逃げ惑う悪魔
おかしい。
体をバラバラにされて、最初に思ったのは、自身の行動についてだった。
可愛いものは好きだ。小さい動物を見ると撫でたくなるし、子供の姿を見ていると微笑ましくなる。
それは自分の本質だから、少年を見て警戒心が薄れるのはまだわかる。
だが、ここは地獄だ。人間の子供がいるわけがない。悪魔だとわかりきっている、それなのに不用意に近づいてしまった。
見た瞬間、守らなければという思いが湧き出た。目の前の少年は守る対象だと。
目の前で子供に危機が迫っていれば、さすがに俺も助ようとはするが、そうでないときは何もしない。周りの目もあるし、向こうから近づいてこない限りはこちらから近づくことはなかったはずだ。
自分の思考では考えられない行動。まるで、他の誰かの意思が働いたかのような……
自分の中で生まれた異常事態に混乱していると、近くから呟き声が聞こえてきた。
『まったく、面白い奴が来たと思ったら、ただの魔獣じゃねぇか』
視線を上げると、そこには冷めた目でこちらを見つめる少年がいた。少し顔を顰めてゴミを見るような視線を向けている。目線に気づいたようで、少年の口角が少し上がった。
『へぇ……しぶといな、まだ生きてんのか?』
少年は興味が湧いたようで、こちらに近づいてきた。そして、俺の頭を持ち上げて視線を合わせる。
『おい、聞こえているか? 聞こえてんなら返事してみろ』
俺は困惑しつつも、返事をしようと試みた。まずは口を作る。黒い顔に線が入り、パカっと口を開いた。
それを見て少年の目元が少し動いた。これだけでも返事をしようとしているって気づいたのかもしれない。
声を出そうとしたが、そもそも呼吸をしていないから、息を吸うところから始めなければならない。
俺は肺を作ろうとしたが、ここで問題が一つ。今、頭と体が分かれてるんだった!
どうしようかと焦って口をパクパクしていると、少年は興味を失ったようで、俺の頭を放り投げた。酷くね?
『もういい、死ね』
少年は俺の頭に向けて腕を振るった。俺は咄嗟に首元から針を射出し、床に思いっきり叩きつけた。針は床に刺さらずに反動で頭が上空に打ちあがる。それにより斬撃から逃れることに成功した。
斬撃は針を切断して壁にぶつかった。さすがに黒い鉱石を割くほどではないが、針を簡単に切断するほどの切れ味だ。
少年を見ると、また腕を振り下ろしたのが見えた。
俺は針を壁にぶつけて横に逃げる。すると、今度は両腕を振り回して斬撃を飛ばしてきた。どんだけ俺のこと殺したいの!?
壁に向けて針を乱発し、なんとか避け続けているが、少しずつ斬撃の数が多くなり速さも増している。このままでは時間の問題だ。なんとか体を取りに行かないと。
……ん? 取りに、行く必要あるのか?
頭だけでも針を作り出せるなら、体も再生できるんじゃ?
俺は首元に意識を向けて靄を吹き出した。吹き出た靄は密集し、体を作り出した。
おお! やっぱすごいなこの体!
喜んでいると、斬撃が当たって上半身と下半身が分かれた。だから危機感持てよ、俺!
俺は上半身から射出した針で下半身をつなぎ止め、すぐにくっつけて床に降り立った。これで頭を守りやすくなった。今まで倒してきた悪魔たちと同じで、俺も目玉が弱点だろう。だからこそ、頭だけの状態は非常にまずかった。その状態から脱せたことでとりあえずは一安心だ。
『なんだ、意外にやるじゃねぇか』
少年の顔には笑みがこぼれていた。まるで新しい玩具を手に入れた子供のような笑顔。しかしそこには、玩具をグチャグチャに壊したいという嗜虐的な感情も見え隠れしていた。
『ずっと暇で暇で退屈だったんだ、少しは楽しませろよ? そしたら、無残に殺してやるからよぉ』
少年の歪み切った感情が言葉に乗って伝わってくる。それと同時に、湧き出てくる殺意。
退屈というだけの理由で、俺の体を切り刻み、殺そうとしている。その少年に対して、同じように切り刻んでやりたいという衝動に駆られた。
だが、攻撃をしようと意識を向けても体は動かない。そこには、少年を守ろうとする意思が働いていた。
少年を殺すか、守るか。その相反する感情が俺の中で蠢いている。
害意あるものに手加減はしない、それが子供であっても例外ではない。
だが、守れるものなら、守りたい。
その両端の意思は、俺の意思ではないのかもしれない。だが、確かに今、俺の心には2つの意思が存在している。
どちらの意思に従えばいいのか、それとも第三の選択肢を模索したほうがいいのか、すぐに答えは出てこない。
とりあえず、意思決定は保留にして、最優先でやらなきゃいけないことを実行しようか。
どちらの意思を選択しようが、他の選択肢を選ぼうが、人の命を軽んじる少年の態度は許容できない。
悪ガキには少しやりすぎくらいが丁度いいよね。
さぁ、教育の時間だ。
悪魔の中で少年が悪ガキ認定されました。
次回、教育的指導(体罰)が入ります。




