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入院費

 イオは三日連続でお見舞いに来たけど、似たようなことを言うので私も同じ返事をして、命の恩人でも怪我人を揶揄(からか)って遊ぶのは悪趣味なのでやめて欲しい、来ないで下さいと強めに言ったら翌日は来なかった。

 命の恩人の印象が悪くなるからこのことは特に家族には言わず。

 人としてお礼の手紙を送る予定だし、両親と話し合ってお礼の贈り物かハ組に寄付はするつもりだけどそれはそれ、これはこれ。

 明日は退院と思っていたら、仕事帰りにお見舞いに来てくれた父に、入院継続と告げられた。


「利き手に火傷で足も痛むから自宅療養は大変だ。しかし入院費もあるし、と悩んでいたら病院で介助師さんに世話をされた方が綺麗に治るし、なにより本人が楽だからと、イオさんが入院費を出すと申し出てくれた」


 なぜ私を助けてくれたイオが、私の入院費を出すのだろうか。


「命の恩人にそのような事はさせられませんと言ったけど、そうさせて下さいって頭を下げられたの」


 父とほぼ同じ時刻にお見舞いに来て、夕食の介助をしてくれていた母は、少し涙ぐんでいる。


「自分は気にしないけど女性は火傷痕を気にするし、俺達も家だと心配だろうって言うて下さった。心配すると仕事が手につかなくなるし、世話で手間取る。全員にとって入院継続の方が良いと」


「お医者さんも払えるのならあと十日くらいは病院の方が良いと言っています。ミユ。良かったわね。優しくて立派な方が真剣な気持ちだなんて。そのような方に見初めてもらえるなんて果報者よ」


「……」


 家に帰る、と言いたいけど私は世話をされる側なのでなんとも言えない。

 昨日、傷口を清潔に保って薬を塗る作業を家族と共に薬師から説明されたけど不安でいっぱいだった。しかし入院費がかさむのは困る。

 我が家は平家で先祖代々奉公先が決まっているから貧乏とは無縁。

 堅実に暮らしていれば同じ平家の中では裕福でいられるけど、世の中、何があるか分からないから貯金や節約は大切。

 まだまだ傷は痛くて痛み止めが切れる時間はうなされて眠れなくなるのに、歩くのも水を飲むのも大変だから、絶対に家族に迷惑をかける。


「昨日、薬師さんから説明を聞いて、もう何日かと考えていたんだ」


「大切な娘の体のことだから計算してもう数日とか、またお金を払って薬師さんに指導していただくとか、薬師所へ通うのはどうかとか、沢山歩くのは辛いだろうとか色々悩んでいたのよ」


「イオさんは金を払ったから何かして欲しいというのはほとんど無いし、後から支払えと言ったりしないと契約書まで書いて下さった」


「口説き落とせたらお嫁さんなので当然ですって自信満々な方ね。でも楽しいわ」


 両親のこの笑顔とイオが入院費を払うという話で私の頭の中は大混乱。


「いやぁ。娘が火消しの嫁なんて考えたことがない。なにせ縁のない写師の娘とはお見合いなんてしてくれない」


「毎日お見舞いさせて下さいって。そんなの当然よね?」


「苦手なのはまだ縁談開始前だったからだろう? 庶民中の庶民なのに箱入り気味に育ててしまったせいだ。金の無心のために気に入られろとか媚を売れなんて言わないし、そういうことはしないで欲しいと言われた。普通に話してみなさい」


 断ったら私は退院になり、家族に迷惑をかけることになるのは明白。


「……はい」


 お金まで使って何をしたいのか知らないけど、私で遊ぶことに飽きたら支払いも会うのもやめるだろう。


「明日、仕事が終わったら行きますって言うていたのでそろそろいらっしゃるかしら」


「二人で話したいと言われているからいらしたら俺達は帰る」


「帰らないで下さい! 付き添いがいるのが普通ですよね?」


「そりゃあ下街娘でも俺達にとってはかわゆい娘だから、ええ家のお嬢さん達のようにそうするけど、火消しに対して見張りなんて要らないだろう」


「そうですよ。火消しさんと間違いがあったらむしろ得ですよ」


 火消しは平家だけど、どれだけ出世しても稼いでも代々そうでもずっと平家身分。

 俺達家族に家柄なんていう優劣をつけるな! と集団で暴れた過去があるから彼らは特殊平家という分類なので我が家のような普通の平家とは違う。

 火消しは名誉職で稼げる仕事なので、庶民中の庶民の娘がツテコネ無しで結婚出来る相手ではないはずなのに、これってどういうこと。

 自分の代わりに怪我をした命の恩人の入院費を払いますなら分かるけど、仕事で命を助けて入院費まで出すって何。

 そこへ本当にイオが来て、挨拶後に母の隣に着席したので、私は一言お礼を告げた。


「感謝なんて要らない。だって会いたくないって言われて、どうしたら会えるかなって考えた結果だから。惚れた女が苦労するのが嫌なのもあるけどお見舞いしても良いのが条件っていうのはそういうこと。はい、どうぞ」


 差し出された金盞花(きんせんか)を思わず受け取ろうとして、私は彼と関わりたくないと思ったから「お母さん、怠いので花カゴへお願いします」と口にした。


「このように戸惑っていてすみません。お話ししたように変な虫がつくのが嫌で男性とわりと離して育てましたので」


「その上これまでお申し込みも特になくて、本人からというのもなかったので」


「隠れんぼさせていたんですもんね。かわゆい娘を不特定多数の男から隠すのは当然です。世の中には悪い男がいるんで」


 穏やかに微笑むイオはやはりかなり整った顔立ちをしている。

 長めの髪に派手めな柄の着物を少しはだけさせて着ていて下には黒い肌着という、いかにも遊び人色男という姿。

 悪い男の代表格はこういう顔の良い火消し、大工、兵官、役者、芸者なのは噂でも文学でも知っている。

 女性を渡り歩いて遊びまくって結婚してもそれをしてお嫁さん泣かせだとか。

 なのに両親が二人揃ってとりあえず交流しろと言うこはどうかしている。

 さらに間違いがあったら得なんて考えはやめて欲しい。

 惚れた女性の為だから入院費を払いたいという気持ちは、真っ直ぐな恋慕な気もするので、揶揄(からか)いでないならどうしたら良いのだろう。


「あっ。その悪い男は俺というか火消しでした。ただ噂や火消し話は誇張もあるので、そこは両親から話を聞いてもらった通りです」


 私の両親とイオの両親は会ったの⁈


「いやあ。まさかあのハ組のラオと話せる日が来るなんて感無量でした。ラオさんは亡き母の恩人だし町内会自体がそうです」


「あの地震の時に助けて下さった火消しさんや兵官さん達のことを忘れたことはありません」


 この地震話は二人がまだ幼かった時の話だろう。 私達が今暮らしている地域の建物が古くて、結構潰れて大変だったという話は、幼少期から地震の時の退避方法と共に、何度も聞いている。


「親父は忘れていましたね。俺らは公務員ですし元気で幸せに暮らしているのが何よりの恩返しなんでそんなに恐縮しないで下さい。威張る火消しはロクデナシなんで密告するのを忘れずに」


「尊敬していますけど、一人の男性としてはまぁ、気になるところはあります。そこはお話ししたように簡単には許しません」


「過去は変えられませんがこれからは違います。是非、ずっと見て判断して下さい。ミユちゃん。人気者のお嫁さんは気が引けるだろうし、火消しの嫁仕事も分からないだろうし、そもそも仕事柄死別もあるから悩むと思うけど門前払いはやめて欲しい。君が家で待っていたら俺は仕事で死なない自信がある!」


 爽やかな笑顔を向けられて途方に暮れた私の声は出ない。

 

「ミユちゃん? 赤くなってかわゆいけどかわゆい声が聞きたいから何かない? 父親が許さないって言う理由はなんですか? とか火消しのお嫁さん仕事はなんですか? とか何かない?」


「……家族に迷惑はかけますが、ふしだらな方は苦手です」


「俺はふしだらではないから大丈夫。家族に迷惑って入院費を払ってもらえなくなるってこと? 会ってくれれば払うよ。罵倒されても睨まれても喋らなくても払う。門前払いだけはやめてくれ」


 喋らなくても?


「……」


「他には何が気になる? そもそもミユちゃんにまだ全然俺や火消しについて話していないから気になるところだらけか」


「個室ではないから人の目が必ずある。家に来られるよりも安心ですよね? と言われたけどその通りなので入院中に話をしてみなさい」


「文通も今のミユの手だと難しいですしね」


「イオさん。付き添いなしにするのは付き添いがいるような状況だからです」


「はい。ありがとうございます」


「ミユさん。間違えがあっても良いなんて冗談ですからね。付き添いなしは入院中の話ですし、命の恩人への信頼です」


「ミユ、二人で話してみなさい」


 明日、母はお昼と夜に来てくれるそうで、父はまた仕事が終わったら来ると告げてイオを残して帰ってしまった。


(真面目に恋をするけど惚れっぽいからすぐ他の女性へ行く男性が世の中にはいるっていうから……。彼はそうなのかな。お父さんが簡単には許さないのはきっとそういう警戒心)


 ジンという男性が気になったというのに、縁結びの副神様は時に意地悪だからこんな事態。

 イオは私に飽きたら別の女性を同じように真面目な感じで口説くだろう。

 それなら私が彼を無視していたら飽きて去る。


「自己紹介が足りなかった気がするからまずはそれ。家族は祖母と両親と兄貴とお嫁さんと弟。兄貴とお嫁さんは隣の家に住んでいて家は渡り廊下で繋がってる。だから食事は一緒」


「……」


 モテる男性に気持ちを寄せても悲しくて辛くなるだけらしいので、私はこのような男性とは関わりたくない。

 無視し続けていたら無言の私が嫌になって、お見舞いに来るのも入院費の支払いも止めるだろう。


(私はズルいから家族の為に入院費を確保する。きっと三日くらいは払ってもらえるわよね)


 物事はなんでも三の倍数で判断するべし、と龍神王様が告げているので三日間私が無言のお地蔵様ならイオは考えを変化させるだろう。

 両親が後数日入院と悩んでくれていたなら、イオが払う三日に数日で結構日にちが経過するので今よりもずっと安心出来る退院になる。

 

「平家だけど区立女学校卒だって教わった。写師は安定しているし給与も良くて家によっては豪家だもんな」


 話さなくても良いと言ったのは彼なので、私は灯りを近くに寄せて、本を手に取って開いて、視線を落とした。

 火傷は右手の甲までなので指は動く。

 痛み止めがわりと効いていると多少は動かせるし、全く動かさないのはよくないと言われているから読書する。


「大陸中央煌国王都には火消しという職業があり我が家の男は代々その火消しか関係職について生計を立てている。火消しの正式名称は災害実働官で俺、火消しは一応公務員」


「……」


「一応というのはこの仕事に就くには火消しの家に生まれて見習いになるか火消しにツテコネがあって半見習いになることを認められないと試験を受ける為の推薦状が手に入らないからだ」


「……」


 なぜかイオは語り出した。


「それはなぜなのか君は知ってる?」


「……」


「火消しは私設団始まりで変わり者が多くて団結力が強い厄介な存在だけど区民の役に立つから現在は火事以外の仕事も与えて公務員化して一割くらいは外様(とざま)火消し」


「……」


「あっ、この外様(とざま)火消しに管理職は含めねぇ。管理職採用は役人火消し。外様(とざま)火消しは三代続いたら生粋火消しって呼ばれることが多い。俺は旧都火消しからずっと続いている火車一族だから生粋火消し中の生粋火消し。ミユちゃん、少しくらい気になる話はあった?」


 ある。

 管理職採用という役人火消しがいるとか外様(とざま)火消しは一割くらいとか色々。

 旧都の火消し団、火車組という名称が出てきて活躍する本を読んだことがあるから火車一族は何か関係あるのだろうか、とそっちも気になる。


「……」


 気になるけど質問はしない。


「傷つくから無視しないで欲しいんだけど。でもまぁ、喋らなくてもって言うたのは俺だからな」


「……」


「火消しと火消しは親戚同士で大家族。そうやって身内で固めていたら俺らの皮膚は他の奴らよりも火に強くなったし力もある。だから火消しは家系職みたいになっているんだ。皮膚が厚いから面の皮も厚い」


 これには少し笑ってしまった。

 確かにこんなに無視されてもペラペラ喋り続ける人は面の皮が厚い。


「あっ。笑った。かわゆい」


「……」


「赤くなってかわゆい。灯りでなんとか見える感じだから昼間にしっかり見たい。なんと、明日から夜勤だから俺は昼間にお見舞いに来られる。少しは歩かないといけないみたいだから付き添えるよ」


「……」


「デートだデート。デートしようぜ。甘いものは好きって聞いたから甘味処かな。俺は甘いものはあんまりだけど、みたらし団子はすこぶる好きだ。でもミユちゃんの方が好きだよ」


 イオは背が高くて容姿が良いので、歩くと女性の視線を集めるだろう。

 その隣を歩くどう見ても怪我人の地味顔の私という図はどう考えても拷問。

 そもそも男女の真剣なお申し込みのお出掛けは親を通すものなのに、このように軽々しく誘うなんて不誠実極まりない。

 ハイカラ語で誘われたのと好きという単語には少しドキッとしたけどこれこそ罠だ。


「えーっと。……りきな? この漢字はなんて読むの?」


 イオは私が読んでいる本の文字を指さした。

 契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは、という龍歌はこの話からだったのかと集中しようとしていたのに邪魔されてしまった。


(そこまで崩し文字でもないのに契るって字も分からないって契約書の契なのに)


 火消しになるには災害実働官採用試験と下級公務員試験に受からないとならないけど、生粋火消しだと試験が緩くなるのが火消し家系特権だったはず。

 彼らは特殊平家なので色々と恩恵があるというが私は詳しくないし、どこで調べて良いのかも分からないし、必要がないから調べたりしない。

 とりあえず私や世間が思っているよりも火消しは賢くない可能性、ということだけ覚えておくことにする。


「けいりきな、だ。契約書のけいだから」


 これで彼は契約という文字は読めることは判明した。


「かたいに油を絞りつ……ああっ! 一緒に読もうと思ったのに。けいりきって聞いたことがないし、かたいに油って意味が分からない。油を絞るなんて言葉も初めてだ」


 袖が油……。


「俺らって勉強は寺子屋と下級公務員試験勉強に全力で、あとは仕事関係の知識強化ばっかりだから文学とかサッパリ」


 気が合わないと分かって良かったですよね? と言いたいけど無視していればきっと去るから喋らない。

 明日、彼はもう来ないかもしれない。そうしたら私は一安心だ。


「火の中から助けたのに嫌われるってなんで? 俺がこの火傷から助けられなかったから? あれが俺らの目一杯だったけどごめんね」


 悲しそうな顔を向けられて、さすがにこの台詞は無視出来なかった。


「助けられなかったなんて……。火だるまになるところを助けていただきました」


「おお。喋った。これなら話すんだ。やっぱり優しいんだな」


「……」


 イオはパッと表情を明るくした。

 思っていないことを、私と会話したいからわざと口にしたの?

 罪悪感に漬け込もうなんて悪い人だ。


「うわあ。君を助ける時に捻った足が痛い」


「えっ?」


 あの状況だから怪我はなかったですか? と尋ねるべきだったのに、私は彼にそういうことを質問していない。どう見ても元気だから頭になかった。


「痛い痛いって掴まれて爪が食い込んだ腕も痛い」


「あの。すみません。助けて下さった時に怪我はありませんでしたか? と最初に尋ねるべきでした」


 謝ってからこれも罪悪感に漬け込みたいだけだ! と思って私は彼を見るのをやめた。


「別に謝る必要はないけど。仕事の怪我は全て名誉。あと君にはいくらでも傷つけられたい」


「本当なら家で静養して下さい。嘘なら罪悪感に漬け込んで心配されたいなんて最低です」


「……。そりゃあ最低で卑怯な手だけど全然話してくれないからさ。君は俺の何を知っていて嫌いなわけ? 色々知らないだろうから、まずは火消しのことって思ったけど無視するしさぁ。どこが嫌か教えてくれないと直せない」


 火消しどうこうよりも、話が合わない人とはきっと何も始まらない。

 私の趣味はこのように読書で彼は文学に興味のない人種である。

 この後、何を言われても無言を貫いたらイオは諦めて帰っていった。

 痛みが増していくにつれて本を読めなくなったけど、そうなるまでは静かに読書出来て幸せ。


 生きてたからこそ噛み締められる幸福なので、この時間を与えてくれたイオの捨てられた犬のような目が忘れられなくて、私の心はチクチク、チクチク痛んだけど無視。

 三日で飽きるかもしれない人を恋慕ったら不幸になる。

 お礼は彼が私に興味を無くした後にすれば良い。

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