【side マコト】悪魔の興味が赴くままに
マコト視点
『これは……。……は、ははは』
あまりにも想定外の光景に、思わず笑ってしまったっす。
光の柱が出現し、スクイさんの魔法で縛られていた奴隷達を包み込む。
あれは光魔法、いや、聖霊魔法っすね。知識ではあるんすけど、見たのは初めてっす。というか、威力が桁違いすぎっすよ。
まさか、魔鉱石でできた天井をぶち抜くなんて。
光の柱は天を突き抜くかの如く、魔鉱石でできた天井を真白に染め上げて穴を穿った。
サトリさんの魔力で真っ黒に染まっていた魔鉱石が白に染まり、天から降り注ぐ光が洞窟を明るく照らしているっす。
ミツメ君を止めた時点で動ける状態じゃなかったのに、あそこから聖霊魔法を放つなんて。
すごい面白いっすよ、御子さん!
思わず心の中で御子さんに賞賛の言葉を贈ってしまったっす。
珍しいけど、悪魔の中にも光魔法を使える者はいる。
でも、光魔法から派生した魔法を使える者は人間にも悪魔にもほとんどいない。
それは、光魔法から派生した魔法はそのほとんどが魂への干渉を必要とするから。
スクイさんが使っていた魔法がそれに該当するっすね。あれは魂魄魔法。光魔法から派生した上級魔法であり、聖職者の中でも一握りの才あるものにしか使えない魔法っす。
スクイさんが魂魄魔法を使っていただけでも驚きなんすけどね。魂魄魔法を見て好奇心が刺激されていたんすけど、まさかそれ以上の魔法が出てくるなんて思わなかったっす。
光魔法の中で最上位に位置する魔法、それが聖霊魔法。
自分が知っているのは魔法名と、それが有名になった由来。
聖霊魔法が使えたのは歴史上でただ一人。神の座に最も近い人間として畏れられた聖女。
世界が闇に染まり、悪魔が蠢いていた時代を終わらせた人物だったそうっすね。
幾百の悪魔を一瞬で葬ったとかいう噂もあったらしいっすけど、聖霊魔法を目の当たりにした今なら信じられるっすね。
あの光を直撃したら、自分も無事では済まないかもっす。
常に想定の斜め上をいっていた御子さんっすけど、今回は想定を遥かに超えているっすね。
まさか悪魔が悪魔を滅ぼした魔法を使うなんて。
……本当、御子さんは面白い!!
テンションが上がりっぱなしで、自分でもびっくりするくらいのハイテンションっす。
でも、仕方がないっすよね。こんなに面白いと思うなんて、悪魔に転生してから初めてっすから。
その御子さんはというと、聖霊魔法のせいで体が吹き飛んじゃったっすね。
ということは、あれが御子さんの本体ということっすか?
体を闇で形成しているのは知っていたんすけど、本体がああなっているとは思っていなかったっす。
聖霊魔法を発動して闇の体は消滅したのに、本体は何で無事なんすか?
……ああ、あれを調べたい、バラシて中を確認したい!
そんな衝動が脳裏を駆け巡るけど、頑張って我慢するっす。
現時点で御子さんを殺す気はないっす。御子さんがいれば、もっと面白いものを見せてくれそうっすからね。
バラすのは、玩具に飽きた時にやればいい。
ただ、イレギュラーすぎて判断できないんすけど、御子さんはあの状況でも生きているでいいんすよね?
実は死んでいますなんて落ち、全く笑えないんすけど。近づいて確認したいっすけど、聖霊魔法の余波のせいで近づくことができないんすよね。
そんなことを考えていると、遠くで物音がしたっす。そこを見ると、白い柱が砕かれて中から悪魔が出てきたっす。
あれは確か、ベラ、デラ、…デラモブさんでしたっけ?
御子さんの魔法で閉じ込められていたはずっすけど、やっぱりミツメ君の攻撃が当たったのがまずかったんすかね?
『この、野郎が! 殺してやる!!』
デラモブさんは精神的に幼稚なんすかね。すぐに癇癪を起す様子を見ていると精神年齢は大分子供っす。ああいう大人にはなりたくないっすよね。
残念な大人に興味はないし、自分の玩具を壊そうとする奴に容赦をする気はないっす。
御子さんに向けて手を翳すデラモブさんを見て、一瞬で間合いを詰めて幻影剣を振り抜いたっす。
『部外者があまり出しゃばらないでほしいんすけど』
そう声をかけて、幻影剣でデラモブさんの手足を切り落としたっす。
復活したてで弱っているみたいなこと言っていたんすけど、この程度だと本来の力を発揮していても雑魚っすね。興味が一片も湧かないっす。
『な!? クソ、この野郎が!』
デラモブさんは怒って自分に魔力の塊を飛ばしてきたっす。手足を切り飛ばされても敵意が消えていないっすね。
でも、破魂頼りの戦法はもう見飽きたんすよ。幻影剣で魔力を弾き、デラモブさんに破魂をお見舞いしたっす。
『ぐぁああ!?』
『自分の魔法で苦しむ姿は滑稽を通り越して憐れっすね』
デラモブさんは好んで破魂を使う割に、全然使いきれていないんすよね。自分の放った破魂でダメージ受けている時点で失笑物っす。
もう殺した方がいいっすかね? あぁでも、外から来た悪魔だから生け捕りの方がよさそうっすかね。
御子さんもあえて死なないようにしていたんすもんね。
自分としては、こんな雑魚に時間を割いていることにストレスを感じるんすけど。
とりあえず放置することにして、デラモブさんを眠らせたっす。
洞窟が少し暗くなった。ようやく光の柱が消えたようっすね。
光の柱があった場所を見ると、昇天せずに取り残されている悪魔が3体横たわっている。
あれほどの威力であれば悪魔の魂を塵に変えることは造作もないはずっす。そうなっていないということは、悪魔を倒すために放った魔法ではないってことっすか。
取り残された悪魔の中にはフウガさんもいたっす。フウガさんは朦朧とした状態で立ち上がる。
元々自我を失っていたから、現状を理解するのも時間がかかりそうっすね。
ただ、そんな悠長に構えている余裕はないんすけどね。
フウガさんと横たわったままの悪魔の体を細い糸が巻き付く。
一本一本は細いけど、束になれば悪魔といえども逃げられない。なんせ、魔獣が使う蜘蛛の糸なんすから。
フウガさんなら簡単に切り払うことはできるんすけど、目の前に佇む悪魔を見て身動きが取れなくなっているっすね。
フウガさんの目の前にいる悪魔は小さな子供。
中性的な見た目っすけど、たぶん女の子っすね。短い黒髪に黒いワンピースを着ているんで。
まぁ、悪魔に性別なんてないんすけどね。それに見た目でも判断できないっすよ。悪魔にはチコさんみたいな変態が多いんで。
まぁ性別は置いといても、見た目だけなら可愛い女の子っす。
でも、内に秘めているのは悪魔ですら畏怖する程の化け物なんすよね。
女の子はフウガさんの目前にまでゆっくりと歩み寄る。
フウガさんは身動きが取れない状態でも、魔力を放出して斬撃を振りまいた。さすが生粋の切り裂き魔、体を全く動かさずに斬撃を放つ技量は目を見張るものがあるっすね。
フウガさんの繰り出した斬撃が直撃し、女の子の体が切り刻まれる。
手足が飛んで脇腹を深く切り裂く。十分致命傷になり得る攻撃っすけど、その女の子には効かないっすよ。
女の子は手足を切り飛ばされても気に留めることなく、すぐに欠損した手足を復元する。
切り飛ばされた手足は霧散することなく液状化して地を這い、女の子の足元から取り込まれた。
普通に避けられる攻撃だったはずっすけど、自損覚悟の行動は御子さんを真似ているんすかね?
御子さんも好きで体を切り飛ばされているわけじゃないと思うんすけど。まぁ、相手に恐怖を与えることはできているっすね。
そして、女の子は手を伸ばし、フウガさんに触れた。もう、勝負あったっすね。
ザンッ!!
フウガさんの体の内側から、無数の針が飛び出した。ハリセンボンみたいっすね。
内側から全身を針で突き刺され、声を上げることもできずにフウガさんは霧散してしまったっす。その闇を取り込む女の子を見て、自分も少し恐怖を感じたっす。
あんなに可愛い顔して、攻撃が残虐すぎっす。これも御子さんの影響によるものなんすかね。何てことしてくれたんすか。
一応、フウガさんも上位悪魔の一体なんすけど、瞬殺っすね。
このまま女の子を放置していると、悪魔はみんな喰われてしまいそうっす。それも面白そうなんで止める気はないんすけど。
女の子は横たわっていた2体の悪魔も同様に殺して取り込んだ。けど、まだ足りないんすかね? 女の子はキョロキョロと周りを見渡し、自分の方へと目を向けたっす。
見ているのは、デラモブさんっすね。別に食べさせてもいいんすけど、変なもの食べさせたら後で御子さんが怖いっすね。
ゆっくりと歩いてくる女の子に向けて、制止の声を投げかけたっす。
『これはまだ食べちゃダメっす。話を聞き出してからなら食べていいっすよ』
『……わかった』
女の子は動きを止めてくれたっす。言うことを聞いてくれる素直な子がアトネフォシナーにいるなんて、感激っすね。
これは御子さんじゃなくてもメロメロになっちゃうっす。迂闊に近づいたら食べられちゃいそうっすけど。
『さてと、じゃあ御子さんが起きるまでゆっくりと待つっす』
『うん』
女の子は頷くとポテポテと歩いて御子さんの元へと歩いていく。そして手前まで行くと、ちょこんと座ってじっと御子さんを見つめ始めた。
本当はもっと近くに寄りたいみたいっすけど、危険を察知して距離をとっているんすね。まだ聖霊魔法の残滓が身を包んでいるんで、今の御子さんに近づくのはあの女の子でも無理っす。
少しほっこりした気持ちでその光景を見ていたのに、それをぶち壊す空気の読めない人が来ちゃったみたいっす。
目の端で地面に魔法陣が映し出されるのを見て、そちらに向けて声をかけたっす。
『最下層にいたのに、なんでこちらまで来たんすか? サトリさん』
転移してきたサトリさんの表情はいつも通り。でも、珍しく感情を隠しきれていないっすね。
その目には明確な殺意が宿っているようっす。その視線の先には、御子さん。
どうやら、御子さんを消しに来たみたいっすね。
『貴方の想像通りですよ、マコト。危険な存在を排除しに来ました』
『危険って、さっきの魔法のことっすか?』
『ええ、あれは悪魔を滅ぼすことができる魔法です。まさか聖霊魔法を使うとは思ってもみませんでしたが、コントロールできない力は、排除してしまうのが一番手っ取り早い』
やっぱりあれは聖霊魔法なんすね。というか、サトリさんはどんな魔法か知っているみたいっす。
サトリさんはゆっくりと御子さんの方へと進んでいく。サトリさんの態度から、もう話しかけるなオーラを感じるんすけど、空気を読まずに言葉を繋げたっす。
『それは酷すぎるんじゃないっすか? 御子さんは理不尽な要求に対して必死に抗った結果、想像を遥かに超える結果を示したんすから。むしろ賞賛してあげるべきっすよ』
『賞賛なんてできません。私の期待に応えられていないのですから。それどころか、アトネフォシナーに危険を齎している。あれはもう排除すべき害です』
『アトネフォシナーで一番の危険人物がそれを言うんすか? というか自分の思い通りにならないからって、癇癪を起すなんてらしくないっすね。そんなにも御子さんにイントラを発現してほしかったんすか?』
自分の言葉を聞いて、サトリさんの意識が完全にこちらを向く。
それはそうっすよね。サトリさんの目的も、イントラのことも、誰も知らないはずの情報なんすから。
これを言えばサトリさんに命を狙われる危険があったんで一度も口にしなかったんすけど、つい言ってしまったっすね。後悔はないっすけど。
『……何故、貴方がそれを知っているんですか?』
『秘密っす。どうしても知りたいなら、いつものように心を読めばいいっすよ。読めるならっすけど』
『……』
何度も心を読まれていれば、その対策の一つや二つは簡単に思いつく。
サトリさんの読心術は闇を使って相手の意思に干渉し、思考を可視化していると推測できる。なら、外部の闇との接触を断ち、闇の侵入を防げば心を読まれる心配はないっすよ。
『そういえば、貴方には聞きたいことがありましたね。先ほどの戦闘で使っていた分身体。あれは幻影ではありませんね?』
『自ら手の内を晒すなんて馬鹿な真似はしないっすよ。心が読めないなら諦めてほしいんすけど?』
サトリさんに苛立ちが見える。サトリさんにとって悪魔は下等な存在っていう認識っすからね。
それにしても、その下等な存在に馬鹿にされて怒りを露わにするなんて、意外と中身は繊細なんすかね。
でも、苛ついているのは自分もっすよ。
面白い玩具を取り上げられそうになっているんすから。
『別に心が読めなくても、貴方の口から言わせればいいだけです。苦痛と絶望を与えてね』
『全力でお断りさせていただくっす』
『ムフフ、貴方に拒否権などありません』
『サトリさんにも決定権なんてないっすよ。いつまで王の横でふんぞり返っているんすか? さすがに鬱陶しいっす』
空気が淀み、その比重を増す。意思だけでこれだけのプレッシャーを放つなんて、やはり原種は格上の存在なんすね。
それでも、負ける気はしないっすけど。
『どうやら、身の程を弁えさせる必要がありそうですね』
『やれるものならやってみるといいっす。サトリさんじゃ、無理そうっすけどね』




