5速
(ははははは! 俺は風! お前はカーボンキラー! アイアムカゼ! チャリンコイズデストロイヤー! ひゃっほ~!)
30分ほどだろうか。走っては停車して調整を繰り返し、ベストな状態になったCAAD10と俺のテンション。いやね、マジで楽しいぞロードバイク。それにこのCAAD10、いくら漕いでも限界を感じる気配がない。こいつのリミットに達する前に、俺がバテちまう。
それに月並みな言葉だが、恐ろしいほど効率が良い。タイヤの回転する感じだけでも、ママチャリや軽自動車はシャフトやホイールなんかの甘い精度や重たい材質が足を引っ張ってニブい抵抗感になってたが、ロードバイクときたら!
一踏みでどんだけ回り続けるんだよ、どんだけ進んじまうんだよ、どんだけ加速するんだよって恐いくらいだぜ?
(ほーほほほ、赤信号イェェェェェ!)
止まるだけでも良質なメカの作動を直に感じられて楽しいんだよ。シュー……ピタ、と実に滑らかに思った通りのポイントで停止してくれる。今日初めて乗ったのに、もう意のままに操れている感じがしてすごい気持ちいい。軽自動車とか未だに駐車する時、右側に寄りすぎちゃうのに。壁に寄りすぎてたまに運転席から出れねえ。
まあそんな感じで初めてのサイクリングは最高の思い出となった。たった1時間、どこか目的地を決めたわけでもなくただ適当にブラブラしているだけなのに、すごく充実した1時間となっていた。
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次の日の俺はヒリヒリするケツとバキバキになった腰に動かすと死ぬ首、あと曲げれなくなった手首の洗礼を受けていた。
(ケツが未知の痛みを感じている……これは本当に大丈夫なのか? 俺の肛門、ちぎれてないだろうか?)
ケツはマジでヤバイぞ。次点で首。ロードバイク乗りがこぞってケツ部分にクッション入ってるサイクルジャージを着るのがよーく分かった。俺も買おうか、しかしアレ結構高いしなによりダサ……
(あのアイドル乗りは普段着で乗ってるし、スカートの時は下はパンツだったから、鍛えあげられしケツなんだろうか)
やはり高級ロードバイクに乗るような女の子は、強靭なケツを持っているのだろうか。色んな意味でうらやましい。
ま、今日は一日安静にしておこう。幸い昨日実家に行った時に湿布を1箱もらったから首と腰に貼っておけばいい。ケツはどうしよう。
(……ケツいってえなあ)
ケツどうしよう……
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あれから2ヶ月。俺はかなり頻繁にロードバイクに乗っていたと自負できる。まだ1回の最大走行距離は多くても30kmほどではあるが、今の体力や強靭になったケツを持ってすれば、40km離れた隣の市にある実家に行くのもなんて事ないはずだ。
ちなみにケツは乗ってりゃ鍛えられる。CAAD10についてたサドルが良い感じに俺にフィットしたのもあるだろうが、不思議とケツはだんだん平気になってくる。
ケツも体力も実家へ行くのに十分鍛えられた。リュックを背負っていけば荷物は割りと不便しないし、俺は実家に行くのを決意する。
「もしもし母ちゃん? 明日そっちに泊まりにさァ……」
さすがに1日で往復80kmはまだ無謀だ。実家に久しぶりに1泊することにした。ふふふ、俺の母ちゃんと親父もまさか俺がロードバイクで参上するとは思うまい。というか車で1時間近くかかる距離をロードバイクで行こう、なんて2ヶ月前の俺は絶対に考えなかったな。だんだん俺は一般的な思考を失っていってるのだろうか?
安物のサイコンを買ったのでスピードメーターとして使っているのだが、それによると俺の巡航速度はだいたい時速20kmほど。少しペースをあげて時速23kmくらいまではまあギリギリ"巡航"と言える程度の余裕さを保てる。巡航っていうのはふっつーのパワーで走っている速度だ。この速度でならずっと漕いでも疲れないなーって感じの。それが俺で言うと時速20kmというスピードだ。
ちなみに一時的に速度を上げたりするのはスプリントと言う。いわゆる"激チャリ"や"もりコギ"だと言えばわかる人も多いのではないだろうか。実は俺、結構スプリントには自信があるんだぜ。適度にハンガーにならないポイントで力を抜く見極めはたぶん中々だと思う。
ちなみにハンガーことハンガーノックというのは、体の栄養が不足していたり長時間の走行で疲労している状態でさらに負担をかけ続けたり、登坂などで一時的に頑張りすぎて過剰な負担がかかりすぎると起こる貧血のようなものだ。
実は俺も調子に乗ってたら一度ハンガーノックを起こしちまったことがある。あれは長い坂を登っている時だった。立ちコギしてたらだんだんペダルを踏む太ももやふくらはぎがキッツい筋トレした後みたいに力が入らない状態になってきてな。
どうせ足がちぎれただけ、と座ってコギ続けてたら急に……いや、倒れそうな予兆はしたんだけど、もう体が言うこと聞かなかった。いつもは足をつかずに登りきるその坂の途中で俺はグッタリと座り込んで、少し体調が回復したらとにかく最寄りの自販機まで戻ってなんとかその場はしのいだ。
あの倒れるというか体が栄養を失って力が入んなくなる感覚は貧血にそっくりだと思うんだが、俺は学者ではないからこうであると断言はしまい。
さて、そういう経験もあったので40kmは余裕で走りきれるとは思うが、ちゃんとクリームパンとかおいしい缶コーヒーは持っていこう。栄養に摂りすぎはないのだからな。
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