癒されたい悪魔
はぁはぁ……
壁を殴り、床を踏み抜き、わざわざ口を作ってまで雄叫びを上げた。
壁と床は無残なまでに粉々に砕けている。魔法陣の原型は最早ない。
雄叫びを上げれば、空気が振動しているのが分かった。ピリピリと肌を刺激し、巻き上がる灰を吹き払った。
ふぅっと一息つき、俺は暴れるのを止めた。
憎悪は心にがっちりと食い込んでいるが、表面に出ていた分は消費できた。
急にいろいろと起こりすぎたせいで、頭の整理ができていない。
思い返してみると、あの光の玉は人の心、魂だったのだと思う。もしくは残留思念みたいなものかな。
触れた瞬間にその人の記憶が流れ込んできた。
白い光は明るい人生からの転落、黒い光は絶望からの闇落ち、どのみち救いは無かったな。
白と黒の違いを把握したかったけど、どういう意味なのか?
見た感じだと、いい人か悪い人かの違い? そんなので人の魂の色って変わるのか?
それと、黒い光の変化した姿。赤黒い目に黒い靄の塊。間違いなく、俺と同じ存在、悪魔になったんだろう。
白い光は悪魔にならずに天井に向かっていったのに、この違いは何なのだろう。
地縛霊はこの世の未練が強くて現世に留まるというが、それと同じだろうか? だが、その理屈でいうと、ルグドも同じだったはず。家族と一緒にいたいという思いは、方向性は違うが、アリミュに負けないほどの思いだった。
思いの強さが同程度なら、やはり質が関わっているのだろう。そして悪魔となった理由は、この場所が原因なのだと思う。
記憶の中で耳にした、地獄の門。その地獄とは、ここのことなのだろう。転移した瞬間に灰と化したのだ。ここを地獄と言わず何という。
そして地獄で平然と生きている俺は、やっぱり人間捨てちゃってるんだね……
さらに疑問に思ったのは、何故処刑してから地獄へと送るのか。
公衆の面前で罪人が死んだことを示す為なのか、地獄のことを知っていて罪人が楽に死ねるようにする為なのか……
理由はわからないけど、今回は処刑は行われなかった。俺が魔力を流し、罪人をこちらに転移させたから……
彼らは処刑で首を落とされるのと、地獄で焼かれるのと、どちらの死が良かっただろうか。
少なくとも俺は、首を落とされてからこちらに転移されてほしかった。
これでは、俺が彼らを殺したも同然じゃないか。
どのみち助からない命なら、俺の見えないところで散ってくれ。
見れるところまで来たなら、救える道を用意しておいてくれ。
もういなくなった者たちに愚痴を零した。
ここは、本当に地獄だ。救いは無く、絶望が蔓延している。
……俺も、ずっとここにいたら気が狂うだろう。早くここから抜け出さないと。
俺は部屋の一角を見つめた。散々暴れたせいで、壁はボロボロになっている。そして、その一角には、大きく穴が開いている。どうやら、隣が空洞になっていたようで、そこに繋がったみたいだ。
ここにいても、辟易するだけだと思い、穴から外を覗いた。
そこはかなり広い空間が広がっている。洞窟のようで岩肌が見えるが、全体が白く光っているように見える。
そして、白い空間で蠢く黒い物体。
先ほど殴りつぶした、赤黒い目をしたアメーバ状の物体。同じ姿形の悪魔が至る所で蠢いている。
……悪魔になっても、生理的に無理な現象ってあるんだね。
どれだけ見渡しても、気持ち悪いものばかり、SAN値ピンチ。
期待はしていなかった。動物が生きていける環境じゃないこともわかっている。
せめて、いっぱいいる悪魔の中で、見た目だけはかわいい悪魔はいないのか!?
小動物っぽい癒し系な悪魔がいたっていいじゃないか!!
俺は頭を抱えて現実逃避する。とても逃げられる状態じゃないが。
記憶がほとんどなくても、小動物と触れ合っている記憶は結構あった。
落ち込んだ時は近所の犬や猫を触って心を静めていたのだ。
今、まさに癒しが欲しい。ここにいないなら、早急にここからでなければならない。
そう、俺は地獄を出る。かわいい子を抱きしめに!!
……はい、現実逃避終了。
じゃあ、洞窟探検といきますか。
悪魔はただ癒されたいだけ
小さい子を襲う変態紳士にはならない、きっと、多分…、そうあってほしい…




