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贈り物  作者: marron
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ひだまり童話館、開館6周年記念祭参加作品です。

テーマは「6の話」です。

よろしくお願いします。

 幼稚園を卒園した春に、祖母はのり子を自宅に呼び小学校入学のお祝いをしました。

 のり子はその日のことをとてもよく覚えています。


「のりちゃん、今日はお祝いですからね、お行儀良く座っていなければなりませんよ」

 祖母はとても厳しい人でした。

 たかだか6歳の子どものお祝いの席で、子どもがはしゃいだりすることを良しとしませんでした。それでものり子はとても聡い子でしたので、その祖母の言いつけをしっかりと守っていました。

「はい、おばあちゃま。今日はのり子のためにありがとうございます」

 のり子はニコニコしたまま答えました。その様子を見た祖母は、小さく鈴を鳴らしました。

 いつもはお手伝いさんが数人給仕をしてくれる広いダイニングに、今日はのり子と祖母だけです。そこに一人だけお手伝いさんが入ってきました。

 お手伝いさんは、のり子の前に籠を三つ置いて、お辞儀をしてダイニングを出て行きました。


 祖母は満足そうに頷くと「では始めましょう」と言いました。

 のり子は神妙な顔をして目の前の平たい籠を見つめました。これは以前祖母が“宝物”と言っていたものです。何の変哲もない六つ目籠ではありますが、祖母の宝物というだけあって、それは美しい細工をしていて、竹だというのにピカピカに光っています。

 籠は三つ。大中小と揃っています。中身はまだ何も入っていません。

「お祝いですから、まずは飾りをしましょう」

 祖母はそう言うと、一度席を立ちあがりテラスに出て、いくつか花を持って戻ってきました。

 中くらいの籠の中に小さめの花瓶を置き、そこに今摘んできたばかりの花を手早く活けていきます。とたんに机の上がぱっと明るくなりました。祖母はもっと花を持ってくると、籠の隙間にそれらを飾り、残りの花で机の上も飾りました。

 いい香りがして、机の上が華やかになって、のり子は気持ちがとても明るくなりました。

「中くらいの籠には、心のための贈り物ですよ」

「はい。ありがとうございます」

 のり子はニコニコしてお礼を言いました。


 次に祖母は一度廊下に出て、お盆を持って戻ってきました。

 それから大きな籠にきれいな透かし模様のついた白い紙を敷いて、その上に小さな色とりどりの器を置きました。

 黄色い器にはのり子の大好きなコーンポタージュが入っています。

 ピンクの器には可愛らしいちらし寿司が入っています。

 黄緑の器には彩りの美しい生野菜と果物が入っています。

 それから薄茶色の器には見たこともないソースのかかったお肉がほわほわと湯気を漂わせていました。

 籠の隙間には、リボンのかかった小さなお菓子の袋を入れました。

 大きな籠も、中くらいの籠と同じようにまるでお花がたくさん活けてあるかのように鮮やかになりました。

「うわあ~」

「これはみんな、私が作りましたよ」

「おばあちゃまが?」

 のり子は胸の前に手を組み感激していました。祖母手ずからこれらを作ってくれたなんて、思わなかったからです。

「大きな籠には、身体のための贈り物ですよ」

「はい、ありがとうございます」

 のり子はすっかり感激して目をキラキラさせてお礼を言いました。


 それから祖母は小さな籠に白い器を入れました。そしてお箸で野菜の煮物をいくつかそこに入れて、その上に小さな金色の何かを乗せました。

「小さな籠には、のり子にとって大切な贈り物ですよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 のり子はちょっと困りながらお礼を言いました。

「おばあちゃま、これは何ですか?」

「それはあとで教えてあげましょう。さあ、食べてごらんなさい」

「はい」

 なんだろう。小さな、ほんの小指の先くらいのものです。お肉のようなお魚のような見た目をしています。金箔が乗っているので豪華に見えます。

 のり子はお箸を持つと、里芋と一緒にそれをとり、口の中に入れました。

 祖母の作った煮物の味は初めてですが、料亭にも負けない優しい味でした。出汁の中に野菜のうまみを感じられるほどよい薄い塩加減。里芋が柔らかく口の中に広がります。その味を損なわない独特の魚の味がほんのちょっぴり混ざっています。

 それからごぼうと人参と、すべての煮物を食べました。

「美味しいです」

 丁寧に作られた煮物ですから、のり子も丁寧に味わいました。

「それはよかったです。今食べた物の中に、うなぎが入っていたのはわかりましたか?」

「え・・・金色のですか?」

 のり子は目を丸くして聞きました。

「そうです。ちゃんと食べられて偉かったですね」

 まったく気づきませんでした。のり子はうなぎが嫌いです。一度小さなころに食べて歯ざわりが嫌いで飲み込めなかったことがトラウマになって、それ以来絶対に食べようとしませんでした。それが、祖母はそれを小さく切ってお祝いの席に出したのです。

 それは“のり子にとって大切な”ものでした。小さな克服を経たことは大切な意味があります。

 のり子も祖母もそれ以上のことは口にしませんでしたが、このお祝いの席はのり子にとって、まるで魔法のような時でした。


 そうして素敵なお祝いをしてもらったのり子は小学校に入学し、さらに聡明な子どもに育ちました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 企画よりお邪魔します♪ 一話のおばあちゃまの凛とした姿が本当に素敵で、息を呑むような美しさを感じました。竹籠の飴色のような煌めきや質感も感じるようで、引き込まれました。 このおばあちゃまの…
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