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気が緩む

 柄入りの着物を崩して着ていたのが写師の同僚みたいになり、髪型も義兄のようになって、パッと見はもう火消しとか、下街世界の遊び人系には見えなくなった。

 卿家の男性に昨日会ったばかりで彼みたいと感じるので、イオはどう考えても友人を参考にしただろう。


「……」


「うわっ。化粧して髪型も違う。すこぶるかわゆいけど複雑。やっぱり磨けば光るんじゃん。これだと取り合いになる」


 しゃがんだイオに顔を覗き込まれたので、私は思わず横を向いた。


「褒められ慣れていないから誰にでも照れるってことはすぐに絆されそう。百回かわゆいって褒めたら俺に惚れたりしない? つい、癖でこのくらいは大丈夫とか嫌がられてなさそうって勝手に触ってごめんね。もうしないから」


「……お説教されました? あの、ネビーさんという兵官さんに」


 謝られたからつい会話してしまった。


「いつもうるさいけど人それぞれ、お前はお前で勝手にしろって言うていたけど今回反省。いざって時に潔癖系のかわゆい女に相手にされないぞって言ってきただろうとか、自業自得だ自業自得って怒られて言い返せなかった」


「居なくなったと思ったらここか。へぇ、これがイオの新しい女か」


「新しい女じゃなくて口説き中の恋人候補。語弊がある言い方をするな」


「こんにちは。ナックです。向こう側のはヤァド。イオと同じ班の火消しです! お見舞いに来ました!」


 イオの両側に若い男性が二人並んだ。

 ナック、ヤァドも火事現場で名前を聞いた記憶がある。私は立ち上がってお礼を告げながらお辞儀した。


「ネビーが偵察した結果、どうやらイオの女関係が喉に小魚の骨っぽいので教えにきました」


「本人に聞いても信用しないと思うんでダメさ具合を伝えにきました」


「って言うから二人を連れてきた」


 ヤァドは坊主に近くてかなりガッチリしているし、ナックは剃り込みの入った髪型でイオよりも背が高いので三人並ぶととんでもない迫力。

 ヤァドもナックもイオ並みの美青年ではないけど普通に整った顔をしていて、この間までのイオみたいな着物の柄と着方なので、この三人が一緒に歩くとさぞ目立つだろう。

 むしろ今、病院の廊下で注目を集めている。


「っていうか、何が地味子だあの野郎。普通にかわゆいじゃん。俺、この隠しきれないそばかすこそそそる。触って、て感じで」


 この発言に私の頬は自然とひきつった。

 そそるなんて卑猥(ひわい)な発言を真っ昼間から本人に言うなんて破廉恥(はれんち)である。


「あいつ、かわゆい地味子って言うたけどこのタレ目な感じはあいつ好みだよな。細身でちんまり気味なのは嫌って言いそうだけど。俺はそそられねぇな。好みではない」


「あいつがかわゆいお嬢さんじゃなくて、わざわざ地味子ちゃんって言うたのは珍しい。イオが目をつけてなきゃあいつが迫ったんじゃないか?」


 イオがいなかったら卿家の好ましい雰囲気の男性が私を口説いてくれるなんて奇跡的な事が起こったの?


「イオ対ネビーってことか。賭けようぜ! 俺はイオ。ネビーのやつはやる気がないからな」


「俺もイオだから賭けにならねぇ。ネビーは好みが狭過ぎる。あいつは食わず嫌いだからな」


「そうそう。おまけに学生中は勉強と稽古、準官中は仕事と稽古、今度は何かと思ったら女にうつつを抜かすとかわゆい妹達がおざなりになるから嫌だって結局また理由をつけて女から逃げるっぽい。なんなんだあいつは。何人泣かせるつもりだ?」


「好みのお嬢さん女学生にお礼の手紙を貰って浮かれて返事をしたらお前みたいな将来性のない男は却下って親から返事が来たのが相当辛かったんだな」

「二度と門前払いされたくねぇってたまに愚痴るからな。男としての自尊心がズタボロなんだろう」


「あれだけ励みまくって期待されているから将来性かあるって思っていたのに、文通お申し込みすら拒否ってそりゃあ深い傷になる。俺でも女嫌いになりそう。女っていうか親恐怖症?」


「親恐怖症だな。俺が親ならって、そういうことばっかり言うから絶対にそう」


 卿家の男性に将来性がないって、あのネビーはどういう世界の女性と縁結びしようとしたの?


「俺も門前払いされていて辛いから、門を開けるのを手伝ってくれ」


「イオ、お前は親っていう門は少し開いただろう。だからこうしてここに居られる」


「俺らはどっちかというと閉じにきた。騙したら可哀想だから本当のことしか教えない」


「そうそう。っていう訳でイオは帰れ帰れ。一日一回ミユちゃんの顔を見たいって騒ぐから連れてきたけどもう見たから帰れ」


 ネビーといい、イオの友人は「素晴らしい友人だからお願いします」というような援護はしないようだ。


「嫌だ。こんなにかわゆくなっているのに少ししか見てない。っていうかミユちゃん。俺が来るから化粧をしてお洒落したの?」


「……違います。知らない方がお見舞いに来てくれることもあると知ったからです。実際、このようにいらっしゃいました」


 良しっ、とイオは拳を握って歯を見せて笑った。何が良いの?


「ミユちゃんが俺と喋った。なに効果だ?」


「拒否の時は喋るってことじゃないか?」


「やべぇ、笑える。イオがど変態になった」


「嫌がられてこの顔って変態じゃねえか!」


「いつもと逆だ! おもしれぇ!」


 私はこういう騒がしい方々は苦手なので、彼らと親しそうなネビーも、彼やイオと友人らしいジンも、交流したらきっと好まないということが分かった。

 類は友を呼ぶというので、きっとあのジンやネビーも、もう少し話したらこのようで、私はガッカリするに違いない。


「部屋に戻るので失礼します」


「ミユちゃん。こいつの何を知りたいですか?」


「俺ら、大体答えられると思います」


「何も知りたくありません。興味ありません」


 ついてこないで、と言いたくなるけど三人とも命の恩人なのでそこまでは。


「見た目と違って気が強いのは俺らの嫁に必要な条件だからええな」


「今のゾクッてしたからもう一回。興味ありませんって今の流し目をおかわり!」


「好みじゃないって言うたけど今のはええと思ったから俺にもおかわり!」


 なんなの、この人達!


「うわっ。冷えてええな」


「ここから笑ったら快感な気がする」


「でもこの真面目ちゃんと遊んだら規則違反だな」


「笑わせるくらいは平気じゃないか?」


「お前ら、単に遊びにきただけなら帰れ。嫌いが大嫌いになったら流石に寝込む」


 寝込んで諦めて、世の中には女性だらけだから問題ないと復活してひらひらどこかへ飛んでいくだろうか。


「命の恩人ですので人としては尊敬しますが男性としては破廉恥(はれんち)で大嫌いです。嫌いではなくて、とっくにそうです」


「……」


 言い過ぎたかな、と思ってイオの様子をうかかったら彼は立ち止まって瞬き一つしないで停止。

 彼の顔色がみるみる悪くなっていく。


「イオ〜。ミユちゃんが大嫌いなイオ〜。しっかりしろ〜」


「この反応。本気のど本命じゃねぇか。イオ〜。しっかりしろ。大嫌いだってさ。大嫌い、大嫌い、大嫌い」


「嫌いじゃなくて大嫌い。破廉恥(はれんち)で大嫌いだってさ。ネビーの言うとおりお嬢さんの破廉恥(はれんち)の基準は低かった。女から触られ慣れているからって調子に乗った罰だ罰」


 慰めないで傷口に塩を塗るの⁈

 イオは拗ねたような顔で俯いて何も言わない。


「イオがこんなのは初だな。そもそも遊びじゃなくなるから自分からもいかないし」


「遊ばせてくれる女と、遊んだらいけない純情ちゃんを間違えて頬にキスなんてするからこうなる。イオ、お前は極悪だー」


「最低最悪極悪破廉恥(はれんち)火消しー」


 ナックとヤァドがイオの傷口に塩を塗りまくっているのはなぜなのだろう。ネビーは彼らに昨日、私がした話をしたらしい。


「最低男だから大嫌いだってさ。嫌がる相手に触るのは俺らの規則違反だから罰則鍛錬をさせたけど、大嫌いって程だったから追加だ追加」


「ラオさんに言いつけてまた罰則鍛錬するぞ。あーあ。俺らも巻き添え」


 イオの父親に報告しなければ巻き添えにはならないけど話すってこと。


「げっ。泣いた。イオが泣きそうなんだけど!」


「女は星の数程いるから次だ次」


「うるせぇ! 星はいくつもあっても一番星は一つだろう! 俺を助けろ! 知らないうちに頬にキスが終わっていたって辛い。楽しみが減った……。二度と触れないかもしれないってエグい……」


 青い顔で涙目で遠い目をされて少々罪悪感。


(でもきっとこれに気を許してうっかりしたら、傷つくのは私だ)


 龍歌は大袈裟なんていうけど友人が失恋した後などを思い出すときっと大袈裟ではない。

 恋龍歌や悲劇物の文学はとても切なくなるから当事者にはなりたくない。私は穏やかで物足りないくらいの恋というか情を望む。

 浮気だなんだと大喧嘩とか、指摘出来なくて苦しいとか、喧嘩の末に離縁とか、そういう可能性が高い人と縁結びなんて馬鹿げている。


「でもさ、ミユちゃん。最初から期待していないと傷は浅くない? とりあえず俺の恋人になってみて、俺に飽きたとか俺が浮気してから振ったらどう? 信用ゼロの期待値ゼロだから加算していくしかない。大嫌いの次は嫌いか好きしかないってことじゃん」


 先程まで萎れていたのに、イオはパッと笑顔になった。


「あっ、復活した。現状維持や大大大嫌いもあるのにバカか」


「こいつ、屁理屈で復活しやがった。加算しかないって、世の中には負債っていうものがあるんだよ」


「屁理屈じゃねぇよ。ネビーみたいな俺は嫁にする女にしか触らないって言うて実行している奴の恋人になって浮気されたらどうよ。キツくないか? ヤァド、お前の嫁が浮気したらどうよ」


「あいつはそんなことしねぇよ」


「したらどうする」


「だからしねぇって」


「そこまで思っているのにしたらどうだって例え話だ。お前だけじゃ物足りねぇって遊んでいたらどうだ?」


「だからあいつは他の男に興味ないって」


「この間、歌手アギトの浮絵にきゃあきゃあしていたけど。今度握手してもらいに行くって。握手した時に口説かれたりして。耳元であそこの茶屋で少し待っててって。一目惚れしましたとか言われたらどうなるだろうな」


「……誰だそのアギトって。帰る!」


 不機嫌顔になったヤァドはスタスタと遠ざかっていった。


「俺は結婚したくなかったって何年も言うてるのに相変わらず沼に沈んでいるな」


「だな。ちびがかわゆいのもあるんだろう。ミユちゃん。世の中はあんな感じで惚れたら負けだ。あのヤァドは嫁に浮気をされてもきっと許すだろう。本気をされたら違うだろうけど。つまりさ、今有利なのはミユちゃんってこと」


「それだ! 男慣れしていないから俺を遊び相手だと思ってどうぞ。財布の紐は緩みそうだしわりと無茶なお願いも聞いちゃいそう」


「それだそれ。ミユちゃん、イオに何か頼めるって中々ないからこいつで遊ぶのはどうですか?」


「よしっ、それだ。本気がええけどまずは機会が欲しいから、俺を練習や遊び相手にして下さい」


 イオは私を見つめてニコリと笑った。


「貢がせ女性のような不誠実なことはしません」


「不誠実でええよ。俺は機会がない方が嫌だ」


「大嫌いな男に何か貰っても嬉しくないよな。一緒に出掛けるのも苦痛。よし、イオ。これはもう脈なしだ。慰め会をしてやるから帰ろう」


「帰らねぇよ。心底大嫌いなら親や番隊や組経由で俺に接近禁止令を出す。破ったら牢にぶち込んで南三区追放とかさ。だからまだ大丈夫。なんとかなる。ここにボケッと立っているし、かわゆいって褒めたら照れたから大嫌い中の大嫌いではなくて……。大嫌い……白目」


 白目って口にして白目をするんだ。変な人。


「お前は言うている事がめちゃくちゃだ。はっきり拒否の意思表示をされているから屁理屈はやめなさい」


「だから断固拒否はされてない……」


 項垂れたイオの肩にナックが腕を回す。

 私は今のイオの台詞と昨日ネビーに言われたことを思い出して少しドキッとした。

 

「……すみません。入院費のことがあって、正直私も含む家族全員が助かるので断るのが惜しくて。私に興味を失くしてそちらから断ってもらえたらな、と卑怯者です」


「いよっしゃあ! 作戦勝ちだ! 金でとりあえず会うのは許されてる!」


 もう結構です、と言うか悩んだのにこんなに嬉しそうにされると断り辛い。


「花魁を抱きたくて貢ぐバカ男みたいだなお前」


「花魁は嘘まみれで抱いたら終わりだけどミユちゃんは嫁だぞ! 帰ったら家にいてお帰りなさいって優しい笑顔で迎えてくれる。そのうちちびも生まれて楽しくて幸せだ。全然違う」


「会うのに十金貨出せって言われたら出すのか?」


「それは明らかに違うだろう。それはもう俺が惚れたミユちゃんの偶像と違うからきっと冷める」


「本人と話して偶像と思ったら冷めるってことだな」


「そりゃあそうだろう。ヤァドみたいに沼かも。そんなの縁結びの副神様にしか分からないって。明日のことは明日にならないと分からない。先回りして心配してどうする」


 明日のことは明日にならないと……。

 その言葉は私の中で何かがどこかにストン、と嵌った。


「予防は大事だろう。俺らがいつも災害に備えているのと同じだ」


「それは起こしたらいけない事だからだろう? 俺とミユちゃんは親同士はええって言うているんだから何か起こってええんだって。明日結婚するとは言ってない。その前に品定めしてくれって話だ。ロクに話していないのに何を判断するって話だ」


「いや、日頃の行いとお前の言動が嫌なんだから、判断されてるだろう。耳を塞ぐなバカヤロウ」


 ナックのこの台詞はイオに対するものだけど私の心にも突き刺さった。

 私は今、目も耳も塞いでいる。


「……あの、はい」


「えっ?」


「ほとんど知らないので……。私も明日のことは分からないと思います」


「ん? 知らないって俺のこと? 知りたいならなんでも話すよ。うおっ。なぜか知るくらいはええってなってくれた!」


「文通にして下さい」 


「俺はまた書くよ。返事は欲しいけどその手、まだ痛いだろう? だから会いに来た。単に会いたかったのもあるけど。やっぱりなんか進んだ! いえーい!」


「はぁあ! よいやっさー!」


「ん? なんだいきなり。よいやっさー!」


 イオとナックがいきなり踊り始めた!


「あはは。大人しいミユさんの周りがいきなり賑やかですね」


 姉は珍しいことにお腹を抱えて笑い始めた。


「すっいじ〜ん様のご〜加護を受けて」


「我ら火消しは全て消す〜」


「はぁあ! よいやっさー!」 


「よいやっさー!」


「はい、よいやっさー!」


「火の用心!」   


「はい、火の用心!」


「万〜病〜退散、無病息災! 龍神様の加護がくる!」


「こいこいこーい!」


「はい、こいこいこーい!」


 休憩室で歌って踊り出した二人はら周りの人達に手拍子や掛け声を求めて、街中みたいに周りも乗っていく。

 これは幼少期から家族や友人と眺めて楽しんできた火消し音頭なので、つい小さく手拍子をしてしまう。


(イオさんは歌って踊る側、私は静かに見る側なのに並んで歩きたいって変なの。合わないって分かるのに私の何を気に入ったの?)


 子どもが特に楽しそうで、男の子なんて一緒にいた親に軽く確認したイオに抱っこされて大笑いしている。


「おおー。火消しさんが慰問に来てくれたのですね」

 

「先生。そんな話、聞いていました?」


「いや、知らないなぁ。鬱々(うつうつ)とする患者さんに良い薬です」


「笑う門には福来ると言って、笑うことも薬になりますからね」


 楽しげな人々を眺めて休憩室を覗きに来た二人の医者の会話に私は心の中で小さく頷いた。


(火消しさんってやっぱり人としては尊敬出来るな)


 問題はイオの性格はどう考えても私とは噛み合わないこと。

 裁判や兵官に陳情してまでイオを追い払いたいという意思を抱けない私は彼を知っていくしかない。 無視すると決意しながら、ちょいちょい会話してしまっている。


「ミユさん。二人ともすとてときですね」


「はい。火消しさんは人としては尊敬します」


「惚れたら負けだから惚れたくないので無視したいということですか?」


「はい。気移りする方に初恋をして、あまりにも辛かったらと考えると怖いです」


「私がついています。今、イオさんとナックさんという、すとてときな火消しさんがいるのに、片方しか目で追っていない時点で抵抗は無駄だと思いますよ。彼も気が済むまで突撃してくるようですから」


「……えっ?」


「彼の気が済んだ時に自分が想いを寄せていたら嫌ですよね。こういうことは抗えないので、辛い時には私や家族がついています」


 姉のこの指摘に私は大混乱。

 確かに笑っているイオしか目に入っていなかった——……。

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