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トランプ

 トランプは花札と異なり絵柄が少ないけど、同じ札がないのは同じ。

 ハート、クローバー、スペード、ダイヤという柄があって、札に描かれている数がそれぞれの数字となる。

 十一から十三までは特別な名称がついていて、他の札と異なり美麗な絵が描かれている。


「えーっと。煌国風で覚えたから西風は忘れた。絵で分かるように皇女様だから赤は姫、黒は皇帝陛下だから皇帝、同じ黒でも衣装が違うこっちは宰相。ハートの姫、ダイヤの姫、スペードの皇帝みたいに言ってた」


 十三枚の札を一から順番に並べて四列にした状態で説明されたから分かりやすい。


「この仲間外れなのはジョーカー。道化師って言うてた。俺らが知っている道化師は笑わせてくれる道芸人だけど、これは破天荒な奴って意味に近いらしい。だからこの間はこれを破天荒って呼んでた」


「ねぇ、火消しの兄ちゃん。これはどこで売ってるの? 火消しってすげぇ物知りなんだな」


 イオの隣にいる、走ると危険と医者に宣告されたらしいインゲの問いかけは、私もしたかった質問だ。


「これは今月いっぱい借りている幼馴染の大事なもの。一区で売っているけどかなり高い。だから不恰好でも作らないか? 今度、皆で作ろうぜ。紙や墨は俺が用意する」


 今日一緒だった卿家の養子だというネビーに借りたのだろうか。


「うわぁ、作りたい! そうしたら皆でいつでも遊べる」


「僕も作りたい!」


「俺らで一つ作って病院に寄付だ寄付。火消しっていうのはこういうのも仕事だから、火消しになりたいならそういうことから始めるのもあり。自分達の分は自分達で作れ。作っても遊べないと役に立たないから遊ぼうぜ」


 子ども慣れしているし教育しているみたいと思ったけど、見習いと接しているからだと気がつく。

 イオはかつて火消し見習いで、今はきっと後輩を面倒見る側。そもそも彼には弟もいる。

 釣書だけでは分からない面が沢山あるからこうしてお見合いをするんだけど、茶屋で軽くお喋りや街中を散歩でこういう面を知ることが出来るだろうか。

 きっと出来ない。

 イオは遊び方一つめと言って、破天荒抜きゲームを説明。ゲームとは遊戯のこと。

 隣の人の手札を引いて同じ数字の札があったら捨てていって最後に破天荒札が残ったら負け。


「破天荒をどう相手に抜かせるか、抜かないかって遊びだ。負けたら勝った奴の軽いお願いことを聞くように。よし、じゃんけんするぞー!」


 じゃんけんです、と言ったらイオに少し顔を覗き込まれた。


「今のかわゆいんだけど。じゃんけんほいじゃなくてじゃんけんですって何?」


「女学校でそうだったのでいつの間にかそうなりました。格上のお嬢さん達はそう育つようです。雰囲気だけでも似るように真似したり学ぶものなので真似していました」


「今、ネビーのお嫁さんはお嬢さんって意見の意味が少し分かった。俺らの幼馴染達と同じっぽいようで、ところどころ雰囲気が違うのは親が節約して背伸びをして女学校へ入れた成果ってこと」


 じゃんけんですでしようぜ、と再度じゃんけん。私とイオが残ってあいこが続く。


「あはは。気が合わないって言うたけど、気が合うじゃん。あいこ、です」


「あいこ、です」


 またあいこ。


「あっち向いてホイ!」


「えっ?」


 突然の振りでイオの人差し指に釣られて右を向いてしまった。


「はい、俺の勝ち。後で俺の小さなお願いことを一つ聞くように。よし、俺から開始だ。インゲ。お前の札に常に破天荒を残してやる」


「そもそも持ってないけど」


「言うなよ! 駆け引き出来ない男は世の中を渡っていけないし女にもモテねぇぞ。ならこれで、ええ……お前、嘘をつくんじゃねぇよ! あはは。一回目でいきなりこれは賢いな」


 イオがインゲの手札から何を抜いたか分からないけど、札を一枚選んだだけでとても楽しそうだしこちらも楽しい。私の隣で母も笑いを堪えている。

 一周して私がイオの手札から札を抜く番がやってきた。

 彼はどうぞというように、一枚だけ少し高さを変えている。

 これを避けるか避けないか悩んで、一番右端の札を選んだら破天荒札。

 言ったら私から札を抜く予定の母に見抜かれるから何食わぬ顔をしたつもりだけど、イオがニヤニヤ笑っているからバレるかもしれない。


「ミユちゃん、手が疲れたり痛かったら畳に伏せて置けばええから。それに途中でやめて病室に帰るのもあり」


「はい。ありがとうございます」


 破天荒札はこの後ぐるっと回ってイオとインゲだけの対決になり白熱。


「勝つのは俺だ!」と気合い十分で札を引いたイオの勝ち。


「うわぁ。負けた」


「明日俺と勉強に決定。朝来るから覚悟しろよ。火消しになりたいって言うたからお前には勉強してもらう」


「えー! 勉強嫌い」


「っていうか兄ちゃんは働かないの? 火消しっていつ働くの? 昨日も今くらいの時間に見たけど」とクゴウが問いかけると、イオは肩を揺らした。


「俺は今、夜勤勤務が続いていて、夜十九時から朝七時までが勤務時間なんだ。その時間帯に家で飯を食ったりもすることもあるし寝る時もあるけど見回りその他、働きまくりだ。そういう訳で今日はこれで終わり。次の遊びはまた明日」


 そう告げるとイオは子ども全員の頭を撫でて、自分より少し年下くらいの子どもの兄の頭も撫でて、母の頭にも同じように触れたので唖然。


「あ、あの……」


 母はかなり動揺している。


「あっ、すみません。並んでいたんでつい。ミユちゃんにはお触り禁止。また大嫌いって言われたら寝込む。触ってって頼まれたら全力で触るけど」


「そんなことは言いません! どうせ寝込みません。寝込みませんでしたよね?」


「次はどうだろうね。あはは。お母さん、そんなに照れてかわゆいですね」


 少し照れているような母の頬を指でつついたイオはトランプを片付け始めた。

 若い女性だからとか、欲があるからではなくて、老若男女にこのくらいは火消しの普通疑惑。

 母の後ろにいつの間にか兄がいて頬を引きつらせていた。


「こんにちは、お兄さん」


「こんにちはイオさん。いつからいらっしゃるのか知りませんが、昼間っから子どもと遊んで気のある女に会って、ええご身分ですね」


 これまでイオについて「火消しが義兄弟はええなぁ」しか言ってこなかった兄の、刺々しい発言に面食らう。イオは笑顔のままだ。


「これでもこれから遅い昼飯を食べて、寝て、夜勤です。何を知って怒りました? ここで話してもええですけどそうしますか? 場所を変えますか?」


 イオがチラッと子ども達を見回したので、兄は気まずそうな表情になり「場所を変えましょう」と口にした。


「子ども達を病室へ送って、そっちの端に移動しますか? 俺は誰に何を聞かれてもええですが、そちらが秘密にしたい話なら人が居ないところを探しましょう」


「いえ、そちらで結構です。母さんとミユもいてくれ」


「ミユちゃん、具合が悪くなったらすぐに言ってね。そもそも、ずっとあまり顔色が良くないけど平気? 大丈夫って何回も言うからむしろ自分では気がつけない系?」


「病室で読書でも今と変わらないので平気です。横になる気分ではないですし、昼間寝ると夜眠れなくなるから頑張れるなら起きていなさいと言われています」


「そっか。それは良かった」


 そうしてイオはトランプを入れた箱を懐に入れて席を立って子ども達と去った。


「シノさん、そのような顔をしてつっけんどんでどうしました? イオさんの悪い話を仕入れてきました?」


 母の問いかけに兄は小さく頷いた。三人で休憩室の端の空いているところへ移動。


「お兄さん、そもそも仕事は?」


「今日だけじゃないけど、今日はナスミさんにだけ頼んで働いてもらって、俺はミユの縁談調査係とお店の瓦礫撤去の手伝い」


 兄夫婦の家計が減る分は両親が補填したり仕事量を増やすのだろう。

 私が兄や姉の縁談の時に、付き添い人になったり調査係をしたのと同じだ。


「ありがとうございます」


 イオが戻ってくるからか壁側の席は空にして、私達は母、兄、私の順で座ったけど、これだと私は少々辛くなりそう。

 足を曲げるのが辛いので伸ばすことになるから、これだとどうしても疲れる。


「お兄さん、背もたれが欲しいから私は向こう側でも良いですか? それか全員で向こう側」 


「えっ? ああ、ごめん。そうか」


「ミユさん、私もごめんなさい」


 と、いう訳で私達は場所を移動。

 トランプ中に座っていた私の位置は柱に寄りかかれる場所で、私は無意識だったのにそこだった。

 このやり取りをして初めて「ミユちゃんはここ。俺の隣」と言ったイオの真意が発覚。


(そっか。辛くないようにさり気なくそうしてくれたのか)


 母よりも先に辛くないか確認してくれたのも彼で、兄が来た時も兄は特に気にしていなそうだったのに、イオは私を気遣ってくれた。

 トランプ中、彼は私だけではなくて子ども達にも似たように声を掛けていた。

 急病人を運ぶのも火消しの仕事で、入院中の子ども達と接するのも仕事のうちみたいな口調だったので、日頃からそういう生活をしていると分かる。


 極悪、最低最悪と思ったのはつい最近のことなのに真逆になってきている。

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