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私は静かに暮らしたい  作者: あやぺん
本編

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37/43

お見舞い2

 昼食後は最初に寺子屋に行って、イオが子ども達に浮絵を見せたり遊んだりするのを眺めつつ、読み書きの練習のお手伝いに参加。

 その後は今日いたニムラとクルスと病院へ向かって、途中で二人に「インゲは最近ずっと来てなくて家に行っても誰も居ない」と教えられた。


「最近っていつからだ?」

「もう五日」

「そっか。ミユが最後に病院に行ったのはいつ?」

「三日前ですが、休憩室と入院していた部屋にしか顔を出していません」


 ニムラとクルスは不安そうな表情で、イオの手をギュッと握りしめたのが見ていても分かった。今日、二人が時々何か言いたそうだったのはこういうこと。


「健康祈願をすると毒出しなのかたまに一時悪化する人がいるからそれかもしれない。もし入院していたらお見舞いに来てくれたって喜びそう」

「親が手紙を書いてお見舞いしてもええって言われてからって言うから待っていたけど、待てないから行きたかった。ありがとうございます」

「病院のこととか良く分かっている火消しさんと行ったって言うたら許される気がします」


 ニムラもクラスもさらにイオの手をギュッと握りしめた。


「俺が連れて行ったって言う。まあ、単に旅行かもしれないけどな。お前ら、俺が来なくて寂しかっただろう!」

「ミユさんが来てくれていたから別に」

「遠いところへ行ったからお土産話があるかなってずっとワクワクしていました!」

「この野郎、二人共寂しがれよ!」


 イオは大笑いしながらニムラとクルスを小脇に抱えた。その後は肩車、その次は腕にぶら下がりだったので二人ともとても楽しげ。

 病院に到着するとイオとは少し別行動。私は子ども二人とまず入院していた大部屋へ行って挨拶をして回って、顔見知りはもう全然いないと一安心。

 ただ、ノノは三日前と同じくまだ入院していた。なんの病気か知らないのは尋ねないからで、彼女も私に話したりはしないけど、長期入院だから悪いのかもしれないと悲しくなる。しかし笑顔が大事だとしっかり口角を上げた。


「ノノばぁちゃん、今日はトランプ出来る?」

「ええ、出来ますよ。そろそろ来ないか楽しみにしていました。お話しするのは初めてのクルス君もこんにちは」

「ノノさん、こんにちは……」と人見知り気味のクルスはおどおどしている。


 イオが不在の間にトランプは完成して皆が使っている。休憩室に放置だと失くなったらいやなので介助師さんの部屋の金庫に簡単な遊び方の説明書きと共に預けられていて誰でも使えます、と廊下の壁に掲示されている。

 他の方は家族が来ていたのでノノと四人で部屋を出て、ニムラと同室だった人を確認したらもう誰もいなかったので四人でトランプで遊ぶことにした。トランプを借りに行く前に、まず休憩室へ移動して雑談開始。

 

「ノノばぁちゃん。四人だから幸せ数字で縁起がええよ。だからまた黄色い顔は戻るね」

「ええ、そうですね。ニムラ君達が先月七夕飾りに元気になりますようにって書いてくれましたからきっと大丈夫」

「次に会ったら見せようと思っていた絵を持ってきた。見たいかなって思って」

「あら、何の絵かしら」


 ニムラは自分のカバンから大きめの筆記帳を取り出して(ページ)をめくってノノへ差し出した。そこにはこの間の七夕祭りのような光景が描かれている。やはりニムラはこの年にしてはとても上手な絵を描くなぁと私も興味津々で眺めた。


「あらぁ、どこかの七夕祭り?」

「火消しさん達の大お祓い祭り」

「初夏祓い祭りのことね。すとてときな絵ねぇ」

「クルス君はもっと上手いっていうか絵の感じが俺と違う。クルス君も持ってきたから見て欲しい」

「ええ、ええ。もう遠出は難しいから絵を見るのは楽しいわ」


 ほら、と言われてクルスもカバンから筆記帳を出して自信なさげな表情で「お店が頼む絵師さんと全然違うから練習中です」と小声で告げた。


「俺はこの絵が好き。天の川だって。すこぶる綺麗」とニムラがクルスの筆記帳を開いた。


「まぁ、これも絵師さんのようです」

「全然です。まだまだ下手過ぎます」

「クルス君、知っていますか? 芸術品の上手い下手や好き嫌いや欲しい、欲しくないは相手が決めるの。もちろん芸術家は自分のこだわりとか、納得とか色々あるでしょうけど。私もニムラ君と同じでとても綺麗ですとてときだと思います。欲しいくらい」

「クルス君、そもそもさぁ、先生にもイオさんにも褒められたらありがとうって教わっただろう?」

「うん。あの、ありがとうございます。褒められて嬉しいです」

「そうそう。まずそれ。僕が好きな絵を下手と言われたら悲しいからありがとうでええって。向上心は大事って言うけどって老先生にも言われたじゃん」

「そうだったね。うん。僕もこの絵は実は結構自信がありました。でももっと上手くなれるなぁって思います」

「そうだわ。今度二人が忙しくない時に私の絵を描いてくれますか? 似てなくてええけど、代わりに好んでいるうさぎの絵も添えて欲しいわ。家で孫が飼っているの」

「それならまず下書きしないといけないから、今から描く」

「僕もそうします」


 その前に作品を見せて下さいね、とノノは二人の筆記帳に描いてある絵を鑑賞していって二人を褒めていくので私も便乗。


「あら、これってミユさん?」


 クルスが描いた女性の上半身横顔像は、確かに私にどことなく似ているし、着物の柄や髪型と向日葵(ひまわり)(かんざし)でもそう思う。


「はい。イオさんに頼まれました」

「おい、クルス君。内緒って言われたよな?」

「あっ」

「ミユちゃん、秘密だよ。会えない時にニヤニヤ見るって言うていたからクルス君が似るように一生懸命描いてるんだ」


 秘密だよって今、盛大にネタばらししたけど。


「こっちは勝手に描いてる。仲良しだったから」


 恥ずかしい事に七夕の夜に二人で河原にいた後ろ姿をニムラに描かれていた。横を向いて笑い合っている私とイオらしき人物と夜の河原に天の川という絵で素敵。


「本当、仲良さそうね。ミユさんとイオさんはいつ祝言するの?」

「……年明けの予定です。一日は家族だけで二日はハ組みたいな話が出ています」

「あら、思ったよりも近いわね。お祝いできそうで嬉しい。新年は家で過ごす予定なんだけど、行けそうならハ組へ挨拶に行っても良いですか?」


 裏を返すと遅いとお祝い出来ない、体がもたないという意味な気がして寒気がして、ますます悲しくなってきた。


「それなら元気な私達がうかがいます。ご迷惑でなければ」

「ミユちゃん、イオさんのお嫁さんになるの?」

「ええ、大喧嘩しなかったらその予定です」

「うわあ、皆でお祝いする! それで一緒にノノさんの家に行こうよ。悪い鬼は縁起がええ事で逃げるからノノさんがまた元気になって黄色くなくなるよ。うさぎも見たい」

「それはとても嬉しい話です。皆で来て下さい。その前に先生に聞いて、うさぎを連れてきても良かったら約束した日に娘と孫に連れてきてもらいましょうか? 二人がうさぎを見たり触りたかったら」

「わあ! そうしたら見ながらノノさんとうさぎを描けるよ!」

「うさぎに触ってみたいです!」


 ここへイオがきてノノに挨拶をして「色男に照れて赤くなる女はいるけど黄色ってことはイオ君が好きすぎるってことですか? あはは。もうっ、ノノさんは俺好きなんだから」と笑いかけた。


「ええ。もっと遅く生まれたかったわ。そうしたらミユさんに勝っていたかも」

「ノノさんとミユさんだと二股かもしれません。選べないんで。ミユ、君の事でちょっとええ?」

「はい」


 イオに呼ばれてついて行ったら廊下の端で彼はみるみる笑顔を消して悲壮感あふれる表情になった。


「インゲ、やっぱり入院してた。五日前に痙攣(けいれん)して運ばれて熱やら色々でずっとそのまま入院中。親御さん達は入院費って働いて、あとはほぼここって。どおりで家に居ない訳だ」

「顔色が悪いです。そんなに悪いのですか?」

「他所の家の子の事だから詳しいことは何も。でも多分危ない。もう少ししたらお父さんが仕事の合間に来る時間らしいから、金問題は頼ってくれって言うてみる。子ども関係の寄付金集めはたまに組でするから……」

「私も手伝いますし少しくらいなら出せます。きっとご両親は子どもの近くにいたいです」

「ノノさんみたいに老人が先に逝く人達は見てきているからあれだけど、それもキツいのにこれは更にちょっと……。まあ、現場でも色々あるけどさ。ノノさんはやっぱり長くなさそうだな。良くなったかと思ったけどあの顔色……」


 私は先程の会話をイオに伝えて、祝言日は皆でノノの家に行きたいと頼んだ。


「もちろん。お祝い日は大事な人達にどんどん縁起をつけないと」

「ええ、そうですね」

「あっ。もうすぐ来るらしいお父さんに会えたら結納日に二人でここに来てええか聞こうか」

「ええ、是非」


 そうしたらそこへインゲの父親が疲れた顔で現れたのでイオが呼び止めた。たまたま来てお医者さんに軽く話を聞いたこと、インゲの心配をしている友人二人がいること、お金が必要なら組が定期的にしている子ども支援の寄付金を回せるか組幹部に今日のうちに確認すると教えた。


「そんなこと、ええんですか?」

「孤児を養う神社は回すことが多いんですが、こういう時にも使ったりします。インゲ君はここで入院している皆を楽しませたり、将来補佐官になるって沢山勉強を始めたからなおさらです。その分、今辛い息子さんと長く一緒にいてあげて欲しいです」

「そのようにありがとうございます。明るく前向きになって塞ぎ込みをやめたお礼をしないといけないくらいなのに。確認するってことは確実ではないってことですし、無いものと思って働いて返せる分は返します」

「お礼はしてもらいますよ。祝言のお祝いを言いに来てもらいたいですし、彼の元服祝いもしないといけないし、補佐官がダメなら事務官ってとにかく俺ら火消しの苦手分野を押し付けるんで。面倒なのに目を付けられたと慄いていて下さい」


 今にも泣きそうなインゲの父の肩を叩いたイオは彼と会う前とは真逆の明るい笑顔だ。


「結婚されるんですね。おめでとうございます。今朝はうなされていて全然でしたけど、今の調子はどうでしょう。少し元気になったら会って欲しいと頼みに行くつもりでしたけど、出来れば今日もお願いしたいです。良くなるどころか悪化していて……。おめでたい二人から縁起がうつるかもしれません」

「こちらもそれをお願いするつもりでした。今日もですが、三日後に結納するんでその日もどうかなと。三日後なら今より良くなっているかもしれませんし」

「あっ」

「ミユ、どうした?」


 縁起をうつす話を聞いていたらふとリルが持ってきてくれた魔除けの井戸水や、リンとベルが持ってきてくれた神社の井戸水を思い出した。


「病気の鬼や妖が来ないように魔除けです。魔除けのお水。飲むのもそうですが、体を拭いたり使えます。リンさんとベルさん、リルさんがそれぞれお見舞いの時に持ってきてくれたんです」

「ああ、一番近い神社に行こうか」

「いえ。お医者さんに思ったよりも火傷の跡が残らなかったと言われたから、せっかくなので同じお水にしたいです」

「分かった。組に行ってまた戻ってくるからその時に持ってくる」


 軽く話し合って三人でインゲの様子を見てからニムラやクルスを呼ぶと決定。

 こうして私達はインゲの病室に入室。入れ替わるように介助師が「付き添いがいる間に他の方を看ます。先生も呼びます」と去った。

 私はインゲのあまりの顔色の悪さと辛そうな顔に思わず泣きそうになってしまった。私が泣いている場合ではないので目に力を入れて奥歯をギュッと噛む。

 インゲはうなされていて、彼が寝ている布団の脇にインゲの父親が座って汗を拭って息子の手を繋ぎ、イオは反対側に腰を下ろしたので私は彼の隣に腰を下ろした。


「インゲ。イオさんが来てくれたぞ。もう頑張ってるけど頑張れって、負けるなって来てくれた。良くなるから大丈夫」

「う……。に……ちゃ……ん?」

「ミユさんも来てくれた」


 息を荒げて目を閉じているインゲは苦悶の声しか漏らさない。

 インゲが「見えなくて怖い」と呟いた時に彼の父が「見えない? 見えないってどうした」と動揺したけど返事はなし。インゲは熱があるようで、意識が朦朧(もうろう)としているようだ。


「お父さん、この後の仕事は臨時の日雇いって言うていましたよね? 力仕事ですか?」

「ええ。荷運びです」

「何時からですか?」

「二十一時頃からです。それまでにここに妻が来ます」

「俺がここにいても何にもならないからそれは俺が行きます。荷運びなら自主鍛錬みたいなものなんで。奥さんと二人でここにいてあげて下さい。働いた分はお見舞い代にします」

「……いえ、でもあの」

「少し良くなった時はお父さんが働いて俺がお見舞いですよ。頼れる人が居ない時に火消しや兵官がいるんですけど代わりに働いてくれ、は仕事ではありません。火消しだからじゃなくて俺がしたいから手伝わせて下さい」

「ありがとうございます。でも、家のこととか町内会の方が助けてくれたり、費用のことも少し寄付みたいに集めてくれています」

「お互い様だから、行事の時とか、人手がいる災害時とかで同等分働かせますよ」

「それなら……ありがとうございます。今朝はもう少し平気そうだったので……。今はこの子のそばにいたいです」


 泣くものか、というようなインゲの父は片目だけすうっと涙を流した。イオは懐から手拭いを出して桶に張ってある水で濡らしてインゲの額に乗っている手拭いと交換した。


「インゲ、お前の大好きなミユちゃんの手拭いだ。絶対に返せよ」


 このようにイオが声を掛けて、彼の頬を撫でても返事は特になし。こうして私とイオはインゲの父と少し話した後に病室を後にした。その際、難しい表情のお医者さんとすれ違ったけど何も聞けず。

 インゲの父と三人で話し合った結果、ニムラとクルスに正直な話をした。そうしたらニムラは「ええ奴だからまだまだ生きるから元気になった時のお祝いを考える」と入院仲間だったからか何か知っているような気配で、クルスはこういう事は初のようでとても動揺して泣き出してしまった。イオが彼の肩を抱いて優しく腕を撫でる。


「ええ奴だから、せっかく友達が出来たから、元気になって欲しいです」

「泣いたって人は死ぬ時は死ぬから笑う門には福来るだって。早めにする寺子屋の月見会が終わっちゃうからここで月見会をしようぜ。楽しそうだって元気が出るかもしれないし」

「ニムラ。お前は一回死ぬほど辛いことがあったから肝が据わっているな。クルス君も優しい」


 イオが二人の頭を順番に撫でた。今はまだ夏の終わりの八月だけど彼らの寺子屋では街や町内会や家の月見会がある分数日後に月見会の予定だ。そういえば十五夜頃が最初の結納日だったのに、しれっと結納日が早まっている。


「よし、お前らに頼みがある。俺は今日、休みというか一応勤務日だけど出張帰りだからこの通り働いていない。それで明日は休み。他に家族がいないのかインゲの親は大変そうだから俺は二人の手伝いをする」

「僕もそれを手伝います!」

「いや、クルス君、子どもは邪魔だって。邪魔じゃない僕達にも出来る頼みって何?」


 ニムラはおどおどしたところがあるけど、こういう時は大人びているのは入院経験が理由だろう。


「臨時の仕事でお姉さんの婚約者の火消しが帰ったから家まで送って欲しいって、そこらの火消しに声を掛けて無事に家へ帰って欲しい。俺はちょっと送れなそうだから」

「私が何人かに声を掛けて、こう、途中まで、途中までと送ってもらえば安心安全です」

「分かった。あとさ、兵官さんに迷子になったって言うと連れてってくれるよ」

「おお。その方法でもええ」

「この間、クルス君と探検に出て迷子になってクルス君がそうした」

「おお。二人とも優しい上に賢い! このままどんどんええ男に育てよ」


 イオはニムラとクルスの頭を撫でるとノノには「ノノさん、また。調子がええと思っても油断大敵ですからね」と笑いかけて去っていった。

 私はニムラとクルスを連れて帰って、イオが仕事に行く前の食事とインゲの親への差し入れをサエと作って戻ってくる予定。イオが頼んで、ラオかタオが付き添ってくれるように手配してくれる。私の親へは家に書き置きを残すので何か手伝ってくれるかもしれない。

 

「ミユちゃん、僕はお見舞いしない方がええの?」

「インゲ君のお父さんが、親に聞いて良いですと言われたら手ぶらで親と来て欲しいそうです。何も要らないから頑張ってって応援をお願いしますと。私がニムラ君のご家族にご挨拶しますね」


 友人の辛いところを見て辛くなるかもしれないから親が却下するかもしれないし、自分達が側にいるなら会わせると判断するかもしれないということで私が二人の親へ伝言する。


「分かった」

「僕もお見舞いしたいから親に話すし、一緒に頼んで欲しいです」

「ええ、分かりました」

「ニムラ君、クルス君。帰る前に人見知り気味って言うていたから練習で、介助師さんを探してきてくれますか? ミユさんと話したいし、少し動くのが辛くて。急がなくてゆっくりでええですよ」

「うん、分かった」

「はい。行ってきます」


 二人をある意味追い払ったノノの目的は何かと思ったら「ミユさんがここに居た時は縁のない二人かと思ったらすっかり仲良しそうね」とイオと私の事だった。


「えっと、あの、少しはそうです。はい」

「匂わせたように私は長くなさそう。研究台になる代わりに安く置いてもらっているの。春は無理そうで年越しはなんとかだろうって。もう一回桜を見たいから頑張るわ」

「春の桜も見ますが、変わった時期に咲く桜もあるので探します」

「いいえ。ミユさんのお顔が春爛漫(はるらんまん)という春を見られそう。人生の終わりかけに急に孫みたいな子達も増えたしありがとう」

「それは私ではなくてイオさんです。でも、たまたま火事に遭って、火傷してここにイオさんを呼んだのは私なのでありがたく気持ちを受け取ります」

「イオさんは毎日春ね。私にはもう春は来ないと嘆いていたら春が来てびっくり。なのに欲深くて桜が見たいから長生きするわ。でも後悔はさらになくなった。恥ずかしいからイオさんに伝えてくれる?」


 子ども達に自分の寿命が長くないという話をしたくないのは明らかなので黙っていよう。


「ええ、伝えます。でも一緒にお花見をしましょう」

「ええ、もっと欲張って長生きするわ。でも三途の川を私が渡るから、インゲ君はって言えたらええのに……。私は長生きして幸せなことが山程あったもの」

「二人とも渡らなくてええです。でも、こればっかりはどうにもなりませんね」

「ええ。あの子がまた入院したなんて知らなかった。知れて良かったわ。二人が呼んできてくれた介助師さんに私はお見舞い出来るか相談してみる。親に確認して欲しいとか、大丈夫な時に呼んで欲しいと言うわ」

「インゲ君、きっと喜びます」


 この後少しして、私はニムラとクルスを連れて病院を出て、まだ明るいけど気をつけて通りの真ん中を歩きながら火消しか兵官がいないかと捜索しつつ、家の方へ向かって歩いた。

 見回り兵官を発見したので声を掛けようと近づいていたら「こんにちは」と右側から女性に話しかけられた。誰だろうと思いつつ顔を向けたら小さめの四角いカゴを背負ったリルだった。


 リル! 魔除けの井戸水! こんな偶然ある⁈


「こんにちはミユさ……」

「リルさん! リルさんの家の井戸水を分けて下さい! 私のお見舞いの時に下さった魔除けのお水です! ご利益があった気がするので、今日中にお見舞いで渡したい人がいるんです!」


 私は思わず彼女に詰め寄るように話しかけてしまった。


「……。ええですけど……」

「すみません、不躾に」

「帰るところなので一緒に来ますか? 少し遠いですけど。ミユさんの家は実家の方でしょうからそれとは反対です」

「はい、是非お願いします。途中で水筒だけ買わせて下さい」

「それは我が家にあります」


 リルの家へ行くなら、ニムラとクルスをどうしようと思案していたらニムラに「それなら僕達は二人で帰る。お見舞いのことは親に自分達で言えるよ」と告げられた。


「じゃあね、ミユちゃん。僕、絶対に今日インゲのお見舞いに行くから病院でまた会おう! 行こう、クルス君。あそこの兵官に迷子って言えばええ!」

「うん。失礼します」


 私はニムラとクルスが話しかけた兵官が二人に優しい対応をしてくれたのを確認してからリルと歩き出した。

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