悪魔の怒り
『くそったれ!』
ゴシュウゥ!
周りの闇を集結させて体に取り込む。そのまま身体強化して再び踏み出した。
俺の動きに合わせて緑髪の悪魔も動く。闇を取り込んだ俺よりも早い。だが、マコよりは数段劣る。変態で目が慣れたおかげか、緑髪の悪魔の動きが目で追える。
俺は針で牽制しつつ緑髪の悪魔をスクイから遠ざける。魔力で強化したおかげで鎌の斬撃を受けても針は切れないでいる。
それでも同じ個所に2,3回斬撃を受ければ切断されてしまうが。
ある程度距離をとったところで俺は太めの針を数十本伸ばし、緑髪の悪魔をさらに遠くに追いやってからスクイの方へ向かおうとした。だが、俺は緑髪の悪魔の力を侮りすぎていた。
『"鎌鼬"』
シュウィン
緑髪の悪魔が魔法名を呟く。すると、両手に溜め込んでいた魔力を鎌に吸収させ、針を切断されていく。
針には直接触れていない。斬撃を飛ばしているのだとは分かっているが、斬撃が鋭すぎるせいで目で捉えることができない。
腕の振るう速度も速すぎて、澄んだ風切り音が響いてから切られたのを認知するほどだ。
その技は、戦いの最中だというのについ見惚れてしまうほど精錬されていた。風が吹くたび針の切れ端が宙を舞う。
防御をとることもできず、斬撃を身に受けてしまった。それすら、腕が落ちてから切られたのだと認識するほど、鋭い攻撃だった。
『……くそ!』
もし違う状況で出会うことができていたら、俺は緑髪の悪魔の技を素直に称賛できただろう。今まで見た中で、最も綺麗な技だと感じた。
だが、この状況では、言えない。言ってはいけない。
戦闘を強要され、奴隷という身分に落とされた悪魔の、自己の感じない技。存在も誇りも、すべてが踏みにじられている。
『そいつはフウガ、上級悪魔の1体だ。俺の手持ちの中でも上位だろう。上位悪魔の中では下に位置するがな』
今、最も聞きたくない奴の声が聞こえてきた。最早、スクイに対しては殺意しか湧いてこない。
お前がこいつを語るな。こいつの強さを貶すな!
『"黒鎧顕現"!』
感情の赴くまま、俺は外部からどんどん闇を吸収し、黒鎧を形成する。切断された腕を修復し、取り込んだ闇の量に合わせて体を巡らせる魔力量も増やす。
できることなら、このまま殺したくはない。俺が今殺したいのはスクイだけだ。だから、動けないようにしてから、速攻でスクイを潰す。
『"暗糸乱操"!』
両手から大量の糸が噴き出す。それをそのままフウガに殺到させた。フウガは自らに迫ってくる糸を両手の鎌で刈り取っていくが、糸は切られても操作できる。糸の端がフウガにまとわりつき、黒い繭で閉じ込めた。
『"黒牢"!』
そのままではすぐに逃げられるのは分かっている。だからこそ、マコの時と同じコンボを決めた。黒い繭ごと牢で覆う。フウガの魔法があればすぐに逃げられるだろうが、それまでにスクイを仕留めればいい!
思い切り地面をけり飛ばし、スクイの元へと飛んでいく。スクイは4体目の悪魔の頭に手を乗せていた。
『間に合え!』
バシュ!
射出した針がスクイに迫る。攻撃を察知してスクイは飛び退いた。
その隙をついて俺は子供たちを庇うように間に割り込んだ。
『やれやれ、どこまでも邪魔をするか』
『当たり前だ。お前の思い通りに行く状況なんて、虫唾が走る』
『ひどい言われようだな。だが、今のところ、思い通りに事が進んでいるぞ?』
『何?』
ガシュッ!
『……え?』
腹部から、刀が生えていた。背面から刀で貫かれたのだと理解するのに、数秒かかってしまった。
そのまま後ろを振り返ると、そこには倒れこんでいた悪魔の子供が立っていた。俺を見つめているその瞳には、生気を感じない。
フウガと同じ目だ。なら、状況も、フウガと同じなのだろう。
『……くそ! スクイ! お前、この子供らも、奴隷にしたのか!?』
『当たり前だろう。殺す前に魂を縛らねば、意味がない』
『何を、言っている?』
俺は後蹴りで子供を後方に飛ばして距離を取らせた。残っていた子供は2体とも立ち上がってこちらを見ている。
シュウィン
澄んだ音と同時に黒牢が消し飛び、フウガが出てきた。
フウガの目も、子供の目も、俺には直視できないほど痛々しいものだ。
こいつらとは戦いたくない。そう、心が訴えかけてきた。
『スクイ、お前はこいつらに何をしたんだ? お前は、何をしたいんだ?』
『……仕方がない、食事は中断してやる』
そういうと、スクイは俺を真っ直ぐ見据えて口を開いた。
『こいつらには魔法をかけて隷属化させている』
『……悪魔は、隷属化させる魔法が使えるのか?』
『奴隷にするという意味であれば、悪魔じゃなくとも人間でもできるぞ。契約魔法の一種で、比較的容易だ。だが、俺のは固有魔法、他の者が使う欠陥のある魔法ではない』
『固有魔法……。 お前の魔法は、どう違うっていうんだ?』
『一般的な隷属化させる契約魔法は、命を縛る魔法だ。正確には、その生物の急所に直接書き込む魔法。人間であれば心臓。悪魔であれば核のようにな。だが、それでは不完全なのだ。何故なら、死ねば魔法が解けてしまうのだから。俺の固有魔法は、魂魄に直接魔法を書き込む。そうすれば、死んでも俺に従うようになる』
『……それって、つまり、永遠に奴隷のままになるってことなの、か?』
『そうだ』
……そんな魔法が、あるのか? あっていいのか?
奴隷制度なんて、本で読んだことしかないからどれくらい酷いのか、想像できない。
でも、スクイの扱いでは、奴隷は道具や食料と同じだ。それを、永遠に繰り返し続けていく?
『お前は、それがどれだけ非道なことか、分かってやっているのか?』
『非道だと?』
初めて、スクイの表情が揺れた。
『俺の行いは、悪魔の為だ。すべては、悪魔を救うためだ』
『どう考えたら、奴隷が悪魔の救済に繋がるんだよ!?』
『……話したところで、共感は得られんだろう。今までがそうだったからな』
少しだけ、スクイの表情に悲愴が滲んだ。ただ、それも一瞬のことで、すぐに元の表情に戻ってしまった。
『御子は、俺の行いを許せないのだろう? 俺を殺したいのだろう? ならば、本気で殺しに来い』
スクイは話しながらも魔力を手に集中させて、地面につけて魔力を流し込んだ。
『"多重召喚"』
5つの魔法陣が地面に描かれ、そこからまた2体の悪魔と3体の魔獣が召喚された。
悪魔は2体ともフウガに近い力を感じる。もしかしたら2体とも上級悪魔かもしれない。だが、それよりも驚かされたのは魔獣だった。召喚された3体の中に、先ほど倒したサイビトがいたのだ。
確証はないが、おそらく復活させたのだろう。殺しても、魂を縛っているからまた使役できるということなのか?
もしそれが事実なら、召喚した悪魔は不死であるということを意味し、それだけで恐怖を覚えるほどだ。
だが、今はその恐怖すら些細に感じる。
虚ろな目が俺を見つめる。
それだけで、俺の中の殺意が、許容量を軽く超えてしまった。
『俺を殺さねば、こいつらみたいな憐れな奴隷は死ねず、さらに増えていく。さぁ、御子よ、どうする?』
『決まっているだろ? お前を、殺す!!』




