8速
「あんたどげんした! ないごてチャリでくっとか? 食うのもぐらしくなっちワァ↑ゴンア↑ールういけもす?」
(※あなたどうしたの! なんで自転車で来たの? 食べるのにも困ってワゴンアール売っちゃった?)
「んなことない、貯金もあるしワゴンアールも2ヶ月前にバッテリー変えたばっかだぜ。最近ロードバイクを始めたんだ」
「こいは競輪じゃけ? 将来なんになんの?」
(※これは競輪でしょう? 将来なんになんの?)
「こーむいーん! て違う違う。それに競輪じゃなくてロードバイクな。それより急に泊まるって連絡してごめんな、これあげる」
鹿児島県の者にとっては定番のやり取りをしたりしながら、俺と母ちゃんはワイワイと家に入りこむ。リュックにいれてた俺の両親の大好物をようやく降ろせるぜ。
「わっぜか、ずんばいショッツあるがね。お父さぁもよろこっが」
(※すごーい、いっぱい焼酎があるね。お父さんも喜ぶでしょう)
「親父が帰ってくるまでまだ時間あるよな、先に風呂入らせてくれ。もう汗だくでな」
うちの両親は大酒飲みである。俺が注意しないと頭痛薬や胃薬なんかも焼酎で飲みこんでしまう。それでちゃんと効くのか不安である。まあそんななので、こうして故郷の酒を贈ればとても喜んでくれるので、こちらとしては頭を悩ませることがなくありがたい。ちなみに俺はあんまり飲まないぜ。
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久々に実家の大きな風呂を堪能し、俺はリビングでテレビを見ていた。実は俺の今住んでいるアパートにはテレビはない。見たければスマホで見れるし、元々テレビっ子でもなかったので不便はしていない。だが久々に見ると新鮮でおもしろいな。
「え、マジかよ!!!」
「いけんしたとな?」
(※どうしたの?)
「いや、ク●ヨンし●ちゃんとドラ●もんっていつの間にか土曜日になってたんだな」
「うんにゃやぜろしかね」
(※まったく騒々しい)
だってクレ●ン●んちゃんとドラえ●んだぜ!? うっかり今日は金曜日の夕方なのかと錯覚しちまうとこだった。しかしあれだな、いつの間にか声も変わってないか? 野原しん●すけっていつから声変わりしたんだろう。
そんな感じで母ちゃん作っている夕飯の香りとテレビを堪能していたら、玄関がガラガラーと開く音が。
「ただいま……わっぜかワルコッボがおいどんげえでなんしちょっとか。あん競輪はまっこち邪魔じゃが」
(※ただいま……お前のような悪い子が俺の家に何の用があるんだ。あの競輪はすごく邪魔だぞ)
「おかえり親父。あれはロードバイクな。たまには帰省してもいいじゃん。そうそうコレやるよ」
「わっぜかね! こんショッツでダレヤメじゃっど! わははははは!」
(※素晴らしい! この焼酎で今日はパーリーだな! わははははは!)
「飲んでもないのにゴキゲンになった。こりゃ末期だな」
農家をしている親父は仕事終わりで汗だくの体をサッパリさせるため、風呂へ直行していった。
親父の風呂は短い。昔は長風呂をしていたのだが、風呂場で酒を飲みながら入浴した時に溺れかけて以来、家の中で唯一風呂場だけが禁酒区域となったからだ。酒の飲めぬ所に俺の両親は長居しない。
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翌朝。俺はひどい頭痛でグッタリしていた。昨日の夕飯からの記憶がない。母ちゃんと親父の晩酌に付き合ってたのは確かなんだが、どうしたものか。
(親父はもう畑に向かったのか……ん?)
枕元に封筒と手紙が置いてある。どれどれ。
「お前が急に来てビックリしたが、お父さんもお母さんも嬉しかったぞ。お母さんから聞いたが今回は1泊したら帰るんだってな、またいつでも帰ってきなさい。封筒に焼酎の礼を入れといたから、困ったら使いなさい。それでは体に気をつけてな」
追伸、野菜もあげようと思ったのだが、競輪で来てるので持てないではないか……と締められている。封筒には2万円も入っていた。持ってきた焼酎は全部あわせても6000円いかないくらいだったんだけどな。ま、ありがたく貰っておこう。
「おはよう母ちゃん、頭痛薬くれない?」
「あんべがわるいけ?」
(※具合がわるいの?)
「二日酔いでさ。体調が良くなったら帰る」
昨日の飲酒から結構時間が経っているので飲酒運転の心配はないだろう。しかし手作りの料理ってのは、久々に食べるとなんてありがたく感じるんだ。アパートで食える最高の飯は袋ラーメンか幕の内弁当だからなぁ。
「はいお薬。おかわり、いけんすいけ?」
(※はいお薬。おかわり、どうする?)
「……けしんかぎい、くいやんせ!」
(※……大盛りでお願い!)
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