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悪魔に転生した俺は復讐を誓う  作者: 向笠 蒼維
第1章 地獄の道
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【閑話】子飼いの悪魔

第三者視点。

残酷描写ありますので、苦手な方はご注意を。


陽の光が一筋も射し込まない部屋の中を蝋燭の火が怪しく照らす。

部屋の片隅には豪奢な椅子が一脚あり、そこに一人の男性が座って頬杖を付いていた。


男が見下げている部屋の中央には、薄汚れた襤褸切れを身に纏った三人の人物が跪いていた。

その者達は家族であり、年端もいかない少年が両親に挟まれて訳も分からないまま首を垂れている。

一方、両親は現状を正しく理解しているようで、額に脂汗を浮かべて震えている。初めて見る両親の様子を見て少年もまた声を出さずに大人しく従っていた。


三人は元々平民だった。それが今、奴隷の身分に落とされて地下にあるこの部屋へと連れて来られた。

罪状は傷害。それだけでは奴隷落ちなどにはならないが、相手が貴族の子供であり、罪を恐れた一家が逃げ出したために、不敬罪が適用されて奴隷落ちとなった。


この家族に、貴族の子供を害した事実はない。それでも、弁明の機会を与えられることなく、冤罪を掛けられた。

身分の差は絶対であり、平民が貴族に口答えする権利はないためだ。事実が異なろうと、貴族が唱えた罪を平民が覆すことはできない。


そして、不敬罪は見せしめも兼て重い罪に処されることが多い。不敬を働いたその場で始末されることもざらである。

この世界では、奴隷は死刑よりも重い罰である。奴隷は人権を失い、自由を奪われて死ぬまで酷使されるのだから。

奴隷紋を刻まれた時点で主の命令には絶対服従となり、自ら死を選ぶことすらできない。


平民の中では奴隷落ちになる前に自害しろというのが一般認識だが、そう簡単に割り切れるものではない。まして、家族揃って奴隷落ちした者ほど、自害という選択肢をとれないでいる。


この三人の家族も同じく、奴隷落ちを宣告されて茫然自失し、その空白の間に奴隷紋を刻まれてしまっている。

奴隷紋で逆らうことも逃げることもできず、ゆっくりと近づく絶望に成すすべなく蹂躙されていく。



「面を上げろ」



男の命令に従って両親が面を上げる。一拍間を空け、少年も習って面を上げた。

両親は視線を下げたままだが、少年は何も分からずに上を向いてしまった。男と視線が合う。それが不敬な行いであることなど知る由もない。


男はその行いに柳眉を逆立てることなく、笑みを浮かべたまま見下ろしていた。

だがそれは、不敬を不問にするという意味ではない。不敬を働こうが礼節を弁えようが、この後の結末が変わらないためだ。

むしろそのあどけない仕草に、男の嗜虐心が擽られた。


男は立ち上がり、ゆっくりと三人の元に近づいていく。

血のように赤黒い長髪が揺らめく。同じ色合いの瞳が、怪しく光る。


そして、その男、ベラギルが悪魔の本性を現した。



「これがテメェらの最初で最後の仕事だ。惨たらしく泣き喚け」







========



「クソッ。何でこの俺様が、人間の言うことを聞かなきゃならねぇ」



ベラギルはそうぼやきながら血の匂いが充満する部屋を出て地下通路を歩きだした。

奴隷遊びが終わった瞬間に、主から招集が掛かったのだ。奴隷紋による命令は距離が離れていても感知することができ、逆らうことができない。


人間よりも遥かに強大な力を有するベラギルだが、今は隷属契約によって人間に使役されている。

体中に刻まれたタトゥーが高度な奴隷紋であり、自我を確立した時点で既に隷属契約が結ばれた状態であった。


だが、ベラギルの力が強大故に、使い方を誤ればそれは破滅を意味する。

悪魔に対しても奴隷紋は有効ではあるが、死ねばその効果は失われる。人間であればそれで構わないが、悪魔の場合は復活する危険性がある。復活して自由を得た悪魔は、当然服従させられた屈辱を晴らすために主へと牙を向くだろう。


更に、悪魔を所有していることが王国にバレてしまう危険性もある。悪魔の存在を認知しているのは王国の上層部と貴族の一部のみ。

王国の上層部は悪魔が出現したことを感知した瞬間、騎士団を派遣して討伐に当たる。それほどまでに危険視している存在を、一個人が所有していたとなれば、貴族であろうと死罪は免れない。

そんな危険な悪魔を投入するということは、その場の存在を全て消すということ。対象者だけでなく目撃者も全て消さなければならない。

貴族にとって平民の命など塵芥に等しいが、平民が減ることで国に収める税を減らしてしまう。懐から金銭を提供することで少人数なら誤魔化しが効くが、数十人となってくると隠しきれるものではなくなる。


それらの危険性を避けるため、ベラギルは普段から酷使されることはなく地下にある一室に閉じ込められている。

ベラギルは直接聞いてはいないが、それらの事情をある程度把握している。だが、それらは全て細事だとしか思っていない。

命令されるというのは癪ではあるが、それにより敵対者や魔物を嬲り殺す機会が得られる。奴隷紋で自害も手加減もできないが、ベラギルは元々する気が無い。敵を無惨に殺すことが快楽で仕方がなく感じているからだ。死ねば奴隷紋が消えると分かっていても、欲を優先して生きながらえている。


戦闘になる機会は少ないが、暇を持て余しているときは主に脅しをかけて奴隷を提供させている。

奴隷紋による束縛は強力だが、脅しをかける方法などいくらでもある。主や王国に攻撃しないよう命令されていようと、敵対者に対する攻撃で間接的に影響を与えることだって可能だ。

敵ごと領地の森を焼いたり、爆音を轟かせて王国に存在を気づかせたりなど。それは主も重々理解している。そのため、主は奴隷を提供し、ベラギルに玩具遊びをさせることで嗜虐心を満たさせていた。



「さっきの玩具は良かったなぁ。この仕事の報酬としてまた奴隷一家を提供させるか」



ベラギルはそう呟き、先ほどまで遊んでいた玩具のことを思い出した。

いつもすぐに壊してしまうため、主からなるべく長く使うように言われていた。だから今回は拷問紛いのことを実践していた。


それは奴隷に最大限の苦痛と絶望を与える遊戯。

あえて奴隷紋の制約を緩め、声を出させるようにした。ベラギルにとっては心地よい悲鳴を上げさせるためだ。


ベラギルはまず主が話していた拷問を試した。爪を剥ぎ、指先に釘を打つ。

爪剥ぎと釘打ちは少年にやらせた。ベラギルが行えば何の躊躇いもないため一瞬で終わってしまうからだ。少年がやり方など分かるはずもなく、ペンチで爪を掴んで引き上げるが、力が弱く半分も剥がれない。一枚剥ぐのに二、三回もペンチを引く。苦痛を長く与えることには成功するも、ベラギルは不満を募らせていた。

少年を気遣って、両親が声を押し殺していたからだ。釘打ちの際もまた同じ。釘が指先の骨を砕き貫通させるまでに何度も槌を振り下ろしていたが、それらも両親は声を押し殺して耐えきった。

少年は泣きながらも、両親に苦痛を与えまいと思いきり力を込めるようになっていた。ベラギルにとってはそれが余計に気に食わない。


主はベラギルが長時間に渡って遊ぶよう、なるべく苦痛を長く与える方法を口にしていた。だから次の手は傷口に塩水を振りかけ、そこを犬に舐めさせたり虫を這わせたりして長時間の苦痛を与えつつ、傷口を化膿させて精神的に追い詰めるという時間のかかるものだった。


ベラギルは奴隷同士で傷口を舐めさせようと考えていたが、奴隷の様子を見てやり方を替えることにした。より絶望を与えられる方法に。



ベラギルが少年に拷問を行った。両親の手は既に使い物にならないため、仕方がなく自ら手を動かす。


それは、あまりにも凄惨だった。



時間にすれば一刻にも満たない。だが、奴隷からすれば永遠とも思える絶望的な時間が流れた。

少年は全身血濡れとなって横たわり、刳り貫かれた空虚な眼孔が両親に向けられた。両親の口から悲鳴と慟哭が溢れ出る。



ベラギルはその光景を思い出しただけで、恍惚とした笑みを浮かべた。あの瞬間こそ、奴隷に最大限の苦痛と絶望を与えられた瞬間だった。


その後は魔法で少年を徐々に焼いていこうとしていたが、感情が高ぶり過ぎたせいで一瞬で灰にしてしまった。

両親はその光景を見て遂に精神が崩壊し、涙を流しながら笑い声を上げ始めた。それを見てベラギルは白けてしまい、そのまま両親とも灰に変えた。



次はどう遊ぶか考えながら歩いていくうちに、目的の部屋にたどり着いた。

地下にある部屋の中で最も大きな部屋であり、扉の前には衛兵が配備されていた。衛兵がベラギルに気づくと、扉を開いて中に招いた。それを当然とばかりにベラギルは足を踏み入れていく。


ここはベラギルの主が住んでいる豪邸の、その地下にある一室だった。

部屋の奥には主である貴族、エデルナード・フェラドーナが待ち構えていた。老齢で顔には皺が深く刻まれているが、鋭い眼光のせいで実年齢よりも若い印象を与える。



「儂を待たせるなと、何度言えば分かる?」

「俺様が遊んでいるときに呼ぶからだろうが」

「招集はお前が遊び終わった後にしただろう」

「余韻に浸る間も必要なんだよ。今度からは気をつけろ」



主であるエデルナードの叱責を受けても、ベラギルは飄々と躱す。そこに隷属関係があるという自覚は無い。エデルナードも、その後ろに控えている護衛もその態度に表情を歪ませるも、口に出して改めさせることはしない。余計な口を出して機嫌を損ねることの方が問題だと理解しているからだ。


ベラギルは眼前の人間達を気にする素振りもなく、尊大な態度のまま話を進めた。



「それで? 今度は何の用だ?」

「お前に地獄の様子を確認してきてもらいたい」

「あぁ? 地獄だぁ?」

「地獄というのは方便で、正確には処刑台の上にある魔法陣の転送先だ」



地獄といえば、処刑台の上に設置された魔法陣の転送先を指すということは王国の人間なら誰でも知っている。だが、それら一般常識をベラギルに教えていないため、言い換えて伝えた。

エデルナードが言った通り、地獄とは方便。その転送先がどこに繋がっているのかは誰も知らない。過去に調査の名目で兵士数名を魔法陣で転送したことがあったが、魔法で遠話を飛ばしても連絡は返ってこなかった。転送した直後から遠話が使えなかったため、遠話の有効範囲外、つまり国外だということだけが判明した。その後何年経過しても帰ってこなかったため、おそらく国外の危険区域に飛ばされて絶命したのだろうと推測された。

それ以降は危険性が高すぎるため、王国が調査を禁止している。


ベラギルは悪魔だが、現世で生まれた存在であり、地獄に足を踏み入れたことはない。

だが、人間が危険視しているだけで、たとえ危険区域だろうとベラギルにとっては脅威ではない。だからベラギルはその話を聞き、ただ危険区域に飛ばされるだけの仕事かと思い不満を浮かべた。



「そこに行って何をしろっていうんだ?」

「先日、そこから何者かが転送されてきたという報告があった」

「それが何だ?」

「もし転送先が危険区域ではなかった場合、死刑囚が生き延びている可能性があるということだ。だから、転送先の確認が急務となった」

「なんだ、転送先の確認だけか。そんな仕事、人間の奴隷にでもやらせときゃいいだろうがよぉ」

「場所の確認だけではない。転送先に人間がいた場合は、全て消してこい。その後で、儂の手の者を送り込み、今後送られてくる死刑囚を確保する」



それを聞いて、ベラギルはエデルナードの思惑を読み取った。

転送先が安全な場所であれば、そこを利用して死刑囚を確保することができる。死刑囚を再利用して奴隷として売り捌くことで、足の付かない金銭を得ることが可能となる。

更に、自身の処刑が決まっても逃げることが可能となる。これが一番の目的なのだろうとベラギルは推測した。エデルナードの悪事が国王にバレれば、死刑は免れない。その際に転送先が安全であれば、死を回避することが可能となる。


思惑に気づきつつも、些細な事だとベラギルは思考を止めた。エデルナードが何を考えているかなんてどうでもいい。もし危険区域であればそこにいる魔獣共で、もし安全区域であれば人間共で遊ぶことができる。それだけ分かっていればいい。


ベラギルが獰猛な笑みを浮かべたのを確認すると、エデルナードは立ち上がった。



「転送するのは今日の夜中だ。既に見回りの者には話は通してあるが、くれぐれも慎重に行動しろ。マントも被れ。お前の髪は目立つからな」

「仕方がねぇな。その代わり、報酬としてまた奴隷一家を寄こせ」

「……そう簡単には手に入らん。あれも冤罪をこじつけて奴隷落ちさせたのだからな。だが、手回しは進めておこう」



エデルナードから言質を取ったベラギルは立ち上がり、主よりも先に部屋を出た。閉められた扉をエデルナードが忌々しそうに睨みつけた。



「……今に見ているがいい」



そう呟き、エデルナードも部屋を出た。



何者かが地獄から転送されてきたというのは嘘だ。そもそも処刑台にある魔法陣は一方通行であり、向こうから転送されることなどありえない。

それに、転送先がどこか分からないのは事実だが、転送先で死刑囚が生き延びる可能性を阻止するため、死刑の際には斬首してから転送することが決まりとなっている。だから、死刑囚の生き残りなどいるはずがない。


これは、強すぎて手に余るベラギルを処分するためのものだった。

危険区域に送り込み、そこに住まう魔獣達にベラギルを殺させる。魔獣は魔力を多く持つ者を襲う性質があるため、多くの魔獣を嗾けることは可能だろう。その中に災害級の魔獣がいれば、この計画の成功率は跳ね上がる。


だが、老獪なエデルナードがそんな不確定な状態で計画を実行することはない。確実に処分するために、もう一つ用意しておくものがある。

それを取りに、エデルナードは屋敷の宝物庫へと足を向けた。




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