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私は静かに暮らしたい  作者: あやぺん
本編

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14/43

想像では分からない

 恋話を読まなければ余計な妄想をしなくて済むと、海辺物語の短編にそういう話はないか探そうとしたけど、読んでみないと判断出来ない。

 

(恋もしてみないと分からなかったのと同じだ)


 各題名を目で追って、イノハの白兎を発見したので、この海辺物語の中のこの作品はどういう切り口だろうと読み始めた。

 白兎が大切な人の為に奮闘するという内容のようなので、これは気が紛れるぞとそのまま読み進める。

 他の作品では、乙女は美しい人物と描かれるけど、この物語ではあまり容姿が良くない女性として描写されている。

 毛がほぼないような醜い白兎は、やがて怪我が治ってかわゆい、ふわふわした白い毛の兎になるけど、彼女の態度は変わらない。


(逆ならどうだっただろうか。私はこの乙女を自分の愛らしい姿に相応しくないとか、人気者の自分は大勢から相手を選べると考えたのではないだろうか……)


 この話の白兎は怪我から助けてくれた恩人ではなくて、乙女を恋い慕うという話になっているようだ。

 兎と人では一緒になれない、というのは身分格差や色恋物語の比喩ともとれる。


(同じ伝説から別の物語……)


 白兎が慕う乙女もまた、身分格差である副神様に恋をする。

 大抵のイノハの白兎物語は副神様の方が乙女を見つけるのに、この話では逆になっている。


(人になれれば乙女と結ばれる……。うわっ、妖に誘惑された! でもそうなのか……。白兎はそれよりも乙女のために危険を察知する耳や遠くを見られる目を望むの……)


 白兎のこの健気さに乙女は気がつきなさいよ、と思いながら読み進めていく。

 一番近くにいて大切に想われていても感情の種類が異なり、乙女に自分の気持ちが恋慕だと思われていないのが悲しいところ。

 副神様と乙女が結ばれて縁結びの神様夫婦になる話から逸れて良いから、この白兎と乙女がどうにかくっつかないだろうか。

 夢中になっていたら「こんにちは。ミユさん」と声をかけられたので顔を上げたらリルだった。

 前回と同じでカゴと手提げを持っていて、彼女の服装や髪型は今日もとてもお洒落だ。


「こんにちはリルさん。お見舞いありがとうございます」


 また来るなんて予想外で、彼女は無表情というか微かに口角を上げている程度。

 前回はそう思わなかったけど、彼を何度か見た後だから、リルはやはりネビーと良く似た顔立ちだなと感じる。

 兄妹と言われなくても並んで歩いていたら夫婦や恋人よりも先に兄妹かな? と考えそうなくらい似ている。


「お体はどうですか?」


「ありがとうございます。順調です」


「嫁友達から友人の火傷が悪化して怖かった話を聞いて恐ろしくなったので鬼退治にきました」


 そうなの。

 リルは前回同様、また彼女の家の井戸水が入った水筒を差し出してくれて、その次に金平糖が入っているという六角たとうも贈ってくれた。

 前回の竹製の水筒を彼女に返却。


「珍しいものをありがとうございます」


 珍しいというか金平糖は高級品だ。

 さすが卿家のお嫁さん、なのだろうか。私は他の家の家計はイマイチ分からない。


「金平糖には色々な意味があって厄除けという意味も含まれています」


「ええ、そうですね。金平糖は鬼退治で無病息災を祈るお菓子です。女学校の茶道授業で食べた以来です。ありがとうございます」


「元気だと動けなくて退屈かもしれないのでこちらもどうぞ」


 差し出されたのは「ロメルとジュリー」という題名の冊子で、とても美しい浮絵が表紙になっていて見惚れた。

 それにしてもリルの話し方はゆっくりで静かで落ち着く。

 はしゃぐこともあるけど、基本は控えめな私や友人達のようだ。


「綺麗な絵ですね」


「人気なのでそのうち下街でも始まるはずの劇です」


「と、いうことはこちらは観劇した際に買ったのですか? 汚したり失くしたら申し訳ないですのでお気持ちだけいただきます」


「とても大切なものですが、ミユさんならきっと大丈夫です。わざと何かはしません」


「私なら、ですか?」


 彼女に会うのはこれで三度目でロクに話していないのにどういうことだろうか。


「はい」


「私達、ほとんど話したことのないような仲です」


「なんで火傷したのかイオさんに聞きました」


「……そう、なのですか」


「友達を大事にする方で、申し訳ないと遠慮する方は、うんと大事に読んでくれます」


 本日二度目の他人からの内面評価。

 やはり家族や友人など身内から評価されるよりも嬉しい。


「そのようにありがとうございます。あっ、あの。不躾(ぶしつけ)な質問をしても良いですか? 縁談を始めたばかりで、人生の先輩の参考意見を聞きたいです」


 リルがカッと目を大きく開いたので何⁈ と私は若干のけぞった。


「私が人生の先輩ですか?」


 ポカン、という顔をされて戸惑う。

 兄はハキハキしたかなり真面目そうな感じだったのに、リルは不思議さんの気配。


「え、ええ。そちらの結婚指輪、もうお嫁さんですよね? 私は結婚しても結婚指輪を出来るような家柄の娘ではないので憧れます」


「結婚指輪は憧れですか」


「ええ。庶民が何を言っているんだって話ですけど」


「我が家も庶民です」


「ああ。庶民って幅広いですよね。友人の豪家の子も自分を庶民と言います。凡民とか、下流層と言うんでしょうか。ちまちま稼いで貯めて銀婚式で買う夫婦もいるのでそれを目指します」


「すみません、銀婚式は何年目ですか?」


「私はこう、密かに憧れがあって覚えていましたけど、興味がないと覚えていないか調べませんよね。銀婚式は二十五年目です」


「二十五年目ですか。覚えます」


「あの。それでその、質問はその、答えたくなければ嫌だと言うて下さい。結婚の決め手は何でした? リルさんは旦那さんをどのように選んだのですか? 私なんかよりも色々な縁があったと思いますので参考にしたいです」


 何回か瞬きをするとリルは小さく首を横に振った。

 他人なのにこのような質問は嫌だったのだろう、と謝罪しようとしたら先に彼女が口を開いた。


「選んでいません」


「そうなのですか?」


「選んでもらえました」


「リルさんがお申し込みされたのですか」


 大人しそうなのに大胆な性格ってこと。


「いいえ。お申し込みされました」


「ああ。選ばれたから申し込まれたということですね」


「はい」


 やはりリルは兄のネビーとは感じが違うな。


「気が合うからその方にしたのですか?」


「この嫁の仕事がしっかり出来ると言われたからです」


「嫁の仕事ですか」


「後で知って違かったのですが、その時の自分は誰もお嫁にしたくない存在だと思っていて、そういうことしか聞いていなかったので、うんと嬉しかったです」


「そうなのですか」


「それもとても立派そうな人に頼まれて出来ると言われたから、私は出来る、頑張ろうと思いました」


 卿家のお嫁さんって嫁仕事が出来る出来ないで選ぶの⁈

 それで彼女はそれが良いと思ったってこと。


「あの。気が合うかとか、お相手の性格や過去とか、色々気になると思うのですがそれよりも、選ばれたから……。でも一人だけだと思ったからですか。一人しかいないと思っても、その方だと不安だという気持ちはありませんでした?」


 君は我が家の嫁の仕事が出来るから頼むなんて、まるで使用人を雇うようなお申し込みな気がして私なら不安になる。

 どのようなことをさせられるのだろうとか。

 そのくらいきっと本人も親も、あの真面目そうなネビーも調べたか。


「両親がすぐにお願いしますと頭を下げましたし、兄が知り合いでうんと褒めたから安心です」


「えっ、すぐ? すぐって、お申し込みされたその場で返事をしたのですか?」


「はい。一週間後に結納しました」


 このような参考話は想像していなかったので衝撃的過ぎる。


「思ったのと違うと言われたら嫌なので、お店で花嫁修行が終わって立派になれるまで会ったり喋らなくててええと思いました」


「お店で花嫁修行をされたのですか」


「はい。後から、終わったらすぐ祝言だと気がつきました。先に少しくらい喋った方が良かったのかなと思った時にはもう挙式していました」


「そ、そのような古い時代のお見合い結婚をされたのですか⁈ 旦那さんは、旦那さんは花嫁修行先に会いに来なかったのですか⁈」


 二人は喋らないで結婚したの⁈


「毎日来ていたけど、恥ずかしくて私に会わなかったそうです。後から知りました」


「あの、お店での花嫁修行はどのくらいだったのですか?」


 そもそも卿家のお嫁さんってお店で花嫁修行をするものなの?


「三ヶ月です」


 三ヶ月毎日会いに行っていたって、なんだか百夜通いみたい。

 リルの親や兄はそういうところでも安心したのだろうか。

 私のこれまでの狭い世界にはこのような縁結びはなかった。


「あの、あの! どうですか実際。喋らないで結婚してどうですか? お嫁さん仕事や旦那さんとの仲など」


「家事は元より楽なので問題なくて、楽しくて、他の家守りは勉強中です」


「元より楽なのですか」


「はい。そこはそこそこ自信がありました。大家族で家事係だったので私の特技は家事です」


「リルさんやネビーさんは大家族なのですか」


「はい。六人兄妹ですので。この間一緒だった兄と姉に妹が三人います」


 チエはこの情報は欲しいだろうか。

 ネビーは長男で五人の妹の兄。イオへのお説教を見て、真面目そうな頼れるお兄さんという印象だったけど、こういう理由。


「あっ。今は義兄もいるので七人兄妹で、旦那様も入れると八人です」


「賑やかそうですね」


「疲れます。私は静かな方が好きです」


「私も静かで穏やかな方が良いです」


 イオと縁があるとネビーももれなく人間関係にくっついてくるので、気が合いそうな大人しいリルがいるの安心材料。

 彼女が水組ではないのは残念。


「お兄さんと親しいト班水組の方とは親しいですか?」


「水組とはなんですか?」


「えっ。あの、火消しのお嫁さん達と教わりました」


「火消し知識があまりないので今度教わります。ト班のお嫁さんとは、この間始めて会いました」


「そうなのですか」


 気が合いそうなリルは、兄関係の人間とは付き合いが希薄ということ。


「親切でした」


「私のお見舞いに来てくださってそうでした」


「私はのんびりなのでこのくらいで話したいから、今は気が楽です。この間は楽しいけど会話に入るのが大変でした」


「そうなのですね」


「話す方が面白いし楽しいのでこう、手をあげてみたり、もたもたしているから待ってと言う努力をしたら優しく付き合ってくれました」


「ああ、少し分かります。ぽんぽん会話されると、いつ入ろうと思って面倒になって嫌になりますけど、会話に入れてくれると楽しいって思うことってあります。手を上げる……そうですね。自分も何かしないと伝わらないです」


「はい。えーっとあとは、旦那様の話でしたっけ?」


「ええ。喋らないで結婚して後悔というか、どうしようとか悩みませんでした?」


 釣書などでしか相手を知らないで結婚なんて、私にはそんな大胆な事は出来ない。


「後悔は全然ないです」


「そうなのですか」


「どうしようはありました。散歩は嫁の仕事なの? とか、これはなんで? みたいに」


「……えっ。あの。夫婦だから親しくなろう、親しくなりたいみたいな気持ちは無かったのですか?」


「最初はとにかく嫁の仕事頑張るという頭でした」


 気が合う気がしたけどこの思考回路にはついていけないかも。

 でも嫌悪は全くなくてびっくり箱を楽しむ感覚でむしろ付き合いは欲しいかも。


「使用人扱いで自分も使用人のようなお嫁さんで変だな? と思いませんでした?」


「使用人扱いとは思いませんでしたし、徐々に慕われていると気がつきました」


「あの、リルさんの旦那さんが謎です。恥ずかしかったなら祝言までの期間を伸ばして会って話す機会を設けたりしそうですけど無かったのですよね?」


「思ったのと違ったらどうしていました? と聞いたらその頭はまるでなくてとにかく祝言してしまえば自分しか口説けないと思ったそうです」


「……そうなのですか。リルさんはそれで良いのですね」


「無理矢理結婚ではありません。旦那様は最初から優しくてうんと助けてくれます。優しい旦那様の家族も優しいです」


 ふわっと笑ったその笑顔で彼女は幸せなんだと伝わってくる。


「良いご縁だったのですね。おめでとうございます」


「結婚のことをこんなに説明したことは初めてです」


「そうなのですか?」


「勝手な予想が始まって話も流れていくので、それでついそのまま放置してしまいます」


「あー。そういう事ってありますよね。きちんと聞いてくれれば説明するけど、話題がくるくる変わって、大した事ではないから良いかなってなることはあります」


「はい。それです。ミユさんは私よりも喋れますが()があります」


()がない方が周りに多いのですか?」


 この問いに対してリルは若干うんざりしたような顔をした。


「実家の家族や実家周りはわりとそうです。話す事を放棄した私も悪いです」


「お兄さんは人の話を聞きそうな方でしたけどそうなのですか」


「他の家族と同じく一対一なら話せますが、二人きりは珍しいです。それに兄は人の話を最後まで聞くのを忘れることが多いせっかちです」


 ネビーの短所獲得。


「イオさんと同じくお兄さんも年頃で縁談を始めそうですが、友人が少し気にかけていて手紙はご迷惑とかはありますか?」


 食い逃げ犯を逮捕して格好良かった、頼りになるみたいに地区兵官へのお礼の手紙なら受け取ってもらえるかもしれないとチエは悩んでみるそうなので情報仕入れ。

 負け戦は嫌だけど、代わりに期待もないから良いかなと言っていた。

 私もうだうだ言っていないでそのくらいの気持ちで良いのかもしれないと改めて感じる。

 なにせ目の前に目的や自分の希望以外は深く考えないで上手くいったらしい夫婦の片割れがいる。

 リルはまたしてもカッと目を見開いた。


「義母が許せばなので、兄へではなくて我が家へお申し込みして下さい」


「ネビーさんはルーベルさん家の養子だとうかがいました。分かりました。彼女にそう伝えます」


「はい。あの、兄ですけど大丈夫ですか?」


「何か問題があるのですか?」


「まず、ド忘れです」


「忘れっぽいのですね」


「興味がない程忘れます」


「興味があると覚えていますか?」


「はい。その場合はしつこいくらい覚えています」


「欠点は誰にでもあります」


「せっかちでお調子者です」


「そういう面は見ていないので意外です」


「気をつけていても下品です」


「品の良いところばかり見ているので気をつけているのですね」


「私がこれまで知らなかった周りの人達から見えている兄を知って、親しくなったらガッカリしまくりだろうと思っています」


「家と外での落差が激しいのですか」


「仕事中や剣術中の兄はやたら格好良いと知りました。単に自慢屋だと思っていました」


「友人はその仕事振りや品の良さに優しい笑顔が気になるそうです」


「蓋を開けたら、近くだと、その兄は居ません」


 それだと私が見ているイオはどのように居なくなるのだろうか。


「沢山ありがとうございます。友人にそれでもええのか、文通してみたいのか伝えます」


「変でおバカな兄なのでとんでもなくありがたいのですが、義母が卿家は卿家か華族と言うのでそうでなかったら難しいかもしれません」


「そうですか。それも伝えます」


「あ、あの。あの!」


 リルは少し大きめの声を出して前のめりになったので私は少しのけぞった。


「は、はい」


「紅は嬉しかったですか?」


「紅ですか?」


「えっ。貰って……」


 しまった、というようにリルは両手で口を塞いだ。

 それからすまし顔だけど視線は彷徨わせて「何でもありません」と一言。


「どなたかに贈ったという話を聞いたのですね」


 そうなの。

 つまり私と出会って私だけは特別とか、火消しのお嫁さんは家宝なんて嘘ってこと。


「……贈られた時に知らなかった振りでお願いします。すみません。もう渡したのかと」


「私にと言っていたのですか?」


「いえ」


 あの調子なら言いそうだから、言わないってことは別人に渡すものってことじゃない!


「それなら別の方へでしょうね」


 人が前向きになったらもう次。

 首の皮一枚なんて可能性がないからもういいやってこと。

 あんなに私が良いって言っていたのに嘘つき詐欺師!


「きっと違います」


「私には関係のないことです」


 この間の今日で、もう私のことは諦めて別の女性を追っかけ始めたってこと。

 最初に考えたようにこんな不快な嫌な気分になるなら話さなければ良かった。

 ついとか、うっかりとか、そんな風に気を許した私が悪い。

 どう考えても慕っているし、怖くて仕方ないけど、未知の世界へ飛び込んでみようと思っていたのに、彼を信じてみたいって考えたのになんなのもう!


「すみません、気分が悪くなってきたので休みたいです」


「あの、はい。すみません。帰ります」


「退院日も近づいていますので、どのように返して良いのか分からないからこちらはお借りしません。お気持ちだけありがたく受け取ります。ありがとうございます」


 かなり、うんと気になるけどロメルとジュリーの冊子をリルへ差し出した。


「六番隊屯所でルーベルへって窓口で渡すか送って下さい! それかイオさんです! そうです、イオさんに渡して下さい!」


 リルは逃亡、というように彼女は冊子を受け取らずに帰ってしまった。

 その素早さや声の大きさで、彼女は大人しいだけの女性ではないなと感じた。

 私はこの後、他の女性に乗り換えた場合と、紅は私への贈り物でそのうち渡されるかもという妄想の両方で心の中が急降下、急上昇みたいな大暴走になってしまった。

 穏やかな日々が懐かしい。

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