筋肉と悪魔
おぉ、早い早い!
魔力を全身に巡らせた状態で駆け出したからか、以前よりも速度が段違いだ。
闇を纏って身体強化した時よりも早い気がする。
俺は全身に巡る魔力に意識を向け、さらに加速させる。
魔力と闇が混ざりあい、徐々に速度が増していった。
それでも周りの景色は代り映えしないって、ここはどんだけ広いんだ?
暗闇の先を見通すことができても、一向に行き止まりがない。
このまま進んでいいのか不安になるけど、変態2体に会うよりはマシか。
『もう、逃げるなんてひどいんじゃない?』
隣から聞こえてきた声に、俺は背筋を凍らせてその場を飛び退いた。
洞窟の壁際に移動して声の方向を向けば、そこには赤い髪の変態、もとい悪魔が立っていた。
あの速度をついてきた!?
俺の中ではかなりの速度を出していたはずなのに、目の前の悪魔は難なくついてきた。
息を切らすこともなく、平然と佇んでいる。 ……速度と見た目のインパクトでは勝てないだろう。
レオタードのため体の線が明確にわかるが、目の前で筋骨隆々の男がセクシーポーズをとっている。
この光景を見て、平然としていられる人はいるだろうか。俺は無理。
全力で横方向に駆け出したが、目の前の壁にぶつかって尻餅をついてしまった。
あれ、この先に壁なんてなかったはずなのに?
見上げると、目の前に筋肉の塊が出現した。
『ちょっと~、また逃げようとしてるじゃないの! 女を待てない男なんてサイテ~!』
俺は目を背けた。……くそっ、網膜に奴の筋肉がこびりついている!
あの異物が、女? 漢の間違いだろ?
そもそも、悪魔に性別ってあるのか? 元が人間って言っても、多くの魂が集まって悪魔が生まれるなら、男も女も混ざっていると思うんだけど。
いや、だからか? 男と女の魂がごちゃ混ぜになったから、あんな異物が出来上がったのでは……?
俺はそっと視線を2体に向ける。
……赤と青のオカマが目の前でポージングとっているんだけど。セクシーポーズなのに寄せられた胸には筋肉しかない。
色艶さなど欠片もない、筋肉でかたどられた体、君は求めるかい? 俺は断固拒否する。
『……誰?』
『サトリちゃんとマコトちゃんに聞いていないの? 貴方と戦う悪魔よ!』
『散々待たせておいて、それは酷くない~?』
普通に話しているはずなのに、精神的なダメージがあるのはなぜだろう。
俺、会話進めなきゃダメ? 目の前のゴリゴリな2体の悪魔が体をくねらせて話かけてくるんだけど。
君には耐えられるかい? 俺は無理。
……化け物以来だね。SAN値が尽きそうだ。
『いいわ、御子ちゃんに自己紹介してあげる。私はマコよ』
『私は~、チコよ~』
名前と見た目が違いすぎるって。この2体に可愛らしい名前なんて必要ない。
……戦わないといけないことは分かっているけれど、戦いたくない。というか、直視したくない。
『……はぁ。戦うか』
『あらヤダ、御子ちゃんって意外に攻撃的?』
『肉食男子~? いいわね~』
たとえ肉食でも筋張った腐肉なんて誰が食うか。ていうか、ちゃん付け止めれ。
『もうちょっとお話していたいけど、時間が勿体ないものね。御子ちゃんのお望み通り、戦いを始めましょうか』
『賛成~』
そういうと、マコとチコは後ずさって距離を取り始めた。
……駄目だ、気持ちを切り替えないと。
思考が変な方向にばっかり向かってしまうが、このままでは何もできずに負けてしまう。
魔力を全身に巡らせて身体強化した状態の俺に、目の前の2体は余裕で追いついてきた。
明らかに向こうが格上だ。勝つためにはこちらから仕掛けないと。
体に巡らせる魔力量を増やし、身体強化を高める。そして、手に意識を向け、針を射出するための力を溜める。
『じゃあ、どっちから戦うんだ?』
『ちょっと、何言っているのよ? 2対1に決まっているじゃない』
『……は?』
ちょ、え? このゴリゴリ悪魔2体と同時に戦う? そんなの無理に決まっているでしょ!
『ちょっと待て! それはおかしいでしょ!』
『そっちこそおかしいわよ! 女相手にハンデもくれないわけ?』
『いや、ハンデが欲しいのこっち!』
『女相手なんだから~、2対1じゃなきゃ私たち認めないわよ~』
『マジか……』
悪魔に認めさせることが目的だから、ここで相手の要望を飲まないという選択肢はない。
だからって、これはいくら何でも無理があるだろう。
『それじゃ、始めるわよ?』
刹那、赤と青の光が目の前を埋め尽くした。
急激に高められた魔力が2体の悪魔から溢れ出し、それがそのまま身体強化へと還元された。
もともとゴリゴリな体だったのに、さらに筋肉が肥大した。
いや、どこのスーパーな野菜星人だよ!? あんなの1体でも勝てないって!!
俺は急いで攻撃の態勢を取ろうと手を動かした。
だが、手を前に向けるよりも先に、マコが懐に飛び込んできた。
そしてマコの拳が俺の腹部にめり込む。
『ごぁ!?』
思い切り後方へ飛ばされ、俺は壁に叩きつけられた。
衝撃が体を貫いて壁にぶつかる。俺は何とか足から着地し、構えつつ腹部の修復を行った。
……一撃で腹部が陥没したんだけど。
『御子ちゃん、相手が女だからって、油断しちゃダメ。気を抜いていたら、一瞬で死んじゃうわよ?』
『私~、まだ何もしていないんだけど~』
ゴリゴリ悪魔2体が笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ってくる。
……一旦、泣いてもいいだろうか。
泣きたいのに泣けない体、初めて悪魔の体に不満を覚えた瞬間だった。




