第三話
見下し、その上で、一度心を壊したはずの青葉の粘りに苛つき、そんな欠陥品に声援が向く事にも苛つき、その苛つきに嫉妬が混じっているのではないのか、という疑問を抱いた事にすら苛つきを覚えていた。初めて、父が試合を見に来てきてくれている事に驚いたものの、素直に喜べない自分がいる事にも苛つき、しかし、忘れて、深く深く集中して、策を考えていた。
青葉を鼻で笑うと、絶対勝てる、そう自分に言い聞かせ、ボールを握った。
私はいつしか後悔するのが嫌いになっていた。反省ではいけないのか。そんな事をしても何一つとして、意味はなくはないか。努力から遠ざかって楽をしたいだけじゃないのか。時間稼ぎの為の言い訳じゃないのか。それで強くなれるのか。いいや、無理だ。やり切って出来なかったのなら、後悔ではなく、努力という行動に移す。努力しようなんて思い、思うだけで、結局、中々始めないクズには何があっても成り下がらないし、それにならない様に、とにかく努力を重ねる。そうやって、一つまた一つと湧いて出てきた反省点を潰す。それの繰り返し、しかない。
「気持いいわ、やっぱ」
粘る青葉に、好きに粘らせ、その上から叩きつけた。低姿勢の青葉を見下ろし、天井に視線を移動させて、
「守り切れてないじゃん」
と口から溢れた様にわざと言った。
「そもそも地力が違うから、負けないでしょ」同じチームの誰かが言ったのを聞いて、しかし、誰の声かすら分からず、どうでもいい、と聞き流し、余裕の表情を浮かべた。
しかし、点数差は開かず、時折、舌を打ち、深呼吸の回数も増えた。
私は強い。努力を重ねた。負けるはずがない。こいつだけは叩き潰す。
明日個人戦で見せる予定だったものを見せると、決め、ボールを上げた。
均衡は唐突に、崩れた。いや、雨夜によって、崩された。
雨夜のサーブの種類が二種類増え、私はそれらの対応に時間がかかっていた。その上、返球に慣れられたのか、スマッシュとドライブの打ち分けを行われ、セットの終盤には、コースの細かな打ち分けまで行われ、雨夜にはミスがなくなり、勝てるビジョンが湧かなくなっていた。
その攻めに耐える事は出来なくなり、攻防の一点を望み、殴り合いを行った。しかし、小手先のものではどうにもなる事はなく、私は呆気なく、負けた。
過去を恨んだ。なぜもっと頑張ってこなかったのだろう。言い訳をどうして探したのだろう。
涙を浮かべそうになりながら、しかし、流す事はなく、舌を打つ雨夜の目を見て、握手をする事は出来た。
団体戦だということを思い出した。やはり、人間は直ぐに変わる事はない様で、私はダメな人間な様で、言い訳を考え始めた。
みんなの期待を裏切って、ごめんなさい、で済むのか。どう言えばいい。どうしたら許してもらえる。
狡猾さだけは一流で、下品だと思った雨夜なんかより何百倍も自分が汚くみえて、考えるのをやめた。足を止めたくなった。
「ナイスゲーム!」
何がナイスゲームなんだろ、そう思いながらも、顔を上げた。
何故か満面の笑みを浮かべるサクちゃんを見て、少し恥ずかしいと思いながらも、抵抗する気にはならず、初めてハイタッチをしていた。
ベンチに戻り、ごめんなさい、と頭を下げた。それ以上何も言う気にはなれなかった。
罪悪感は消えなかった。けれど、同時にチームとしての勝利、その欲望をこれまでと比較にならない程に抱いていた。勝ってくれれば、自分のせいで負けたことにはならない、と無意識に思ったのかもしれないし、ただ雨夜を嫌悪しただけかもしれない。
相手選手を観察した。私は初めてベンチで声を出して仲間を応援した。
相手の癖をどうにか声を振り絞って、伝えた。
「よし、いける、やった」これまで意味ないと思っていた言葉を馬鹿みたいに並べていた。
努力をして、しかし、セットを落とした彼女を否定する気など起こるはずがなく、観察と応援に徹した。
結果としては、負けたのは私だけで、団体戦としての勝利は収めた。恥ずかしく、トイレに逃げ込みたい、と思いもした。けれど、純粋にチームの勝利を喜んで、変と言われた事のあるクシャッとした笑みを浮かべ、ハイタッチをしていた。
「雑魚は全員死ねばいい」試合終わりの雨夜のその言葉を聞いて、仲間と離れて歩く彼女の後ろ姿を見て、よく分からない感情を抱いて、唾を何度も飲み込んだ。
その次の試合、私は勝った。けれど、試合には負けた。同じく満足はいかなかった。もっと何か出来なかったか、そればかりを考えていた。
母親が作った晩御飯はとても美味しく、悔しさが溢れて涙を流した。
二度と努力を演じない、そう思った。
後日、私は個人戦で雨夜に大敗した。