闇を塗り潰す悪魔の闇
2体の子供の頭が、目の前で潰れた。その光景が、はっきりと目に映る。
頭が潰されても、血も脳髄も出てこない。人形なのではと感じるほど無機質な光景。
だが、潰れた頭蓋骨から淡く光る眼玉が飛び落ち、そこに命があったことを物語っている。
光はすぐに無くなり、光を失った目玉が灰になって消える。
頭を失った2体の子供は、そのまま前のめりに崩れ落ち、地面に衝突すると同時に全身を灰と化した。
子供達の灰はスクイのもとへと飛んでいき、その体内へと吸収される。
目の前で子供の命が散る。救おうとした命が、目の前で潰された。
『子供2体では腹の足しにもならなかったか』
静寂の中、スクイの呟きがやけに大きく聞こえた。
その声に、子供を殺したことに対する罪悪感や嫌悪感は全くない。
『おい、御子。戦う気はあるのか? そのまま呆けているだけなら、俺は食事に戻るぞ』
何の感情も読み取れない表情で、俺に向かって言い放つ。
だが、その言葉は雑音でかき消えた。
洞窟は静寂に包まれたまま。うるさいのは、俺の心の中だ。
憤怒の中で恐怖が渦巻き、殺意が絶望でせき止められる。
何度も起こった感覚。これは闇の意思だろう。それが雑多に混ざり合い、複数の意思が混在している。
『……喧しい』
『? 何か言ったか?』
かすかに呟いた声にスクイが反応したが、俺が話した相手はお前じゃない。
感情が雑多なのは闇であり、俺の感情はもう殺意で塗り固められている。
散々助けられてきた闇の感情が、今では不快にしか思わない。
何故怖がる? 何故逃げようとする?
お前らが助けたいと思った子供を見殺しにして、何故怒れない?
そんな感情は、不要だ。今必要なのは、アイツを殺すための殺意のみ。
『俺に、従え』
闇に、己に言い聞かせるように呟く。今までとは違った感覚が体の内から溢れ出る。
靄のような闇ではなく、汚泥のような闇が体の内側から溢れ出る。
『あぁぁああああぁああああぁあああああああぁあ!!』
体の内側から溢れ出る感情とともに咆哮を上げる。
溢れ出た汚泥は周りの闇を取り込みながら膨らみ、やがて体全体を包み込んだ。
さらに体の外に漏れだした汚泥が、俺を捕らえていた豚型の魔獣を内側から浸潤していく。
『ブモオォオオオ!!』
悲鳴を上げて暴れるが、闇の浸潤は止まらない。黒鉛筆の攻撃と同様に、豚の腹を黒く染めていく。
手足と頭にも浸潤が進みそうになったところで、スクイが焦りを含ませた声で魔法名を叫んだ。
『"封縛"!』
魔法陣は俺の真下に発生し、そこから複数の鎖が舞い上がる。そのまま豚ごと拘束すると、鎖は黒く輝きだした。
『がっ!』
『ブモッ!?』
体が急に重くなり、力が入らない。それは豚型の魔獣も同じようで、その場で跪き項垂れている。
『御子、その魔法は何だ?』
スクイが少し狼狽した様子で俺に問いかける。だが、答えるつもりは毛頭ない。魔法を使った認識もないから答えようもないが。
殺意を募らせた目でスクイを睨むと、スクイも同様に睨み返してきた。
『今の魔法は魂への干渉が見られた。俺の魔法と似ているだが、お前の魔法は魂を破壊するのではないか?』
スクイは疑問符をつけているが、ある程度確信を持っているみたいだ。近い系統の魔法を使っているからだろうか。
スクイの話なんて聞く価値がないと流していたが、スクイの予測通り魂を破壊できる魔法なら、丁度いい。目の前の屑野郎を、魂ごと葬ってやる!
『ぐあぁあああああああああ!!』
体の重さを吹き飛ばすように叫び全身に力を入れる。どうやら魔力操作を阻害しているようで、体に魔力を巡らそうとしてもうまくいかない。だが、今は感情のままに膨れ上がった闇を外に押し出すだけで攻撃になる。止まっていた浸潤が少しずつ進み始めた。
『"鎌鼬"』
フウガが魔法名を呟いた。攻撃を受けることを覚悟したが、狙いは俺ではなかった。
目の前にあった豚の頭が地面に落ちる。頭はそのまま灰になり、再びスクイの元に向かっていく。
俺を包んでいた体も灰に変わり飛んでいく。一瞬の自由の後、鎖が俺の体をきつく締め上げ、先ほどまでとは比べ物にならないほど力が入らない。
魔力操作はもちろん、体の内側から溢れ出ていた闇も止まり、体が動かない。
『お前は、危険だ』
スクイが俺のもとへと歩み寄る。
俺は鎖を千切ろうと力を入れようとするが、体は反応を示さない。
『王にするのは勿論だが、このまま野放しにしておくだけでも、お前は悪魔に破滅をもたらす』
スクイの内側から魔力が吹き上がり、それが空間を埋め尽くす。
俺は闇を体の外に押し出そうとするが、その押し出す力すら湧いてこない。
『俺がお前の暴走を止める』
魔力は天井と地面に集結し、円を描く。それらはそのまま魔法陣となる。
その魔法陣が繋ぐ光を、俺は殺意を込めて睨みつけることしかできなかった。
『俺の魔法で、お前を救ってやる』
円柱状の光の中で、スクイの手が一際強い輝きを放つ。青白く輝く手は透けていた。
スクイはその腕で、俺の顔面を貫いた。
その手は実体がないのか、俺の顔面に傷をつけることはなかった。だが、頭の中がピリピリと痛む。
滅多に痛みを感じないせいで、弱い刺激でもやたらと痛く感じる。
心を埋め尽くしていた殺意が一瞬止まり、焦燥感が襲い掛かる。スクイの魔法の効果を思い出して必死に抵抗しようと試みるが、体は全く動かない。
そして、無慈悲な宣告が、スクイの口から放たれた。
『"魂魄隷化"!』
視界が真っ白に染まり、体に衝撃が走った。




