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異世界後遺症の癒やし方  作者: 参河居士
第1話 次元の旅人
3/40

その3

「連絡事項は以上。じゃあ、また明日」

 HRが終了すると同時に15時の鐘が鳴った。

 静まり返っていた教室内は、半日の苦行を終えた生徒たちのざわめきで満たされる。

 席にとどまって雑談を始める者もいれば、教室の隅のロッカーから清掃道具を取り出す者、友人と語り合いながら部活に向かう者、さっさと帰宅する者などさまざまだ。

「よおルカ、今日どーする? SAGAるか?」

 カバンを背負ったルカに伊藤いとう春輔しゅんすけが呼びかけた。

「あ、ワリィ。今日はメンダンがあるんだ」

 ここでいう「面談」とは、異民局が実施しているグループカウンセリングのことで、異世界から戻ってきた者は一定期間受診する義務があった。

「おー、そっかそっか。これで最後だっけ」

「そそ。明日からはCライ。晴れて自由の身だよ」

「ながのおつとめごくろーさん」

 シュンスケは半年ほど前にカウンセリングを終えている。ちょうどルカがこちらの世界に戻ってきた時期と重なるらしい。

「バイトは? するんだろ? 決めたのか?」

「ん~、とりあえず郵便局かな。最初はアレがいいってみんな言ってるし。とくにやりたいこともないしなぁ」

「あそこは万年人手不足だからな。てかお前だったら自分で会社起こしてもいいんじゃね? アドバルーン会社とか」

「それはBライ取れたら考える」

 話しながら学校を出た2人は、交差点まで来たところで別れた。

 いつものゲーセンへ向かうシュンスケは横断歩道を渡り、異民局へ向かうルカは交差点に沿って左折した。


 トーキョー・リンカイ区。

 10年ほど前、 異世界帰還民のリハビリを目的として、トーキョーベイの埋め立て地に作られた24番目の区。

 およそ55平方kmに及ぶ人工島と本土との間には専用列車がひとつあるのみで、異民局の許可を得た者しか利用できない。

 本土から海を隔てた島は、エリア全体がどことなく近代レトロな雰囲気を漂わせており、空間だけでなく時間までも断絶しているかのようだ。

 現代建築の象徴でもある天を衝くような超高層マンションは区内にひとつも存在せず、集合住宅といえば家族向けの団地や木造アパートが一般的だ。

 浴室のないアパートも珍しくなく、銭湯やコインランドリーはいつも人が絶えない。

 日々の買い物は商店街で済ませるのが普通で、24時間営業のコンビニなどめったになく、消耗品は買いだめしておくのが常識になっている。

 21時を過ぎる頃にはほとんどの店が締まり、繁華街の一部をのぞいて街は静まり変える。

 さらに区内では携帯電話どころかインターネットも使えず、外出中の連絡にはタバコ屋や街角に置かれた公衆電話を使うしかない。

 ルカは途中でバスに乗りこんだ。乗客はまばらで、適当な席に座り窓の外に視線を向けた。やがてバスが出発し、窓の外の景色も動きだす。

 瓦屋根の住宅と背の低い雑居ビルが無秩序に混在し、細い路地が迷路のように入り組んだ町並みは、近代都市とは思えない雑然とした印象を抱かせる。

(ここがトーキョーって言われてもなぁ)

 異世界で過ごした数百年の間に、ルカの記憶にある「故郷の風景」もだいぶぼやけていたが、戻ってきてからはだいぶ復元されつつある。

(新しいくせに古臭いんだよな)

 目の前に広がる光景は、200年近く過ごした前の世界に比べればはるかに未来的だが、さらにその前の記憶にあるトーキョーの町並みに比べると時代が逆行している。

 そのギャップにルカは若干の戸惑いを抱きつつも、意外に楽しくもあった。

(街ごとタイムスリップしたみたいだな)

 リンカイ区は、面積では24区中3位を誇るのに対し、人口はわずか5万人足らずともっとも少ない。人の密集する地域はそれなりににぎわっているが、逆にエリアの外れのほうは家一軒すら無い。

 ルカがこの街へ来てから半年ほど経つが、異世界での活動報告や家族との対面、学力および常識診断など、生活再建に向けた手続きで多忙を極め、行動範囲は街のごく一部に限られていた。

 最近ようやく落ち着いてきたこともあり、いずれはあちこち見て回りたいと思っている。

(バイトで金ができたら自転車でも買うかなぁ)

 そんなことを考えている間に、バスはいくつかの停留所を経て目的の終点についた。

 リンカイ区の北端は本土とつながる街の玄関口であり、区内で最もにぎわっている場所のひとつだ。

 整然と木々が並ぶ中央公園を中心に、映画館や劇場、百貨店などが並び、休日ともなれば大勢の人でにぎわう。その中でもひときわ目立つ建物が、ルカの目指す異民局であった。

 「異世界帰還民に関連する諸事全般」を取り扱う異民局は、公には法務省の部局のひとつに過ぎないが、その役目柄、業務内容は行政、治安、研究など多岐にわたる。

 中庭や倉庫などを含む広大な敷地内は大きく3つの区画に分けられ、ルカが向かっているのは一般に開放されている第2棟、通称「リハビリセンター」と呼ばれる一角であった。

(半年か。終わってみればあっという間だったな)

 この街に来たばかりの頃、手続きやら説明会やらでほぼ毎日通っていたため、今ではこの街で最も馴染み深い場所になっていた。

 カウンセリングに通っている間は行動範囲も制限されるため「さっさと済ませて自由になりたい」としか思っていなかったが、こうして最終日を迎えると、なんだか名残惜しい気になるから不思議なものだ。

(まぁ、これで最後ってわけじゃないんだろうけど)

 カウンセリングが終わっても、ルカの身柄は異民局の管理下に置かれる。

 今後の生活で何やら相談しに来ることもあるだろうし、ルカが何か違反行為をやらかして呼び出されることもあるだろう。

「そのへん気をつけないとな。せっかく高校生をやり直せるんだし」

 体感で300年以上生きたうえ、最近まで殺伐とした世界にいたのだ。当分は平和で平凡な暮らしを満喫したい。

 身分証を提示して受付を通ると、エントランスはいつもどおり雑然とした雰囲気で満たされていた。

 ルカと同じように建物の奥へ向かう者もいれば、用事を済ませて出ていこうとする者、休憩スペースや壁際に集まって雑談している者もいる。

 エントランスの一隅に設置された人手募集コーナーには数人が集まっていた。何やら掲示板に貼られた紙を読み上げているようだ。

(良さげなバイトでもあるのか? 郵便局より楽そうならアリだな)

 帰る前に忘れずに見ていこうと思いながら、ルカはいつもと同じ小ホールへ向かった。

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