クソ野郎の片鱗を垣間見た悪魔
『全く、食事も待てないとは。随分と低俗な御子だな』
ダッ!
俺はとっとと戦いを終わらせるために、一気に駆け出した。
この戦いは向こうが有利だ。王として認めるかどうかは戦う相手次第だし、スクイが提示した条件を満たさないといけない。
もしスクイが、食事が終えた後の勝負でなければ認めないと言えば、俺はそれに従うしかなくなる。だからこそ、そう言わせる隙を与えないようにしなければならない。
『"魔獣召喚"』
スクイが魔法名を呟いた後、俺の目の前の地面が光る。足を止めて後ろに飛んで距離を取りつつ地面を見ると、魔法陣が形成されていた。
魔法陣の輝きが増し、光が上昇する。光の円柱から影が生まれ、そこから魔獣が出てきた。
ドシンッ! ドシンッ!
『食事が終わるまで、そいつと遊んでいろ』
魔法陣から出てきたのは、人型の犀だった。見るからに堅いとわかる分厚い皮膚が全身を覆っている。体長5メートルは超えており、筋肉の詰まった手足は丸太のように太い。
『そいつはサイビト、俺が作った魔獣だ』
『あ、そう』
余裕があればどうやって作ったのか聞き返したかったけど、そんな余裕はない。頑張って作ったところ悪いけど、一瞬で消してやる!
『"断斬"!』
ズバァン!
放った斬撃がサイビトに命中した。サイビトを一撃で殺し、その奥にいるスクイにも牽制できると思っていたが、目論見通りにはいかなかった。
『シュヒン!』
『な!?』
攻撃は確かに当たった。サイビトの体には斬撃の跡がくっきりとついている。だが、致命傷にはなっていない。
いくら見た目が堅そうだとしても、百足の化け物であるディピードを一撃で仕留めた魔法だぞ!?
『シュヒン!』
『くそっ!』
サイビトは巨体の割に素早い動きで殴り掛かってきた。だが速度ではこっちの方が上だ。横に避けて攻撃を回避する。
グシャ!
横に避けたことで、サイビトの後ろの光景が見えた。
スクイが子供の頭を掴み、そのまま握りつぶす瞬間が。子供は声を上げることなく命を散らし、体を灰に変えた。その灰がスクイの体に吸収されていく。
『クソ野郎が! "黒鉛筆"!』
咄嗟に放ってしまったのは、込めた魔力を対象物に浸透させて破壊する、魔法名とは似つかわしくない凶悪な魔法。チコの氷壁を砕いたことからも、俺の使える魔法の中で一番強いだろう。
スクイに向けて放った攻撃だったが、サイビトが肉壁となって攻撃を防いだ。
ゴシュ!!
黒鉛筆の先端がサイビトの腹部に突き刺さり、魔力が浸透していく。
『"削回"!』
俺は黒鉛筆の回転を速め、浸透を早めた。いくらサイビトが巨体といっても、黒鉛筆の半分くらいで黒く染め上げられると考えた。
だが、黒鉛筆が短くなっても浸透は全身に行き渡らず、サイビトを黒く染め上げることができない。
魔獣のように生きているものに対しては抵抗が強いのかもしれない。だが、それだけではなかった。サイビトの体に浸透する俺の魔力が分解されていたのだ。
『こいつ、魔法を分解するのか!?』
『ああ、サイビトの皮膚には魔法分解効果を付与してある。あまり機能は高くないがな』
だから、断斬で切れなかったのか。魔法分解能力が低くても、断斬の刃の部分を分解すれば、切れ味はなくなる。衝撃だけでも相当の威力はあるが、サイビトの皮膚は破れなかったということか。
黒鉛筆も、魔力が全く浸透していないわけじゃない。ただ、魔力が体表を流れていくときに分解されてしまうため、全身に行き渡らないのだ。
スクイは俺の疑問に答えつつも、手を止めることなく食事を続けていた。また、1体の子供が灰となって消えていく。
『手ぇ止めろ!』
俺は針を射出してスクイに攻撃を仕掛けた。大半をサイビトに防がれたが、スクイにも攻撃が届き、攻撃に気付いたスクイは手を止めて回避した。
『サイビトと遊んでいろと言っただろ。せめて倒してから攻撃してこい』
『すぐに終わらせるから準備体操でもしてろ!』
キーーーーーン!
ドリルと化した手から甲高い音が響き渡る。そのまま一瞬でサイビトの頭まで跳躍し、腕を振り抜いた。
ズドン!
サイビトの額にドリルがぶつかり、先端が突き刺さる。そのまま回転を緩めずに押し込んで頭を粉砕した。
魔力が効きにくいだけで、物理攻撃なら普通に通る。ディピードよりも硬い外殻がなければ、ドリルを止めることはできない。それを証明するかのように、サイビトは一瞬の抵抗もできずに頭を失った。
サイビトの体は霧散して灰となる。久しぶりに灰を取り込むかと思っていたが、灰は俺のところではなくスクイの元へと飛んで行き、そのまま体に取り込まれてた。
『次は、お前の番だ』
灰の動きに疑問を抱きつつも、俺はスクイに向けて攻撃態勢をとった。スクイは特に表情を動かすことなく俺を見据えている。
『さすがに魔獣には勝てるか。御子の力を下に見すぎていたようだ。では、次だ。"悪魔召喚"』
また地面に魔法陣が描かれた。先ほどよりも魔法陣の大きさは小さいが、その魔法陣から出てきたのはサイビトよりも明らかに強い悪魔だった。
『はぁ!? 悪魔が悪魔を召喚した!?』
『召喚魔法が使えるんだ。悪魔を召喚できない道理はないだろ』
スクイの物言いにイラっとしつつも、俺は召喚された悪魔から目を離せないでいた。
魔法陣から出てきたのは上半身裸の男だった。細く引き締まった体に、緑色の髪と瞳。だらんと下げられた両手には鎌が握られていた。
緑髪の悪魔は一切話すことなく、俺と視線を合わせてくる。だが、その目から生気が感じられない。
『戦う悪魔は5体って聞いていたんだけど、悪魔を召喚するとか有りなのか?』
悪魔の王候補として承認してもらうために5体の悪魔と戦う予定であり、その相手は決まっている。ミツメとは戦ったが、あれはノーカンって言われたし。決まった相手以外との戦闘は、俺にとって何のメリットもない。
『こいつは俺の魔法で使役している悪魔だ。俺にとっては道具の一つに過ぎん』
『……同族だろ?』
『同じ悪魔であろうと、立場が違う。俺が主人、こいつは奴隷。奴隷は、主の道具だ』
話しながらも、スクイは食事の手を止めずに3体目の子供を灰にした。
スクイは、子供も、召喚した男も、同じ悪魔とは見ていない。ただの餌と道具。
言い知れぬ不快感が胸を煽り、俺は衝動のまま攻撃を再開した。
一瞬で移動して緑髪の悪魔の横を抜け、スクイに急接近する。そしてそのまま針を射出した。
スババババババババババババババ!
風切り音が響いたと思えば、俺の射出した針が一瞬で細切れにされていた。
音の正体は、緑髪の悪魔。俺の正面に立ち、両手に持つ鎌で俺の針を切り飛ばしていた。
『なんでそんな奴庇うんだ!』
問いかけても、緑髪の悪魔は答えない。そして、聞いてない奴が答えてきた。
『お前は馬鹿か? 奴隷が主を守るのは当たり前だろうが。それに、いくら聞こうが、そいつは喋らん』
『クソ野郎が! お前、この悪魔に何をした!?』
緑髪の悪魔を警戒しつつ、スクイを睨みつける。だが、スクイは一切表情を動かすことなく、言い放った。
『食事中だと何度言ったら分かるんだ? 終わったら教えてやるから、黙っていろ』




