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釣書2

 出会った時のイオは活発な下街男性という感じの服装や髪型だったのに、今日の彼は私としては印象良しの大人しそうな格好で、卿家のネビーと並んでいても違和感がない。

 イオも卿家と言われたら信じてしまいそうだし、火消しと言われたら嘘だと思いそう。


「まぁ。想像したよりも色男です」


「チエさん。スズさん。隣の方はイオさんと親しい兵官さんです」


「兵官さんっていかつい方が多いので、あの方は兵官さんに見えないですね」


「なぜ木刀を帯刀しているんだろうと怖かったですが兵官さんですか。それは逆に安心です」


 ネビーは剣術道場へ行くような荷物を持っていて、今日も黒い足袋に草鞋(わらじ)姿だからそれは卿家らしくない。

 らしくない、と言っても私は実物の卿家をネビーとリルしか知らないけど。

 私の視線はイオで、彼は素足に下駄から白い足袋に下駄という格好に変化している。それで髪型も昨日とは少し異なる。


(些細な変化なのに分かってしまった……)


 彼を意識しているとまた自覚して、更に恥ずかしくなってきたのでもっと俯く。


「ミユさん、こっちに来ますよ」


「むしろ手を振られていますよ」


「……」


 俯いて、いそべ焼き団子を掴んで口に運ぶ。


「なぜ、今このタイミングでお団子を食べるのですか?」


「ミユさん、俯いていないで顔を上げて下さい」


 私が返事をしないでお団子を食べていたらスズとチエに小突かれた。

 少しして、私の視線の先にイオの白い足袋と下駄が登場。


「こんにちはミユさん。美味しそうな物を食べていますね」


 ミユちゃんではなくなったと思って顔を上げたら、イオはこの間のネビーのような穏やかで静かな雰囲気で微笑んでいた。


(これは心臓に悪い)


 縁談すると決めたので無視するのは失礼で、このままでは感じが悪いから噛み終わったお団子を飲み込んで、えいっと顔を上げた。


「こんにちはイオさん、ネビーさん。ふらっと入ったけど中々美味しいお店です」


 イオと目が合って、パッと満面の笑顔を向けられて、これは照れると私は視線を彷徨わせた。


「こんにちはスズさん。すっかり元気そうで大安心です」


「あの時はありがとうございました!」


「あはは。そんなに何度もお礼を言う必要はないよ。お礼の言葉よりも……元気で何より」


 私は顔を下に向けたところだったので、ネビーが軽くイオの下駄を蹴ったのが見えた。


「お隣のかわゆい友……お隣のお嬢さんは友人ですか?」


 またしてもネビーはイオの下駄を軽く蹴った。


「は、はい! 私はチエと申します」


「チエさんは小等校時代から私と親しくしてくれている友人でお見舞いにきて、こうして歩く練習に付き合ってくれています」


 後で絶対に冷やかしてくるスズとチエがいるので照れてならないから私は顔を上げられず。


「歩く練習なんだ。痛みは大丈夫? 肘とか膝のところも火傷していたから動かすと痛そうだけどなんとか? 動かないと筋力が落ちるけど無理は良くない。お医者さんからも言われていると思うけど」


 イオがしゃがんで私の顔を覗き込んできたので近い、と思って横を向く。


「ちょっ、ネビー」


「非常識な距離感だから離れなさい」


 何かと思ったらネビーはイオの衣紋を掴んでしゃがむのをやめさせた。


「かわゆい顔を見たくて、目を合わせてもらいたくてつい」


「恋人になれたらしなさい」


「あー、ミユちゃん。体は平気?」


「はい。病院だと家と違ってすぐにお医者さんや介助師さんに質問したり指示を受けられるし、こまめに傷の手当てをしてもらえます。だからとても助かっています。ありがとうございます」


「そう? 少し顔色が悪いから早めに帰ってあとは病院内で練習がええと思う」


 イオの手が私の方へ伸びてきた瞬間、その手はネビーにペシリと叩かれた。


「その癖を直せ。お嬢さんにむやみやたらに触るな。また嫌われるぞ」


「……はい、先生。かわゆいからつい。軽く頭を撫でるのもダメ?」


 ネビーはイオの先生なんだ。


「顔が嫌がってなくて逃げなかったとしてもダメだ。つい、で済んだら兵官は要らない」


 冷めた目でイオを見下ろすネビーは少々怖い。

 今の嫌がっていなそうだったという指摘には、ドキッとしてしまった。


「はい、先生。そうだよな。今のは大嫌いな男への反応じゃない」


 イオは楽しそうに笑った。


「自惚れだったら強姦魔と同じだからな」


「……はい。すみません。そんなのと同列になったら切腹する」


「一度失敗しているんだからそのくらい気をつけろ」


「はい」


「少し考えたら分かるだろう。自分が親で彼女が娘だったらって考えたら、迫ってくる男にこれはして欲しくないとか、これなら安心とか」


「その視点は無かった」


 この発言にネビーは呆れ顔を浮かべた。


「俺は何度も言うてると思うけど」


「お前の説教は基本的に右から左へ聞き流してる」


「あっ、それってイオの釣書ですか?」


「えっ? あの、はい。その、まぁ、少し相談中でした。釣書は回し読みするものですよね?」


 三人分見せる予定だったとは言えないので、これだとイオの釣書だけ検討していたみたいで恥ずかしい。


「おい、イオ。なんだこれは。結婚したい、お見合いしたいって申し込んだんだろう? 家族構成と趣味火消しで終わりってなんだ。趣味は火消しって俺でも訳が分からん。お前の趣味は……まぁ、それはいいや」


「ほら、花組とお見合いだと祭りで顔合わせや家に行ったりだから、釣書の書き方がイマイチ分からなくて。親父が補佐官に聞いたけど、しゃらくせぇって言うて口頭説明に変えた」


 この発言にネビーは再び呆れ顔を浮かべた。


「まぁ、ラオさんだしな」


「ご両親に聞かれた事は親父と一緒に答えた。ミユちゃん、もうあれこれ聞いた?」


「ええ。父が書き付けたことは一通り目を通して両親から話も聞きました」


「もっと聞きたいこととか質問したいことがあったら聞いて」


 これって、茶屋で親無しで友人も交えたお見合いってこと?

 まぁ、私達は病室で他の患者さんの目があるからそこでお見合いをしている状態だけど。


「道場までついていくから助言しろって言うていたけど今日はもうよかか? 俺と解散してお見舞いって言うていたけど、こうして本人と会った訳だし」


「おお。ありがとう」


「お嬢さん方、失礼します。ミユさん、イオはバカだし若干色ボケですが、理性はあるし働きぶりは立派で老若男女に優しいです。欠点は誰にでもあるので注意したり頼んで歩み寄って欲しいです。こいつは余程でない限り譲ってくれます」


「悪いところをハッキリ言うなよ」


 普段、私の生活では見ないようなピシッとしたお辞儀をされて私の背筋は伸びた。


「ご両親に彼の友人関係や女性関係が気になるならハ組ト班の残り二人か、六番隊屯所のルーベル宛に手紙をとお伝え下さい。予定が合えば直接話すことも可能です」


「はい。ありがとうございます」


「別に俺が直接話すけど」


「本人から聴取して信用するか? 俺はお前があまり嘘をつけないとか嘘をついてもバレバレって知っているけど、ミユさん達は知らないだろう」


 ネビーはチラッと私を見たので、イオという男は嘘が下手な正直者ですよと念押しした気がした。


「ミユさん、お大事にどうぞ。まだ午前中ですがご友人達は夕方帰宅予定なら帰るのが遅くならないように気をつけて下さい。最近、この辺りに追っかけ魔が出るので。俺ら兵官達がなるべく早く逮捕します」


「ありがとうございます」


「はい、ありがとうございます」


 立ち去りかけたネビーは少し振り返って、私が先日素敵だと思った穏やかで優しい微笑みを浮かべて、さらに流し目と会釈を残して背中を向けた。


(やっぱり家柄が家柄だからか佇まいが格好良い……)


 瞬間、お店の中から人が飛び出してきて勢い良く走り去っていき「お客さん、支払い!」という女性従業員の大声が響き渡った。

 しかし、瞬きをしたら食い逃げ犯である細身の中年男性はネビーに組み敷かれて捕まっていた。

 あまりにも華麗な逮捕劇に放心。


「チエさん?」


 私の隣でチエが真っ赤になって口元を両手で隠している。


「おお。さすがネビー。本日二度目の逮捕劇。スリの次は食い逃げって、あいつといて何も無い方が珍しい。手伝ってくるんでまた後で」


 私達に手を振ったイオは駆け出して、ネビー達に近寄りながら帯を解いて、袖を使って着物を腰に巻いた。

 黒い肌着は着ているけど、半袖だから腕の筋肉が凄いと分かるし、生地が薄いから分かるあまりにも逞しい背部も衝撃的。食い逃げ犯を帯で縛るのも手早い。


「ミユさん?」


 ピーッという笛の音が空を切って、私は我に返った。


「……見惚れていません!」


「そう言うってことは見惚れていましたよね」


「いえ……」


 スズの言う通りだ。


「チエさんはネビーさんにまだこの通り。私もかなり二人にドキドキしています」


「他の方もそのようですね……」


 老若男女が彼らに注目していて拍手している人もいて、顔に「格好良い」と書いてある若い女性達もチラホラ。

 しばらくして見回り兵官が彼らのところへ来てネビーは去って、イオは着物を着直しながらこちらへ戻ってきた。


「うわっ。ミユちゃん、何その顔。かわゆいんだけど。まさかネビーの活躍に感激した?」


「大丈夫ですよ。ミユさんはイオさんばかり見ていました」


「ちょっ、スズさん! いえその、捕縛援助、お疲れ様でした。治安が守られましたので区民の皆さんも私達も安心します」


「ネビーじゃなくて安堵。隣のチエさんはこれは分かりやすい落下だな」


 おーい、とイオはチエの前で軽く手を振るとチエはハッと息を飲んだ。


「あ、あ、あの! あの! あの方に奥さんはいらっしゃいますか⁈」


「いないけど、残念なことにさっき興味無さそうにしていたから無駄だと思う。あいつの第一関門は見た目や雰囲気で色白でタレ目でこう、ほっこり和む系」


 チエはそこまで色白ではないしタレ目でもないし、イオの視界だとチエはほっこり和む系ではないみたい。


「そうなのですか……」


「ちょっと連れ戻して聞いてみるんで待ってて下さい」


 イオが去ってしばらく待っていたけど戻ってこないので、私達は元々の会話の続きを開始することにした。


「次は写師のアレルさんです」


 アレルの釣書をスズもチエも軽くしか見なかった。


「私も同僚のはずなのに全然印象がないです」


「えー、この方を検討する理由はありますか? 火消しと単なる奉公人。本来、親が頼もうとしていたお見合い相手相当と玉の輿ですよ?」


「チエさん、お金は大切ですけど玉の輿で苦労したら元も子もありません。あと火消しさんのお嫁さんは面倒そうな気配がぷんぷんします」


「でもミユさんはその気があるから、この方にはまとまるかもしれない縁談があるのでって断っておくのが無難です。文通したり会った後に、さっきのミユさんとイオさんの感じを見られたら気分を害されて、下手すると何か起きます」


「確かにそう思います」


 私の母がお昼頃にお見舞いに来てくれるから、スズとチエは母に挨拶をして帰る予定なので、その時に先程の私の様子を言うと宣告された。

 アレルに興味がなくて他に何も言わなそうなので次だ、とトオラの釣書を出して二人に見せた。


「三人からお申し込みがあったので、これが最後の釣書です」


 イオは結婚お申し込みどころかそれさえ飛ばして結納お申し込み状態だけど、アレルとトオラはお見舞いをしたいという話だから、彼らからの釣書は簡易お見合い用みたいなもの。


「小屯所の事務官さんですか。学費支援者とは聡明そうです」


「趣味は読書と将棋って大人しそうな印象です」


「ミユさんと似合いそう……」


 チエの手からトオラの釣書が消えたと思って顔を上げたらイオがいて、釣書を手にしていた。

 近寄ってきていたことに、気がついていなかった。


「ミユちゃん、お見合いするの?」


「……お見舞いに行きたいですと親に手紙が来て、こちらの書類もいただきました」


 イオはとても嫌そうな顔をしている。


「かわゆいから……かわゆさが足りていなかったのにお洒落しだして磨いたから、コソコソお見舞いに来て陰から覗いて惚れたとかだ」


「イオさんと似たような理由です。あの日、火消しさん達のお手伝いでいた方が、無傷そうな私を心配する怪我をしているミユさんの清らかで優しい心に惹かれたそうです」


 黙っておくはずが、スズが説明してしまった。


「あー。それは厄介というか本気だから勝たないと。煌護省南三区庁所属で小屯所勤務の事務官……は悪くねぇな。学費支援されたってかなり賢そう。出世して事務官から補佐官もあるかもな。兵官採用試験を受けさせられたりして。いや兵官補佐官は足りてるから、そのうちこっちか?」


 海辺物語をサラッと読めないイオも、自分と同じ公務員の話だと私よりも知識が多いみたい。


「この方、兵官さんになるのですか?」とチエが質問。

 ソワソワして見えるのはネビーのことだろう。


「税金投入者って自由が減るんだ。お前はこれが向いているからこれをやれって言われると、それをしないといけなくなる。人手不足のところへ行ってこいとか。ふっふっふ。俺がこいつに勝てる方法はこれだ。ミユちゃん。こいつと祝言すると下手したら遠いところへ引っ越しがあるぞ」


「遠いところへですか?」


「北地区や農村区、属国だってありえる。ネビーのやつが学費支援を受けていたから教わった。優遇されたって記録は長く続くみたい。記録があるとその分通常とは異なる仕事を振られることもある」


「そうなのですか。ネビーさんは学費支援を受けた方なのですね」


 チエの顔に彼は私のことを何か言っていましたか? と書いてあるように見える。


「あっ。チエさん。稽古があるからって戻ってこなそうだからサラッと聞いたんです。あいつ、昔からお嫁さんはお嬢さんって言うているから、三人も花が並んでいたけど摘まないのか? って」


「ミユさんも入れたのですね」と口にしたのはスズだ。


「そりゃあもちろん。今のミユちゃんは自由な女だから。あいつ、最近養子になってその家の奥さんが然るべき女性を選んでお見合いさせてくれるから勝手に何かはしないってさ。この人だ、と思ったら別だけど」


 この意味は私達三人はその然るべき女性の条件に合う女性ではないと判断されたし、現段階ではこの人とは思われていないってこと。

 

「チエさん、何もしないと何も始まらないから君次第だろう。おすすめ物件だけど難攻不落。あいつのことなら俺はきっと役に立つけど、恋話相談には乗らない。女とそういう話をしているとこっちに流れてくるから。今の俺はミユちゃんの相談しか受けない」


 チエは小さくありがとうございますと口にして、やや落ち込んだ顔になり、スズは私を見て面白そうに笑った。


「イオさん、ネビーさんは卿家生まれではなくて卿家の養子なのですか?」と私は問いかけた。


「卿家? えっ、卿家?」


 イオは大きく大きく目を丸くしているけど、私は特にネビーに口止めされていないので帯刀しているのは地区兵官だからです、と身分証明書を見せてもらった時に知ったと教えた。


「お父上は南地区煌護省本庁、長男は南地区中央裁判所、ご本人は南三区六番隊屯所所属でした。家柄が卿家番号で、私は初めて卿家の方と会ったので覚えました」


「……本庁? ミユちゃん、今本庁って言うた?」


「ええ」


「あの野郎、何がそこの煌護省勤務だ。三区庁勤務だと思うじゃねぇか。会う予定の兄貴もそこの裁判所って中央かよ! なんで豪家なんて嘘……はまぁ、たかりとか卿家嫌いも……あー!!!」


 イオはかなりの大声を出して目玉が落ちるくらい目を見開いた。

 他のお客さん達が彼に大注目している。


「リルちゃんが、あのリルちゃんが、リルちゃんが役人の嫁って、嫁は嫁でも卿家のお嫁さん……。うわぁっ。衝撃的過ぎる!!!」


 私は彼女を卿家のお嫁さんと覚えてそう思って接していたので何の違和感もない。


「リルさんって、ミユさんに西風の魔除けをした井戸水や珍しいキャメルを贈ってくださった親切な方ですよね?」


「ええ。先程のネビーさんの妹さんです」


「あいつ。一番親しいくらいの勢いの俺にまで隠しているって許せん。ミユちゃんまた後で! 夜勤前にまた会いに来るから!」


 そう告げるとイオは走り出した。


「あ、あの。釣書……」


 わざとなのか気が動転していて忘れているのか、イオはトオラの釣書を持って行ってしまった。

 松葉杖は足元に横にしているし、いきなり立つことも出来ないのでなすすべなし。


「釣書が戻ってこなければ事情を説明してもう一度お願いするしかありませんね」


「ええ」


「引っ越し話は聞いてみる価値がありますね。貴方となら地の果てまで、となるかもしれませんけど」


「私はミユさんとおばあさんになるまでご近所さんで友人でいたいです」


「私もです」


「二人ともありがとうございます」


 この後、スズとチエの縁談は最近どうなのかという話をして、そこに私のお見舞いに向かっていた母が現れたので合流。

 スズもチエも私はイオを意識しているとか、水組なんて面倒そうで自分達はお断りなのに、私は話だけでは避けないようだと告げ口。

 お昼前に包帯を変えてもらっているので私は二人とはこれで解散。

 二人も家のことがあるそうだ。次は退院後に会おうと約束。

 傷の手当てと包帯を新しく巻き直しをしてもらい、終わった後にトオラの釣書をイオが持っていってしまった話を母にした。


「うっかりは誰にでもありますが人の物を返さない方は論外です。わざとではなくても他人の重要書類を紛失したらかなり悪印象です。三日間返却されなかったら破談にします」


「はい。そうですね」


 それから少ししてイオが来訪して私と母に謝って釣書を返してくれた。

 ホッと胸を撫で下ろした瞬間、安堵した自分を自覚して、これは彼と破談になりたくないという意味だと気がついて心の中で悶絶。


「親しい幼馴染の義父が煌護省本庁勤務だと発覚したので、この釣書の男性を詳しく調べたいなら依頼して下さい。彼に頼んだんで、六番隊屯所のネビー・ルーベル宛に頼んだら彼が義父に頼んでくれます」


 謝罪の次にこの発言は予想外。


「学費支援者なら記録が他の職員よりも細かいかもって言うていたんで、依頼があったらお願いしますと頼みました。口コミよりも勤務態度などがバッチリ分かりますよ。煌護省が性格に太鼓判を押していたらかなり安心するかと」


 敵の釣書を捨てるどころか、調査の手伝いをしてくれるみたい。


「まぁ。そのようなご友人がいらっしゃるのですか。でもそのような大それたお願い事は出来ません」


「火消しに憧れがある親子らしいんで今度、彼の新しい兄貴と飲みに行きますし、親父の方ともそのうち。そんな感じで代わりにお礼をしておくんで遠慮せず。あっ、知らない男に手紙なんて気後れするから俺から頼んでおきますか?」


「いえ、あの」


「その顔はお願いしたいって顔ですね、お母さん。良さそうな男に負けていられないし、ミユちゃんに惚れてもらいたいから今日も口説いてええですか?」


 面と向かってそう問われた母はタジタジという様子。

 母は私にコソッと「真逆でしたね」と告げた。


「ええ、いつものように人目がある場で話すくらいでしたらどうぞ。今日は私もいますし」


「皆で遊びましょう。今日、ミユちゃんはお団子を右手で食べていたので、前より良くなってきているようなので、異国の札遊びをしましょう」


 異国の札遊びとは気になる。

 体を気遣われて私が大丈夫だと伝えたら休憩室へ行こう、と誘われたので移動。

 この間会った子ども達も呼んだイオは、子ども三人とお見舞いに来ていた兄も一人増やした。


 私は騒がしいのは苦手だと思っていたけど、はた迷惑な騒々しさが嫌いの方みたいで、これから始まりそうな賑やかなことは慣れていないから苦手は苦手でも楽しそうな予感。

 なにせイオ以外はわりと大人しめなのに、こうして集まって和やかに会話出来ているから。

 イオは気の合う友人とだとペラペラ喋り続けていたけど、今はごくごく自然に全員に話を振っている。

 

「なんで泣いてるんだ? またお見舞いに来るって約束しただろう。しかも昨日も来たのに。緊急召集やいきなり仕事もあるから絶対とは言えないけど」


 イオは自分の隣に座らせた子どもの頭を軽く撫でた。彼はとても優しい目をしている。

 

「違う。しかも泣いてない。お医者さんに火消しにはなれないって言われた。僕は退院しても走るのは禁止って」


「んー。そもそも火消しはほぼ家系職だ。お前はなれないじゃなくてほぼ皆なれない。皮が違うんだ。面の皮も厚いけどそう意味じゃなくて火に強い。あと生まれつき力も結構ある。俺と一緒に道具手入れとかするか? 火消しを手伝ったらちび火消しだ。そうしたら祭りの時に肩車してやる。だから走らないで長生きしろよ」


「祭りに参加出来るの?」


「おお! そこそこ忙しいし体が足りなくなるから誰とでもこうやって会えないけど、俺らはたまたま縁があった。こういうのを縁ありって言うんだ。お前ら、可能ならうんと勉強して補佐官になって助けてくれ」


「補佐官ってなに?」


「火消しを助けたり苛立たせる役人火消し」


 優しい目をしているけど、それはさらにになって、キラッと光るような笑顔になった瞬間、胸がギューっと締め付けられた時にイオと目が合って、黒紫色の瞳の奥に夜空に浮かぶ星が見えた気がした。

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