3→4
「ごらんなさい。案山子の数が増えてきましたよ」
こちらの質問に答えないどころか、全く脈絡のないことを口にする。そこで無理に、質問の答えを聞き出そうとしがみつく私ではなかった。
相手が自然と喋り始め、会話の路線が形成されつつあるなら、その路線を出来る限り伸ばしていくべきだ、というのが私のインタビューのやり方だった。
なぜなら、そこには少なからず、当事者の本音であったり、独自の推理というものが含まれるからで、そこから、この得体の知れないバスの正体を突き止められる可能性は大いにあった。
果たして老人の言葉通りだった。窓の外を見ると、相変わらず延々と広がり続ける田園風景のあちこちに、ちらほらと案山子の姿が目に入るようになった。さっきまでは何もなかったのに。バスの行く末を見守るように、ボロボロの布切れと蓑笠を身に付けた、枯木の人型が立ちんぼしている。
辺りは闇夜に包まれている。だが老人には、そして私にも、どうしてか案山子の姿がはっきりと確認できた。畑に照明器具が設置されている様子はなかった。
どちらかといえば、案山子が独りでに、灯りに包まれているようだった。都会の繁華街にあるような、ギラギラとした人工的な灯りではなかった。それは鬼火に近かった。蒼白い小さな鬼火の数々が、枯木の中を煌々と不規則に泳ぎ、焦げた色合いの木肌を妖しげに明滅させているのだ。
不意に顔を覗かせてきた、どこか幻想的ともとれる雰囲気。しかし不思議と、見覚えがあった。以前にも、これと同じような風景を、私自身、どこかで見た記憶があった。
いや……記憶がある、とはっきり断言できるほどではない。
例えるなら、記憶の引き出しの片隅に焼き付いた、染みのようなものだ。なにが原因でそんな染みが生じたのか、私自身、あまり分かっていない。だが染みがついているという確信だけがある。これがいわゆる、デジャ・ビュという奴なのだろうか。
光る案山子に目を奪われていると、急にバスが停車した。今度もまた、バス停名を告げるアナウンスは流れず、後者ボタンを押した音もしなかった。
乗降口のドアが、そっけなく開いた。
「お忘れ物はございませんかぁ?」
運転士の声に誘われるように、今度は前方の席に座っていた老婆が、ゆっくりと腰を浮かせた。骨ばった体と、雪のように白い頭髪が特徴の老婆だった。
立ち上がった拍子に、老婆の小さく呆けたように開かれた口から何かが零れ落ちる様を、私ははっきりと目撃してしまった。てっきりバス酔いでもして、少しだけ吐いてしまったのかと思ったが、小石が散らばるような音が、私の勘違いがいかに甘いものであるかを告げていた。
やや黄ばんだエナメル質の塊。床に散らばっているのは、老婆の歯だった。十数本の歯の根元にこびりついた、ぬらぬらと光るピンク色の肉片が、それが入れ歯でないことを物語っていた。
驚きのあまり老婆へ視線を戻す。小さな口を通じて、どろどろと濁った液体がとめどなく流れ落ちていくのが目に入った。
老婆の皺だらけの服が、ぐっしょりと赤黒く汚れていった。