04.幼馴染が彼氏といる時は、邪魔にならないようにする
双葉との昼の思い出と言えば、小学校時代に初めて俺と別のクラスになった時のことが、最も印象深い。
俺たちが通っていた幼稚園は各年一クラスだったが、小学校は複数クラスあったので当然ながら双葉とは別れることもあった。
まあ、双葉は休み時間の度に俺のクラスまで遊びに来ていたから、授業中に別の教室にいるくらいで、ほとんど変わらない――なんて思えたのは、昼休みになるまでだった。
それまで教室に俺がいなくても自分の方から遊びに行けばいいと思っていた双葉だが、昼になってようやく俺と一緒に給食が食べられないという事実に気付き、大いにごねたのだ。
その後、教師に注意されようと聞く耳持たず、給食を最速で食べて俺のクラスに突撃してくる双葉は、俺たちの学年の名物のようになっていた。
そんなのが一年間も続いたので、次にクラスが別れた六年生の時は、給食の時間が近付くにつれて、教室に緊張感が漂っていたものだ。
その頃には双葉も多少の落ち着きを獲得していたので突撃はしてこなかったが、代わりに俺が破局だの冷戦中だのとからかわれる羽目になった。まあ、常識的な時間になったら普通に双葉が遊びに来たので、すぐに収まったんだが。
何故そんなことを登校途中に考えているのかといえば、さっきから双葉が「新作パン全種類制覇!」などと暢気な顔で言っているからだ。
俺と一緒にいたがるのは、まあこちらも幼馴染として悪い気はしないんだが、付き合い始めたばかりの彼氏を放置し過ぎるのは、どうにも気にかかる。
どうせ誰かと付き合うなら双葉には彼氏と上手く行ってほしいし、何かの間違いで俺が修羅場に巻き込まれるのも困るのだ。
とはいえ、何度も言うように双葉は一度決めたら俺の言うことなど聞かないだろうし、こちらとしては変なことにならないよう祈ることしか出来ない。
望み薄ではあるが、一応は俺の方からも双葉に言い聞かせていくしかないだろう。
そういえば今まで忘れていたのだが、俺はクラス内で双葉に振られたような扱いになっているのではなかったか。そこもみんなから説明を求められそうな気がする。
素直に「恋人が出来ても今まで通り仲良くする」と言えば問題ないだろうか。しかし色恋沙汰が好物の高校生たちが、そんな説明で大人しく引き下がってくれるのか、甚だ疑問である。
「双葉。そういえば先輩って、俺のこと知ってるのか?」
「んー? キョータローのこと?」
双葉の彼氏との修羅場を避ける上で重要なことを思い出し、すぐに確認を取ることにした。
果たして双葉は、彼氏に幼馴染の存在を伝えているのだろうか?
そんなことを心配した俺だけど、双葉は自信満々な笑顔で答えた。
「仲良しの幼馴染がいるって言ったから、だいじょーぶ!」
「そうか。言ってあるなら、大丈夫かな」
どうやら彼氏にいきなり会っても、「幼馴染なんて聞いてない」などと言われる心配はなさそうだ。
まあ、そうそう本人に会う機会はないだろうけど。
なんて思ったのがフラグだったのか、校門を通り過ぎたところで双葉が声を上げた。
「あ、先輩だ」
「――え?」
そんな冗談みたいなことがあるわけないだろう――という俺の切実な思いは、元気に手を振る双葉と、それに応えて手を振り返すイケメン男子を前に、呆気なく打ち砕かれた。
初めて見た双葉の彼氏に対する感想は、主に「確かにイケメンだな」と「意外とイケイケな感じでもないな」の二つだった。
噂によると何か運動部の……ええと、確かバスケ部だっただろうか。そこの部長を勤めていて、学力の方も学年上位に位置している秀才らしい。あとイケメン、それは見れば分かる。
うーん、基本的に興味がなかったから、噂話も曖昧にしか覚えてないな。双葉も昨日から、彼氏のことは全然話題に挙げないし。
何なら名前すら思い出せないくらいだ。
ちなみに双葉は彼氏に手を振った直後に、駆け寄っていった。
おかげで彼氏には俺の存在がバレていないようで、今の俺はカップルを見つめるモブキャラといったところだ。
このままフェードアウトするのがモブの正しい在り方のような気もするが、どうしたものかな……。
「おう稲瀬。何やってるんだ?」
「ん? ああ北森くん、おはよう。別に何ってわけじゃないんだけど……」
双葉たちを眺めていると、クラスメイトの北森くんに声をかけられた。
俺が何を見ているのかと興味津々という様子だった北森くんだけど、視線の先にいる二人を見て苦い顔に変わり、俺の肩に手を載せてきた。
「稲瀬……元気出せって。昨日も言ったけど、女は荒屋敷だけじゃねえぞ」
「いや、何か勘違いしてないか?」
「いいから。皆まで言うなって……」
北森くんは、やたらとしんみりした雰囲気を醸し出していた。
彼は昨日、双葉が告白された後で俺に声をかけてきたうちの一人だ。俺が彼氏と一緒にいる双葉を見て、ショックを受けているものと思っているんだろう。
なんなら、ちょっと泣きそうになっているくらいだ。思ったより情が深いタイプだったんだな、北森くんって……。
とはいえ、実際は完全な勘違いであり、俺はショックを受けてはいない。
そもそも双葉とはここまで一緒に登校してきているのだが、まあ今の状況だけを見てそれを理解するのは不可能だろう。
「面倒だから説明しないけど、本当に勘違いだからな」
「だから、そうやって……って、おい! 稲瀬!?」
やはり俺の言い分を信用しない北森くんは放っておいて、この場を離れることに決めた。いつまでも双葉と彼氏の逢瀬を、ジロジロ見てるわけにもいかないしな。
しかし黙って離れると後で双葉に文句を言われるだろうから、サクッと用件だけ伝えることにしよう。
当然、恋人同士の会話を邪魔するような、無粋な真似はしない。俺は男女関係を気遣ってやることの出来る、気の利いた幼馴染なのだ。
「稲瀬! 早まるなって!」
「北森くん、絶対に勘違いしてるから。悪いけど、ちょっと黙っててくれ」
手順は簡単だ。
まずは北森くんの隣を離れて、双葉と彼氏のところへ向かう。
楽しそうに話している双葉の後ろに立ち、その肩を軽く叩く。
双葉が俺に気付いて振り向いたら、校舎の方を指で指示して「先に教室行ってる」という意図を伝える。
上手く伝わると双葉が了承の意味で頷いた後に笑顔で手を振ってくるので、俺も軽く頷いてからその場を離れる。
離れる直前に、彼氏に向けて軽く会釈をしていくサービス付きだ。
いきなり知らない下級生に話し掛けられても、先輩も迷惑だろうしな。
かと言って完全に無視するのも失礼だし、程よい塩梅だったのではなかろうか。
恋人同士の語らいに無粋な外野の声を挟み込まず、クールに去って行く。
俺に彼女はいないが、このくらいの男女関係の気遣いは心得ているのである。
「稲瀬……お前、なんか凄いな」
「いや、意味分かんないんだけど」
北森くんの隣に戻ると、何故か尊敬の眼差しを受けてしまった。
俺の紳士的な振る舞いに、驚きを隠せないのだろうか?
そういえば先輩も、なんだか驚いた顔をしていたような気がする。
まあ、きっとこれで恋人の幼馴染は礼儀正しい奴だと、先輩も理解してくれただろう。
先輩との修羅場が一つ遠退いたことに満足して、俺は教室を目指すのだった。
リメイク版でも絶対に変更しないと、心に決めているものがあります。
それは先輩の扱いです。