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私は静かに暮らしたい  作者: あやぺん
本編

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17/43

お見合い1

 約一週間熱風邪にやられて治って、火傷の方もかなり治癒したので退院。

 退院翌日である今日は、退院祝いと称したイオとのお見合い日。

 夕方に両親と私で彼の家を訪れて、食事をご馳走になりながら初お見合いという話だけど、私とイオは通常のお見合いから逸れまくりなので、今日が何の会なのか若干不明。


 風邪で隔離されていた期間は医者と介助師としか会えなかったのと、熱が下がって元の病室に戻ってから退院までの二日間でこの会が決まって、その期間は彼と交流なしになっていたから、今日は久しぶりにイオと会う。


 今日の退院前の時間は、インゲ達のトランプ作りに参加していた。

 ト班は現在日勤期間で、仕事後に彼らのところへ来て、参加出来る子ども達とトランプ作りをしていたけど、私はその彼らとは会わず。

「ミユちゃん」と少しくらい会いにくる気がしていたのに、何も無かったという。

 私は練習恋人の定義をひたすら考えていたので、イオが休憩室にいそうな時間に、わざと子ども達の様子を見に行かなかった。


 父と母と夕暮れに染まる街を歩きながら、かなりソワソワしている。


「お母さん。髪型は変ではないですか?」


「前髪は子どもの髪型なのに、ミユさんくらいの娘達がちらほらそうしているなと思っていたら流行りだったのね。子どもの髪型と違う切り方ですし、似合っていますよ」


整師(ととのえし)へ行ったらおすすめされました。お父さん、どう思いますか?」


 前髪は年始に来訪した異国のお姫様の髪型の真似らしい。

 皇帝陛下に挨拶に来た小国のお姫様は恵の聖女らしくて、似たような髪型にするとご利益があるかもしれないとか、異国風はハイカラだし、美女にあやかるという理由もあり、流行っているという。


「かわゆいけどまぁ、ほら、そんなにお洒落しなくても。目立つと危ないから」


「綺麗な人はうんと沢山いるので、このくらいでは目立ちません」


 私はいつかお洒落するんだと思ってきて、それは今日だと思ったので、今の私はそんなに地味ではない平均的な娘のはず。

 元服祝いに家族から贈られた淡い桃色の大柄めの七宝柄の小紋と半幅帯。

 帯結びは中流庶民の真似だと、リルがしていた帯結びの見様見真似で垂れが長い文庫変わり結び。

 髪型は昨日、整師(ととのえし)に行ったら流行りで評判が良いのでと前髪をおすすめされたのでおまかせして、さらにしてみたかった帯揚げを使った一本結び。

 ただ結ぶだけだと面白くないからと、姉が編み込みもしてくれた私としてはかわゆい髪型で、これだと天然記念物髪型ではない。

 帯締めに初めて小物を使ったし、帯揚げも飾ったし、化粧も練習通りに薄過ぎず濃過ぎず、上手く出来たと思う。


 両親の案内でイオの家に到着して、我が家とそんなに変わらない町屋だけど高さがあるなぁと眺めて、ドキドキ、ドキドキしながら父が呼び鐘を鳴らすのを眺める。

 出迎えてくれたのはイオの母親サエで、にこやかな笑顔の彼女に家の中へ招かれた。

 玄関が広めなのは火消し靴を置く為のようだ。

 玄関を上がった床の間より先は暖簾(のれん)で隠れていて、くぐるとその先はほぼ居間だった。


 畳ではなくて板の間で、机付きみたいな囲炉裏があって、その下は堀り椅子になっている。

 あとは家具がいくつか置いてあって、階段も同じ室内にあり、我が家とはかなり造りが異なる。

 もう一つの暖簾(のれん)の先は何かなと思案。

 隣の家と渡り廊下で繋がっているはずだから、イオの兄夫婦の家へ通じている気がする。

 父が挨拶をして、菓子折り代わりにみかんを渡したら、お世辞かもしれないけど、好きだから嬉しいと喜ばれた。


「夫も息子も早く出勤した代わりにそろそろ帰宅する予定なので少々お待ち下さい。今夜は出前を依頼して宅配にしてもらったのでそれもそろそろ。お味噌汁くらいはと作ったので支度してきます」


 お手拭きはもう並べられていて、お茶を淹れてくれた後に「くつろいでいて下さい」と言われたので両親と三人で横並びで待機。


「大きな囲炉裏だな。いえ、囲炉裏は大きくないけど机と座れる部分が広い」


「建物の高さ的に三階建てのようですよね。町屋は二階建てまでなので火消し特権でしょう」


 私と同じく両親も興味津々そう。


「幅は狭いと思ったけど入ったらそうでもないし、奥に広いんだな」


 サエは玄関と反対側の障子の向こうへ去ったので、そちらに土間や台所があるのは明らか。

 「ただいま」とイオではない声がしたので、彼の父親だ! と背筋が更に伸びた。


「母ちゃん! 足袋が破れ……」


 暖簾(のれん)の向こうから現れたのはイオよりも年下に見える男性だったので、彼が弟のタオだろう。

 ガッチリして横幅のある体型で、顔は少し強面で、イオとはかなり似ていないけど、鼻筋の通った綺麗な鼻はそっくり。

 サエが美人で、イオは少し女顔なので、タオはおそらく父親似だろう。


「忙しくて忘れてた。そうだった。そういえば玄関に下駄があった。こ、こん、こんちは。いや、こんばんは。こんば……うえええええ。兄貴のやつ、全然違う女に走った……」


 私と目が合ったタオが頬を引きつらせたので、美人ではないから驚いたのだろうと、つい前髪を軽くいじる。


「お帰りなさい。三男のタオです。ミユさんと同じで今年十八才。イオとは違って素直で大人しめだからそろそろ誰かと所帯を持つ予定です」


 サエが居間へ戻ってきてそう紹介してくれた。

 イオは母親に素直ではないし、大人しくないと認識されているようだ。


「えっ。誰か俺と結婚してくれるのか?」


「同じ家からならイオって言う女や家がごっそりあんたに来るはずだから、きっと誰かいるわよ」


 ごっそり、なんだ。


「おおおおお! 常に邪魔な兄貴が副神様になるのか! 俺は今夜、兄貴には似合わないこのかわゆい人に全力で兄貴を引き取ってくれってお願いする。とりあえず着替えてきます! 一度失礼します!」


 ドタドタという音が聞こえてきそうな勢いでタオが階段を登っていく。

 イオに似合わないけどかわゆいって何。

 美形に似合わないけどかわゆいって、褒められたのか貶されたのか分からない。


「父親そっくりみたいな兄と、親のええとこ取りをした見た目にそつなく何でもこなせる器用で気さくな兄がいるから、昔から比較されて落とされ気味なんです。上二人の悪いところを反面教師に——……はい!」


 今度はイオの声で「ただいま」と聞こえてきたので前を向いて足の上で重ねている手をジッと見つめる。

 他にもあるけど手の甲には皮膚の引きつれが残ったのでそれを眺める。


「こんばんはミユちゃんのお父さん、お母さん。そしてミユちゃんようこそ我が家へ。退院お……」


 右手側に制服の野袴(のばかま)と黒い足袋が見えたので、そうっと顔を上げたらイオは目を丸くして固まっていた。


「こんばんは。本日はお招きいただきありがとうございます」


「……」


 挨拶をしたけど、イオは無反応。


「お仕事お疲れ様でした。本日はお招きいただきありがとうございます」


「お帰りなさいませ」


「……」


 父と母も声を掛けたけど無反応。

 そう思っていたら、彼は両手で顔を覆ってしゃがんで背中を丸めた。


「こうなる気がしていたけど、磨けばやっぱり普通にかわゆい……。ちょ……無理。色々無理。すみません。とりあえず着替えてきます」


 イオは顔を手で隠したまま立ち上がって歩き出して、階段の手すりにぶつかった後によろよろしながら二階へ上がっていった。

 ほぼ入れ違いで「ただいま」という低い声がしてイオの父親が帰宅。


 タオをより濃くして大きくした熊みたいな強面男性で、イオは父親のどこを受け継いだのだろうとついジロジロ見てしまった。

 私が思うには、似ているのは眉毛と背の高さくらい。タオは成長したらもっとこの父親に近づく予感がする。

 イオの父ラオは私の両親と挨拶をして「仕事が終わらなくて残してきてまた戻るからこのままで失礼します」と言いながら、羽織り——多分偉い人用でイオやタオと丈や長さが違う——を脱いで脇に放り投げるように置いた。

 それで暑いので失礼しますと半着も脱いだので、その下の白い半袖肌着と黒い前掛けという姿になった。

 首も太いし肩幅もあるけど、腕があまりにも筋肉隆々で父と同じ人間だと思えない。


「本日はこちらへお越しいただきありがとうございます。毎回そちらの家でもてなされていたので今夜こそこっちでと思っていました。お嬢さんは今日が初めましてですね。イオの父のラオと申します」


「初めまして、ミユと申します。かつて両親を助けていただいて、今度は息子さんが私を助けてくれました。誠にありがとうございます」


「あっはっは。それは仕事をしているだけなんで気にしないで何回でも助けられて下さい。んでもって何千回も大笑いして長生きして下さい」


 笑顔の感じや喋り方がイオと似ていて、彼は見た目は似ていなくてもこの父親の子なんだなと実感。


「そのようにありがとうございます」


「サエさん! 腹が減ったんだが寿司はまだか? あと酒。なんで茶しか出していないんだ!」


 我が家の親は共働きなので、父にこの亭主関白感はない。イオもこうなるのかな。


「繁盛していて滞っているのかもしれないから、そう言うなら取りに行って下さい」


「おう! そうする! ちょいとお嬢さん。一緒に行きましょう」


 私?

 

「はい」


 家族以外の男性と二人きりということになる。

 縁談相手の父親で、おまけに火消しで少し偉い人疑惑なので良いだろう。


「娘さんをお借りします」


「はい。娘をよろしくお願いします」


「ミユ、行ってらっしゃい」


「行ってきます」


 こうして私はラオと二人で家を出た。

 人生で初めて家族以外の男性と二人だけでお出掛するのがラオとは思ってもみなかった。

 歩き出したラオの半歩後ろをついていく。

 歩いていると「おお。ラオさん。不倫か? 見たことがないけど、どこのお嬢さんだ」と中年男性が声を掛けてきた。


「イオだイオ。お見合いしてもらえることになって今夜は寿司だ」


「あー。噂のイオ君を振り回している女の子。なんだ。話から想像したのと真逆のおっとりさん風だけど中身はキツいのか? イオ君は勝ち気な女じゃないと無理だろう」


 私はおっとりさん風なんだ。


「親とは何度か会っていたけど、本人とはさっき会ったばっかりだから知らん。今日が初めてのお見合い席で、イオはまだ彼女と出掛けていないから先に出掛けてやろうっていう嫌がらせだ。あと洒落た別嬪(ぺっぴん)さんとお出掛けしたかった。寿司屋に寿司を取りに行く」


「不倫気分とはええ身分だ。派手めな恋人をコロコロ変えて、最後は淑やかそうな女って、イオ君はまたなんか典型的だな。花形火消しになってもいないのにそこだけ真似か」


 イオには恋人がいたと思われているか、それが事実ってこと。

 百聞は一見にしかずってこれだな。


「見た目や体しか興味のない相手が勝手に恋人を名乗るとか、ついてくるから飾りだ飾りって色ボケバカだったけど、女はもう一人だけでええ、恋人を作って結婚するって借りてきた猫みたいになってる」


「小さそうなお尻なのにあの制御不能そうなイオ君をこの尻で潰すのか? この見た目からは想像出来ないなぁ」


 ひゃあ!

 堂々とお尻を見ないで欲しい!

 飛び込んでみないと分からない世界をもう垣間見てしまった。


「あはは。勝手に敷かれるんだろう。お見合いして下さいってまとわりついて頭を下げまくってようやくお見合い席だから既にそんなだ」


「へぇ、追われるイオ君が女を追うとは。こんなに大人しいそうなのに恐妻候補とは女は分からん」


「じゃあな!」


「おう!」


 歩き出したらすれ違う人達と挨拶状態で、この後は誰かと雑談はなし。


「先程、少し見せたし聞かせたけど、ここらは下街中の下街なんでこんなです。もし縁があれば少し家を離して他の家も混じってくるところがええでしょう。聞いていると思いますが、六代前から組幹部家系なんで、他の組幹部家系と少し固まって住んでいて濃いんです」


 濃いとは、付き合いが濃いという意味だろう。


「そうなのですね」


「七代目は出来るんだか。現場の使いっ走りしか得意じゃない長男。やる気のないのらくら次男。自信のない不器用三男なんで怪しいんですよ」


「イオさんはやる気のないのらくらさんなのですか?」


「やる気があるのは幹部候補への道ではなくて我が道です。薬師になれるような認定は取っていくのに同期で唯一の無受験無等下官です」


「無受験なのですか」


「バカだから受からないはいるけど、ラオの息子なのに受けないとはええ度胸だーって言われても笑って興味ないですって自由な男です。好きなことだとそこそこ努力するけど嫌だとしない。頑固です頑固」


 そこからラオはどのように頑固なのかイオの子どもの頃、昔話をしてくれた。

 ちびイオを想像しながら話を聞くのは楽しくて、近かったのもあってあっという間に寿司屋へ到着。

 ラオは予約札を渡して「繁盛しているから遅いのかと思って宅配は無しにして取りに来ました。時間が掛かるなら別嬪(べっぴん)さんと飲むから席と酒と寿司をくれ」と告げた。


「ついさっき出来たところであとは届けるだけでしたよ。獣とお嬢さんってどうしたんですか? こんなに若い子と不倫なら花街ででしょう?」と店主らしき人物に愉快そうに笑われた。


「皆して不倫、不倫ってその単語が一人歩きして変な噂になってサエさんの耳に届いて雷になるからやめてくれ。独身息子が二人もいるのに何でそんな発想になる」


「冗談ですよ冗談。タオ君ももうそんな年ですか。タオ君でも獣とお嬢さんだわ。癒し系のほんわかお嬢さんは本物お嬢さんみたいに見えるけど、ええ家の娘をもらうの?」


 店主の妻らしき女性は私を上から下まで眺めた。 他人から容姿の評価をされることはほとんど無かったので、自己理解がまた少し深まる。


「同じ平家だけど区立女学校に通ったお嬢さんだ。それでタオじゃなくてイオだイオ。今日はお見合い一回目だから縁がないかもしれない。一番星を見つけたー、女たらしは嫌だと拒否されているって騒いで騒いでうるさかったけど、なんとか話し合う場までこぎつけた」


「嘘。この子、イオ君のなの? しょっ中女を怒らせて叩かれていたのに、ようやく落ち着くの。ここに来ても女の子に支払わせてヒモ男みたいだったのに」


 ヒモ男って……!


「恋人なんてまだいらねぇとか、勘違い女が寄ってくるからちょっと遊んだだけって言うバカ息子。誰に似たんだと思っていたけど、ようやく落ち着くかもしれない。袖振りされたら引きこもるかもしれないからそっちだとしても静かになる。あはは」


「誰に似たんだってあんたの父親だよ。顔も性格も良く似ているじゃないか」


「俺もそう思っている。ジイジ、ジイジって懐いていたから色々吹き込まれたんだろう。あとはもう、つるんでいる友人達だ。モテるようなのばっかりで集まって賑やかだから」


 私が知る限りでもイオの友人は並ぶと目立ちそうなト班と食い逃げ班捕縛と笑顔でチエの心をさらったネビーだから、似たような友人達が集まれば集まる程モテ集団な気がする。


「イオ君達の集団って歩いていると目立つものねぇ。今は所帯持ちが増えて大人しくなってきたけど」


「火消し以外とつるんだら大人しく育つと思って少し離れた寺子屋に入れたら逆効果とは思わなかった」


 ふらふら息子がようやく所帯を持つ気になったから仕事に精を出して欲しいというような会話の後に、お寿司を受け取って支払いをしてお店を出た。

 

「少し歩いて話すとイオの欠点はすぐに分かります。貞操には厳しい価値観と聞いていますが、それなのにイオとお見合いしてくれるって今夜、袖振りですか?」


「あの。その話をするためにうかがいました」


「食べた後に意気消沈だとせっかくの寿司が台無しだし、酒も楽しく飲めないから先に少しだけでも聞きたくて」


「それでこのように誘ってくださったのですね」


「ええ。俺は息子の相手にこだわりゼロです。犯罪女でも浪費家でも痛い目を見て学べ、お前が嫁を飼い慣らせって思っているから、ミユさんだとまとも過ぎて感謝しかないです」


 格下女性、花組以外でも良いってことなんだ。


「こだわりゼロなのですか」


「勢いで上手くいくこともあるし、慎重にしても蓋を開けたらなんてごまんとあるから、世間体で嫌々結婚するなら一生独身で遊び回っていろって思っていました。息子はあと二人いるから孫は出来るだろうって」


「先日その勢いで上手くいったような夫婦の話を聞きまして、百聞は一見にしかずだと強く思ったので……。前向きな話をしにきました」


「おっ。つまり美味い酒が飲めるってことだ。よっしゃあ! それなら酒を追加で買って帰るんで次は酒屋だ酒屋。よっ、よっ、今夜は酒の夜〜」


 歌い出した!

 厳つくて強面だけどニコニコ笑っているから近寄り難くはなくて、この感じはやはりイオに似ている。

 夜明け屋という酒屋へ行って帰路についている途中で息を切らしたイオが現れてラオに掴みかかった。

 寸前に私はラオにお寿司の器と大徳利を渡されたので、それをしっかり持つ。


「俺よりも先にミユちゃんとデートしてるんじゃねぇ! 絶対嫌がらせだろう!」


「でぇとなんてハイカラ語だとますます気分良しじゃあ! ここらに居ないかわゆいおっとりお嬢さんとでぇとなんてお前には百年早ぇんだよ! この無等小僧が! 四等下官になるまで結婚させねぇからな! がはは!」


 あっと思ったらイオの腕はラオの前掛けの襟周りから引き離されて足払いされて地面に組み敷かれた。


「もう勉強してる。格好悪いところを見せないでくれ」


「お前に格好ええところなんてあったか? よっしゃあ! 飲むぞ飲むぞー! 寿司だー!」


 ラオはイオを放置して歩き始めた。


「あのクソ親父。ミユちゃんを荷物持ちにしやがった。俺が持つから行こうか」


 この言葉使いも少し直してもらおう。


「はい、お願いします」


 立ち上がったイオは横を向いて私を見ないで荷物を受け取った。

 二人で少し前を歩くラオの後ろをついていく。彼と並んで歩くのはこれが初めてだ。


「あのさぁ」


「はい」


「そんなにかわゆくしてきたって事はええ返事を聞ける? 断りに来たなら、わざわざそんな大変身しないよな?」


「もう縁談を始めることにして、なるべく大勢から選びたいから、歩くだけでもお申し込みされるようにしてきただけです。両親と皆さんの前でお返事します」


 私はやはり天邪鬼。

 イオに褒められたくて昨日から悩み、人生で初めてわざわざお店へ行って髪を切ったのにこの言い方。


「……。二度と会えないって可能性を突きつけられたけど、そこを突破したから大丈夫ってことだろう?」


「はい。一回くらいお見合いしますと本日です。返事とそれは関係ありません。きっと助けていただいたお礼でしょうね」


「きっとって君のことなのに……。歯切れが悪いっていうか、俺を振り回す気っていうか。こひの人になるって言うたよな? あっ、熱で覚えてない? 覚えていないか俺の聞き間違いか願望って思ってる。どう?」


「そうですね。言いました」


「ほら、やっぱり俺の誤解……ぃいい、じゃなくて言うたの⁈ 本当に言うたの⁈」


 何? どういうこと? それは何? みたいに質問が始まったけど、この後話すことだから私は無言。 夕焼け空はもう終わって夜が始まり、星が輝き始めていて三日月が浮かんでいる。


「イオさん、今夜は月が綺麗ですね」


 ロメルとジュリー話を知っていたら伝わることだけど、イオは知らないだろう。


「月? 月もだけど俺の今の世界は全部輝いているぜ! ミユちゃんがくれたんだけど、これを見せてあげられないのが残念。本当に、とても綺麗なんだ」


 満面の笑顔を向けられて、あまりにも真っ直ぐな瞳と言葉だったので、少し見惚れてしまった。


「あれ。月が綺麗って最近どっかで話題になったような……なんだっけ」


「それなら最近、世間で何かが流行っているのかもしれませんね」


「言いたいことははっきり言うてくれ。嫌っていうのははっきり言うのに何これ。単に今夜の月が綺麗って意味じゃなくて含みがありそうだけど何?」


 イオはミユちゃん、ミユさん、ミユちゃん、教えてと私の左右をうろつきながら歩き続けたけど、恥ずかしいし、私がこの後する返事を彼が受け入れるか分からないので、無言で月を眺め続けた。

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