空飛ぶ悪魔
潰れた下半身を復元して立ち上がった。足が拉げて軟体動物張りの奇形となっていたのに、ものの数秒で復元が完了した。これだけ頑丈で再生能力高いと油断もするよね。
……あ、スライムがいない!?
頭の上に置いていたはずだが、パラシュートを作り出す辺りから意識していなかった。いつ頭から離れたかわからないが、あの高さから落ちたらスライムでは助からないのでは?
不安を募らせ周りを見渡すが、スライムはどこにもいなかった。とりあえず最悪の状況ではないと思い安堵した後、上を見上げて壁を見上げていく。黒色の壁にはスライムらしきものはなく、さらに上の発光している白い壁を見つめた。
すると、白い壁の一か所に発光していない部分があった。目を凝らして遠視すると、そこにスライムがいた。どうやら壁にくっついて動けなくなっているようだ。
俺はスライムを救出すべく壁を登ろうとして、すぐに動きを止めた。もしスライムがあそこから落ちてきても、腕を大きくして受け止めればいいだけだ。クッションになるように柔らかくする必要はあるが、まぁ悪魔の体だから何とでもなるでしょ。
それほど緊急でないなら、保留していた腕の伸びる限界値と、空を飛べるかどうかを検証したい。
俺は使い物にならなかったパラシュートをしまい、翼を作り出した。そして思いっきり羽ばたかせる。
すると強風が発生し、体が少し浮いた。すぐに足が地面についたが、もう一度羽ばたきをすればまた体が宙に浮き、連続で羽ばたきをすると体は少しずつ上昇した。
おお! 飛んでる飛んでる!
空を飛べるという事実に興奮し、俺は思いっきり羽で風を叩いた。体が猛スピードで上空へと打ちあがり、すぐにスライムのもとへとたどり着いた。
悪魔になって悪いことばかりだと思っていたけど、この万能な体は素直にうれしい。いつか、地上で空を飛んでみたいね。
俺はスライムの手前で滞空し、両手でスライムを抱えた。ごめんよ、スライム。次はもう離さないように気をつけるからね。
それほど経っていないのに久しぶりに感じるスライムボディを宙に浮いたまま楽しんだ。
ふう、癒された。とりあえず、空が飛べることが分かったから、穴に落ちても大丈夫。ただ、次からはちゃんと穴の先を調べてから落ちます。危機感、大事。
後は、腕の伸びる限界値を確かめようか。
ただ、今は上空にいて、スライムを抱えている為、両手は塞がっている。地面に足を着けるまではスライムから手を放したくない。
どうしようかと考えた結果、足を伸ばしてみた。手も足も伸びる限界値にそれほど違いはないと思うし。
地上に向けて足をすぅっと伸ばし続けた。最初は足の太さは変わらないように見えていたのだが、次第に細くなっていった。なんとか地上に足を着けることに成功したが、もはや針のように細い足で、立つのは無理だろう。
だが、足を硬質化することで、羽ばたきしなくても辛うじて立った状態を維持することができた。
結果、パラシュート以外の方法であれば何の問題もなく穴底へ降り立つことができたわけだ。
何故パラシュートだけダメだったんだろう? やっぱり体から道具を生やすのは無理があったのかな。針とかドリルとかは生成できたから、不可能ではないと思ったんだけどな。
悪魔の体でも、できることとできないことがある。まずはできるかどうかを検証してから使おうと、心に誓った。もうパラシュートの二の舞はごめんだ。
足を元に戻しつつ、穴底へと戻っていく。上に戻ろうかとも考えたが、せっかく来たのだから下に何があるのか確認したい。
先ほど降り立った時に穴底の壁の一角に穴が開いているのを確認した。しかも、穴の先には今までのような手付かずのものではない、人工的に作られた空間が広がっていた。
一番最初にいた階にはアメーバ状の悪魔しかいなかったが、2つ目の階には犬モドキや豚野郎等、人間っぽいのが出てきた。化け物は例外だけど。
下に行くほどに、人間よりになるのかもしれない。それに、悪魔は下層の方が強いイメージがある。どこで身につけた知識なのかはわからないが。
少なくともあの人工的な空間を作り出した悪魔には知性があると思う。それならば、もしかすれば何か教えてもらえるかもしれない。出会いがしらに攻撃される可能性の方が高いけどね。
次こそは危機感をちゃんと持って、三階層目を攻略していこう。
そう決意を固めて、俺とスライムは穴底にたどり着いた。スライムがさっきからずっと震えていたが、やはり上空にいたことがとても怖かったのだろう。そっと床にスライムを置いて地面を感じさせた。
スライムが落ち着いたら、探索を開始しよう。そう思い、穴に視線を向けた。
そこには、一人の少年が立っていた。
短い黒髪に、幼い顔立ち、褐色の肌で身長は俺の胸元までしかない。クリクリとした緑色の瞳が3つ顔にあった。
少年が一人、こんなところにいるなんてありえない。彼も悪魔なのだろう。
ならば、迂闊に近づくのは良くない。それはわかっている。
だが、もしかしたら迷子かもしれない。小学生くらいの見た目で首をこてんと傾けている姿に保護欲が駆り立てられて、俺は少年に近づいた。決して、決して可愛いからではない。
なるべく朗らかな表情をしようと意識しつつ歩み寄ると、少年の口が小さく動いた。何か呟いたのかな?
俺は久しぶりに聴力を元に戻した。ここでは上階で聞こえたボーっという音は聞こえず、静寂が包んでいた。
俺は少年に向かって耳に手を当ててみせた。これがもう一度言ってのジェスチャーって分かるかな?
案の定、伝わらなかったようで、少年は首を傾けたままだった。
まずは近づこうかなと、再び足を動かした。
その時、また少年の口が小さく動き、耳に言葉が届いた。その言葉は聞きなれたものではなかったが、意味ははっきりと分かった。
『失せろ』
その瞬間、少年は腕から鋭い刃を生やして振るった。
間合いに入っていないのに、刃から飛び出した斬撃が体に鋭い衝撃を与える。
……決意して早々に、油断したみたい。
俺は手足と首を切断され、床に転がされた。
可愛ければ何でもいい悪魔。
見境がないのが恐ろしい……




