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if.幼馴染(彼氏なし)との新しい付き合い方

このエピソードでは、一年の時にハレさんと双葉が仲良くなっていません。

なのでハレさんと京太郎も、特に接点はありません。

描写されないだけで、ハレさんは同じクラスに在籍している設定です。

 五月の連休が明けて、早一週間が経った。


 連休明けの学校は非常に気だるくて、授業中は睡魔との死闘を余儀なくされているが、それでも言うほどダラダラとした日常を過ごしているわけでもない。

 なんといっても、俺には隣にいて決して気の休まらない幼馴染がいるのだ。


 幼馴染といえば気心が知れていて、隣にいると落ち着く空気のような関係というのが、漫画とかの定番だと思う。いや、疎遠な幼馴染っていうパターンもあるか?

 しかし俺の幼馴染――荒屋敷 双葉は、いつだって俺を落ち着かせてくれない。

 とにかく明るくて、人懐っこくて……そして騒がしい幼馴染なのだ。



 ――これは俺とそんな双葉が、新しい関係に変わるまでの話だ。



 その日、俺は放課後の教室で双葉を待っていた。

 教室内には何人かのクラスメイトも残っていて、雑談を繰り広げている。

 何人かは俺に声をかけてくるんだが……正直、ちょっと鬱陶しい。いや、別にクラスメイトたちと仲が悪いわけでもないんだけど……。


「稲瀬ー。そんな暗い顔しなくても、大丈夫だって」

「心配しなくても、最初からそんな顔してないから」


 にやけ顔で声をかけてきた東山さんに、俺は素っ気なく言い返した。

 彼女は去年から同じクラスの女子生徒だ。軽い感じの性格で、男女問わず話しやすい雰囲気の子なんだけど、気まぐれで悪戯好きな猫のような部分が目立つので、双葉とは違った意味で話していると疲れる相手でもある。決して嫌いではないが。


「荒屋敷さんが稲瀬以外に靡くわけないじゃん。平気平気」

「いやいや、分かんねえぞ?」


 東山さんの言葉を否定したのは、クラスメイトの北森くん。

 彼とは二年生になってからの付き合いだけど、教室での席も近いし気のいい性格なので、話す機会はそこそこ多い。

 そんな北森くんは、なにやら神妙な顔をしていた。


「相手は何と言っても、うちの学校でも一二を争うイケメンだ。いくら荒屋敷が稲瀬にベッタリでも、あんな人に告られたりしたらグラつくんじゃねえか?」


 北森くんの言葉に対して、今度は東山さんが首を振って答える。


「いやいや、男は顔ばっかじゃないでしょ。いくら稲瀬が超フツメンって言っても、荒屋敷さんとは長ーい付き合いなわけでしょ? 二人の絆を信じなさいな」

「東山さんが、俺と双葉の何を知ってるって言うんだ……」


 あと「超フツメン」って何だよ。一応、普通の範囲だって喜んでいいのか?


 俺たちが何について話しているかというと、双葉が三年の先輩――北森くんのセリフにもあったようにイケメンの先輩から、呼び出しを受けたことについてだ。

 双葉によると相手とは初対面みたいだけど、それでも後輩の女子を放課後に一対一で呼び出す理由なんて、大抵は色恋沙汰だろう。

 相手はイケメン、しかも容姿抜群の割に今まで浮いた話のなかった人らしく、そんな相手に双葉が呼び出されたということで、うちのクラスはお祭り騒ぎである。


 今は双葉が一人で教室を出て行って、三十分ほど経ったところだ。

 正直、俺も一緒に来いと言われかねないと思った。というか、双葉の目は確実に一緒に来てほしがっていたけど、どうにか一人で行かせることに成功した。

 呼び出した女子が男連れで来たら、先輩とやらも心中穏やかではいられないだろう。そんな修羅場に巻き込まれるのはごめんである。


「実際、稲瀬はどう思うんだ?」

「どうって……普通に告白されるんじゃない?」

「いや、そういう意味じゃなくて。イケメンの先輩に告られたら、荒屋敷はどうすると思う?」

「双葉がイケメンに? うーん……」


 北森くんに言われて、双葉の行動を予想してみる。

 本気で自慢ではないが、双葉に関して俺の右に出る者はいないだろう。

 可能性があるとしたら双葉の両親だけど、それでも簡単には負けないという自信がある。自信があるだけで、本当に全く自慢ではないのだが。

 そんな双葉検定一級である、俺の予想を言わせてもらうなら……。


「多分、ないかなあ……と思う」

「お、稲瀬、自信満点じゃーん。『俺の双葉は渡さないぜ』って感じ?」

「いや、そんなこと一言も言ってないし」


 東山さんは、俺をどういう人間だと思ってるんだ。「俺の双葉」っていうのも大概アレだけど、「渡さないぜ」とか絶対に言わないし。


「でもイケメンに取られないっていう自信はあるんだろ? いくら幼馴染っていっても、そこまで自信持てるもんじゃねえだろ」

「そうかな? ていうか、そもそも『取られる』とか、そういう話じゃないし」

「はいはい、幼馴染な。分かった分かった」


 俺は真面目に言ったつもりなのに、北森くんは呆れた様子だ。

 くそう。俺と双葉がただの幼馴染なのは、事実だっていうのに……。


「北森くんも東山さんも、稲瀬くんをいじめない」


 不意に、俺の隣の席から声がかかった。

 ダウナーな声だが、言葉通り二人を咎めるような雰囲気を含んでいる。


南鳥(みなみどり)さん」


 俺は助け舟を出してくれた、隣の席に座る彼女の名を呼んだ。


「稲瀬くん、きっと荒屋敷さんのことで落ち着かないんだから、あんまり騒いじゃダメ」

「いやいや、こういう時こそ周りが騒いで、元気付けてやらないと」

「とか言っちゃって。北森はバカ騒ぎしたいだけなんじゃないの?」

「バカとはなんだ、バカとは!」

「いいから、騒がない」


 北森くんと東山さんが騒ぎ出したけど、南鳥さんの一言で静かになった。

 相変わらず、落ち着いた感じなのに言葉がよく通る人だなあ。


 南鳥さんは、今年に入ってから俺の隣の席に座っている女子生徒だ。

 北森くんと同じく今年から同じクラスになったんだけど、ダウナーな雰囲気とは裏腹に口数も決して少なくはない……まあ、言うほど多くもないけど。まあ、そんな感じで割と話しやすいタイプなので、結構仲良くやっているのだ。

 双葉と違って物静かだし、東山さんと違って気まぐれだったり、やたらとからかってくることもない。

 俺の中では、天然の聞き上手というイメージがある。


 そんな南鳥さんが、今は強い意志を目に宿して、俺に語りかけてきた。


「稲瀬くん。荒屋敷さんのことを信じてあげて。あの子はきっと、稲瀬くんを裏切ったりしないから」

「いや、そこまで思い詰めてないんだけど……分かった、そうするよ」


 そもそも恋人同士じゃないんだから「裏切る」もなにもないんだけど、南鳥さんの真剣な目を見ると、変に反論するのも躊躇われる。


「ちょっと、稲瀬ー。あたしも似たようなこと言ってたと思うんだけどー? なんか反応違くない?」

「そりゃあ人徳ってヤツだろ」

「うっさい、北森」


 東山さんの軽口に答えはしないけど、まあ北森くんの言う通り人徳だろう。

 狼少女とは言わないが、普段から適当なイメージのある東山さんと真面目な南鳥さんでは、どうしても発言の説得力が違ってくる。


 北森くんと東山さんの言い合いを見て苦笑していると、南鳥さんがまだジッと俺を見つめているのに気が付いた。


「南鳥さん、どうかしたの?」

「ん、と……」


 南鳥さんは言い淀むような態度を見せた後、おずおずと口を開いた。


「稲瀬くん。もし荒屋敷さんが他の人と付き合ったら、私と――」

「キョータロー! おっ待たせー!」


 南鳥さんが何かを言いかけたところで、俺にとって聞き慣れた声が響く。

 黙り込んでしまった南鳥さんのことを気にかける暇もなく、双葉が勢いよく俺の腕にしがみ付いてきた。


「ごめんねキョータロー、待たせちゃって。早く帰ろ?」

「い、いや、双葉。ちょっと待て」


 いろいろなことをすっ飛ばして、すぐにでも帰宅しようとしている双葉を、俺はどうにか呼び止めた。

 双葉は全然気にしていないみたいだけど、教室に残っているクラスメイトたちは、みんな揃ってイケメン先輩がどんな用件で双葉を呼び出したのか聞きたがっている。いや、まあ今の双葉の様子を見れば、大体の想像は付くんだけど。


「ふ、双葉ちゃん。渡来先輩に呼び出されたのって、何だったの?」


 いよいよ痺れを切らした女子の一人が、双葉に声をかけた。

 いかにもスクープを求めているような表情だけど、おそらく期待には沿えないのだろうと、双葉の代わりに心の中で謝罪しておく。


 声をかけてきた女子以外にも数人のクラスメイトに囲まれながら、双葉は特に気にしていないような様子で口を開いた。


「んー、なんか一目惚れしたって言われた」

「ひ、一目惚れ!? 渡来先輩に!?」

「マジで!? 凄いじゃん、荒屋敷さん!」

「えー、そう? 凄いかなー?」


 周囲の女子たちに持ち上げられた双葉が、ニコニコした顔で俺の方に振り向く。

 あれはきっと「私、凄いんだって! キョータローも褒めて!」という顔だろう。俺くらいの一級資格保持者になると、なんとなく分かるのだ。

 ここで無視すると後でヘソを曲げる恐れがあるので、大人しく褒めておくか。


「ああ、凄いぞ。流石は双葉だな」

「えっへー、それほどでもー」


 嬉しそうな顔で、照れ照れと双葉は笑う。

 この時点で数人のクラスメイトが、何かを察したような顔になった。

 だが双葉から決定的な一言を聞かないと収まらないだろうから、仕方がないので俺の方から水を向けることにする。


「それで、先輩には何て答えたんだ?」


 俺がその質問をした瞬間、教室中の人間が聞き耳を立て始めたのが、なんとなく雰囲気で分かった。

 チラリと目を向けてみれば、東山さんと北森くんどころか、少し分かりづらいけど南鳥さんまで双葉の言動を気にしているように見える。


 一方で注目の的であるはずの双葉は、質問した俺のことしか気にしていない。

 幼馴染のこの大物ぶりには、毎度のことながら感心させられるな……。


 そんな双葉が口にした、先輩への返答は――。


「とりあえず『考えさせて下さい』って言っといたよ」

「え……そうなのか?」


 俺にとって、予想外の答えだった。

 さっきまでの雰囲気からして、普通に断ったものとばかり思っていたんだが。

 周囲のクラスメイトたちも同様の意見らしく、双葉を質問攻めにしたがっている空気が、ひしひしと感じられた。


「えー、なんでなんで!? なんで『考えさせて』って言ったの? 荒屋敷さん!」


 というか約一名、速攻で質問しに来た女子がいた。

 言うまでもなく、東山さんである。


「稲瀬がいるから、荒屋敷さんは絶対断ると思ってたのに。脈ありってことだよね? やっぱフツメンよりイケメンかー」

「……フツメン?」


 自分が教室に戻ってくる前の会話の内容など知るわけがないので、双葉はよく分かっていない顔をしている。

 双葉の中で俺=フツメンではないことを、果たして喜んでいいのだろうか?


 興味津々という感じで目を輝かせている東山さんだが、双葉の返答を聞いた瞬間、その表情を凍らせることになった。


「……よく分かんないけど、断らなかったのは、キョータローにも聞いてみよーと思ったからだよ」

「……はい?」


 ついでに俺の表情も凍った。

 双葉がとんでもないことを言い出すのは日常茶飯事だけど、今回のは一級資格保持者の俺を以てしても、全く想像していなかった答えだ。


「だって先輩と付き合ったら、キョータローと遊ぶ時間減っちゃうし。キョータローが寂しがるかもしれないから、ちゃんと聞いとかないとって」


 そこまで言って双葉は、再び俺の方を向いて「ね?」と笑いかけてきた。

 いや「ね?」じゃなくて……。


「ふ、双葉……それ正確には、先輩になんて言ったんだ?」

「え? ふつーに『幼馴染に相談するから、考えさせて下さい』って」


 ダメじゃん。


 双葉としては保留にしたつもりみたいだけど、どう考えても脈なしだ。

 よほど鈍感でなければ、先輩にもそれは伝わっているだろう。


 気付けば教室内は、微妙に白けた空気になっていた。

 いや、白けたという表現は少しばかり聞こえが悪いけど、言うなれば「あー、ハイハイ、そういう感じね」みたいな空気だろうか。

 すでに何人かは、興味を失って教室を出て行こうとしているようだ。


「もういーかな? じゃあキョータロー、帰ろ?」


 こうして先輩の恋は特に話題にもならず、静かに終わりを迎えた。

 大人気のイケメンが女子に告白したという、一大スクープだったはずなのに。




 翌日の放課後、俺は一日前と同じように教室で双葉を待っていた。

 今頃、双葉は再び先輩のところへ向かっているはずだ。告白を断るために。


 昨日の帰り、予告通りに双葉から告白への返事について相談された俺だが、双葉はどう見ても先輩に気がなさそうだったので「好きじゃないなら、付き合わない方がいいんじゃないか?」などと、ありきたりなことを言うしかなかった。

 双葉の方も「分かった!」と答えたあたり、やはり脈はなかったのだろう。あまりの残酷さに、自分だったらと思うとつらくなってくるな……。


 そんなわけで俺は教室で待ちぼうけなわけだが、今日は昨日と違ってクラスメイトはあまり残っていない。

 待っていてもスクープが来ないと分かりきっているから、当然だろう。


「あー、やっぱ先輩でもダメだったかあ……」

「ん? どういうこと? 西田くん」


 教室に残った数少ないクラスメイトの一人である西田くんが、あからさまに俺に聞かせるように嘆いて見せた。なんならチラチラ視線を送ってきている。

 俺も双葉が戻るまでは暇なので、誘いに乗って声をかけてみることにした。


「いや、実は先輩が荒屋敷に告った件に、俺らバスケ部の連中も一枚噛んでてさ」

「はあ、一枚噛んでる……?」


 そういえば昨日も今日も、双葉は西田くん経由で呼び出されたんだったか。

 先輩と知り合いなんだろうと適当に結論付けていたけど、同じ部活だったのか。


 詳しく話を聞いてみると、要するに双葉に一目惚れした先輩のために、バスケ部の後輩たちがいろいろと情報提供をしたということだった。

 だけど双葉は基本的に俺にベッタリなので、ダメ元でいきなり告白という手段に出たらしい。イケメンだからワンチャンあるかも、と。


「結局、先輩にはチャンスなんて無かったみたいだけどな。……稲瀬も悪かったな。なんか変に騒がせたみたいで」

「いや、俺は別にいいけど」


 結果的には、何も変わっていないわけだし。

 ちょっとばかり放課後の時間を拘束されたのと、双葉のとんでも発言で背筋が凍り付いたくらいだ。あれ、重症では?


「そうか。まあ、稲瀬が気にしてないなら良かったわ」


 そう言って西田くんは、荷物を手に教室を出て行った。

 何気なく声をかけてきたけど、きっと俺に一言謝罪しておきたかったんだろう。

 別に西田くんが謝る必要はないと思うが……律儀なことだ。


「稲瀬くん」


 西田くんもいなくなって、いよいよ暇になってしまったと思っていると、隣の席から南鳥さんに声をかけられた。そういえば、彼女も残っていたんだった。


「ちょっといい? 話、したいんだけど」

「いいよ。何かな? 南鳥さん」


 俺が聞き返すと、南鳥さんは教室内を見渡してから、移動を持ちかけてきた。

 あまり多くないとはいえ、まだ数名のクラスメイトは残っている。

 不特定多数に聞かれたい話ではないということか。


「分かった。空き教室とかでいいかな? 心当たりはあるから」

「うん、いい」


 今は使われていない部室があって、以前から勝手に利用することがあった。

 あそこなら人目もないし、密談にはもってこいの場所だろう。

 校内デートにぴったり……なんて言ったのは、双葉だっただろうか。




「それで、話って何? 南鳥さん」


 空き教室に来た俺は、すぐに南鳥さんに話しかけた。

 南鳥さんの方は少し言い出しづらそうにしていたけど、俺が教室にいた理由を思い出して、あまり時間に余裕がないと気付いたんだろう。気持ちを切り替えるように息をひとつ吐いて、俺を真剣な目で見つめてきた。


「稲瀬くんと荒屋敷さんは、ただの幼馴染、だよね?」

「うん、そうだよ」


 言うまでもないことだ。南鳥さんの言葉に、俺は躊躇なく頷く。


「本当は荒屋敷さんが先輩と付き合ったら、言おうと思ってたんだけど……」


 そう言った後、南鳥さんは一瞬だけ躊躇するように、俺から目を逸らした。

 だけどすぐに頭を振って、俺を正面から見据え直す。


「私、稲瀬くんが好き」

「え……」


 その言葉は、決してあり得ないものではなかった。

 なにせ高校生が異性を呼び出して、二人きりでする話なのだ。

 どこぞの先輩だってそうだったんだから、南鳥さんも同じでも不思議ではない。


 だけど俺は心のどこかで、その言葉を言われる可能性を否定していた。

 だって俺の隣には、いつだって双葉がいるのだから。


「……驚いた?」

「え? いや、まあ……」


 双葉が先輩の告白を受けた後だったら、まだ分かる。

 そうしたら――少し寂しいけど俺と双葉の間にも距離が出来るだろうし、他の誰かと向き合おうという気持ちになったかもしれない。

 そう言うと、まるで双葉がいない寂しさを埋めるようにも聞こえるけど。


 なんにせよ双葉は、先輩の告白を断るはずだ。そうしたら俺の傍を離れるような展開にはならないだろう。

 そんな状況にもかかわらず、南鳥さんは敢えて俺に告白してきた。

 そもそも彼女とは今年に入ってからの、一か月程度の付き合いしかないのに。


「驚いたよ。俺のことを好きって言ってくれたのは嬉しいけど、俺と南鳥さんは一か月くらいの付き合いしかないだろ? それで好きになるものなのかなって」


 俺がそう言うと、南鳥さんは小さく苦笑した。

 表情の変化が少ない彼女にしては、割と分かりやすい。


「同じクラスになったのは、一か月前。だけどその前から私は、稲瀬くんのことを気にしてたよ」

「その前から……?」

「そう。稲瀬くん、っていうか荒屋敷さんって、結構目立つから」


 彼女の説明に、俺は心の中で頷いた。

 確かに双葉は目立つ。見目がいいのもあるけど、単純に騒がしいしな。そうなると一緒にいる俺も、自然と目立ってしまうわけだ。

 学校中で有名と言うほどではないが、同じ学年の中でなら俺と双葉を知っているという人間も、決して少なくないだろう。


「荒屋敷さんが稲瀬くんにくっついて、そんな荒屋敷さんを優しい目で見てる稲瀬くんが、なんだか気になったの」

「……それで、俺のことを?」

「うん、それは切っ掛けだけど。見かけるたびに、少しずつ好きになってた」


 南鳥さんの真剣な言葉が、俺に向かってくる。

 表情こそ乏しいけど、その胸中が穏やかではないのは、すぐに分かった。

 彼女のその目だけは、変化の少ない顔の中にあって確かな意思を秘めている。


「だから今年に入って同じクラスになって、隣の席になって、凄く嬉しかった」


 南鳥さんが俺のことを好きだなんて、思いもしなかった。


「本当は荒屋敷さんに彼氏が出来たら、私と付き合おうって言おうと思ってた」


 南鳥さんは、いい子だと思う。可愛いし、性格だっていい。


「だけど稲瀬くん、荒屋敷さんが告白されても本当に焦ってなかったから、だから私にもチャンスがあるかなって」


 それなのに告白されて「彼女を作る」という可能性を考えた時、俺の脳裏に浮かんだのは彼女ではない――双葉ですらない、全く別の女子の顔だった。


 日溜りのように笑う、とても可愛い彼女の――。


「……稲瀬くん?」

「ああ、いや……何でもないよ」


 いつの間にか俺は、呆然としていたらしい。

 南鳥さんに訝しげな目を向けられた俺は頭を振って、白昼夢のように頭に浮かんだ光景を振り払う。

 今見えたものは、気のせいに決まっている。俺は「彼女」と碌に話したことなんてないし、「彼女」のあんな顔を見たことだってないはずだ。


「それで……どう? 私にチャンス、ある?」


 気を取り直すように、彼女は俺に尋ねてきた。

 よく分からない幻を振り払った俺は、ようやくクリアになった頭で、彼女の告白について真剣に考え始める。


 南鳥さんのことは、嫌いじゃない。

 いい子だと思う。可愛いと思う。


 だけど彼女と付き合うことを考えた時、最初に――あの幻の次に思い浮かんだのは、「双葉がなんて言うかな」という言葉だった。


 双葉が先輩と付き合っていれば、話は違ったかもしれない。

 彼氏が出来れば、流石に双葉も俺と少しは距離を空けるだろうし、その状況なら俺も双葉にこだわったりせず、南鳥さんとのことを前向きに考えたかもしれない。

 だけど現実はそうならなかったし、双葉はこれからも今まで通り俺と一緒にいようとするだろう。


 そんな中で俺に彼女が出来たとしたら、双葉はどんな顔をするだろうか。

 笑顔で祝福してくれるだろうか。それとも勝手に彼女を作ったと怒るだろうか。

 それとも――俺との間に距離が出来て、泣いたりするのだろうか。


 双葉が泣くのだけは、絶対に嫌だと思った。


「……ごめん、南鳥さん」


 俺が放った謝罪の言葉の意味は、きっと告白への断り文句だけじゃない。

 多分、双葉が告白された時の態度が、彼女に期待を抱かせてしまったんだろう。

 本来なら、このタイミングで俺に告白などしなかったであろう彼女に、告白してみようと思わせてしまうような隙を、俺は見せてしまった。


 だけど結局、俺は「ただの幼馴染」なんて言いながら、こんな状況でも双葉のことを考えている。

 双葉よりも南鳥さんを優先できない俺に、彼女と付き合う資格なんてない。


 だから傲慢だと分かっていても、俺は彼女に謝らずにはいられなかった。


「……荒屋敷さん?」

「……ああ、そうだよ」


 端的な言葉だったけど、南鳥さんにはそれで十分に伝わったようだ。


「そう……」


 南鳥さんは小さく呟いた後、顔を俯かせた。

 その頬に涙が流れ出したのを見て、自分の胸が痛んだのを実感する。

 傷付く資格なんて、俺にはありはしないのに。


「南鳥さ――」

「いいよ、行って」


 俺の言葉を遮って、南鳥さんの声が冷たく響いた。

 だけど俺は知っている。彼女の声は、いつだって冷たく聞こえるんだ。

 その冷たさの裏に、本当はいろんな感情が隠れていることも、俺は知っていた。


「行って……荒屋敷さんが、きっと待ってる」


 二度目の拒絶を受けて、俺は彼女に背を向けた。

 この上、さらに謝罪の言葉を重ねるなんて真似は、流石に出来ない。


 だから何も言わず、俺は南鳥さんのいる空き教室を出て行った。




「キョータロー、おそーい。どこ行ってたの? もー」


 自分のクラスに戻ると、双葉が拗ねた顔で文句を言ってきた。

 そんな表情なのに、何故だか俺は安心感を覚えてしまった。


「ああ、ちょっとな……。待たせて悪かったな、双葉」

「……キョータロー? なんかあった?」


 あっさりと違和感を見破られて、ドキリとしてしまった。

 この幼馴染は普段こそ唯我独尊という感じだが、たまに鋭い時がある。

 その鋭さは大抵、俺に対してしか発揮されないんだけど。


 流石に南鳥さんからの告白のことは誤魔化そうと思ったが、ふと昨日の放課後に双葉が言った言葉を思い出した。


『キョータローが寂しがるかもしれないから、ちゃんと聞いとかないとって』


 相談、した方がいいのかもな。

 これからも今回みたいなことがあるかもしれないし、俺が彼女を作ることについて双葉がどう思っているか、確認した方がいいのかもしれない。


「……実は、俺も告白された」

「え、嘘!? だ、誰に……?」


 もしかしたら、あっさり流されるかもしれないと思っていたけど、意外にも双葉は不安そうな顔をしていた。そんな顔も出来るんだな……初めて知った。

 そして、そんな顔を双葉にさせたくないと、心から思った。


「誰かは言えない。プライバシーってヤツだ」

「なんで? やだよ、教えてよ。だって、キョータローの彼女に――」

「彼女にはならないから、そんな顔するなよ」

「え?」


 俺の言葉で双葉が呆けた顔になるなんて、もしかして初めてじゃないか?

 俺に彼女が出来るのが、そんなに不安だったんだろうか。


「告白されたけど、断ったよ」

「そ、そーなんだ……。えっと、なんで?」

「なんでだろうな……? 多分、『双葉に相談しないと』って思ったからかな」


 俺がそう言うと、双葉はなんとも形容しがたいような、半端な笑顔になった。

 多分、俺に彼女が出来なかったのは嬉しいけど、俺に振られた相手がいるから素直に喜んで見せるのは良くないと思っているんだろう。


 でも――そうか、双葉が先輩に告白された時も、こんな気持ちだったのか。


「なあ、双葉。いっそのこと、俺たちが付き合うか」

「……へえ?」


 凄い声が出た。

 双葉が困惑すること自体が珍しいから、こんな声はさらに珍しい。

 いかん、ちょっと癖になりそうだな。双葉を困らせるの。


「な……なんで!?」

「いや、だってお互い他の相手に告白されても『相談しないと』って思ってただろ? そんな相談するくらいなら、いっそ俺たち同士で付き合えばいいかなって」

「い、いーかなって、そんな適当な……」

「嫌か?」


 意地が悪いと思いつつ、俺は聞いてみた。

 双葉は恥ずかしげに視線を彷徨わせた後、ポツリと呟いた。


「……やじゃない」


 真っ赤になった顔が思ったよりも可愛くて、少しにやけてしまった。

 そんな俺を見てからかわれていると思ったのか、双葉はヤケクソ気味に叫ぶ。


「も、もー! 分かりました! キョータローは私の彼氏! ハイ、決定!」


 そのまま何故か拍手を始めたので、俺も付き合って手を叩く。

 うーむ。こうやって恥ずかしがる双葉は新鮮な上に、なかなか可愛いな。

 思い付きだったけど、付き合うという選択も悪くなかったと思えてくる。


「ハァ、恥ずかし……」


 しばらくテンションが高かった双葉だが、ようやく落ち着いたらしい。

 顔の熱を冷ますように手で仰いだ後、改めて俺に話しかけてきた。


「そーいえば、恋人になったら何するの?」

「何って……いろいろあるだろ?」


 幼馴染では出来なくて、恋人なら出来ることなんて、たくさんあるはずだ。

 結婚とか、子供……いや、それはちょっと早いな。というか生々しい。


「えーっと、キスとか?」

「キスなんて、したことあるじゃん」


 つまらなそうな顔で、双葉はそう言った。

 仮にも付き合いたてのカップルだというのに、キスに対して淡白すぎる。


「いや、あんなの遊びのキスだろ」

「えー、なんか違うの? 同じキスでしょ」

「……じゃあ、してみるか?」

「うぇ!?」


 キスに対する双葉の反応があんまりなので、それなら実際に恋人同士のキスというものを体験してみようと思ったのだが、何故かここでは過剰に反応してきた。


「なんだよ、その反応?」

「いやー、よく考えたら、キョータローの方から『キスしよう』って言われたの、初めてだなーって思って」


 再び目を泳がせながら、双葉は言う。

 それは恋人でもないのにキスしまくってた双葉が特殊なだけで、付き合ってからキスしようとする俺の方が極めて普通だと思うんだが。


 しかしまあ、こうやって狼狽えている双葉は、やっぱり可愛いもんだな。


「よし、双葉」

「え、あ……キョータロー……」


 俺は双葉の正面に立って、その肩を掴んだ。

 そして徐々に顔を近付けていくと、途中で双葉が思い出したように呟いた。


「あ、そーだ、言い忘れてた。キョータロー、あの……す――」

「好きだぞ、双葉」

「え? あ、んむっ……!?」


 双葉が何か言いかけていた気がするが、俺もいろいろ限界だった。

 思わず「好きだぞ」なんて言いながら、双葉の唇を奪ってしまう。

 柔らかい、温かい、ドキドキする……子供の頃とは、やっぱり全然違う。


 しばらく双葉の感触を堪能した後、息苦しくなったのでゆっくり顔を離すと、双葉は真っ赤な顔で「ぜーはー」と荒い呼吸を繰り返していた。


「お、おい、双葉。大丈夫か?」

「……すご」

「え?」

「凄い……子供の時と、全然違う。これが、恋人のキス……」


 双葉の顔は完全に上気していて、目の焦点も微妙に合っていないように見える。

 息は荒いし、口元もなんだかピクピクしていた。え、なんかヤバくないか?


「キョータロー! もっと、もっとキスしよ!」

「ちょ、落ち着け、双葉!」


 堰を切ったようにキスを求めてくる双葉を、どうにか落ち着かせようとする。

 だが双葉が一度言い出したことを引っ込めるわけがないし、俺が双葉の言葉を否定し続けられるわけもない。


「なんでー? キョータロー、私ともっとキスしたくないの? ね、しよ?」

「いや……わ、分かったって。するよ……しよう、キス」

「うん!」


 そのまま俺は、何度も双葉にキスされる羽目になった。

 まるで子供の頃に戻った気分だけど、それでも確かに昔とは違うものがある。


 今の俺と双葉は、「ただの幼馴染」じゃない。

 恋人で、幼馴染だ。


 俺はずっと双葉とは、恋人同士にならなくてもいいと思っていた。

 幼馴染という関係でも満足していたし、大して変わらないと思ったからだ。

 でも……実際に彼氏になってみると、意外なくらいに今までとは違う。


 今までよりも、もっと双葉が愛おしく思えてくる。

 もうあの日溜りのような「彼女」の笑顔も、浮かび上がってこない。

 今の俺の目には、双葉しか映っていなかった。


「キョータロー」


 だから――。



「大好き!」



 俺はきっと恋人で幼馴染の双葉から、ずっと離れられないだろう。

これにて本作は、今度こそ完全に終了となります。


最後はリメイク前にもご要望のあったifルートになります。

ハレさんが絡んでいない、そして双葉が間違えなかった世界です。


途中で入るハレさんらしき描写は、あくまでイメージです。

ループ設定だとか、双葉が京太郎とハレさんの結婚式の前に見た幸せな夢

だとか、そういう要素は一切ありません。


一度は身勝手に削除してしまった作品に、再度お付き合い下さった皆様。

そして今回、初めてこの作品を最後まで読んで下さった皆様。

本当にありがとうございました。


本作へのご意見・ご感想など、変わらずお待ちしております。

そして私の別作品も、これから楽しんで頂けると幸いです。


また、活動報告の方で設定というか四方山話のような物を書いています。

特に重要な情報はありませんが、興味がありましたら是非。

感想返しで書いた内容なども、ちょこちょこまとめてありますので。


再度になりますが、本作にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
並行世界に影響するハレさん…! は、とりあえず置いといて… 双葉ちゃんのifありがとうございます! 京太郎を吹っ切って強く美しくなった双葉さんも好きですが、間違えずに京太郎と結ばれる双葉ちゃんに救われ…
[良い点] 幼馴染が恋人になる展開が一番好き
[良い点] 一気に通して拝読しました。 登場人物がみんなどこか特徴的で魅力的です。 全く描写がなくて、最初は読者から見てほぼ変なやつでしかなかった双葉が、最後番外編までで急激に内面が描かれていくのが素…
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