調査する悪魔
まずは、足元の魔法陣から調べるか。
といっても、内容に関しては調べようがない。文字も文様もわからないからね。
わからないことはもう放置して、少しでも情報を得る為に魔法陣に触れてみる。
やっぱり何の反応もないか。どうやって動いてんだろう?
こういうのって、やっぱり魔力とかがないとダメなのかな? 今の俺の体、魔力の塊みたいなもんじゃないの?
魔法陣を指でなぞってみる。まるで溶かしたように滑らかに刻まれている。
さすが魔法陣。何にもわからん。
次に、上を見上げた。
見れば見るほど、この天井は俺の体と構造が似ているんじゃないかと思えてくる。
黒と白で色は違うけど、靄を押し固めてできているような見た目は同じだ。
天井を触ってみようと真っ黒な手を伸ばしたが、触れることはできなかった。
遠近感がつかめていない為、どれだけ高いのかがわからない。
ジャンプしたら届くかな?
ふとそう思って、ジャンプしようとしたが、まだ体をうまく動かせることができず、ほとんど跳ぶことができなかった。
感覚は少しずつ回復しているが、まだ歩くのにも違和感がある。
やっぱり、何をするにしても、まずはこの体のことを調べないとダメか……
変わり果てた自分の体を直視したくなくて後回しにしていたが、避けては通れない。
諦めて手を見つめる。
真っ黒な手は大きく、鋭い爪が生えている。
試しに壁に爪を立てて横にすっと動かしたら、壁に切り込みが入った。
……こわっ!
この体、どう考えても危ないよな。爪は鋭いし、床に簡単にひびが入るくらい力あるし……
せめて爪はどうにかならないかな? これじゃあ下手に体触れないよ。
そう思いながら爪をいじっていると、押し固められた靄が霧散したように爪が消えた。
……
散々驚いてきたせいで、少しのことでは驚かなくなってきた。
そもそも、靄を押し固めてできた体だと思っていたから、体の一部が霧散しても今更気にしない。気にしたら負けだ。
だが爪を消すことができたなら、体も自分の意のままに操ることができるんじゃないか?
再び真っ黒な手を見つめる。人間の手よりも大分大きい為、もう少し小さくしたい。
小さくなれと念じながら、靄が霧散して手が小さくなるところをイメージする。
すると、イメージした通りにサイズが変わった。
どうやら、体は自分の意のままに操ることができるらしい。
足のサイズと爪も同じように調整したところ、先ほどまでよりも歩きやすくなった。
小さくなった手で、今度は耳を触ってみる。
先が尖っているのはわかっていたが、よく調べてみると思っていたよりも大きいことが分かった。
というか、耳じゃなかった。
指で耳をつまんで横に引っ張ってみると、広がった。
どうやら蝙蝠のような翼が頭の横についていたらしい。
耳がないとか、なんで頭の横に翼? とかの疑問は飲み込む。悪魔の体だ、考えるだけ無駄。気にしたら負けだ。
翼を動かせないかと意識を向けてみるが、動かすことはできない。
唯の飾りならいらないと判断し、翼を耳に作り替えた。悪魔の耳ってことで、尖がり耳にしておく。
耳を作ったから音を聞けるんじゃないかと思い、耳を澄ませてみると、音が聞こえるようになった。
ただ、聞こえてくるのはボーーーっという音だけ。ずっと耳元で聞こえてくるのが不快だったため、音が聞こえないように戻した。
今の顔には鼻も口もなかった。まぁ、今は必要なさそうだからそのままにしておく。
そして、目。触ろうと瞼を閉じて、瞼の上から触れてみる。
まさかの一つ目だった。顔の真ん中に大きな目がついている。視界が広い感じはしてたけど、まったく気づかなかった。
……
静かに目を2つに作り直した。
最後に、頭の上に生えている角。触った感じ、他の部位と違う触感がする。消そうとしても、消すことはできない。
どうなっているのか見てみたいが、ここには鏡がない。
確認できる方法はないかと考えた結果、手に目を生やしてみた。手の平にすっと線が入って開き、赤い瞳が出てきた。
……これが悪魔の目か、赤黒くて血みたいだな。
手の平を自分に向ける。作り立てのせいか最初は視界がぼやけていたが、次第にクリアになっていく。
自分の姿を見て、ゆっくりと3つの目を閉じた。
真っ黒な体に2つの赤い目、そして頭には白い角が2本。
まさに悪魔、もう人間として生きるのは無理だろう。
はぁっとため息をついて、壁にもたれかかる。
やはり、自分の体の変貌を直視するのはかなり辛い。
これから先の人生、不安しかない。まぁ、死んだ時点で人生は終わってるんだけど。
……悪魔になってまで生きる意味なんて、あるのか?
死ぬ前のことは覚えていないし、悪魔じゃあ幸せな未来は想像できない。このまま消えてしまってもいいんじゃないか。
そう思うと同時に、体に固まった靄が解けていくような感覚がした。どうやら、消えるのも思い通りらしい。
このまま消えようと目を閉じたが、心残りがあった。
俺はなぜ死んだんだ?
思い出せないからと諦めていたが、もし思い出せるなら、思い出したい。
事故死なのか病死なのか、はたまた他殺か。
悪魔に転生したってことは、それだけ悪い行いをしていたのかもしれない。それなら、殺されても仕方ない、か。
そういえば、なんで記憶ないのに漫画やアニメの知識は残ってるんだ?
自分のことは全く記憶にないのに。
……自分に関することだけ忘れている? てことは、一時的に記憶喪失になっているとかか?
それだと、思い出せる可能性が、ある?
俺は目を開けた。体から漏れていた靄は逆再生するように体に吸収される。
生きる目的が一つできた。
思い出せるかはわからない。このまま一生記憶が戻らないってこともあるだろう。
けど、少しでも思い出す可能性があるのなら、俺はその可能性に縋りたい。
それに、せっかくファンタジーな世界に来たんだ。悪魔の体でも、少しくらい満喫したっていいだろう。
俺は立ち上がり、心の中で呟いた。
死んだ原因と、生きている意味を、探しに行くか。