悪魔と奴隷達
珍しく連日投稿!
馬車に揺られて何日か経過した。相変わらず太陽は天上に鎮座したままだ。ここまで明るいと寝れなくて困る。他の奴隷達がね。
奴隷達には何度か食事が与えられた。与えたのは質の良い衣服を身に纏った肥えた男性だった。こいつが奴隷商なのだろうか?
馬車の前方に小さな小窓が付けられており、そこから無造作に放り投げられた食事を奴隷達が恐る恐る手にする。
一回の食事で貰えるのはカッチカチのパン一切れと水だけだった。水は奴隷全員でバケツ一杯分だが、人数が多いため一人にコップ一杯分も行き渡らない。
俺には必要ないから、隣にいた小さな男の子にあげた。声を出させないよう口元に人差し指を当てたけど、首を傾げられた。日本のボディランゲージはここでは通用しないのだろうか?
だが、男の子は何も言わずに頭を下げ、俺の差し出したパンを齧り始めた。それを見ていた男の子の隣にいる男性が俺に頭を下げ、自分の持っていたパンを男の子にあげた。多分、親子なのだろう。
奴隷の中で一番幼いのがこの男の子だが、他にも子供は何人もいる。一人だけにご飯を上げるのも心苦しいけど、パン一切れしかないからね。それに、俺以外にも子供にパンを譲っている大人は多くいた。おそらく親子なのだろうと思うと、その光景を見て堪らず俺は下を向いた。
食事を与える時も馬車は止まらない。ノンストップで進行を続ける。
人間は栄養を取り入れることも必要だが、不要な物を体内から排出することも必要。つまりは排泄なのだが、馬車を降りて草むらでという訳にも行かない。
奴隷達は最初は我慢していたのだが、何日も堪えることはできず、馬車の後方で用を足すようになった。
男性や子供ならともかく、女性にとっては羞恥心を著しく刺激する。それでもその場で決壊させるよりはマシなので、人の尊厳をかなぐり捨てて馬車の後方へと向かっていく。
排泄を必要としない俺以外の奴隷が入れ替わり後方で用を足す。怪訝な顔を向けられることはあるが、俺が食事を全て隣の男の子に渡しているのを見ている人達からはむしろ柔らかな視線を送られる。
「……あの」
男の子の隣にいる父親と思しき男性から声が掛けられた。
念話が使えないから言葉が出せない、と思っていたけど、念話を使わずに相手の言葉を理解できているということは、闇から得た知識にこの国の言語も含まれているということ。
頭の中にある知識を取り出して、言葉を口にする。久しぶりに空気を取り込んで短く言葉を吐いた。
「はい」
「私の子に食事を与えて下さりありがとうございます。ですが、これ以上頂く訳にはいきません。子供には私の分を与えますので、貴方の分は貴方が召し上がって下さい」
それは、感謝と罪悪感の入り混じった言葉だった。成長期の子供に対して、一日にパン二切れでは明らかに足りない。父親も生きるために少しは食べなければならないため、毎食分与えることもできない。そこに俺が毎食子供に与えているから、ありがたいとは感じている。だが、それで俺が衰弱してしまうことは受け入れられないのだろう。
「分かった。でも、要らない。だから、食べて」
「……ありがとうございます」
少し詰まりながらもそう口にした。知識はあっても言葉を紡ぐのは難しいね。違和感は感じただろうけど、男性は涙くんで頷いてくれた。
俺の言葉を真に受けてはいないようだけど、本当に要らないから嘘ではないんだよね。実は悪魔ですなんて言えるはずもないし。
男の子は俺と父親の遣り取りを理解していないようだったけど、それでいい。こんなやり取りは子供の知る必要のないものだからね。
それからまた暫く時間が過ぎた頃、漸く日の光が弱くなった。
正確には、洞窟の中に入ったため光が遮られたようだね。車輪の音が反響して聞こえ、そして次第にその音が弱くなっていく。
止まった馬車の後方で、カチャカチャと金属の音が聞こえる。そちらを向くと、奴隷商が錠を開けていた。
「外に出ろ!」
その命令を聞いて奴隷達がゆっくりと動き出す。それに苛立った奴隷商が手に持っていた鞭を振るった。
筋肉の無い腕で振るわれた鞭でも、十分な威力を発揮する。打たれた奴隷の肌には蚯蚓腫れができ、痛みに悶えていた。
鞭が子供に振るわれる。俺の隣にいた男の子だ。大人でも痛いと感じるものを、小さな子供が我慢できる訳がない。
男の子は大声を上げて泣き出した。それを見て嗜虐心を煽られたのか、男の子目掛けて奴隷商が再び鞭を振るう。
気が付いたら、俺はその間合いに入っていた。鞭が俺の胸を打つが痛みは感じない。
「このっ!」
無反応で立ちはだかる俺に苛立ちを募らせた奴隷商が更に何度か鞭を振るったが、全く痛みは感じない。
この程度の攻撃では、俺の体に傷を負わせることはできないね。
奴隷商は怒りを露わにして俺を睨みつけたが、俺の目を見て手を止めた。俺の殺意を感じ取ったようで顔を青くしていた。
奴隷商は気圧されたことに怒りを示したが、それ以上行動に移すことはなかった。
まぁ、賢明な判断だと思うよ。このまま続けていたら、死んでいただろうから。
洞窟に入った途端、つまりは陽の光が途絶えた途端、体の気怠さが抜けた。やはり、弱体化の原因はあの太陽の光だったか。
まだ完全とは言えないけど、ある程度自由に体を動かすことができる。これなら、魔法を使わなくても奴隷商を殺すことは容易だろうね。
魔法は、まだ難しいかな。魔力を身に纏うことはできるが、まだ制御はできていない。身体強化程度ならできるかもね。
それだけでも手枷を壊して逃げることはできるようになった。その事実が余裕を作りだした。
敵は奴隷商唯一人。でも、奴隷商を消したところで奴隷達を解放することはできない。
この洞窟の先に、奴隷商の親玉か、または奴隷を買おうとする者がいるのだろう。そいつらごと消さなければ意味はない。
俺は大人しく、この時点でも大分反発しているけども、奴隷商の後ろについて洞窟の奥へと向かっていた。
洞窟の中をゆっくりと進んでいく。
暗闇でも迷いなく進めるのは壁に設置された光源のお陰だ。電球でも蝋燭でもなく、魔鉱石が埋め込まれている。
魔鉱石に魔力を流し込んで、照明替わりに使っているようだね。
魔鉱石は流し込んだ魔力によって色を変え、流し込んだ魔力量によってその輝度が変わる。
ここにある魔鉱石は白色に淡く輝いていた。魔力量は足りていないようだが、白色だからか足元もはっきりと見える。
まぁ、俺の場合は暗視が使えるから光源が無くても問題ないんだけどね。
「この野郎! 頭を上げてんじゃねぇよ!」
怒号と共に鞭が振るわれる。それが俺の顔面に当たるが、痛みは感じない。
どうやら俺は奴隷商に目を付けられたようで、事あるごとに鞭を振るわれている。先ほど気圧されたことを強く根に持っているようだね。
まぁ、肉体的に痛みはないし、他の奴隷への攻撃を阻止できているから甘んじて受け入れよう。
俺はあえて歯を噛みしめて痛々しい表情をする。大根役者甚だしいけど、どうやら奴隷商は騙せているようだね。
後ろを向くと、他の奴隷達が心配そうな表情で俺を見ている。……皆、あの演技で騙されないでよ。
俺は奴隷商に見えないように笑みを浮かべてピースサインをした。どうやら通じたようで、皆安心したようだね。
それから暫く歩いて、小さな扉が正面に現れた。閂が嵌められており、そこには魔法陣が刻まれていた。
奴隷商が懐から取り出したペンダントを翳すと、閂が自動でスライドして扉が開いた。
その扉を潜って中に入る。そこには広い空間が広がっていて、多くの奴隷達が襤褸切れを身に纏って作業をしていた。
鶴嘴で岩盤を砕き、手押し車で岩を運んでいく。その様子を監視する者が三人。手には鞭、腰には剣を携えている。監視者は奴隷商に一礼してそのまま監視を続けた。
そのまま奥へと進んでいくと、一角に場違いな空間が広がっていた。その空間には石畳が敷かれていた。そして中央に低い台座があり、その奥には白磁の石碑が立て掛けられていた。台座の中央には魔法陣が刻まれている。あれは、奴隷紋を刻むためのものかな。
石碑には魔法陣ではなく言葉が刻まれているが、意味は理解できなかった。
その石碑の前に豪奢な祭服を身に着けた老人が跪いていた。その後ろには黒色のキャソックを着た四人が同様に跪いている。
彼らは司祭と神官なのだろうか? そうだとしたら、これは神を祀るための祭壇なのだろうか?
跪いていた神官達が立ち上がり、首を下げたまま後方に下がる。そして、ゆったりとした動作で司祭が立ち上がって振り向いた。
皺の刻まれた顔からは柔らかな印象を受ける。だが、奴隷を見た時の蔑むような視線を俺は見逃さなかった。
奴隷商が前に出て司祭に頭を下げて挨拶を交わした。どうやら、目の前にいる司祭が奴隷の購入者のようだ。
洞窟はかなり広い。他の場所にも敵はいるだろうし、もう少し機会を伺った方がいいかな?
……いや、恐らく直ぐに奴隷紋を刻もうとするはず。もしそうなったら行動に移そう。気軽にそう考えて後手に回っていたのだが、俺が想像していたよりも状況は悪かったようだ。
「奴隷達よ、跪け」
司祭がそう口にした途端、奴隷達が一斉に跪いた。




