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私は静かに暮らしたい  作者: あやぺん
本編

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お見舞い

 夜勤だから仮眠して働くと去ったイオとナックと入れ替わりのように、昨日の夕方にお見舞いに来てくれたリルがまた来訪。

 彼女は昨日とは異なる髪型や着物姿で小物も違う。

 なぜ、赤の他人なのにまた来てくれたのか分からない。

 姉がお茶を淹れさせてもらってくる、と告げて病室から去ったので私は彼女と二人きり。

 と、いっても大部屋なので他に患者や見舞客はいるけど。


「こちらの水筒には我が家の井戸水が入っています」


 すまし顔のリルに竹製の水筒を差し出されて困惑。

 ネビーはイオと親しいようだから、イオ達のように騒がしいのだろうと思ったけど、その妹は大人しそう。昨日も彼女はほとんど喋っていない。


「こちらは魔除けをしたお水です」


「……魔除けですか?」


「旅医者の友人が贈ってくれた珍しい実を井戸に入れました。西の国の魔除けだそうです」


「旅医者のご友人がいらっしゃるのですか」


「はい。家族やお部屋の皆さんと飲んで下さい。妖を追い祓えるかもしれません」


「ありがとうございます」


 この水は魔除けになるから買いませんか? だと怪しいけど自分の家の井戸水で、異国の風習をしたものだから良かったらどうぞということなら、特に警戒する必要はない。


「甘い物は好みますか?」


「ええ。あっ、お構いなく」


 この流れは何かお見舞い品だと思ったらその通りで、リルに「自家製ですがキャラメルです」と小さな包みを渡された。


「キャラメルとはなんですか?」


「西風の飴で柔らかいです」


「西風の飴……なのに自作ですか?」


「はい。友人に教わりました」


「卿家のお嬢様はそのような世界なのですね」


「……。私は卿家のお嫁さんでお嬢様ではないです」


「ご謙遜(けんそん)を。初めて名前を聞いた飴なので包みを開いてみても良いですか?」


「はい」


 見れば見るほどリスに見えてくるな、とリルを眺める。

 彼女とネビーが似たような雰囲気なら私の好みはイオではなくて彼だ、とまたしても思ってしまった。

 包みの中身は白い薄手の紙に包まれている棒状のものが三つだった。


「沢山残っていなかったので縁起数にしました」


「貴重なものをありがとうございます」


「気に入ると良いです。火傷は小さくても痛いので辛そうです。でもきっと綺麗に治ります。洗う時は魔除けの水も使って下さい。鬼が近寄れなくなります」


 気遣わしげな表情を向けられて昨日もそうだったなと思い出す。

 傷口に鬼や妖が取り憑いて悪化したら嫌なので、遠慮なく使わせてもらおう。


「そのようにありがとうございます。包帯などで仰々しいですが、見た目程ではなくて浅い火傷なので大丈夫だとお医者様に言ってもらっています」


「油断大敵なので魔除けです」


「はい。両親が御守りを買ってきてくれたので枕の下に入れてあります。さらにとは、リスさんは信心深いですね」


 ……しまった!

 見れば見るほどリスみたいでかわゆい、なんて考えていたら口からこぼれてしまった。


「よくリスと言われます」


「すみません、つい……」


「リスはかわゆい生き物なので得です」


 言われてみれば悪い意味で口にしたのではないのでその通り。

 でも、すまし顔で私はかわゆいですって事実を事実として述べられると戸惑う。

 嬉しい、ありがとうでもなくて、そんなことはないですと言うのでもなく、淡々としている。

 

(あっ、恥ずかしそうに笑った)


 感想なしではなくて嬉しい、ありがとうだったみたい。


「リスみたいでかわゆいなと考えていたらつい口にしていました」


「どんぐり攻撃はしないで欲しいです。今週はまだ入院ですか?」


 どんぐり攻撃って何? と問いかけたいけど質問をされたので答えるのが先だ。


「退院は来週の予定です」


「たけのこは好まれますか?」


「いえ、お構いなく。あの、赤の他人の私にこのように親切にしてくださるのは、イオさんと親しいからでしょうか」


 リルは小さく首を横に振った。


「私は彼と親しくないです」


「そうなのですね」


「でも幼馴染です」


「あの方と幼馴染なのですね」 


「はい。兄がとても仲良しです。なのでイオさんは私に親切です。だからこれはそのお礼です」


「私にですか?」


「ミユさんが元気になったりキャラメルが美味しいとイオさんはきっと嬉しいです」


 そういう理屈でリルは魔除けをした井戸水とキャラメルを持ってお見舞いに来てくれたんだ。

 逆の立場なら私はこのような行動を起こすだろうか。


「それなら……。イオさんにお礼を言っておきます。ありがとうございます」


 誰かが私を慕っていて、それを他人が知っているのはとても恥ずかしい。


「私はイマイチ分からないから勧められません」


「イオさんの事でしょうか」


「はい」


「あの……」


 ネビーのことを尋ねようと思って、ふと彼女は兄の友人ジンを知っているのだろうかと考えた。

 明日のことは誰にも分からないなら、練習と思って初恋の始まりかもしれないと感じた人に手紙くらい送ってみたい。

 姉曰く、私は既にイオに惹かれているらしいけど、騒がしいのは苦手だから惚れない気がする。

 今も気になったのもネビーやジンだ。


「ジンさんという方をご存知でしょうか。街中で少しよろめいた時に、助けて下さいました。その時お兄さんと親しげでしたので、ご友人なのではと思いました」


「兄と親しいジンなら私達の義兄です」


「姉妹さんの旦那さんなのですね。ありがとうございますとお伝え下さい」


 ジンは既婚者だった!

 少し気になるかも、という男性には恋人がいたり既婚者だったことは前にもあった。

 素敵な男性は見染められるし、逆に見染めた相手に好まれるから仕方ない。

 そう考えると人気職で見た目良しの今年二十二才のイオはなぜ独身なのだろうか。

 多分女性を渡り歩いて遊んでいたからだ。


「はい。伝えます」


「お兄さんにもすとてときな奥さんがいらっしゃるのでしょうね」


「いえ、いません」 


「そう……なのですか……」


 あの優しげで穏やかな笑顔を思い出して嬉しくなったけど、騒がしいイオ達の仲間だったと思い出す。


「そのうち誰かがお嫁さんになってくれたら嬉しいです」


「お兄さんにはそのような話はないのですか?」


「兄は今は縁談をする気がないです」


「そうなのですね。お兄さんとリルさんはお顔立ちが似ていらっしゃって穏やかな雰囲気も、と思いましたけど、あのイオさんと親しいということは賑やかで楽しい方なのですか?」


 危うくイオさんと同じくうるさい、と言いそうになったので悪い言い方にならなくて安堵。


「賑やかで楽しい……。はい。そういう時もあります。ペラペラお喋りでうるさい時もあります」


「昨日、パッと会っただけの私には意外です」


 友人が気にかける女性とどうこうはないだろうし、縁談をする気がないようだし、イオみたいな感じなら私はきっとネビーも苦手だ。

 昨日の落ち着いた感じがそのままの性格で、イオと無関係なら、相手にされない事を覚悟の上で、練習のつもりで、文通お申し込み書くらい認めてみたかった。


「人は百面相です」


「百面相、ですか」


「去年から兄がサッパリ分かりません。知らなかった面や話が色々です」


「去年、何かあったのですか?」


「私が結婚してお嫁にいきました」


「それがきっかけでお兄さんのことを色々知ったのですね」


「はい。イオさんのことも新発見です。最後に少し長めに話したのは小さな頃だったので」


「イオさんと親しくない、とおっしゃっていましたね」


「ええ。でもこの間ちび祝言祝いをしてくれました。いなり寿司がすこぶる好みらしいのでお祝いの時に作ります。慰め会でも作ります。なので……」


 リルはおろおろした感じで視線を彷徨わせてから、深呼吸をして私を見据えた。


「元気ならええです。元気になって下さい。縁結びの副神様が決めるので誰にも分かりません。お見舞いさせてくれてありがとうございました」


 そう告げるとリルは立ち上がって会釈をして去っていった。

 姉がお茶を持って戻ってくるまでいると思っていたのと、お見舞いさせてくれてという台詞に驚いて見送ってしまった。

 少しして姉が戻ってきて「リルさんは?」と私に問いかけたのでどういう会話があったのかと、お見舞い品について説明。


「異国では神社の井戸水を使うのではなくて、身近な井戸を清めるのですね」


「魔除けの実について聞いてみたかったです。それに旅医者の方と知り合いだなんて珍しいと思うのでその話も」


「イオさんにお礼の手紙を預けたら渡してくれるんじゃないかしら。昨日のミユさんの怪我を見てまたお見舞い品だなんて優しい方ですね」


「ええ。見習いたいです」


「それでハイカラだわ。キャラメルなんて初めて聞きました。おまけに現物がここにあるなんて」


「しかも自家製です」


「いただいて……」


「こんにちは」とまた私にお見舞い客が来て、昨日のネビーとリルに引き続いてまた知らない人物なので、心の中で首を傾げる。

 来訪者は私と同年代に見える女性二人で、彼女達は私と姉に順番に自己紹介をしてくれた。

 姉と私とリルの分だったお茶があるので、それを姉が二人に差し出す。


「イオと同じ班のヤァドの妻リンです。隣は同じくト班のナック君のお嫁さんのベルさんです」


 リンはわりと日焼けしていて、髪をリボンで一つ結びにしているので、とても活発そうに見える。

 ヤァドの姿を思い出して彼女と並べるとお似合いな気がした。


「ベルです。初めまして」


 彼女はリン程ではないけど色白ではない肌をしていて、部屋に入って来た時にかなり背が高かったので、こちらも活発そうな女性。

 ナックの姿を思い出して彼女と並べるとやはりお似合いな気がする。

 恋人や伴侶というものは釣り合いというか、似た者同士が一緒にいると、街行く人を見てはそう思う。

 私とイオを並べたらチグハグで違和感な気がしてならない。


「イオ君が結婚お申し込みしたって聞いて、トントン拍子ならお嫁さん仲間だからお見舞いに行こうって話になって、好みも何も分からないのでとりあえず来ました」


「水神様を祀る神社の井戸水と、神社に咲いていた花を願掛けで持ってきました。鬼や妖に目をつけられて悪化したら大変です」


 竹製の水筒と桜の枝を渡されたので受け取る。


「わざわざありがとうございます」


「ここの先生、火傷に強いからきっと良くなるし跡も大丈夫です。旦那に火傷は深くなかったって聞いています」


「イオ君は付きまといの勢いっぽいので迷惑なら私らがガツンと言うんで、ハ組に来てト班の嫁に用があるとか手紙とかどうぞ」


「そうそう。旦那達を管理するのは私達の仕事なんで」


「恋人なんていらないし、結婚も別にって言うてたイオ君がらいきなり方向転換したので驚いたし興味深々です」


 二人ともポンポン話すので会話に入れない。


「怪我中は気が滅入るから、少しでも賑やかだと気が紛れるかもしれないと思ったけどうるさいですか?」


「今日は好みを聞いて花とお水だけって話していたのについついだね」


「すみません」


「いえ。このようにありがとうございます」


 女学校時代もこのように悪く言えば騒がしい、良く言えば明るい子達と私は馴染まなかったし、必要がなければ近寄らなかった。

 でも二人は喋り続ける訳ではなくて、このように気を遣ってくれたので、嫌悪感や強い苦手意識はない。

 彼女達がお嫁さん仲間おは馴染めなそうだけど、イオよりは何倍も親しくなれそう。

 あのイオ達にお似合いというか、彼らと気が合いそうな女性達だなと思った。


(あれっ。私の友人は誰もお見舞いに来てくれてない……)


 私には友人はいなかったの?

 これまで一緒に友人として過ごしてきた者達は友人ではなかったの?


「押しかけてすみません。痛みと格闘して疲れていますよね」


「お姉さん。ミユさんが好むものはなんですか?」


「お菓子もええけど、太るのを気にする方もいるので元気の出る野菜や魚もええかなって」


「お気遣いなく。お気持ちだけで嬉しいです。未来のお嫁さん仲間かもしれないし、そもそも顔にまで火傷は辛いだろうなんてありがとうございます。良かったですねミユさん。神社の井戸水で鬼に金棒です」


「ええ。ありがとうございます。気持ちで胸がいっぱいなので何も要らないです」


「手が良くなってきたらトランプをしましょう。また来ます」


「トランプが何かはイオ君に聞いて下さい」


 とても気になる単語だけど、イオに聞かないとならないのか。

 いや、私達は文通をするから聞きやすいか。


(あれ? 文通するんだっけ)


 文通お申込みに対して私は何の返事もしていないけど彼は会いにきたし、親同士はとっくに話し合いを開始しているっぽいので、間をすっ飛ばしてお見合い状態。

 ここからどうするべきなのだろう。


「家のことや子どもが待っているんで失礼します」


「私も少し仕事を抜けてきたんで失礼します」


「お二人とも忙しい中、わざわざありがとうございます」


「いえ。火傷は辛いですから早く治りますように」


「花が好きって聞いたので、また持ってきます」


 バイバイと前からの友人みたいに手を振られたので、私もつい手を振り返した。


「イオさんの周りは似たような方々が多いようですね」


「ええ。お姉さん、私には友人は居なかったようです……」


 この事実に私はわりと落ち込んだ。


「突然どうしました?」


「いえ、その。イオさんのご友人やその奥さんや幼馴染は次々彼のために私のところへお見舞いへ来ましたけど、私が友人と思っていた方は音信不通なので」


 姉は私の背中に手を添えて撫でてくれた。


「スズさんは合わせる顔がないと現在お母さんや私と話しています。チエさんから怪我を見られたくないでしょうかとか、いつなら会えますか? という手紙も来ていますよ」


「えっ? 早とちりで疑ったりして恥ずかしいです」


「あちこち火傷したという噂だから手もそうだろう。そうなると返事は難しいに違いないと、家族宛にしてくださった方もいます。確か……ユイさん」


「心配されたいとか、友人はいなかったとか、恥ずかしいです」


 私は思わず両手で顔を隠した。


「コホン。それからお見舞いの手紙に文通お申し込みも一緒に、という方もいます。いつ渡そうと悩んでいました」


「えっ?」


「いつも一階で働いている同僚のショウさんって分かりますか?」


「あっ、はい。何度か話したことがあります。一言二言ですけど」


 私と同じく大人しそうな背の低い、猫っぽい可愛らしい感じの男性だ。


「お父さんが彼は嫌だと言うて、誤解があるかもしれないから向こうの親や本人と話し中。でもお父さんを無視して一先ず手紙をやり取りしたかったらお母さんに頼んで。お姉さんが密告してくれたって言えば大丈夫」


「お父さんはその方は嫌って、平家写師よりも火消しの方が得だからという意味ですか?」


「恐ろしいので当たり前ですが、一目散に逃げた方と、怖くてもスズさんを探しに行ったミユさんなので合わないというか、父親心としては火消しさんみたいに誰かに手を伸ばせる方が良いみたい」


「あの恐ろしい状況では逃げて当たり前です」


「でもミユさんは逃げないでスズさんを探しに行きましたね。イオさんを狙うってことは争奪戦よね。お母さんと私はお父さんに両天秤にしようって言うているの。二人と縁なしでも練習にはなります」


「両天秤なんて不誠実です」


「そう? たかが文通ですよ」


「たかが……ですか」


「付き添い付きでニ、三回出掛けるくらいまでは同時並行でも常識の範囲です。こちらは比較出来るし向こうは門前払いは辛いかもしれないからそのくらいは許しそう。黙っているのもありですけど。イオさんは言っていましたね。門前払いは嫌だって」


「私がその、そういう話の中心なんて変な感じです……」


「そろそろお見合いって言うていたらこの事態。気になっていた方が怪我したって聞いたら動くだろうから他にも現れそうな予感がします。キャラメルを食べてみても良いですか?」


「私も食べてみたいです」


 姉と二人で一つ食べてみたキャラメルはとても甘いけど、いつも食べる飴とは味が全然違う。

 今の私の世界もそのようにこれまでと異なる。

 キャラメルは柔らかくてふにゃふにゃしていて、それも今の私の心と同じような気がした。

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