ex04.きっと私がいたはずの、あなたの隣
「わたし、双葉! さんさい!」
「京太郎。オレもさんさい」
あの日、私は一人の男の子に出会った。
今にして思えば、あれはきっと運命の出会いだった。
特別なことなんて何もない、一人の女の子と男の子が出会っただけだったけど。
あの子――キョータローは、間違いなく私の運命の人だった。
「キョータロー! いっしょにあそぼ!」
「いいよ、あそぼう。双葉」
同じ幼稚園に通うキョータローと友達になって以来、私はいつも彼と一緒に遊んでいた。
たまに「女の子同士で遊ぼう」と誘ってくる子がいたり、先生が「他の子とも遊ぼうね」と促してきたりしたけど、私はキョータローと一緒にいるのが一番楽しかった。
別に他の子が嫌いなわけじゃないし、時には――大半はキョータローも引っ張り込んで他の子と遊んだりもしていたけど、それでもやっぱりキョータローは私にとっての特別だった。
私とキョータローの家は結構近いので、幼稚園の中以外でもよく遊んだ。
お互いの家族も親しくなって、家族ぐるみで出かけることも多かった。
夏頃には、キョータローの妹の菜乃香が産まれて、私はキョータローと一緒に自分の妹のように可愛がった。
「キョータロー、のどかわいた」
「しょうがないな、双葉は。オレのジュースわけてあげる」
「ありがと! キョータロー!」
キョータローは、私の我儘やお願いをよく聞いてくれた。
私が欲しがったら大体のものは分けてくれたし、少し強引に遊びに引っ張り出しても、文句を言いながら結局は最後まで付き合ってくれる。
思い返してみれば、私はキョータローを振り回してばかりだったけど、私がお礼を言うとキョータローは凄く嬉しそうな顔をするので、つい何度も甘えてしまう。
「キョータローは、わたしがワガママいうのイヤ?」
「双葉がよろこんでわらうの、すきだから。イヤじゃないよ」
最初のうちは両親から「京太郎くんに我儘ばかり言っちゃダメ」と言い聞かされていたのだけど、誰の目から見ても満更でもなさそうなキョータローと、そんなキョータローにしか我儘を言わない私の様子を見て、双方の親は静観する方針に決めたらしい。
「ねー、キョータロー。私、チューしてみたい!」
「はあ? 何言ってんだよ、双葉」
私たちが小学生になって、数年が経った頃。
私はキョータローに、キスをしたいと求めた。
その頃、恋愛ドラマにハマって少し大人の気分になっていた私は、好き合った大人のするキスという行為に、強い興味を持っていたのだ。
その時は別にキョータローとキスがしたかったわけではないけど、私がキスをする相手がいるとしたらキョータローであると、漠然と納得していた。
「はあ、相変わらず仕様がないな、双葉は……って、おまうむ!?」
「んーっぷはっ。えへー、チューしちゃったねー? キョータロー」
キョータローとキスできたことが何だかとても嬉しくて、ふわふわした気分になった私は、キョータローに飛び付いてぐりぐりと頭を擦りつけた。
後から聞いたけど、キョータローはキスをしていいと許可を出したつもりはなかったらしい。
だけどキョータローが「仕様がないな」と言った後は、ほぼ確実に私のお願いを聞いてくれていたから、私が早合点したのも無理はないと思う。
その日から、私はことあるごとにキョータローとキスをした。
朝会った時、夕方に別れる時、私がキョータローと一緒にいて嬉しくなった時。
何度も何度も、キョータローとキスをした。
お盆休みにお母さんの実家に一週間くらい泊まった時、私はキョータローとキスができなくて少し落ち着かなかったけど、流石に他の誰かと代わりにしようとは思えなかった。
その後、時間が空いたことで私の欲求が治まり、キョータローとのキスはそれっきりとなった。
あのキスがずっと続いていたら、私たちはどうなっていたのだろうか。
「双葉。あなたは京太郎くんを離したらダメだよ?」
いつだったか、お母さんからそんなことを言われた記憶がある。
その時の私は、言葉の意味が正しく分かっていなくて、「キョータローと離れたりしない!」なんてヘソを曲げていたように思う。
今なら分かるけど、それはもっと切実な意味を持った言葉だった。
私にとってキョータローは特別な存在で、キョータローにとっての私もきっと同じだった。
けれどその「特別」の本当の意味を、私は手遅れになるまで理解できていなかった。
私が私を理解できていなかったがために、どうしようもなく間違えたあの日。
それは高校二年生の、春の日のことだった。
その日、私は三年生の先輩から呼び出しを受けた。
相手は男子バスケ部の部長で、エースも務めている人気の先輩。
特に繋がりのない相手だったので不思議だったけど、逆に「それ」以外の目的で呼び出すことはないだろうと、大体の予想はついた。
正直、いくら人気の先輩とはいえ、私にとっては興味のない知らない人だ。
流石に先輩の呼び出しを断るのは失礼だろうと話を受けたけど、どういう話であろうと受け入れるつもりはなかった。
だけど実際に会った先輩から熱の籠った告白を受けた時、はっきりと自覚したのはもっと後だったけど、私の中である感情が浮かび上がった。
結局、私は先輩と付き合うことにした。
もちろん初めて会った先輩がイケメンだったから、急にその気になったというわけではない。
重要なのは、先輩が周囲の女子から「理想の恋人」と言われていたことだ。
私にとって男の子といえば、当然ずっと一緒にいるキョータローのことだった。
だから私の「隣にいる理想の男の子」もそうなんだけど、残念ながらキョータローには私の幼馴染という、とても大切な役割がある。
キョータローは幼馴染だから、私の恋人役にはなれない。
だから私は先輩に理想の恋人みたいになってほしかったのだ。
これで私はキョータローを離さないまま、理想の恋人も手に入れられる。
私はずっと、そんな勘違いをし続けていた。
「キョータローは幼馴染なんだから、別にいーじゃん。そんなこと言ってたら、一緒にいられなくなっちゃうし。それに先輩は年上だし、大人のよゆーで受け止めてくれるって、きっと!」
先輩と付き合い始めた後も、私はキョータローの傍を離れようとしなかった。
付き合い始めた日もキョータローと一緒に帰ったし、次の日は少し不安そうな様子だったけどキョータローがいつも通り迎えに来てくれて、一緒に登校していた。
登校後に先輩の姿を見掛けた時は、なるべく話しかけるようにしていたけど。
理想の恋人になってもらうには、私のことも知ってもらわないといけないし。
そうして彼氏のいる日々が始まって、別の変化も現れ始めた。
キョータローとほのかが、以前よりもずっと仲良くなっていたのだ。
正直、ほのかがキョータローに対して好意的な感情を持っているのは、以前から何となく気付いていた。
キョータローの方も、最初は私の友達という繋がりだったけど、徐々にほのか個人に対して親愛の情を覚えていたということも。
二人の様子を見て何となく不安を覚えることもあったけど、私の幼馴染と大事な友達が仲良くしていることに、文句なんて言えるはずがない。
それにキョータロー以外の人を彼氏として受け入れた私が、ほのかに対してキョータローの彼女面をするなんて、絶対に許されるはずがなかった。
「キョータロー」
ほのかが走り去った後、私はキョータローに短く声をかけた。
私とキョータローが昔キスしていた話を聞いた時の、ほのかのつらそうな顔が思い出される。
そして私の顔を見た時の、何かを諦めようとしていた顔も。
私とほのかは友達だから、たとえ私とキョータローの話が切っ掛けだったとしても、ほのかのあんな顔を見たくはなかった。
だから私はキョータローの名前を呼んだ。
私のキョータローなら、ほのかにあんな顔をさせたまま黙って立ち尽くしているわけがないから。
そして私の望んだ通りに、キョータローは走り出して行った。
私の方を見もしない、声をかけようともしないで。
そうやって私を置いたまま、キョータローはほのかを追いかけて行った。
「本当に、ほのかが好きなんだね。キョータローは」
昼休みの中庭に一人残されたまま、私は呟いた。
もし走り出したのが私で、ほのかがここに残っていたのなら、キョータローは私を追いかけて来てくれただろうか。
何故だか、そんなことを思った。
「双葉。俺、ハレさんと付き合うことになった」
昼休みが終わる直前にほのかと二人で戻ってきたキョータローは、ほのかと並び立って私にそう報告した。
その時、胸に一瞬だけ湧いた痛みを、私は今でも覚えている。
多分、この時から少しだけ、私は気付き始めていたのだろう。
私が何かを、致命的に間違えていたことを。
「へー、やっぱそーなんだ。よかったじゃん、二人とも」
二人を祝福する言葉は、思ったよりも簡単に口にすることができた。
だってキョータローは大切な幼馴染だし、ほのかは大事な友達なんだから、そんな二人が結ばれて幸せになるのなら、祝ってあげなければ嘘だろう。
だから私は二人が恋人同士になったことを、素直に祝った。
その気持ちに、嘘なんてなかった。
「今日は悪いけど、ハレさんとデートするから」
「えーっ? いきなり付き合いわるーい」
いつもならキョータローは私と一緒に帰るところだけど、今日はほのかとデートに行くから一緒には帰れないと言われた。
つい文句を零してしまったけど、よく考えたら恋人になったほのかを大事にしているということなのだから、責めるべきところなどないと気付いた。
今までのキョータローは、私のことを大体優先してくれていた。
だけどこれからは、ほのかもキョータローから優先される対象になるのだ。
私だけがいたと思っていた場所に、今はほのかもいる。
もしかしたら、私がそこにいられなくなる日も来るのだろうか。
結局、キョータローはほのかと一緒に帰って行った。
また私を一人残して。
当たり前だけど、代わりに先輩と帰ろうなんて、少しも思えなかった。
きっと責められるべきなのは、誰よりも私だった。
数日後、何故か先輩から、一緒に屋上へ来てほしいと頼まれた。
どうも以前のデート中に会った先輩の女友達が、先輩と私を一緒に呼び出したらしい。
状況的に呼び出された理由は、先輩の時と同じではないかと思ったけど、先輩は特に疑いなく呼び出しに応えるつもりらしく、私も断る理由はないのでついて行った。
そして……。
「私は、ちゃんとアンタのこと好きだから! アンタを幸せにしてあげるから! だからその子と別れて、私と付き合って!」
私と先輩を呼び出したその人は、とても強い気持ちを込めて叫んだ。
恋人のいる異性に対して大胆過ぎる発言だけど、その想いが生半可なものではないということは、表情や語気から見て取れる。
そんな彼女を見て、私は「自分にはここにいる資格はない」と思った。
私はただ先輩に告白されただけで、私と先輩の間に――少なくとも私から先輩に対しては、彼女のような情熱的な感情は通っていない。
彼女の想いを押しのけてまで先輩の隣にいる理由も、資格も、私にはないのだと理解した。
「先輩がこんなに愛されてるんじゃ、私の出る幕はないですね! 残念ですけど、潔く身を引きます! 二人ともお幸せに!」
だから私は、先輩に別れを告げた。
残念ですけど、なんてどの口が言ったのかと思うけど、今にして思えば何もあげられなかった先輩に対して、私なりに気を遣っていたのだろう。
先輩にはこんな自分のことを好きでも何でもない人間じゃなくて、ここにいる燃えるような目の人のような、真っ直ぐに自分を愛してくれる人と幸せになってほしい。
そう思って、私は先輩に言った。
だけど先輩は泣き出してしまった。
膝を突いて大声を上げながら、とても悲しそうに泣いていた。
これは私が流させた涙なのだと、一瞬遅れて気付いて、私は固まった。
こんな悲しい涙が、私のしたことの結果だったのだ。
私は先輩にこんな涙を流させてまで、一体何がしたかったのだろうか。
「おい、双葉」
「ひゃっ!?」
私が先輩たちの前で狼狽えていると、急に後ろから手を摑まれた。
思わず声が出てしまったけど、手の感触や私を呼ぶ声ですぐにキョータローだと分かったので、あまり騒がずに済んだ。
後ろを見るとキョータローだけでなくほのかもいて、何故この二人が今の状況でここにいるのか、私にはさっぱり分からなかった。
「分かってると思うけど、双葉ちゃんが一番悪いんだからね?」
私は二人に連れられて、先輩たちを屋上に置いたまま、キョータローとよく行くコーヒーショップまでやって来た。
そこで私は、ほのかから自分でも気付いていた事実を、そして気付いていなかった事実をも指摘されることになる。
私が先輩を傷付けたこと。
先輩に対する行動が、彼氏に対するものではなかったこと。
私がキョータローに甘えていること。
キョータローが私を甘やかしてしまうこと。
そして――。
「ほんとはこれ言いたくないんだけど、双葉ちゃんは京太郎くんより好きな人なんていないでしょ?」
そうだ。私にはずっと、京太郎よりも好きな人なんていなかった。
だけど私にとって、キョータローは幼馴染だった。
だから私はキョータローを幼馴染にしたまま、キョータローと同じくらいに理想的な恋人を作ろうとしたのだ。
そうして行動した結果が、あの先輩の涙だった。
先輩に対して何も与えようとせず、ただ私の求めるものを与えてもらおうとした。
そんな私の行動が、私の気持ちが、先輩を深く傷付けたのだ。
だけど、この時の浅はかだった私がまず思ったのは、まったく別のことだった。
「ってことは! キョータローと私が付き合えば、オッケー!?」
今にして思えば、本当に愚かな言葉だった。
キョータローには既にほのかという恋人がいて、私が入り込む隙間なんてどこにもなかったのに。
ここまでの会話で、二人が私の知っている関係よりもずっと親密になっていることなんて、とっくに分かっていたのに。
その時の私は、まだキョータローとの間に確かな未来があると信じていた。
いや、もしかしたら気付いていたけど、無意識に目を逸らしていたのかも。
果たしてどちらが正しいのか、その答えだけは今の私にも分からない。
――私たちが高校を卒業してから、六年近くが経った。
私とキョータロー、そしてほのかは皆で一緒の大学に進んで、卒業後はそれぞれ社会人として働くようになった。
ほのかは私が先輩と別れて以来、私やキョータローの性格的な問題点を更生させるべく、ずっと尽力してくれた。
お陰で甘ったれだった私も少しはまともになれて、今は一端の社会人として働きながら一人暮らしをしている。
両親には、そもそも彼氏が出来たことも話していなかったので、二週間と持たずに別れたことも、その間にキョータローが私以外の子と付き合い始めたことも、凄く驚かれた。
先輩と別れた件については全てを話す度胸がなく、また私も当時は自分自身の本当の考えを理解できていなかったので、かなり中途半端な説明になってしまった。
だけど私が浅慮な行動で先輩を傷付けたことは伝わったらしく、いつになく厳しく怒られた。
同時にキョータローのことで、とても心配された。
だけど、その後の私の生活は、凄く幸せだったと思う。
ほのかは私も更生させようとキョータローの傍にいさせてくれて、私は二人の大事な人と楽しい学生生活を過ごすことができた。
卒業後も三人の初任給で飲み会をして、酔ったキョータローが真っ当に働いている私に感極まって泣いたり。
そんな幸せな日々が、ずっと続いていた。
心のどこかに痛みを感じながら。
夜。自宅のリビングで、私はソファに身を預けていた。
今は家に私以外は誰もいない。
キョータローとほのかとは、頻繁に連絡を取ったり遊びに行ったりしているけど、今日は二人とも忙しくて会える状況じゃない。
「明日、か……」
目の前のテーブルに置かれた冊子を見つめながら、私は呟いた。
そこに置かれているのは、一週間前に渡された結婚式の席次表だった。
式を挙げるのは当然、キョータローと……ほのか。
結婚すると聞かされた時、私は意外と自然に「おめでとう」と言えた。
悲しくなかったわけではないけど、きっとまだ実感が乏しかったのだと思う。
だけど明日はついに、今まで目を逸らしてきた事実と向き合うことになる。
あの日、三人で遊園地に出掛けた時、ほのかが私に対する罪悪感のようなものを持っていることに、私は気付いた。
ほのかは私のことを友達だと言ってくれて、キョータローの傍にいることも受け入れてくれるけど、そのことで私を傷付けていることを、ずっと気にしている。
きっと私という友達を切り捨てられないで傍に置こうとしている自分が、とても残酷なことをしていると思っているんだろう。
だけどそれは他でもない、私自身が望んでそこにいたのだ。
だからほのかを恨んでいたりはしないし、むしろ感謝している。
たとえ二人が恋人として幸せに過ごす姿を見せつけられていたとしても、それでも傍にいたいと思ったのは私も同じだったのだから。
「明日、ちゃんとおめでとうって言えるかな……?」
三人で過ごした日々を思い返していると、ふとそんなことが気になった。
明日の会場は素敵な教会。そこで衣装を着て並ぶ、キョータローとほのか。
そんな二人を見て、私はいつも通りの笑顔で笑って言葉を贈れるだろうか。
「――おめでとう」
本番を前にして、二人を祝福する練習をしてみようと思った。
だけど口にした言葉は、どこか固い。
もう一度。
「おめでとう」
少し柔らかくなった気がする。
だけど今度は、表情がぎこちないのではないかと気になった。
もう一度。
「おめでとう」
ドレッサーの前まで移動して、顔を見ながら練習を続ける。
やっぱり表情が硬い。とても大事な友達の門出を祝う顔ようなじゃない。
こういう言葉は、笑顔で伝えるのが当たり前だ。
もう一度。
「おめでとう」
全然笑えていない。
こんなのじゃダメだ。
明日は笑顔で、キョータローとほのかを祝福しないといけない。
だというのに、こんな笑顔じゃ全然ダメだ。
もう一度。
「おめでとう」
もっと嬉しそうに笑えと、自分に言い聞かせる。
私は明日、最高の笑顔を二人に見せるんだ。
いつかキョータローが「好きだ」と言ってくれた、私の笑顔を。
「おめで、とう……」
たとえキョータローの一番が、もう私じゃないとしても。
「おめ、う、ああああああぁっ……!」
ずっと気付いていた。
いつからだろう、あの遊園地に行った日から?
それとも二人が付き合い始めた日から?
その日から、ずっと私は眠ったふりを続けてきた。
夢なんてとっくに覚めていると知りながら、それでも心地いい夢の世界に浸っていたかった。
私が本当に欲しかったのは、「キョータローみたいな恋人」じゃない。
ずっと、ずっと欲しかったのは、「恋人のキョータロー」だった。
なのに私は理想の幼馴染が惜しくて、理想の恋人に変わってしまうことを恐れていた。
そして私は間違えた。その代償に私はキョータローと恋人になれなかった。
キョータローはずっと、私の運命の人だったのに。
しばらく泣き続けた後、嗚咽を漏らして俯いていた顔を、再び鏡に向けた。
酷い顔だった。目元は腫れているし、表情だって辛気臭いにもほどがある。
こんなのは、やっぱり二人を祝福するのに相応しい顔じゃない。
だけど、今日はもう無理だろう。
こうなったら泣けるだけ泣いて、明日の本番に流す涙まで失くすしかない。
だから、もう一度。
「おめでとう……」
私は笑うことを諦めて、泣きながら「おめでとう」を言う練習を続けることにした。
どんなにぐちゃぐちゃの顔でも、この言葉だけはちゃんと贈らないと。
私は何度も繰り返す。同じ祝福の言葉を。
まるで何かを絞り出すように。
涙と一緒に、言葉と一緒に、何かが流れ落ちてくれると信じているように。
私は明日、大好きな幼馴染と親友に、笑顔で祝福の言葉を贈る。
そうしたら、きっと私は前に進んで行けるような気がする。
「おめでとう、ほのか――」
そうじゃないと。
「――京太郎っ……!」
私はこの恋を、きっと忘れられない。
これにて本作は完全に終了となります。
……というのが、リメイク前のあとがきの書き出しでした。
この物語は双葉が「キョータロー」を卒業したことで終了となりますが、
リメイク版を読んで下さった方々には追加でもう一話が残っています。
最後までお付き合い頂けると幸いです。