08.幼馴染とハレさんと、三人の昼休み
西田くんからイケメン先輩のことを聞いたからといって、俺に対する双葉の態度が変わるわけではない。
昼の誘いは無残にも断ってしまい、今日も俺と一緒に購買の新作パン全種制覇などという、どうでもよすぎるチャレンジをしていた。
いや、多すぎでしょ、これ。パンは嫌いじゃないけど、胸焼けするって。
正直、飛び入り参戦してくれたハレさんがいなかったら、危ないところだった。
「ごめんね、ハレさん。付き合わせちゃって」
「ううん。美味しいから、大丈夫」
嫌な顔一つ見せずに食べてくれるハレさん、マジ天使。
この笑顔を昼飯終了まで守りきるため、俺も頑張って食べねば。
「ねー、ちょー美味しーよねー!」
俺の幼馴染はと言えば、相変わらず能天気な様子でパンを平らげている。
双葉は常に大食いというわけではないのだが、テンション次第で結構食べるタイプなのだ。今日はハレさんが一緒のせいか、結構はしゃいでいる。
ハレさんが俺たちと昼食を共にするのは珍しくないのだが、それでも毎回というほど頻度が高いわけでもなく、週に多くて二回といったところだ。
基本的に俺と一緒に食べる双葉に合わせると、他の友人との付き合いが疎かになるのが理由らしい。
俺はよく知らないが、中学からの友人だっているみたいだしな。
「ね、ねえ、京太郎くん。双葉ちゃんって、彼氏いるんだよね……?」
「……そのはずだけど」
パンに夢中な双葉を余所に、ハレさんが俺に尋ねてきた。
もしかしたら今日こうして昼飯に付き合ってくれたのも、その辺りを確認したかったのかもしれない。
「でも一緒にお昼食べたりしないんだね」
「それどころか、今朝も俺と一緒に登校したんだよ」
もっと言うなら昨日も俺と一緒に帰っている。
改めて考えると、昨日の放課後と今朝しか双葉は先輩に会ってないんだな……。
なんというか、凄いカップルだ。
「……本当に、どうして付き合ったんだろう。双葉ちゃん」
「イケメンだからじゃない? ハレさんは、イケメンは好きじゃない?」
「す、好きじゃないよ!? 全然好きじゃないから!」
性別関係なく、見た目は良いに越したことはないだろう。
そう思って聞いたんだけど、ハレさんは過剰に否定してきた。
その後、自分の反応が大袈裟だったと気付いたらしく、頬を赤く染めながら言葉を続ける。
「その……見た目より中身っていうか……。もちろん好きな人が格好いいなら嬉しいけど、格好いいだけじゃ好きにならない、かな」
「へえ、そういうもんか」
その理屈で言うと、俺はどうなんだ?
俺は別にイケメンではないけど、それなら逆にイケメンじゃなくてもチャンスがあると喜べばいいのだろうか?
双葉以外の女子とはあまり絡んでこなかったから、色々と難しいな。
昨日からは、双葉の考えも今一つ読めてないんだけど。
「京太郎くんは、その、どうかな? 付き合うなら、美人じゃないとダメ?」
女性心理の難解さに頭を悩ませていると、ハレさんが伏し目がちに聞いてきた。
……どうと言われても、そんな仕草を見せられるとなあ。
「……俺は、ハレさんは可愛いと思うけど」
「か、かわっ……って、質問の答えになってないよねっ?」
おっと、誤魔化せなかったか。
ハレさんは真っ赤な顔になって、さらに可愛さを増していた。
「ええと、それじゃあ……性格が重要だけど、可愛い方が嬉しい、みたいな」
「……それ、私が言ったそのままじゃない?」
「でも別に嘘は言ってないつもりだけど。さっきのハレさんが可愛いって話も」
「へえっ!?」
俺の言葉に反応して、素っ頓狂な声を上げるハレさん。
流石にその声には気付いたらしく、双葉も驚いた顔でこちらを見ている。
「どーしたの、ほのか? 凄い声出てたけど」
「な、なんでもないよ! あ、こ、これ美味しかったよ。双葉ちゃんはもう食べた?」
「えーどれ? あ、また食べてないかも……って、うまー!」
ハレさんオススメのパンを食べた双葉が、大仰なリアクションを見せる。
なかなか鮮やかな話の逸らし方を見ると、ハレさんも双葉の扱いに習熟しつつあることが察せられる。
高校入学してすぐだったから、もう一年近い付き合いになるんだよな。
「ハレさんか……」
俺は今までずっと双葉といたから、双葉以外で今も付き合いが続いている女子で、一番仲が良いのは多分彼女だろう。
教室ではあまり目立つ方じゃないけど、正直凄く可愛いと思うし性格もいい。
双葉に倣って恋人を作ろうと思った時に、最初に追い浮かんだのも彼女だ。
ハレさんとなら、俺も上手くやっていけるんだろうか。
双葉とも特に仲が良い子だし、もしかしたら……。
「キョータロー、手止まってるよ?」
「お腹いっぱいなの? 京太郎くん」
「え? ああ、まだ大丈夫だよ。ここから気合入れないとな」
双葉とハレさん、二人に声をかけられて、俺は意識を現実に引き戻した。
ハレさんとの今後は要検討だが、今は目の前の新作パンたちを片付けなければ。
せっかく多くない小遣いで買ったんだから、残してしまうのは勿体ない。
双葉はともかく、ハレさんの方はそんなに食べられないだろうしな。
「そうだ。明日からも、なるべく一緒に食べられるようにするね」
俺が気合を入れて次のパンに取り掛かっていると、ハレさんが俺と双葉に向けて宣言するように言った。
「俺はもちろん歓迎だけど」
「えー、ほのかと毎日一緒なの? いーじゃん、ちょー楽しみ!」
「ふふっ。私もちょー楽しみだよ、双葉ちゃん」
無邪気に喜ぶ双葉に、ハレさんも笑顔を向ける。
今までは中学の友達ともバランスを取っている感じだったけど、今後は俺たちとの付き合いに比重を置くということだろうか。
双葉じゃないが、俺もハレさんが一緒というのは楽しみだ。
「そうだ。今日の放課後も一緒に遊ばない? 双葉ちゃんが彼氏さんと会うなら、京太郎くんと二人だけでもいいけど……」
「え、二人って――」
「ほのかと二人きりとか、ずるーい! 私も行くに決まってるじゃん!」
まさかハレさんが俺と二人きりで遊ぼうと言い出すとは思わず、聞き返そうとしたけど、その前に双葉の発言で遮られてしまった。
「どーせ先輩は部活だし、へーきへーき!」
「どうせって……」
「あはは……」
双葉の無自覚に残虐な物言いに、俺とハレさんは苦笑いを漏らした。
どうやら今日の放課後も、俺の幼馴染は引っ付いてくるらしい。
先輩が双葉とカップルらしい放課後を過ごせる日は来るのだろうかと、俺は場違いにも心配するのだった。
次回は地獄のランチ編です