お見舞い4
少ししたらインゲの父が病室から出てきて「あんなに辛そうなのに、ミユちゃんに臭いって思われたくないって、あのありがたい魔除けのお水で拭いたりしました。二人で話したいそうですがお願いしてもええですか?」と頼まれた。
「もちろんです」
「お医者さんか介助師さんを呼んできます。意識が少しはっきりしたら呼ぶように言われているので。そういう意味でもお願いします」
「はい」
会釈をされたので会釈を返して、深呼吸をして笑顔を作って病室へ入りインゲの名前を呼んで彼の近くへ移動。インゲは起きようとしたので「寝てましょうね」と寝かして落ちた手拭いを濡らし直してから彼の額に乗せた。
「あり……とう……」
「お安い御用です。何かして欲しいことはありますか?」
「……ううん。何も」
「入院したばかりの頃、夜中に痛み止めが切れてうなされていた時に誰かにこうして欲しかったけどインゲ君はどうですか?」
慕われているなら喜んでくれないかと思って、私は彼の片手を取って両手で包んだ。
「……うん」
「来た時より顔色がええから回復の兆しかもしれません」
「……ユちゃん」
「なんですか?」
「かっこ……ええって言うて……れて……りがとう」
格好ええって言うてくれてありがとう、だろう。入院中に何気なく口にした言葉を彼はとても喜んでくれたと人伝てに聞いて、多分それが彼が大人のお姉さんへに憧れてくれた理由。
「ありがとうって本当のことですよ」
「おとな……れないから、しゅ……げんはでき……いって……ってる」
大人になれないから祝言は出来ないって思ってる、だろう。
「大人になるから出来ると思いますよ」
「……みあいもできない……」
「あら。私としたではないですか。約束しましたよ。これから大きくなったらまたしますよ」
「あれ……みあいなの?」
「あれはお見合いですね。お申し込みされて話し合って約束したのでお見合いです」
「そっか……となになったみたい」
「大人になったら年増おばさんは嫌って言わないで下さいよ。若い子と祝言でもお見合いはして下さい。イオさんと大喧嘩して祝言していなかったり離縁していたら私は最初にインゲ君とお見合いしたいので。優しくて格好ええ心の人は少ないです」
もっと優しいことを言えたり。ふざけて笑わせられたら良いのに、と私はせめて笑顔だと笑ってみたけど目に涙が滲む。
「こいを……るのも大人みたい」
「だってインゲ君はもう半分大人ではないですか」
「う……ん」
「大人になれないなんて弱気になると妖や鬼に食べられやすくなりますよ。大丈夫って思いましょう」
「……きをくれる?」
元気をくれる、だろうか。あげられるならいくらでもあげたい。
「何をしたら元気が出ますか?」
「うう……ん。ゆうき」
「勇気ですか。何をして欲しいですか?」
「お花……。生けて……れる?」
「ええ。起きたらお花が見えたら元気が出ますよね」
「ミユちゃん」
「はい、なんですか?」
ゆっくり、小さな声でインゲがなんとか告げた言葉は、聞き取らなかった所を予想して繋げてると「好き。イオ兄ちゃんと笑うミユちゃんが一番好き。一番かわゆい。だから仲良しでいて祝言して。次は俺に一番かわゆく笑ってくれる人を好きになる。ミユちゃんみたいに本当に優しい人。泣かせてごめんね」だった。
「本当に優しいのはインゲ君です。年が明けたら祝言です。お祝いに来て下さいね」
「うん。俺……イ……兄ちゃん……たいになる」
「真似して良いところは沢山あるけど反面教師にしないといけないところもあるから気をつけて下さいね。他の人も参考にしましょう」
「ミユ……ん」
「はい。なんですか?」
手をギュッと握り締められたので顔を覗き込んだけど相変わらず視線は合わない。
「少し……る。良かった。さいご……すこ……見え……」
インゲが引きつって震え始めたので私は慌てて大声で「誰か!」と叫んだ。即座に扉が開いてお医者さんと介助師さんが駆けつけて私を押しのけるように脇に来たので私は邪魔になるから離れて自分の両手を握りしめた。インゲの父が介助師の隣に滑り込むように腰掛けて息子の名前を呼びつづける。
怖いと茫然としていないで対処を覚えようと、服を緩める、顎を上にあげる、横にさせるとお医者さん達の行動を目で追う。そうしていたら介助師さんが突然叫んだ。
「きゃあ! 蛇!」
「どこから入った!」
見たことのない灰色の蛇はインゲの君の上から横腹に噛み付いて、勢い良く離れて開いている窓から外へ出て行った。
私は慌てて窓へ近寄って、あんなに素早い蛇は見たことがないと中庭を眺めたけど、もう蛇の形は影も形もない。
コツン、と額に何か当たったと思ってそれが床に落ちたから何かと思って拾ったら薄黄色の金平糖だった。中庭にはどう見ても誰もいない。
「金平糖は厄除け……。あんな蛇はいないから副神様です!」
「えっ? ミユさん?」
「こんなところに金平糖が飛んでくるなんておかしいです。優しい子は黄泉に欲しいけどまだ来ないで大きくなってから黄泉で働きなさいってことです! 先生、金平糖は砂糖だから砕いて湯煎したら溶けるのでそうしたら飲めますよね⁈」
「ミユさん、落ち着いて下さい。確かに金平糖が飛んでくるなんておかしいですけど……」と介助師さんに睨まれてしまった。
「あんな蛇を見たことがない。ミユさん、薬師さんを呼んで来て下さい! 噛まれたから蛇関係の薬って言って! 何の蛇かは分かないと伝えて下さい。金平糖で何かしたかったら他の薬師さんに相談して下さい! ヘレンさん、押して血を出すから当て布!」
「はい!」
「は、はい、行ってきます!」
インゲの着物が脱がされていく。私は慌てて病室を飛び出して薬師のいる部屋を目指して飛び込むように入った。しどろもどろで上手く説明出来なかったのに、年配薬師は上手く聞き取ってくれた。
「私が行くからレイン君、金平糖を確認して、使っても大丈夫そうなら一緒に何かしてあげて」
「はい、先生」
「ロズ君は私と一緒に準備して行くぞ」
「はい!」
部屋に四人いた薬師のうち二人はインゲの為に準備を始めて残り一人は仕事を続け、レインという兄よりいくつか年上に見える薬師が私に「大丈夫ですよ。どうぞこちらへ」と促してくれた。
「厄払いの金平糖が飛んできたって、見ても良いですか?」
「はい。こちらです」
私は握りしめていた金平糖を薬師に差し出した。
「落とし物を患者さんにはあまりだけど、金平糖は高級品だし洗って煮沸してしまえば問題ないでしょう。中庭の空から金平糖は確かに妙です」
「そうですよね。だって誰もいなかったんです」
「フェリキタス神社ではたまに朝、御鏡の前に金平糖が一つ置いてあることがあるそうです。夜、戸締りをするのに。フェリキタス神社の水を汲みに行く時や、あれこれお祓いしてもらう時に聞いた話です。昔々からなので、それを井戸へ入れて甘酒を振る舞うそうですよ。急な甘酒振る舞いはそれって知りませんでした」
「そんな話があるんですか!」
「さっきのヨハン先生から教わりました。親の下で学んでいた時は信仰心は無かったけど、一人前になるために修行してきなさいとここで働くようになってから、たまに不思議なことがあるので少し信じるようになりました」
最近だと、これはかなり跡が残りそうだし火傷後熱発は下手すると命の危険だと準備したらあっさり良くなった若い女性がいたと言われて、それは私ではないかと思ったけど話に横入り出来ず。
「魔除けしたお水で傷洗い水を作って欲しいって何かと思ったけど、元々フェリキタス神社の井戸水を毎日汲みに行って何かしらに使っているから同じようなものかと。関係なくても、関係あるかもしれないから、気持ちは大事です。世の中、何も起こらないことばかりですけど、期待していなかったのに良いことがあると嬉しいです」
「はい。何も起こらなくても縋れるものには縋りたいです」
「それで詐欺みたいな商売が始まったら取り締まってもらいますし、騙されたようなら警告したり兵官に教えますけど、空から降ってきたものを使いたいだから大丈夫ですね。変わったじん患いのインゲ君なら……今、夕食作り中ですから一緒に厨房へ行きましょう」
じん患い? じんって何? しかも変わった?
レインに促されるまま厨房へ行って夕食を作っている人達に、彼が声を掛けたら場所とすり鉢を借りることができた。
「粉々にしておいて下さい。料理長さんと話の続きがあるので」
「はい」
金平糖は棒で強く叩いたら砕けないで崩れた。これは金平糖ではないのだろうか。すっていないのに砂みたいに崩れたので気になってつまんで掌に乗せて小指を使って舐めてみたら、あまりにも苦くて「苦っ」とむせてしまった。
「レインさん。金平糖ではないです。味は違うけどこれは塩の塊か何かです! 岩塩か何かな気がします! 塩の味玉違うけど、甘くなくて苦いです!」
料理長とレインが戻ってきて二人とも偽金平糖の粉を舐めた。
「苦っ」
「苦いな。なんだこれ。こんな味の塩は知りませんけど金平糖ではないのは確かです」
「そういえばフェリキタス神社の金平糖も甘くないらしいって聞きました。お湯で溶かして冷まして飲んでも不味い。だから甘酒にしてしまうって」
「これは龍神王様の贈り物なんでしょうか。それか健康のお狐と白蛇の副神様」と料理長はしげしげとすり鉢の中身を眺めた。
「そういや親父に昔、早朝の仕込み時に蛇を見て玉を投げてきたから普通の蛇とは違う動きは白蛇様だと思って料理に使ったって聞いたな。偶然か加護なのかしばらく患者さん達の経過が良好だったって。だから神棚の掃除をしっかりして毎日拝めって」
「同じものかもしれません。使って下さい。今日の料理に全部。味が変わらない程度なら全部に使えそうです」
「そうしましょう。食べられない人もいるから飲み水にも入れます」
神棚がある、と私はそこに手を合わせて「お願いしす」と「ありがとうございます」と口にした。心の中で言わないで口にするのが大切だとは誰から教わったんだっけ。こういうことは当たり前のことでごく自然と覚えた。
レインが「あのインゲ君なら今夜はせめてこのくらい」と用意した重湯に私は「すみませんが贔屓します」と謎の金平糖の粉を縁起数字の三つまみ。レインと一緒に部屋に戻って今夜分の彼の煎じ薬を重湯に混ぜて食事ではなくて薬だと食べさせる——ほぼ飲ませる——ように指示されたので病室へ戻った。介助師さんがインゲの服を着せているところで、彼の母親が増えていた。
蛇の噛み跡からの異変は今のところなさそうで、他は危険な状態だけど出来ることは全てしていて、そもそもよく分かっていない病だからこれ以上は難しいという。
だから息子さんに会わせたい人、彼が会いたいと思う人に知らせたり、もしもどこかへ行きたいとか何か見たいならと何でもしてあげて下さい。お医者さんは悲しそうな顔でインゲの親にそう告げた。
「わ、私、私、インゲ君の友人に知らせてきます! イオさんも! こちらは無理矢理でも食べさせて下さい! 薬師さんが薬だからって! 行ってきます!」
薬入りの重湯を介助師さんに押し付けるように渡して、転びそうになりながら部屋を飛び出した。まずはノノだと彼女に知らせて、時間が惜しいとすぐに病院を出て、自分の家の方へ向かった。
雨が降り出したけど傘なんてないからとりあえず手拭いをほっかむりして、足袋も草履も汚したくないから脱いで手提げに入れて、着物の裾も少し持ち上げる。
夕暮れに染まる時刻のはずなのに黒い雲に覆われた空なのでこれでは美しい景色は何もない。彼は今、何を見たいだろうと考えて目が見えなくなっているんだと思い出して涙が顔にぶつかる雨に混ざっていった。
走って、走って、走って、走り続けてたまに休んで走って、最初に寺子屋へ行って顔見知りの先生を探して事情を伝えたら名簿でニムラとクルスの家を教えてくれた。
「他の子も、もしもいたら、親御さんが許したらお願いしたいです」
「むしろ自分も。老先生のところへ行って相談してきます。ただこの天気なので……そこも相談します」
「はい、お願いします!」
近い方から、とニムラの家へ行ってら母親がいたので事情を説明して今日の天気が天気だから明日の朝でも、息子さんと親で話し合った欲しいと頼んだ。
次はクルスの家で、玄関が分からなくて店仕舞いしているお店の扉を叩いたらかなり若い従業員が開けてくれたのでつっかえながら説明。
「弟の友人のことです。すぐに親に話して弟にも聞いて話し合います。びしょ濡れです。今、拭く物を持ってきます」
クルスに兄がいるのは知っていたけど、思ったよりも年の離れた兄だった。
「行くところがあるので、急いでいるのでありがとうございます!」
「せめて傘!」
走り出したらクルスの兄が追いかけてきて傘を差し出してくれたのでありがたく受け取って傘をさしてハ組へ向かって走って、走って、走って、足がもつれて転んだ。正確には転びかけたのに宙に浮いた、だ。
「雷が怖いでしょうけど気をつけて下さい。暗くなるから若い娘さんは早く帰って下さい」
地面に降ろされてこの声は、と見た時には兵官が私から遠ざかるところだった。
「ネビーさん!」
今の声はそうだと声を掛けたら、振り返った兵官はやはりネビーだった。笠を被って羽織りも雨の日用の黒い羽織りという姿なので前に会った時よりも圧が強い。
「ああ、ミユさん。こんにちは」
「イ、イオさん。イオさんを見ませんでした? いえ、あの、仕事中ですけど探せますか? 兵官さんは私よりも人探しが上手そうです!」
事情を説明したら「そういうことは友人知人の前に兵官の仕事ですから俺がするし他の人にも頼みます」と言ってくれた。これでイオはきっとインゲに会いに行けると安堵。
「ありがとうございます!」
「それを頼んでミユさんは何をするんですか?」
「生けてって頼まれたから花探しと家から花カゴとかを持ってすぐ病院へ帰ります。ああ、自分の親にも伝言しないと。家に置き手紙が必要です」
「それも全部頼まれるからすぐ病院へ戻って下さい。何もないとよかだけど後悔することになったら辛いです。兵官に付き添ってもらいます。天気が悪くてこの暗さだから若いお嬢さんが一人でいるのは良くないです。まず小屯所へ行きましょう」
おいでというように手で促されたので二人で並んで歩く。私が早歩きだから彼も早く歩いてくれている。
「その子の好きな花はなんですか?」
「分からないです。あの、桜は知りませんか? 別の方へのお見舞いで遅咲き桜はないか探したくて。花見はきっと出来ないだろうからって言うていていて。その人は長生きしたからって言うけど、もっと長生きして欲しいです」
「……人は容赦なく死にますからね。昔、似たようなことを言うた恩人に見せたくて、かなり広範囲を探したけどこの時期に桜は見つけられませんでした。もう少し遅い秋の始まりだったけど今も似たようなものかと」
「そうなのですか」
「コダ山にもなかったんですよ。夏の終わりは秋の始まり。それで秋の桜はコスモスです。だからコスモスがあります。昔、コスモスの漢字を賢い人に教えてもらいました」
「あっ……。確かにそうです。コスモスは秋の桜と書きます」
「好きになったので、普段からついつい見ているからコスモスがどこにあるか分かっています。なのですぐに集められます。あと欲しい花はありますか?」
「彼をお見舞いしたい子達が月見会をして元気づけると言うたのでススキを少しお願いしたいです」
私に笑いかけたネビーの優しい目と笑い方はイオに良く似ていて親しい友人は似た表情を浮かべるんだなとまた涙が溢れる。
小屯所へ着くとネビーが同僚の兵官、私の父親世代の人に私の付き添いを依頼して、他の兵官は私の家へ簡単な文書を作って届ける伝言係となり、ネビーは「自分は彼女の婚約者に連絡などをするんで、彼女をお願いします!」と走り出した。
「あっ。あの、私の友人にも知らせたいです。そんなに人手はさけないと思うので家に寄ります。そうしたら伝言係の方の仕事も減って友人のところへ行けます」
「何かあって遅かったと後悔すると辛いので我々を頼って下さい。このように所にはまだ人がいるし、こういう時は火消しさんも頼りになります」
私に付き添ってくれる予定のウワシはそう告げると、ピーと笛を吹いて、最初に寄って来てくれた見回り火消しに事情を伝えた。
「そんなの当たり前だ。というか仕事だし仕事でなくても頼まれる。お嬢さん、その友人の家はどこですか?」
感謝を述べてチエとスズの家を伝えたら火消しは手を振って走り出した。
「あの、走ってもええですか?」
「もちろん」
それなら、と私は走り出してなるべく頑張って走り続けて、途中で歩こうとしたら「失礼」と片腕で抱えられて、兵官はそのまま走り続けてくれから衝撃を受けた。これは力持ち過ぎる。
「少し休んだらまた自分で走って下さい。長くはちょっと」
「ありがとうございます。すぐに下ろしてもらって構いません」
「これも鍛錬です鍛錬。雨が酷くなってきたから急がないと。自分達はこの装備ですけどお嬢さんは風邪を引いてしまう。昔、一番上の娘は風邪を拗らせて亡くなって。だから油断大敵ですからね!」
「はい。気をつけます」
私はのほほんと生きてきたけどネビーといい、このウワシといい、大切な誰かを亡くしているからこのように優しいのかもしれない。兵官は火消しと同じく人の命の終わりを普通の区民よりも見ていそう。
あまりにも強い風が吹いたので、龍神王様が広い国中を回って王都に戻ってきたのなら、どうか今辛い人に少しでも手を差し伸べて、異国の神様が遊びにきたのなら同じく助けて下さいと、私は小さく小さく囁いた。




