戦慄する悪魔
ザーっと、雨の音が世界を包む。
嵐が激しく降る雨の背を押し、より激しく地面をたたく。
俺は、走っていた。雨から逃げるために。
俺は、笑っていた。理由は、思い出せない。
空が光に包まれ、俺は足を止めた。
一瞬の雷光ではない、世界を照らす光。
空を見上げれば、雷雲が螺旋を描いている。
その中心が、俺が立っている場所に感じた。
見とれていると、螺旋の中央が一際輝いた。
それと同時に、体の自由が奪われて、視界が霞む。
霞みゆく世界の中、隣に立つ女性の表情だけがやたらと鮮明に見えた。
その人は、泣いていた。俺を心配するように。
その人は、笑っていた。理由は、知らない。
…
……
……今のは、何だ?
見たことのない景色だったが、懐かしくも感じる。
これは、俺の記憶なのか? それとも、ただの夢か?
記憶の片鱗ならば、重要な出来事だったに違いない。
見た風景、隣にいた女性を思い返してみるが、それ以上は何も思い出せない。
とても楽しかった気がするし、とても悲しかった気もする。
はっきりとしない記憶にモヤモヤしたまま、瞑っていた目を開いた。
目には白く光る天井が見える。どうやら、気を失って横に倒れていたようだ。
悪魔たちのせいで頭痛がひどかったが、すでに痛みは引いている。
どれくらい気を失っていたのかはわからないが、無事に目を覚ますことができてほっと一息ついた。
だが、下半身の違和感に気が付いて、戦慄が走る。
恐る恐る上体を持ち上げて、下半身を確認した。
下半身に悪魔たちが群がっていた。
ファ――――――――!!
心の中で奇声を轟かせながら、俺は座った状態から腕に力を込め、後ろ向きに吹っ飛んだ。
受け身などできずに頭から着地したが、そんなことどうでもいい。
いまだ足に絡まっている悪魔たちを叩き飛ばし、曲がった足を元に戻した。
立ち上がって周りを見渡すと、異様な光景を目にする。
悪魔たちが、俺目がけて這い寄ってくるのだ。
仮足を必死に動かして進む姿には、恐怖しか抱かない。
これが可愛い赤ちゃんならダイブして抱きしめにいくのに!
悪魔たちを避けながら、俺は壁に向かって走り出した。
足の踏み場もないほど密集していたところもあったが、そこは諦めて踏みつぶして進んだ。
足にぐにゃっとした感触が残る。SAN値ピンチ。
漸く、壁にたどり着いた。
ちょっと休みたい、けど、目覚めた瞬間に襲い来る悪魔たちの蠢きが脳裏から離れない。
すでにギリギリなのに、もう一度経験したら発狂する。休むのは諦めて、壁を調べることにしよう。
壁を触ってみたが、特に変わったところはない。
また開通させればよくね? という安直な発想で思いっきり殴ってみたが、壁には少し罅が入っただけで、殴った手首が折れた。痛みはないから問題ないが、壁を突き破るという発想は捨てたほうがいいみたいだ。
調べながら壁に沿って進んでいくと、大きな穴を見つけた。垂直に空いているから、遠くからでは見つからないわけだ。
空いた穴の先は少し暗くなっているが、見えないほどではない。ここよりは弱いが、下でも壁や床が発光しているみたいだ。
とりあえず、降りるか。
下に降りることの恐怖はもちろんあるが、ここにいることの恐怖に比べたら屁みたいなものだ。
下までは結構高さがあるが、痛みは感じないし、怪我してもすぐ治るから気にしない。
俺は飛び込んで地下へと降り立った。
スタっと着地したかったが、思わず膝をついてしまった。
床が柔らかくてうまくバランスが取れなかったのだ。
床に触れてみると、先ほどまでいたところと違い、かなり弾力のある質感をしている。
だが、この踏み心地、初めてではないような……
疑問が過ったと同時に、体が震えているのに気が付いた。
頭では把握できていないが、体はしっかりと把握できているらしい。
身の危険に―――
床が蠢きだした。にゅるっとした仮足が床から伸び、ゆらゆらと揺れる。
仮足一本で俺と同じくらいの大きさがある。
遠くの床が隆起し、その存在があらわになった。
上の階で見た、悪魔たちの集合体。それが、一体化してより巨体になった存在が、目の前にいる。
盛り上がった部分には悪魔の目が所狭しと並んでいる。数えきれないほどの目が、俺を見つめた。
上階の悪魔の恐怖は、序章に過ぎなかったのだ。
SAN値、消滅。