執事と悪魔
あー、すっきりした。いい仕事したね。
教育的指導が入って、この悪ガキも少しは真っ当になってくれると嬉しい。
……うん、無理でしょうね。
さて、どうしようか。
思いっきり殴っちゃったから、いつ目を覚ますか分からないね。
目、覚めるよね……? 死んでないよね?
ストレス発散できた今、殺意は収まった。だから保護欲が残っている状態の為、できるなら助けたいと思っている。
まぁ、生きていたのならの話だけど。
それにしてもこの悪ガキ、強すぎ。
上階の悪魔たちが束になっても勝てないだろうね。
それに自我もちゃんとある。話しかけてきたし、この壁の石が魔鉱石とも言っていた。
知性が備わっているなら、ちょっと脅し、もといお願いすれば、ここの情報を教えてもらえるだろうか。目を覚ましたら質問してみよう。
……起きた瞬間に攻撃される未来しか見えないし、拘束はしておかないとね。
悪ガキの手足を貫いていた針を一度抜いて地面に寝かせ、体からロープを出して悪ガキをグルグルに縛った。縛った後でロープを硬化させておく。これで、暴れてもすぐには逃げれないだろう。
とりあえず、悪ガキが目を覚ますまでここで待つかな。
……あれ、何か、忘れている気がする。
……あ! スライム!
戦闘に入ってからすっかり忘れていた。ていうかスライムの存在感薄っ!
周りを見て探したが、スライムが見当たらない。スライムの残骸っぽいものもないし、死んでないよね?
下にいないことを確認してから上を見上げた。すると、先ほどと同じく白い壁のところにスライムがいた。
……どうやって上ったの?
俺は翼を広げて再び飛び上がり、スライムのところに向かった。
スライムは今も上っている途中のようで、よく見ると体から黒い糸が上に伸びていた。どうやら体から糸を出して、上の壁にくっつけて綱上りしていたみたいだね。……器用なスライムだ。
俺はスライムを掬い上げた。プルプルと揺れていて可愛い。
やはりスライムのプルプルボディは癒しだね。悪ガキが目覚めるまで、スライムで穢れた心を浄化しよう。俺はスライムを抱えて再び穴底に降り立った。
『ムフフ』
地面に足を着けた瞬間、不気味な笑い声が響いた。
俺は声の聞こえた方向とは逆に飛び、スライムを後ろに投げた。そして爪を生やして体を硬化させ、臨戦態勢をとる。
声を聴いた瞬間、まるで心臓を握られたような衝撃と言い知れぬ恐怖を感じた。声からでも、悪ガキよりも格上だとわかる。
そこには、スーツ姿の男が立っていた。
スラっとした体躯にスーツがとても似合っているが、地獄には似つかわしくない。
髪も肌も真っ白で、目の色は瞳が白色、白目が黒色となっている。スーツが真っ黒で他に差し色はない。完全なモノトーン悪魔だね。
その男は笑みを浮かべ、悪ガキを見下ろしていた。そして俺に目線を移して口を開いた。
『まさかミツメが倒されるとは。現時点でそれほどの力を有しているとは、予想外です』
丁寧な口調で俺に語り掛けている。どうやらあの悪ガキの名前はミツメというらしい。
ミツメをぶん殴って拘束しているけど、男に敵意はないようだ。
最初に笑い声を聞いたときは恐怖を感じたが、今はそれも全く感じない。
できるなら、男と敵対しない方向でいきたいけど、まだ警戒心は解けない。
運よく勝てたからよかったものの、ミツメは俺よりも強い。
そのミツメよりさらに格上と思われるこの男には、一瞬の油断が命取りだろう。油断しなくても一瞬で負けるかもしれないし。
ただ、男は気になることを口にしている。まるで、俺の成長を見ていたかのような発言。
折角向こうから話しかけてきているんだから、いろいろと情報を得ないと。
問題は、俺が話せるかどうかなんだよね。
口は作ってあるけど、声帯も肺もない。まずはそれらを作るところから始めなければ。
『あぁ、声を出す必要はありません』
えっ、心読まれた!?
驚いて男を凝視すると、男は笑みを浮かべたまま答えた。
『えぇ、私は心を読むことができるので。そのままで構いませんよ』
……おぉ、すごいな。悪魔って心読めるんだ。
心を読まれるのは不快だが、今の声が出せない状況ではとても助かる。
……便利そうだし、俺も練習すれば読めるようになるかな?
『残念ながら、悪魔の中で心を読める者は滅多におりません』
そっか、残念。というより普通に会話が成立していることに驚く。
会話ができるのなら、いろいろ教えてもらいたい。
少しの会話ですでに聞きたいことが沢山できたが、とりあえず彼らについて聞くのが先かな。
あなたの名前は?
『申し遅れました。私、サトリと申します。以後、お見知りおきを』
サトリは丁重に頭を下げて挨拶してくれた。こんな紳士的な悪魔もいるんだね。佇まいはまるで執事みたいだ。
サトリさんか、こちらこそよろしく。俺は名前覚えていないから名乗れないけど。
『悪魔に転生した時に、人間だった頃の記憶が消えてしまったのでしょう。覚えていないのも無理はありません』
……そっか。じゃあ、もう生前の記憶は思い出せないのか。でも、その割には知識は残っているんだけど。
『貴方の場合は特別ですから』
え? 特別?
『普通の悪魔は、魂が変異して悪魔と化します。悪魔に生まれ変わった、というとわかりやすいでしょうか』
最初の階で魂が悪魔に変わった瞬間を見たが、あれは魂が変異して悪魔に生まれ変わったのか。まぁ、これは予想通りだね。
俺はそれとは違うのだろうか?
『貴方は魂を残したまま地獄に転生してきました。魂を変異させることなく、闇を纏って悪魔に化けているのです』
……どういうこと? 悪魔に化けている? え、俺って悪魔じゃないの?
『その通りでございます』
訳が分からない状態で首を傾げていると、男は笑みを浮かべて衝撃的な真実を告げた。
『貴方は悪魔ではありません。人間です』
スライムの存在感が薄い。そして気づいたら逃げようとしますが、悪魔はそれを許しません。
ようやく、次回から説明回となる予定です。




