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説教2

 他人が怒られているところを見るのはあまり好きではないけど、感情任せではないとそうでもないかもしれない。

 そして私はイオをこんなに叱られてしょうもない人というよりも、このように真剣に怒ってくれる友人がいるのだなとか、イオは男の矜持がどうこうみたいに腹を立たないんだなと少し感心してしまっている。

 兄は家族と喧嘩した時に、耳が痛かったり気に食わないと逆怒りするので、先程イオに対してもそういう感じだったけど、イオは随分異なる。


「俺はお前が努力放棄をしたのではなくて多少は励んでいたと知っている。しかし他人は過程を見てくれないことが多い。結果が全てというのはその為だ」


「はい。すみません。その通りです」


「謝る必要なんてない。真の見返りは命へ還る。しっぺ返しがきたなら、それがお前の生き方への答えだ。自分の首が絞まるだけ」


「真の見返りは命へ還る……なんでしたっけ? 昔、勉強したな。因果応報だ」


「龍神王様は告げています。続きは頭に入っているか?」


「龍神王様は告げています。人は四つの欲によって生かされる。それは飲欲、色欲、財欲、名誉欲の四欲(しよく)で生来持つ悪欲を善欲へ変えれば我や我の副神が味方します」


「つまり死や不幸へ通じる欲が幸せに通じる欲になるかは己次第ということです。続きは?」


「続き?」


「裏切りには反目。信頼すれば背中を預ける。信頼されないと人生は預けてもらえない。教えだけなら、言葉だけなら、子どもでも知っている単純な話だ」


「へぇ。続きなんてあったのか。いや、寺子屋で勉強した記憶があるな」


「その続きはこうです。希望絶望は一体也。救援破壊は一心也。(きゅう)すれば(かい)し欲すれば喪失す。真の見返りは命へ還る」


「バカなのに良く覚えているな」


「それだけ師匠に叱責され続けてきたってことだ。俺は未熟者でしょうもないから。知っているだろう?」


 私は兄があーだこーだ言っても無視しそうだけど、今日の感じの母が言うなら耳を貸そうと思う。


「お前の師匠は話を聞く限り怖えしお前もこう、時々怖えよ。でも泣き虫だったのも不器用バカなのも知っているから……俺に出来ないはずがない」


 このネビーは泣き虫だったの?


「なのに俺は努力放棄。俺は放棄していたと思う。励んでいたなんて単なる甘えだ。甘やかしてくれる女はいるけど俺はそういう女は選ばなかった。と、いうことは変わりたかったってことだ」


「そう思うならそうなんだろう。人は変われる。変わろうと意思を持った時点でもう変わっている。過去は変えられなくても未来は掴める。取り戻せないものはあっても手に入るものもある」


「今はない信用も積み上げることが出来るよな? 門前払いでなければ」


 ずっと顔色が悪かったけど、イオの表情が少し明るくなった。


「破談宣告は己のせいなのに、相手の善意につけ入るのか?」


「……つけ入るしか道がないです」


 イオはまた萎れた。


「情けない男だな。あのハ組のラオの自慢の息子なのにどういうことだ」


「やめ、やめろ。親父を引っ張り出すな」


「命の恩人がこんな男でガッカリにも程があるだろう。区民の憧れを返せ。何が火消しは区民の英雄だ」


「や、やめてくれ。火消し全体を引っ張り出すな。俺だけの問題だ」


「人は個にして全なり。真の見返りは所属先にも還る。珍しく聞く耳を持ったな。人は怪我をしないと学ばない。死ではなくて首の皮一枚繋がって良かったな。初めての怪我で即死だってありえる。だから日々備えるんだろう? 備えあれば憂いなしは火消しの合言葉だ」


「はい。その通りです」


「他のボケバカ色男火消しよりマシになったと(おご)ったからこうなる。だけど、その自己改善をした強さが首の皮一枚に繋がったのかもしれない。天と地の差って言うただろう? 励めば自然と結果はついてくる」


「その通りでお前がガミガミ言うし納得もするから控えめで生きてきて助かった。運良くなのか運悪く顔がええし、仕事もわりと出来るからチヤホヤされて天狗になるところを鼻をへし折られまくってきた。ありがとうございます」


「そうか? それはお前に聞く耳があって俺が尊敬するような長所を色々持っているからだ。首の皮一枚は真面目に仕事をしてミユさんを助けたからかもしれない。結果はしっかりついてくるから精進しなさい」


「はい。めちゃくちゃ励みます」


 ネビーは私達の方に体を向けた。

 今のでお説教が終わなら最後は褒めて鼓舞するってこと。


「続きは連れ帰ってします」


「まだあるのかよ! もう自尊心がズタボロなんだけど」


「彼の親も参加させます。本人も自分達も至らなかった結果、不愉快な想いをさせて、大変申し訳ございません」


 イオは大反省しているように見えるけど、今みたいなお説教をまだ続けるんだ。


「言い訳したり開き直って、妹想いのお兄さんからの喧嘩を買ってすみませんでした。お兄さんに売られた喧嘩は心配が理由だから買ってはいけませんでした」


 二人して土下座の勢いで困惑。

 これだと兄の小物さが際立つから、このように父や母にお説教されると良い。


「首の皮一枚繋げていただきありがとうございます。貴重なお時間を割いてくださることに感謝します。縁があってもなくても無駄な時間にさせないようにします」


「真剣なんで本気の全力の話し合いをします。よろしくお願いします。俺はしょうもないですが、このように友には恵まれています」


「このくらいなら本人がいざって時に困るだけだと笑って見過ごして、強く注意することをやめた自分の責任でもあります。自分の身にも同じ穴の(むじな)だという評価が返ってきました。精進します。ご指摘ありがとうございました」


「えっ? それは違くないか? お前は俺らにかなり口うるさく言うてきたぞ。だから今の一般男性的な俺がいる。それはやめろ」


「違くない。やめない。お前が俺を惨めにさせていると自覚しろ!」


 ネビーの声色が少し変化して睨みも怖くなり、静かではあるけど雷が落ちたような錯覚がした。


「自分の代わりに、悪いことをしていない俺に頭を下げさせることになる。そこまで頭が回らなかったなら次から気をつけろ。友人への評価も自らに還る。当たり前のことだ」


「……はい。つまり俺がちゃらちゃらしていると女に真面目なお前の足を引っ張るってことだ。その頭は無かった。言えよ」


「一生に一度の女を見つけた時にそうなるかもな。友人を選ばない、友人を諭せない俺の未熟さの証だ。俺のせいなんだからお前のせいにはしねぇ」


 全部正論に感じるけど、これは息が詰まりそう。 イオの友人だから騒がしいだろうとか、彼と似ているかもしれないと思ったのに全然性格が違う。

 これはチエに気にかけた男性はこういう性格のようですよって報告出来るな。

 このようなことを棚からぼた餅という。


「なんでそう、お前は嫌な言い方っていうか、なんていうか……その目をやめてくれ。お前に軽蔑されたり捨てられたくない」


「俺が自ら進んでこんな惨めで面倒な事をする奴は家族以外だと片手の指の数もいない。覚えとけ。お前が俺なんて別にでも俺はそうだ」


「俺はいるかいないか分からない女の為には理性を保てないけど、現実にいる親友の為ならもう少し励めたと思う。俺の足を引っ張るからやめろって言えよ。バカに推測させるなって言うてるだろう」


「俺も今、分かったんだ。お兄さんにお前も仲間だろうって言われて。コホン、娘さんのお体のこともあるでしょうし家族会議もするでしょうから帰ります。イオ、勉強会は中止で説教会だ」


 ネビーはイオと勉強会をするからここに迎えにきたんだ。


「はい。ボロカスに言うて下さい。俺は変わる。変わりたい。ミユちゃんに捨てられたくない」


「捨てるもなにも彼女のものにすらなれていない。それ以前の問題だ」 


「……いやそうなんだけど。知人からポイ捨てされて他人になる」


「さっきも言うたように変わりたいって思った瞬間から人は変われている。その一歩が難しいから決意出来たなら大丈夫だ。俺はお前がそこらの男よりええ男だって知っている。失礼します」


 こうしてイオはとぼとぼした様子で「ミユちゃん、顔色が気になるから無理しないように……」と言い残して帰っていった。

 私と母と兄はそのまま休憩室から移動せず。


「今後の為にもお父さんにガツンと言うてもらおうと思っていたのに想像以上の事を言われました」


「今後の為に? 母上、彼は論外です論外」


「そう? あのような友人がいるなら安心で、さらに反省する心も聞く耳もあるようです」


「芝居ですよ芝居!」


「今のを芝居だなんて目が腐っているわよ。芝居でも芝居をして我が家を獲得する得なんてないからミユを欲しくて必死だと、本気だと伝わってくるわ。悪くない気分です」


 この意見には私も概ね賛成。ここまでして結納した後に捨てて大笑い、そういう遊びだったみたいな事態はないと思う。

 短期間の付き合いだけど、彼はそこまで悪趣味な人ではないことは確信に近い。


「あんな女たらしでええと本気で思っているんですか!」


「何を言うているんですか。我が家は高望みしていない平家。だから情報を出来るだけ引き出して娘に教えるのが親の仕事で決めるのは本人です。明らかに酷い者は門前払いしますけど」


「だから彼の女関係はその明らかに酷いに入ります!」


「そう? それは本人の価値観次第です。ミユさんがそんなに怒っているように見えません。シノさんに対しての方が嫌そうな顔をしていましたよ。ねぇ、ミユさん」


「えっ? い、いえ。どちらも破廉恥(はれんち)でふしだらです。そうです。そうではない方が良いに決まってます」


 母の指摘はその通りで、兄は嫌そうだけど私は即破談ではないことに少々ホッとしてしまったと認識して、またしても「なんで欠点を見せつけられたのに」と心の中で悶絶。


「開き直ったりお兄さんの喧嘩を買ったり態度が悪いです。ええところが沢山あるのに印象ただ下りです」


 これが噂のダメ女だからしっかりしろ私、と心の中で自分の頬をぶつ。


「下がった印象はお説教されている姿でさらに下がりました?」


「……いえ」


「どこかの誰かはあのように素直に聞きませんしねぇ」


 母の視線は一瞬兄へ向いたので、兄はバツが悪そうな顔に変化。


「他の方ともお見合い予定ですから比べられますよ。比較は大切です。基準がないと」


「イオさんを基準にするということですか?」


「ええ。ミユさん、あなたは何を大切にしたくて、人生で何を優先したくて、その為にそれとなく何を質問すれば良いのか分かったのでは? 他人を理解するよりも自分の事の方が難しいみたいな話を丁度してもらえました」


「はい。考えます」


「拒否してみせたのは単なる駆け引きです。お父さんとも話し合っていますし、商売関係の書物を写した際に販売手引きがあれこれ書いてありました」


 母は肩を揺らして笑っている。私は母にこういう強かさがあったなんて知らなかった。


「突っぱねても怒らずに頭を下げましたね。改善策や提案書類を作っているそうよ。人の真実を見抜くためには行動を見なさいと言います」


「母上、あの男に甘くないですか⁈」

  

「イオさんは入院費を払っているんだからこのくらい、とは言いませんでしたね。最後もミユさんを心配して帰りました。私は優しい人に娘を任せたいです」


「そこはまあ、そうですけど」 


「それで娘にだけ優しい、ではない方です。イオさんみたいな優しくて真っ直ぐな方は好みです。顔良しであの性格で女性から誘惑されないなんてあり得ません」


「だから許すって言うんですか⁈」


「あなたの怒りの半分くらいはモテ男への嫉妬だったでしょう。吐いた内容が本当ならそこまで差はないというか、数ある誘惑をそれなりに避けていたと思いました」


「嫉妬なんてしていません!」


「派手な火消し女遊びは調べたらイオさんとはちょっと違いましたし、火消しでなくてもモテて遊び回るしょうもない男はいます。天狗過ぎないのは何故かしらと思っていたらご友人に鼻をへし折られていたのですね。調査する手間が省けました」


 すんなり受け入れないで駆け引きするとは強かだし、その辺りを何も考えられていなかった、自分の気持ちの変化でいっぱいいっぱいだった私と母では大違い。


「お母さんは許容範囲ですか?」


「夫にするしないではなくてお見合いさせるさせないという意味では許容します。あとあの改善しますという勢いや行動込みでの話です」


「そうですか」


「私はイオさんの性格は好みです。周りが明るくなって笑顔が沢山。太陽みたいです」


 母にトントン、背中を叩かれて微笑まれた。私の気持ちを見透かされていそう。


「母上はあんなのが好みなのですか⁈」


「あんなのって、彼の主張に感情面以外の反論がパッと思いつかなかったので。シノさんはあれこれ言われていましたけど」


「な、何を言うているんですか⁈ 問題ありありですよ!」


「もっと何も考えずに遊んでいたり、もっと派手かもしれないと思っていたんです。それなら破談と思いましたけど、ミユの反応も含めて、彼の言う通り首の皮一枚残し」


「私は……。その……」


「これ以上会うともっと惹かれるかもしれません。破談時に辛くなるだろうから、もうあなたとは会わせません。他の方と同じくらい会ってみるまで、イオさんとはお父さんか私がやり取りします」


「も、もっとって違います!」


「あなたは昔から時々天邪鬼よねぇ。ミユさんの悪いところですよ。破談にしたいからではなくて、頼んでいないのに勝手に条件を釣り上げてくれそうだから釣りです釣り」


「母さん、釣る価値もないです!」


「おだまり! 本気なら貴方の目は腐りきっているから教育し直しです!」


 珍しい母の雷が落下。妹想いなのは嬉しいけど、口喧嘩で負けて腹を立てているからイオは嫌だ、だろうから私の兄はしょうもない。


「素直な女はかわゆいです。素直な男の人もかわゆいわ。イオさんってとても素直だと思うの」


 ……。

 母はイオを気に入っているんだな。兄はもう何も言わないみたい。


「それでイオさんが息子をより良い男に引っ張り上げてくれたら我が家は安泰。他の方でも良いですが基準が彼なら良い男性と縁結びだろうから、やはり安泰です。私達の自慢の娘は良い男性からこんなに評価されていると証明されて嬉しいし自信になるわ」


「あの。お母さん。私も少し自信がつきました。誰も見染めなかったのは偶然とか縁の問題だったと思えそうです」


「恋人が三人なんて誤情報を掴みましたから調べ直しです。ミユがハッキリ言えない性格ならともかく逆ですから。ミユさん、彼と口喧嘩になるとああいう感じなのも知れましたね。聞く耳はありました」


「はい。それはそう思いました」


「ええ女は男が作るように、ええ男は女が作るのよ。逆も然り。あと人でも物でも貢いだり、労力をかけると人はそれを手放し辛くなるものです。イオさんには振り回されてもらいます。数ヶ月、半年と続けば信用になりますから」


「……お母さんが怖いというか強いというか、びっくりです」


 写師の良いところは仕事で教養や知識を深められるところで母はそれをしっかり実にしているということ。私もいつかこうなりたい。


「覚えて学んで自分の息子や娘の時はあなたがするのよ」


「母さん、俺の縁談時はこんなじゃなかったです」


「堅実な家の幼馴染は調べる必要も駆け引きもいりません。必要なのは息子を常に根腐れしないようにすることです。ええ娘に逃げららたら恥ですからね!」


 またしても母の雷が落下。母とは強いものというけどこういうことなのだろうか。私の気の強さは母譲りなところがある。


「あの、お母さん」


「何?」


「その、その気があるのではなくて、こういう事がなかったので浮かれたとか、誰にでもかもしれません」


「そうね。だからあなたを気にかけてくれた他の方とも会うべきよ。全部ある人はいないのでどんな性格は許せなくて、どうなら許せるとか、色恋よりもお金とか、家柄とか、人によって望みや優先は違うのでしっかり考えなさい」


「家の望みはないから私任せということですか?」


「我が家は平家。しかも奉公先が安定している家系。私もお父さんも地位、金、名誉などでは高望みしません。出戻りしても受け入れられる余裕があるし、あなたもそこそこ働けます。堅実維持も難しいです。堅実未満になりそうな相手は却下します」


「はい」 


「娘が幸せになるのが一番の望みでらそれもとても難しいことです。元服してもまだまだ子どもに見える娘だけに任せきりにはしませんが、しっかり意見は聞きます。あなたはもうとっくに成人で家族を作るのなら自ら考えられないと」


「はい。このように育ててくださり、寄り添って導いてくれてありがとうございます」


 しばらく自分の縁談の優先事項やイオの女性関係の過去に対してどう考えるのか悩みなさい、縁談や人生の優先事項を決めなさいと言われて、今日はこの話は終わり。

 それから母にトオラのお見舞いは三日後になったと告げられた。

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