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6/10

6速


 実家へ帰るときにいつも通る峠。ロードバイクで通ったことがないわけではないが、普段は一番キツい坂のあるところまではいかずに、途中の自販機のある辺りまでプチヒルクライムしたら帰っていた。

 そういうわけで少しはヒルクライム(坂を登ること)も経験しているので、キツいとは思うが断念するほどではないだろう。今回は実家への手土産をいれたリュックがあるが、それも重荷ではない。


(よし、準備は万全だ。初めての1泊サイクリング、頼むぜカーボンキラー!)


 すっかり俺よりもアパートの大部分を占領し始めているCAAD10を外に出し、タイヤの空気圧を普段の7barより高めの8barに入れ直した。実を言うと5barと6barの違いは分かるのだが、6bar以上になるとさして違いがわからない。以前9bar入れてみたが、走りの軽快さよりもバーストの恐怖のが優っておちおちサイクリングを楽しめなかった。


 さて、話は逸れたが準備ができた。のんびり走っていこう。峠ありの40km、3時間くらいを目安に事故らないように出発だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 自宅を出発して1時間、件の峠に到着した。たのしいたのしいヒルクライムのスタートだ。


(……あ! あのロードバイクは!)


 なんてこった! なんて偶然だ! 道端の脇でハンガーノック防止にメロンパンを食っていた俺の目の前を、あのアイドル乗りがジィィィというカンパニョーロ独特の音を響かせながら通りすぎてった!


(音がやんだ? まさか……まさかな!)


 ラチェット音がやんだという事は、ペダルを漕いでいるということ。それはつまり、アイドル乗りもこの峠を登りにいった可能性がある。大急ぎでメロンパンをカフェオレで流し込んだ俺は、峠をスプリントしながら猛然と登っていった。


(いた! アイドルだ! 相変わらずはっやいはっやい!)


 ヒルクライムではロードバイクの総重量がモノを言う。フルカーボンフレームのアイドルに、アルミホイールでは最軽量級のシャマル・ミレは鬼に金棒とも言える軽量バイクだ。しかし俺の相棒はそのカーボンをキラーできるCAAD10だ!

 それに俺はスプリントに自信がある。あえてギアは4速のまま、爆発的なトルクをペダルにかけた。アルミフレームで最軽量レベルのCAAD10は、俺のド素人走法にもキッチリ応える。カーボンにはない金属フレームのダイレクトな推進力、そしてガチガチのレーシーな手応え……こいつの持っているクセ全てが俺の闘志を駆り立てる!


(相手も俺に気づいたようだ。"お先にどうぞ"のハンドサインは出してこないし、ギアを軽くしてしばらくこの距離を目安に様子見でいこう)


 登坂だからといって追い越しをかける時以外はあまり近づかないほうがいいだろう。というか相手についていくだけでいっぱいいっぱいだ。目の前のアイドル乗りは下りも速かったが、登りも目を見張るスゴさだ。

 分かりやすいのはダンシングの安定感。無駄に上半身を揺さぶらない割りに、ペダルを踏み込む時はキレイに車体を振るのだ。


 ちなみにダンシングというのはロードバイクを左右に振りながら立ちコギをするような感じのテクニックだ。坂道で立ちコギ? と俺も最初は思っていたが、ずっと座りながら漕いでいると同じ筋肉ばかりを使ってしまってむしろ疲れるのだ。

 そこで出てくるのがダンシング。ヒルクライムにおけるダンシングは加速するため、というよりも休むために使う。

 俺もまだ完璧には習得できてないので理屈だけしか説明できないが、足に力を入れてペダルを踏むのではなく、足の力は抜き重力の助けを借りるイメージでペダルに体重を乗せるようにダンシングすると、休めるダンシングになるそうだ。


 そんな休むダンシングとシッティング(座って漕ぐこと)を坂の傾斜に応じて適切に使っているアイドル乗りは、恐ろしいほどのハイペースを維持している。


(くそ、せっかくまた会えたっていうのにもうダメだ……)


 へなへなとペースが落ちていく俺。向こうのペースに合わせてると絶対にハンガーノックになるだろう。経験差や機材の違いがあるとは言え女の子のペースについていけないのは悔しいな。でもヒルクライムは自分のペースを保つのが一番大事。無理しても無駄に体力使うだけでマイペースに行ったときよりもむしろ遅くなるよ。言い訳じゃないからな?


 勝手に戦意を燃やして勝手に戦意喪失した俺は、一番キツい坂の手前にある平坦に近い直線でいったんペースを落とし呼吸を整えることにした。そんな俺のことなど気にもせず、高嶺の華たるアイドルは依然ハイペースで、いやむしろ平坦な直線をチャンスとばかりに猛烈に加速しながら去っていった。


(あのハイペースで登坂してたのに、まだあんなスプリントできる体力あるのかよ……)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


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