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7/10

7速


 この峠で一番キツい坂は車で通る時ですら疲れる。道幅は車同士がスレ違うのも余裕なのでいいのだが、いかんせん傾斜とカーブがキツいのでアクセルを全開したりゆるめたりしながらハンドルをグルグルするのが大変だ。カーブの途中で対向車が来ると、もうリカバーできそうにないところを頑張って左に寄らないといけないのが一番ツラい。


 そこを今、俺はロードバイクで登っている。


(どちくしょおおおお、なんて俺はバカな事を計画してしまったんだ!)


 正直言うとこの坂をなめていた。今までの坂は傾斜はキツいが短かったり、逆に傾斜が長く続くけどゆるかったりでマイペースを保てる優しさはあったのだ。

 しかしこの峠の最強坂はやばい。シッティングすると後ろにコロけるんじゃね、と思うくらいの角度が延々と続く。今まで俺はヒルクライムで弱音を吐いたことはないが、今回ばかりは後悔した。


(俺はなぜ、こんな事をしているのだろう? 俺はなぜ、車を持っているのにチャリで来た? 俺はなぜ、俺はなぜ、俺はなぜ……)


 足をつきたい。でもなぜかつけることができない。なんでかって? ロードバイクに乗って坂を登っていれば分かるよ。ヒルクライマーはハンガーになるまで登り続ける。

 例えスピードメーターが時速2kmを表示していて、押して歩いたほうが絶対に楽で速いと頭で分かっていてもだ。恐らく峠を足つけずに登りきる苦行は、己の愛車と己自身に対するロマンなんだ。


(だあああ! けしんかぎダレたがよ! おいのごてずんばいぐらしか! わっぜぐらしか! チェストォォォォ!)

(※だあああ! 死ぬほど疲れた! もう足はちぎれる一歩手前だ! クッソキツい! ちきしょォォォォ!)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「がはっ……」


 終わった! 俺は勝った! ついぞ1度も足をつかず諦めなかった! 後は全部下り坂、俺の人生初のダウンヒルの開幕だ!!


(おや? おやおやおや?)


 峠の頂上には申し訳程度のベンチと自販機が置いてある。駐車場は無いので車で来るときはいつもスルーしているのだが、今日はロードバイクなのでここで休憩しようと思っていた。その休憩所にはあの先客がいた。


(……って、ヘルメットを被り終えたとこかよ。そりゃそうか、あのハイペースなら大分前に登り終えてもう休憩したとこだろうしな)


 あのアイドル乗りがいたのだが、どうやら入れ違いになってしまうようだ。もしかしたら、と思ったがまあ仕方ない。自販機でスポーツドリンクを買ってお弁当の焼きそばパンでも食べるとしよう。


 アイドルのスタンド(彼女もロードバイクにスタンドはつける派のようだ)を蹴り上げ、近くに停めてあった俺のCAAD10を彼女はチラッと見ていた。それをコッソリ観察していた俺の視線に気づき、会釈してから去っていった。


(えへへ……)


 し、仕方ないだろ女の子に会釈されて嬉しかったんだよ! それになんだか同じロードバイク乗りだと認められた気がしてなおさらさ、な?

 ええい今までは良いロードバイクに乗っててカッコいいな~としか思ってなかったのに、なんだかドキドキしてきたぞ。というかさっき間近でスレ違ったけど、ほんとに華奢でちっちゃいな!


 なんかアイドル乗りのことを考えれば考えるほど魅力的に見えてくる。あのゴツいヘルメットもだんだん不審者じゃなくてミステリアスだ、とポジティブに見えてくるもんだからヤバイぞ。


 さっさと食ってダウンヒルしよう。高速で走ってれば邪念も吹き飛ぶさ……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おっおっお!? こえ~」


 ダウンヒルにて俺は自分のビビりっぷりにうんざりしていた。せっかくの下り坂なのに傾斜がキツいので時速30kmあたりでブレーキをかけてしまうヘタレっぷりだ。

 一瞬だけ時速40km出したが、もしパニックブレーキしてジャックナイフ(フロントブレーキを強く引きすぎ、後輪が浮くこと)をやらかしたら死ぬとか、タイヤのサイドグリップの限界を攻めすぎてしまい高速域で落車したら死ぬ、とかを恐れてしまう。


 いやまあそれで良いんだけどさ。でも分かるんだよ、明らかに今の性能を引き出せてないってのが。今履いてるミシュランのパワーといえばプロのレースでも普通に出てくるガチのタイヤなんだけどな、これがスピードを出せば出すほどなぜかタイヤのグリップが利いて安定性が増すんだよ。意味不明すぎてやべえ、マジで原理わかんね。


 それにCAAD10ときたらな。こいつの得意分野は間違いなく軽さと金属フレームの特徴を活かしたヒルクライムなんだろうが、ダウンヒルにおいてもフレームの出来が良いからか、俺の恐怖心に対してブレることのない安定した走りをしている。


 しかしこうしてダウンヒルしていると、いつだったかあのアイドル乗りが見せてくれたエキセントリックなダウンヒルが思い出されるな。あれたぶんコーナリングですら俺の下りの直線スピードを超えてるんじゃないか?


(そういえば彼女はあの時、かわいいパンツ……じゃない、へばりつくような姿勢だったよな。こんな感じか……って、思ったよりもキツい姿勢だな)


 あのアイドル乗りの姿勢をちょっと邪な映像と共に思い出してみる。そういえば下ハンドルを握ってた気もするな。でもダウンヒルの途中で下ハンドル握るとブレーキレバーが遠くて恐いな……


 まあまだ俺ロードバイクに乗って2ヶ月だし、ダウンヒルに至っては今日初めてやってるんだからテクニック差や経験差は仕方ない。危険運転にならない程度の速度を出せる腕を、何度かダウンヒルしてつければいいじゃねえか。

 だから女の子に度胸で負けたわけじゃねえからな。そこんとこ間違えないでくれよ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


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