皆が嫌がる悪魔の王座
グチャグチャした感情を吐き出したお陰で、頭の中がすっきりした。
深く考える必要すらない。俺は死んで全て失った。ただそれだけだ。
悪魔に転生したから無駄に思い悩んでいたけど、それは前世の記憶が残っているから。
悪魔として生まれたなら、悪魔として生きればいい。
生まれたばかりの存在に、生きる意味を求める必要なんてない。そんなの、長年生きている人も持っていないんだから。
悪魔として、今まで通り好き勝手に生きていく。
そう考えると、やっぱり地獄から出たいね。日本は無くなったみたいだけど、他の国が残っているなら行ってみたい。昔と雰囲気は違うだろうけど、そもそも海外なんて行ったこと無かったし。
地獄の外に出たらどこに行こうかと妄想していたが、爺さんの声で現実に意識を戻した。
『お主の精神はかなり不安定じゃのう。コロコロと感情を変化させよって』
『うっ……』
爺さんの言葉を聞いて視線を逸らした。確かに、記憶を取り戻した俺は爺さんに喧嘩売ったり、逃げ回ったり、自殺しそうになったり。明らかに情緒不安定だよね。
終いには心配して声を掛けてきた爺さんを無視して、感情爆発させているんだから。
『……すいませんでした』
『ほ? ……ぷっ、くっくっ、はっはっはっはっ!! お主、好き勝手に生きると言った割には、礼節を重んじるのじゃな』
『……あ、いや、その……、好き勝手やるのと、非を認めることは別というか、何というか……』
爺さんに指摘されて恥ずかしくなった。俺の顔、赤くなってないよね?
迷惑を掛けたら謝るというのも、人間の時の記憶があるから。前世のことと割り切ろうとしても、俺の人格に大きな影響を与えているのは事実だ。
つまりは、言っていることとやっていることが一致しないんだよね。
『ほっほ、素直じゃのう。思考と行動の乖離は記憶を取り戻したことによる弊害じゃな。じゃが、人格は乖離しておらんようでよかったではないか』
『……その弊害が問題なんだけど?』
『すぐ慣れるじゃろう』
慣れる、ものなのかな? まぁ考えてどうにかなるものでもないか。
『さて、メアよ。戦いを続けるかのう?』
『全力でお断りします!』
間髪入れずにそう答えて深々と腰を折った。無理! 勝てない! 怖い!
今回は思考と行動が一致してくれて助かった。
『ふむ、では続きはまた後にするかのう』
『いやもう戦いたくない』
『ほっほ、嘘を吐くでない。あれほど好戦的だったではないか。お前の力、奪ってやる、じゃったか?』
『言わないで! 忘れて!』
いつの間にか黒歴史が増えていた。格好良く爺さんから力を奪うとかほざいていた自分を殴りたいぃ!
『まぁ良い。では、漸く落ち着いて話せるのう』
そういうと、爺さんはその場に座り込んだ。ただ、地面ではなく浮いているけど。
その場にピタリと止まっていて、魔法で滞空しているわけではない。空間を固定しているのかな?
『まずは王位継承についてじゃが』
『はい! 辞退します! 責任を取って地獄から追放されます!』
王位継承と聞いて咄嗟に手を挙げて宣言した。悪魔の王とか、そんなのどうでもいい。むしろ枷にしかならないよね。
次いでに願望込めて地獄から出ていくと宣言する。が、そうは問屋が卸さなかった。
『悪魔の王になるのが嫌なのは分かるが、それは認めぬ』
『無理に俺が王にならなくても、爺さんが王のままでいいんじゃないの? 他の悪魔と比べても明らかに格上なんだし』
『嫌じゃ』
『えぇ……』
爺さんの否定が強い。そしてその後に続く愚痴の数々。
王になっても悪魔は言うことを聞かない。話が成立しない。普通に襲ってくる。弱すぎて遊び相手にもならない。
爺さんからしたら他の悪魔は羽虫のような存在なんだろうか。
『便宜上、王と名乗ってはいるが、悪魔の王という肩書なぞあってないようなものじゃ。むしろ邪魔でしかないわ』
『……それを聞いたら余計に王になんてなりたくない。爺さんが嫌なら、他の悪魔にやらせればいいんじゃない?』
『そうもいかんのじゃよ。王位継承と共にシンガを譲渡せねばならぬが、それを受け取れる悪魔がほとんどいないんじゃ』
『シンガって?』
『正しくは〈深淵のシンガ〉。神道魔法の一つである深淵魔法、その叡智の結晶じゃよ』
『…? えっと、何?』
理解できなかった俺に、爺さんが説明してくれた。
神道魔法は神の力を発現するための魔法。
その魔法は森羅万象を操り、概念を覆すほどの効果を発揮するらしい。
強大ゆえに、神道魔法は事象や概念ごとに細分化されている。だが、その細分化された一つだけでも、使用するには膨大な情報と特殊な魔力が必要となる。
本来であれば、神道魔法を習得できるのは魔を極めた者(神格者というらしい)のみ。その神格者でも神道魔法のうちの一つを習得するのが精一杯だ。
だが、神格者じゃなくても神道魔法を使えるようになる方法がある。それが、シンガによる神道魔法の継承だ。
『神道魔法は複雑怪奇で悪魔のような人外であろうと扱える代物ではない。じゃが、神格者が持つ知識と技能を継承することで、継承者は神道魔法の一つを習得することが可能となるのじゃ』
『その、神格者の知識と技能のことをシンガって言うの?』
『そうじゃ。正確には、シンガとは神道魔法の叡智が刻まれた神格者の魂の一部。それを魂ごと継承することで、継承者は神道魔法の原理を深く理解せずとも魔法を行使することが可能となるのじゃ』
『それなら、誰にでも習得できるんじゃない?』
『いや、それは無理じゃ。シンガを所持しているだけでは魔法の行使は不可能。魔法を使うためには魂を繋ぐ必要があるんじゃ。具体的には、神格者の魂を継承者の魂に上書きしなければならぬ。それを成すには、魂の容量が大きくなければならぬ。容量が小さいと、神格者の魂に塗りつぶされて廃人と化すからのう。それ故、悪魔であろうとも魂の小さき者には譲渡できぬのじゃ』
魂の上書きか。魂魄隷化みたいな感じかな? あれも魂に奴隷紋を刻んで発動する魔法だし。
というか廃人って。やはり強大な力を得られる分、危険性も大きくなるよね。リスクを負ってまで欲しいとは思わないし、そもそも俺は条件に適していないと思うんだけど。
『魂の容量なら、俺よりも他の悪魔の方が大きいでしょ?』
悪魔は複数の魂が重なり合って誕生する。だから人間よりも魂の容量は大きいはずだ。悪魔に転生したと言っても、俺は元人間だ。だから、他の悪魔と比べれば魂の容量は小さいだろう。そう考えていたのだが、俺の推測は外れていた。
『いや、このアトネフォシナーで最も魂の容量が大きいのはお主じゃよ』
『え? 何で?』
『お主がアトネフォシナーに来てから悪魔として自我を確立するまでの千年間、ずっと闇を取り込んでいたからじゃよ。取り込んだ闇はお主の魂に還元され、その容量を増大させたのじゃ。これも神の加護によるものじゃな』
『……神の加護』
『お主の魂は神の加護によって保護されておったのじゃよ。加護がなければ、お主は大量の闇による干渉を受け、自我を崩壊させておったじゃろう』
それを聞いてゾッとする。もし加護がなければ、死んでいたかもしれないのか。エデナという顔も知らない神によって悪魔に転生させられた訳だけど、加護を与えてくれたことには感謝だね。
『神の加護が闇の干渉を無害化したため、取り込んだ闇を純粋なエネルギーに変換して取り込むことができ、結果として魂の容量増加を齎したのじゃろう』
『へぇ』
『だが、今後は気を付けた方がよいぞ。もう加護は消えておるからのう』
『あ、そうなんだ』
知らない間に加護が消えたみたいだが、そもそも加護を与えられていることを知らなかったから驚きもない。魂を保護してくれるならあった方がいいのは確かだけどね。
『魂の容量が大きいっていうのは理解したけど、特殊な魔力っていうのは? 俺の魔力がそれに当たるの?』
『いいや。お主の魔力は白じゃが、深淵魔法で必要となる魔力は黒じゃからな』
『魔力の色? よく分からないけど、それなら俺は魔法を発動させられないってことでしょ?』
『お主が普段使う魔力では不可能じゃが、それもシンガを継承することで解消できるわい。神格者の魂を門とすることで必要な魔力を取り出すことが可能じゃからのう』
『門?』
『あぁ、知らんのも無理はない。門とは魔界と自身を繋ぐパイプのようなものじゃ。これを知っているのは、シンガかイントラの所有者のみじゃからな』
『あぁ、うん……。どんどん知らない単語が出てきてついていけないです』
知らないことが多すぎて内容が理解できない。一つ聞こうとすると倍になって返ってくるんだよね。
そんな無知な俺に対しても、爺さんは丁寧に教えてくれた。他の悪魔と会話が成立しないって言っていたし、会話に飢えていたのかもしれない。
爺さんから聞いた話を要約した結果、何とか理解することができた。
そもそも勘違いしていたのだが、魔力は自身の体から生まれるものではなく、別の場所から取り込んでいるものだった。
その場所こそが、魔界と呼ばれる高次元の世界。魔界って聞くと悪魔の住む世界ってイメージなんだけど、実際には魔力が満ちた世界らしい。
世界はいくつもの次元が重なり合ってできているが、次元の隔たりにより干渉することはできない。だが、魂だけなら次元固有の物質による拘束力が低いため、次元を跨って存在することができる。
人間で例えるなら、その肉体に魂が収まっていても、それは物質として存在しているわけではない。そのため、肉体は次元を渡れないが、魂は別次元にも存在することができる。
魔界に魂が存在していても、魂を操作することはできないから魔界で動き回るなんてことはできない。だが、魂という存在を通じて魔界に満ちた魔力を現世に送りこむことが可能なのだとか。
本来、魔力の属性は変化しない。魂が形成された時点で、その魂が持つ属性は不変となる。魔力の純度は変動するらしいけど。
神道魔法を発動するには、それに適した属性の魔力を高純度で取り込む必要がある。だから神道魔法の知識があっても魔力は発動できないのだが、これも神格者の魂を門とすることで必要な魔力を取り出すことが可能になる。
最後に爺さんが口にしたイントラというのは、シンガと同じく魔法を継承するための情報体。継承するのは精神魔法。
精神魔法は感情から生まれた魔法であり、成り立ちは違うが神道魔法と精神魔法の本質は同じ。継承者の感情を取り込むことで受け継がれる度に強力になる魔法。伸びしろで言えば精神魔法の方が上らしい。
『深淵魔法については説明はいらんじゃろう。〈深淵のシンガ〉を受け取れば理解できるからのう。端的に言えば、闇を使った魔法じゃ』
『それなら、俺が今までやってきたことの応用みたいなもの?』
闇で体を作ったり、闇を経由して魔法を発動させたりはしていたからね。
『まぁ、そうじゃな。むしろ、今まで深淵魔法を使わずに闇を操っていたことが不可解なのじゃが』
『そうなの?』
『今は操れなくなっておるようじゃが、加護が消えたことが関わっておるのかのう』
爺さんの言葉を聞いて闇を操作しようと意識してみる。すると、外から闇を取り込むことはできた。
意思も読み取ることができる。だが、今までのように鮮明な情報ではなくなっていた。それに、闇を操ることはできなくなったみたいだ。
『じゃが安心せい。深淵魔法を受け取ればまた使えるようになるわい』
『うーん……』
今まで助けられてきた闇を操ることができないのは寂しいが、深淵魔法を受け取るとおまけで王の座が付いてくる。おまけが邪魔過ぎる。
悩んでいると、爺さんから追い打ちが入った。
『ちなみに、王になれば現世にも行けるぞい』
『え? 何で?』
『それが王を選定する目的じゃからのう』
『王を選定する目的って、爺さんがやりたくないからじゃないの?』
『それも大いにある。が、一番の要因は、ここが消える前に場所を移すためじゃ』
『ここって?』
『アトネフォシナーじゃよ。ここは後百年もしないうちに消滅するからのう』
『……はい?』
爺さんは淡々と話しているが、その内容が意外過ぎて飲み込めなかった。
『お主も見たじゃろう? 第一下層にあった聖火を』
『……うん、天井にある出入り口が聖火で塞がっているんだよね?』
『そうじゃ。元々は悪魔が外に出ないように聖火で塞いでおったのじゃが、その聖火が少しずつ下に降りてきてのう』
『……あれって触れたらアウトなんじゃ……』
『うむ、触れれば悪魔は一瞬で消えるじゃろうな。サトリがアトネフォシナーにある魔鉱石を魔力で満たしているからその進行を遅らすことはできておるが、聖火による破魔の影響で魔力が込められなくなってきておる』
……俺、聖火に触ってよく無事だったね。これも神の御加護のお陰なのだろうか。
そういえば、第二下層から落下する途中で魔鉱石の色が変わっていた。サトリの魔力で満たされていた魔鉱石が黒色で、聖火の影響で魔力が流せなかったところが白色だったのか。
『爺さんなら聖火を消すこともできるでしょ?』
『儂でも聖火のみを消すことはできん。聖火は空間の揺らぎから漏れ出ておるからのう。その空間を塞がねばならぬ。まぁ塞ぐだけなら容易なのじゃが、それをするとアトネフォシナーから二度と現世に干渉することができなくなってしまうのじゃよ』
『それじゃあ、どうするの?』
問題として話しているが、その答えはもう出ているのだろう。それが王位継承に繋がっているはずだから。
そう思って爺さんに質問したら、やはり対策はすでに立てられていた。
聖火から身を守るためには、やはり空間を防ぐしかない。
だから、今ある現世との繋がりは捨て、別の繋がりを創ることを検討しているそうだ。
そのためには、次代の王を現世に飛ばし、その者の魂とアトネフォシナーの出入り口を結びつけることが必要となる。
『爺さんは空間魔法が使えるんでしょ? そんな手間のかかることをしなくても、爺さんの魔法で現世との空間を繋げられないの?』
『それは無理じゃ。確かに儂は空間魔法が使える。これも神道魔法の一つじゃよ。じゃが、空間を繋げるためには対象の場所を指定しなければならん。目印もなく次元を超えて空間を繋げることは今の儂にはできぬよ』
空間魔法も神道魔法の一つだったのか。いや、空間を操作するほどの超越した魔法なんだから神道魔法に含まれるのは当たり前か。
できれば空間魔法は使えるようになりたかったんだけどね。神道魔法なら無理か。
『じゃから、目印を用意する必要があるのじゃ』
『その目印の役を担うのが、次代の王ってことか』
『うむ。深淵魔法を使えば魂の干渉ができる。その力で儂の魂の一部を受け取ってもらう。そうすれば、魂を通じて現世に干渉できるという寸法じゃ』
『そうなると、王が死んだら現世との繋がりも切れちゃうってこと?』
『そうじゃ。じゃから最低限の力は示してもらう必要がある』
『あぁ、それが五体の悪魔からの推薦に繋がるのか』
『む? 五体の悪魔から推薦、とは何のことじゃ?』
『へ? 戴冠式を行うには5体の悪魔から推薦を受けることが条件だって言われたんだけど……』
五体の悪魔と戦わされた理由はこれだったのかと一人納得したのだが、それは勘違いだった。
『あぁ、それはサトリの陰謀かのう。推薦なぞ王位継承には必要ないから安心せい』
『はぁ!? ふざけんな! 何のために死に物狂いで戦ったと思っているんだ! ……あの野郎ぉ、いつか絶対ぶっ飛ばす!』
『ほっほ、深淵魔法を習得したら彼奴ともいい勝負ができるかものう』
あのニヤけた面に真っ黒な針をぶっ刺したいっ!
というか、深淵魔法習得してようやくいい勝負って、あの野郎どんだけ強いんだよ!?
……くそう、このままだとどの道地獄の外には出られないし、弱いままだとサトリや他の悪魔達も追い払えない。
『……深淵魔法だけもらうとかできないの?』
『無理じゃよ。〈深淵のシンガ〉は王の証。じゃから深淵魔法を引き継いだ者が王と見なされる。そういう決まりじゃから諦めい』
やっぱり駄目か、力だけなら貰いたいところなんだけどな。
『悪魔の王という肩書はできるが、お主は強大な力を身に着けることができ、現世で自由気ままに過ごすことができる。反対に、王にならなければここからは出られぬまま、他の悪魔達と共に消滅する羽目になる。どちらを選ぶなぞ、簡単に導けるではないか』
『おふ……』
……これは、もう選択肢があるようで無い状況に追い込まれているよね。
『……はぁ、じゃあその〈深淵のシンガ〉とやらを下さい。ついでに王になるから』
『よくぞ言った。これで身代わり、生贄、もとい次代の王が決まったのう』
『本音はもう少しうまく隠してほしい……』
まるで隠す気のない本音を聞いて完全に力が抜けてしまった。
もういいや。王でも何でも、なった後で考えよう。




