【side マコト】やっぱり悪魔は頭がおかしい
変態に毒気を抜かれたのはサトリさんも同じみたいっすね。珍しく自分の軽口に乗ってくれたっす。
『しかし、それはあり得ません。精神生命体である悪魔は狂化の影響を強く受けます。その反動として負荷も高くなる』
『それは知っているっす。でも、精神の異常が出たとしても悪魔なんて元々精神状態は異常なんすから、そんなに支障はないっすよ』
『いいえ、それは違います。悪魔のは皆、正常です』
『……え?』
サトリさんの言ったことが理解できなくて、思わず呆けた声が漏れてしまったっす。
『悪魔は複数の魂が混ざり合い、その中で最も強い意思を持つものが核となる。そして、精神状態が異常な者に強い意思は宿らない。ゆえに、悪魔に精神が異常な者はいないのです』
『……サトリさんには、マコさんとチコさんが正常に見えるんすか!?』
『見えません。ですが、それは精神状態が異常という訳ではありません。元が人間ですから、意思も多様です。意思に正常、異常というものはなく、それぞれが確固として存在するもの。たとえ相容れない意思があっても、それは異常なのではなく、自身の意思と方向性が違うだけなのです』
悪魔の成り立ちを考えると、サトリさんの言っていることが正しいと感じるっすね。
それにしても、意思の方向性っすか。自分からしたらサトリさんも常軌を逸していると思うんすけど、本人からしたら異常でも何でもないってことなんすかね。
『狂化は意思を増長させるものです。要は、自身の欲求を満たそうと暴走する。自身の意思が強い程、狂化による影響は少ないですが、意思が弱い場合、核以外の意思が増長して精神を狂わせていく。それが精神異常の原因です』
そういえば、狂化状態のマコさんとチコさんに襲われたっすね。
やっぱり危険な魔法っす。変態が限界突破して襲ってくるんすから。
『それでも自発的に狂化を使用したのであれば、精神への負荷はまだ軽微なものです』
『つまり、御子さんがやったように外部から狂化状態にしたことが問題だって言いたいんすね』
話が長くなりそうだったんでサトリさんが言いたそうなことを先に言ってやったっす。でも、残念なことに少しも苛ついてなさそうっすね。
『ええ、御子が狂化を使用した時、外部にも影響が及んでいました。御子が周りの意思に干渉して増長させたため、悪魔達が狂化状態になったのでしょう』
『外部の意思に干渉する効果なんてあったんすか? 狂って暴れて異常性が増すだけの魔法だと思っていたんすけど』
自分で言っておいてなんすけど、こう聞くととんでもない欠陥魔法っすよね。
『いいえ、狂化には外部に干渉する能力はありません。何か他の魔法を併用したのでしょう』
『まぁそれくらいなら、闇に干渉する魔法と併用すれば再現はできるかもしれないっすね』
しかも、御子さんは他の悪魔よりも闇への干渉力が強いっすからね。
狂化を使った後に意思を外に向ければ、それだけで外部に狂化の影響を及ぼせそうっすよね。
『そうなると、御子さんよりも意思が弱い悪魔は精神汚染されちゃうってことっすか』
今の御子さんの実力を正確に見積もるなら、上の下ってところなんすよね。身体能力が高くて魔法も使えるようになったから上位悪魔の仲間入りはできているんすけど、魔法を使いこなせていないし、戦い方も雑。まぁ、戦闘訓練飛ばして試練に挑んでいるようなもんなんで、当然と言えば当然なんすけど。
ただ、戦いを見ていると御子さんの意思は強くないように見えるんすよね。それは、御子さんの本質が悪魔ではなく人間だからだと思うっす。
そう考えると、狂化を使っても悪魔の意思をどうこうできる程の影響力は持ってないはず。
それなのに、周りにいた悪魔を狂化状態にした。マコさんとチコさんの上位悪魔を含めて。
普通に考えればあり得ない干渉力。それを覆すことができるのは、他の要因があるから。つまりそれが、御子さんの発言したイントラの力って訳っすかね。
『これがイントラの力なんすか?』
『……そう考えていたのですがね』
『あれ、違うんすか?』
『もし、御子がエデナ様から賜ったイントラを発現していたとしても、外部に影響を与える能力ではないはずです。それにもし、外部に影響を与えることができるのであれば、御子の狂化に感染した悪魔は皆、消滅しているはずです』
『御子さんが貰ったイントラって、どんな能力なんすか?』
『……マコト、貴方は一体、どこでイントラの情報を得たのですか?』
あ、ちょっと喋り過ぎたっすかね。これは、この場を無事に切り抜けたとしても、サトリさんの追求が厳しそうっす。
『いやぁ、どこで聞いたのか覚えていないっす。もしかしたら闇に干渉した時に知ったのかも』
『まぁいいでしょう。後で魂に直接聞きます』
だからそれって殺害予告っすよね?
もうこれ以上情報得るのは無理そうっすかね。
でも、御子さんのイントラは精神に何らかの影響を与える能力があるみたいっすね。
サトリさんの口ぶりから、一度感染すれば元に戻ることはできない。それはイントラを発現した御子さんもなんすかね?
狂化と同じ臭いがするんすけど。明らかに自滅系の能力じゃないっすか。
ただ、サトリさんも把握していなかった外部への影響。それにより上位悪魔すら消滅させる程の驚異的な能力に昇華された。
サトリさんが危惧するのも頷けるっすね。
威力で言えば聖霊魔法の方が高いと思うっすけど、危険度はイントラの方が高い。
マコさんとチコさんにすら容易に干渉する程の能力であれば、アトネフォシナーのほぼすべての悪魔に干渉することが可能なはずっす。自分ですら、防御が遅れていたら干渉は避けられなかったかも。
『御子さんのイントラが危険だっていうのは何となく理解したっす。でも、何でエデナ様はそんな危険な力を御子さんに賜ったんすか?』
『教える必要はありません』
『サトリさんは知っているんすね。じゃあ、何か意図があるんすよね? 御子さんなら制御できる可能性があったとか』
サトリさんはもう声を出すこともせずにこちらを見据えている。説得の手順を間違えると均衡状態が一気に瓦解しそうっすね。
『少なくとも、まだ御子さんがイントラを発現できているかどうかも分からないんすよね? じゃあ、もう少し待ってみたらいいんじゃないっすか?』
『もし現状で御子がイントラを発現できていないのだとしたら、今後発現する可能性は低い。狂化は御子のイントラを発現させるための引き金だったのですから』
『あぁ、だからいろいろ暗躍して狂化を使う状況を作っていたんすね』
『御子が使えないのなら、他の者にイントラを継承して発現させた方がいい。どのみち、殺す必要があるのですよ』
どうしても御子を消滅させたいという意思をサトリさんから感じる。
何を意固地になっているのか分からないっすけど、なんて言ったら妥協してくれるんすかね。
サトリさんの心情を明白にして対策を立てようと思ってたんすけど、それよりも先に横槍が入ったっす。
『それは、だめ』
横から聞こえたのは可愛らしい女の子の声。それなのに、思わず体が硬直する程に恐怖を感じたっす。
その声には、否定を許さない強い意思を感じる。否定しようものなら、躊躇いなく攻撃されそうっすね。
『あの人は大切。だから、殺すの、だめ』
『……貴方も、御子の肩を持つわけですか』
女の子の言葉でサトリさんは逆に体から力を抜いたみたいっす。なんで自分の言ったことは聞かないのに女の子のいうことは聞くんすか? このロリコン執事。
スパッ
『ちょっ!?』
サトリさんの手刀で頭が宙を舞い、それを慌ててキャッチする。
『なんで首チョンパするんすか!? 危ないじゃないっすか!!』
『危ないで済んでいることが解せません。心は読めませんが、失礼なことを考えていたようなので首を飛ばしました』
『疑わしきは罰せずって言葉知らないんすか!?』
『私に疑いを抱かせた貴方が悪い』
理不尽にもほどがあるっす。まぁ失礼なことを考えていたのは事実っすけど。
両手に抱えていた頭を元に戻して首を繋げる。まだサトリさんと戦う可能性があるから虚実反転を発動させたままにしているだけで、普通なら今ので死んでいるんすからね。内心ヒヤヒヤが止まらないっす。
『気持ちいいくらい綺麗に頭が飛んだわね』
『本当~。飽きの来ない素晴らしい芸だわ~』
『こんなの芸にしていたら命がいくつあっても足りないっす。いや本当、言葉通りに』
『私も、やってみたい』
『こんな小さい子からも殺害予告っすか!?』
『いいじゃない、減るものじゃないんだし』
『いや、これ神経がものすごく磨り減るんすよ。そんな何回も首飛ばされるのなんて嫌っすから、首を切ろうとしないでくださいっす』
『ううん、そっちじゃない。首が飛ぶ方、やってみたい』
『そっち!?』
女の子もそっち側の悪魔だったんすか。可愛い顔して思考回路がぶっ壊れているんすけど。
やっぱり御子さんにはいてほしいっすね、主に変態奇人らの相手として。
『ムフフフフ、随分賑やかになってきましたね。それで、マコとチコも御子側につくのですね?』
『もちろんよ、私達は御子ちゃんを認めたんだから』
『そうよ~。認めたからには~、王になってほしいの~』
『それにより、アトネフォシナーにいる全ての悪魔が消滅することになってもですか?』
『当たり前じゃない。悪魔が他の悪魔のことなんて気にする訳ないでしょ?』
『まぁ、そうっすよね』
悪魔は皆自分が一番っすからね。他の悪魔の為に自分の意思を曲げる悪魔なんていないっすよ。
『御子さんの力が暴走したら、その時は処分すればいいっす。でも、まだ可能性が残っているなら、ここで殺すのは勿体ないっすよ』
『……』
まだ迷っている見たいっすね。
サトリさんだって御子さんをこのまま消すのは惜しいと思っているはず。それでも消そうとしているのは、それだけ御子さんの持つイントラが危険なものだってことっすかね。
少しの間をおいて、サトリさんの口が開いたっす。
『確かに、危険性が明らかになっていない現状で処分してしまってはエデナ様の神託を裏切ることになります。しかし、脅威であることに間違いはない。ですから、少しでも暴走の予兆が感じられた場合はマコトが処分してください』
『えぇ、自分すか?』
『それくらいは可能でしょう。それに、もう御子とは戦うつもりもないのでしょう? 仕事放棄するなら追加しても構わないでしょう』
『その理屈はおかしいっすよ、まぁ確かに、御子さんのことはもう認めているんで戦うつもりはないっすけどね』
『そうですか』
サトリさんはそういうと足元に魔法陣を形成した。あれは、転送の魔法陣っすね。
『では、私は最下層に戻ります。御子が目覚め次第、全員で最下層に向かうように』
『え、ちょ、御子さん以外は一緒に転送していってほしいんすけど』
『他の悪魔の面倒を見るのも、仕事の一つに加えましょう。マコト、後は任せましたよ』
『いやいやいや、無理っす無理!! て、ちょっと行かないでサトリさん!!』
嫌がらせを多分に含んだ仕事を押し付けられてしまったっす。
目の前にいる変態奇人らを見て、目を瞑る。これらを相手にするくらいなら、まだサトリさんと戦っていた方が良かったかもしれないっす。
……御子さん、早く起きてください。
じゃないともう逃げちゃうっすよ!




