思うのだが、リンには悪びれたようすはまったくない。

「バイト君の風船ってさ」

「はい?」

 リンが急に話題を変えるのはいつものことなので、ルカもすっかり慣れてしまった。

「ドコまで細かいコトできるの?」

「時間さえあればたいがいのモノは作れますよ? 粘土をこねるのと同じなんで」

「じゃあ、デッカイ箱も作れる? 学校のプールくらいの」

「全然できますけどなんです? ……あ、飛び降りの?」

「そう。落ちてきそうなとこに敷いておけばいいかなって」

 風船をクッション代わりにするというアイディアはルカも思いついていた。厚みのあるマットのようなものを作っておけば、対象者が落ちてもケガを軽くできるはずであった。

 だが、ことさら箱の形にこだわるのはどういうことだろうか。

「いっぺんに何個まで作れる? 材質の違うものを組み合わせたりできるの?」

「組み合わせですか? 簡単なカタチのモノならできますよ。時間かかりますけど」

「かかるのかぁ」

「何考えてるんです?」

「たいしたことじゃないけどさぁ」

 リンの語る捕獲案は、ルカの想定より複雑で、かつ実用的であった。たしかに捕獲の確実性を高めるには、リンの案のほうがよさそうだ。

「それ、要は、ガワさえデキてればいいワケですよね? 中身は保険ってことで」

「できる?」

「ヨユーです」

「じゃあそれでいってみるか」

 リンはルカの意見を採り入れながら捕獲案を練り上げ、目的地に着く前に最終確認を終えていた。

 傘を手にCCVから降りたルカは、警官たちによって隔離された高層ビルを呆れ顔で見上げた。 

「……なんて違和感しかないんだ」

 例えばこれが、超高層ビルの林立する本土であれば、違和感を抱くどころか、あたりの風景に埋没して視認することすらできないだろう。

 だがこの24区では違う。

 辺りは平屋建ての日本家屋が目立つ住宅街である。ところどころ空き地も点在し、視線を上げれば視界いっぱいに雨雲が広がっている。

 そんな開けた場所で、たったひとつ佇立する高層建築物は、異様なほどの存在感を放っていた。

 建物の手前には警察が規制線を敷いていた。リンの後ろについてそちらに近づくにつれ、建物のようすがハッキリ見えてくる。

 周囲の風景から明らかに浮いている高層ビルは、いかにも西洋建築といわんばかりの外観であった。

 地上12階、建築面積はおよそ250㎡、屋上までの高さは60m程度。

 御影石を積み上げたテラコッタの下層部はロマネスク様式の装飾で飾られ、入り口には重厚感あるアーチが設けられている。

 これらは19世紀末から20世紀初頭に誕生した最初期の鉄骨高層ビルに見られた特徴だが、もちろんルカにそんな知識はない。

「NYマフィアが住んでそうなビルだなぁ」

 ……と、せいぜい大昔に観た映画の1シーンを、おぼろげに思い出す程度であった。

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