悪魔の反撃
俺はすぐに起き上がってディピードの間合いから離れた。
おぉ! 速っ!
横たわっていた状態からクラウチングスタートの体勢になって飛び出したのだが、予想以上の加速に俺は急いで停止した。
本当はディピードの背後を取ろうとしていたのだが、距離が大分離れてしまった。
今までの体とは明らかに違う。今までの体が麻痺していたのではと感じるくらい、感覚が鋭利になっている。全身に力が巡り、攻撃の威力が上がり、速度も上がったようだ。
……まさか、制御できないほど早く動けるようになるとは思っていなかったけど。
ディピードは俺を見失ったみたいで、周りを見渡して俺を探していた。
まだ体の変化に慣れていないが、攻撃のチャンスを逃すわけにはいかない。
俺は両腕を前に翳し、無数の針を射出した。今までより針の数が多く、速度も速い。
伸びた針はディピードの横腹にぶつかった。
ガガガガガッ!
複数の針が硬い外殻にぶつかり衝撃音を発生させた。攻撃の威力が上がっていても外殻の強度はそれ以上で、少し引っかき傷がつく程度だった。だが、外殻の隙間や関節部分には針が突き刺さり、ディピードが痛がるように体をうねらせる。
『ディピードの外殻に傷をつけたじゃと!?』
ムカデが驚きを露わにし、大声で叫んだ。あれほど自慢していた硬い外殻に傷がついて動揺したのだろうか。俺は少しほくそ笑む。
『世界の宝である外殻に傷をつけるとは……! 万死に値するぞ、小童ぁあ!!』
……いつから世界の宝になった。まぁでも、いいこと聞いた。全力で傷物にしてやろう。
ディピードは俺に向かって突進してきたが、今では俺の方が早い。
俺は横に走って衝撃が来ないほどの距離を稼ぐ。まだ動きはぎこちないが、直線を進み、停止するだけならできている。
俺は翼を広げて空気を叩き、上に向かって一気に浮上していく。翼の動きも今までより滑らかに動かせれるようになった。
そのまま天井に到着した後、俺は両腕から針を伸ばした状態で狙いを定め、足で天井を蹴り押して一気にディピードの元まで落下した。
落下の衝撃がプラスされた針がディピードの外殻に打ち付けられる。
ガガガガ! ガシュ!
サトリの嫌がる顔が見たいと、複数の傷をつけようと針を多数出していた為、衝撃が分散された。目論見通り多数の傷をつけることに成功したが、よく見ると一本の針が外殻にぶっ刺さったようだ。
力を分散させなければ、ディピードの外殻も貫ける。ようやく見えた勝利の光明に、俺は笑みを深めた。
ムカデが歯を食いしばって悔しがっているのが見えた。痛がっているようにも見えるけど、この程度ではそれほどダメージになっていないだろう。
俺は太めの針を腕から一本伸ばし、再度天井に飛び上がる。狙うのは、ムカデの顔。
いくら外殻ほどの固さがあっても、一点集中した攻撃であれば通るだろう。あのむかつく面を苦痛で染めてやる!
俺は天井を蹴り押してムカデの顔目がけて針を突き出した。
当たる、そう思った瞬間、ムカデの目が俺を捕らえた。その目は先ほどまでの嘲りや驚愕は見られない、殺意のみが宿っている。
殺される!?
思わずそう思わせるほどの迫力に体を硬直させてしまったが、もう針の先端がムカデの額を捕らえている。このまま落下するだけでも眉間を刺すことはできるが、警鐘の元を断つ為に俺はさらに針を勢いよく伸ばして突き刺した。
グシャ!!
『"狂化"!!』
針が眉間を突き刺す音と、ムカデの声が重なった。
最後に何かしようとしていたみたいだが、ムカデは鬼の形相のまま固まっている。
どうやら、先に仕留めることができたみたいだと、俺は針を抜いて翼を広げ、地面に降り立ってから力を抜いた。
……最後、狂化って聞こえたね。
念話だから言葉の意味が分かる。ムカデは狂化と言った。強化ではなく。
狂化って何? 字面が不穏すぎるんだけど。
もう死んでるよね? 俺は確認の為、ムカデの顔を見上げた。すると、ムカデの顔が徐々にディピードの中に埋まっていくのが見えた。
ムカデの顔が完全に埋まった後、ディピードの外殻が赤黒く染まった。そして、首を垂れて俺を見据える。 ……生きてんのかい。
「キィキィキィキィキィキィ!!」
けたたましい鳴き声が空間を揺らす。……百足って鳴くの!?
ディピードは体を大きく揺らして暴れていた。狂化って、狂暴化の間違いだろ!
ディピードは一瞬で間合いを詰めて上体を持ち上げた。先ほどまでよりも早い!
俺は急いで横に避けた。だが、ディピードは上体を真下ではなく斜め下に振り落として俺に攻撃してきた。
並んだ足が俺に向かってくる。咄嗟に針を射出して足の付け根を刺した。だが、針が刺さっていてもお構いなしに、ディピードは体重をかけて足を俺の脇腹に突き刺した。
くそ!? なんで針が刺さったまま攻撃してくるんだ!?
複数の針が足の付け根に深く突き刺さっているのに、止まらずに攻撃されたことに驚愕した。
ディピードはなおも動き続け、俺の脇腹に刺さった足を横に振り抜いた。脇腹と一緒に腕が一本切り落とされた。
すぐに腕と脇腹の復元を開始し、俺は天井に向かって飛び上がった。
先ほどと同じように針を出そうとしたが、針では突き刺さってもダメージがない。それならばと、俺は両腕を巨大な刃に変化させた。
天井を蹴り飛ばし、ディピードの体に向かって腕を伸ばした。
グサッ!
硬い外殻を貫き、刃が深々と突き刺さる。だが、それでも苦痛で藻掻くことなく、ディピードは体をうねらせて俺を壁に打ち付けた。
だから、なんで攻撃してくんの!?
刃がより深く突き刺さるのもお構いなしに攻撃してくる。痛覚がないのか?
そこで、先ほどの言葉を思い出した。
狂化は狂暴化のことだと思っていたが、むやみやたらに攻撃してくるのではなく、確実に俺を目がけて攻撃してくる。体のどこを攻撃されたか気づいていたみたいだし、触覚がないわけではないと思う。それでも痛みを気にせず執拗に攻撃を強行する姿に、思わず恐怖を抱いてしまう。
……狂化って、狂戦士化ってこと?
そんなことを考えている間も、ディピードは体を打ち付けることを止めない。
このままくっ付いていたら頭が潰されてしまうかもしれない。俺は刃を小さくすることで深く突き刺さった腕を引き抜き、外殻を蹴って距離をとった。
……まだ、力が足りない。
針では範囲が狭い。刃では手数が少ない。
なら、やっぱりドリルでしょ!
俺は再び天井に飛び上がって腕を巨大化させ、ドリルを象った。そして回転を始める。
キーンという音が鳴り始める。それと同時に、ディピードが上を見上げた。……これだけ大きい音響かせてたら、そりゃ気づくよね。
ここにきてようやくドリルの弱点に気づいた。
音が五月蠅くて敵にバレるし、ある程度回転を上げるために時間がかかる。
ディピードが大きな牙で俺に噛みついてきた。牙とドリルがぶつかり合い、ガリガリと耳障りな音が響く。
不快な音に顔を顰めつつも回転に意識を向けて力を注いでいく。それでも、牙の先端を削っただけで、そのままドリルはかみ砕かれてしまった。
ディピードは噛みついたまま俺を床に叩きつけた。受け身なんて取れずに衝撃で体の半身が潰れた。
このままではまずいと、俺は焦りを覚えつつもドリルを腕に戻してディピードの牙から逃れ、ディピードの目に向けて針を伸ばす。
グシャ! グシャ!
「キイィィイィ!!」
両目を潰されたのはさすがに堪えたのか、ディピードが鳴き声を上げて体をくねらせた。
そのうちに急いで潰れた体を復元し、間合いを取る。
一番攻撃力のあるドリルが使えない。
今までの経験から、ドリルの大きさに比例して回転に力がかかる。ドリルを小さくすれば短時間で回転数を上げることはできると思う。でも、あの巨体に致命傷を与えるにはある程度の大きさが必要になる。
他に、何か手段はないか。
ドリルよりも強い攻撃。一撃で、ディピードに致命傷を与える方法は?
俺の攻撃では効かない。なら、他の悪魔の攻撃を再現すればどうか。
ディピードの攻撃は、基本的に巨体を活かした攻撃だから、模倣できない。ならば、ミツメの攻撃ならどうか。
ミツメの刃による攻撃なら、再現は可能だろう。だが、刃を使った攻撃は俺も使っていた。斬撃は飛ばしていないけど、斬撃であの硬い外殻を切れる気がしない。
……いや、巨大な斬撃なら、ディピードに届くか?
ミツメから受けた攻撃の中で最も威力の高かった攻撃を思い出した。十本の指に刃を生やし、それを重ねて振るうことで生み出す巨大な斬撃。
ものは試しと、俺は十本の指に刃を生やした。ディピードの大きさに合わせて巨大化させてある。
腕を上に持ち上げ、刃を揃える。
すると、腕へと魔力が流れていくのが分かる。腕を伝わって刃に魔力が溜まっていく。
不思議に思いつつも、俺は魔力の流れを加速させた。魔力が溜まって刃が薄っすらと白く光る。
魔力を外に押し出すイメージを思い浮かべながら腕を振り下ろそうとした瞬間、頭の中に文字が浮かび上がった。
俺は思わずその言葉を叫んで腕を振り下ろした。
『"断斬"!!』
振り下ろした刃から魔力が斬撃となって飛び出し、十本の斬撃が重なり合って巨大な白い斬撃が生まれた。
斬撃は地面から天井に達するほどの大きさになってディピードの体を切り裂いていく。体をうねらせていた為、今の一撃でディピードの体をバラバラに切り伏せた。
白い斬撃はディピードの体を両断しても止まることなく、奥へと飛んで行った。俺はその斬撃を愕然としたまま見送った。
ディピードを倒したことの達成感よりも、自分の攻撃に驚いて声も出ない。
俺は腕を元に戻してディピードの死骸を見つめた。動く気配は全くなく、完全に死んでいることがわかる。
……あれだけ苦労していたのに、まさかの一撃。
倒せたのは嬉しい、嬉しいよ。……嬉しいけども。
こんなに簡単に倒せる方法があるなら、誰か言ってよぉ。
俺は今までの苦労を思い出し、深い脱力感に膝をついた。
硬い外殻に散々苦労させられたのに、
実は一撃で倒せるほど力の差がありました。
漸く倒したのに、愕然として喜べませんでしたね(笑)




