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悪魔に転生した俺は復讐を誓う  作者: 向笠 蒼維
第2章 畜生の道
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悪魔の殺気


鉄格子の奥に目を向ける。

不衛生な牢屋の中に虚ろな目をした男性が横たわっていた。


死んでいる訳でも寝ている訳でもない。

俺の姿が見えているはずなのに、何の反応も示さない。見た目は廃人だね。

でも魂に触れると、見た目に反して心の中が激しく揺れていた。



……まるで、生きたままピン留めされた蝶みたいだね。

魂に深く突き刺さった楔が、自己の感情を表に出させないように固定している。

楔の正体は穢れだ。濃密な負の感情が魂を蝕んでいる。



負の感情が生まれても、それがすぐに穢れとなることは無い。

もしそうなら、人間の魂なんて穢れしか残らなくなるからね。


魂を侵すほどの負の感情とは、トラウマになるほどの強烈な感情だ。

死の恐怖や絶望が、魂を蝕んで穢れを孕む。


だから奴隷達の魂は穢れが多い。

奴隷になった瞬間に命は無いに等しくなり、常に死と隣り合わせとなる。

正に生き地獄の中で、常に高いストレスを受けている為、穢れが溜まりやすい。


現世では穢れきった魂は輪廻の輪に戻ることが出来ずに浄化されちゃうからね。

魂のことを考えれば、奴隷落ちが決まった瞬間に来世に期待して自害した方が良い。



目の前の男性も、奴隷と同じように死の恐怖を植え付けられたのだろう。

奴隷紋でも刻まれているのかな? でも、それだったら留置所に入る前に処分されるか。


男性の魂に付いた楔に触れる。

すると、悪魔の粒子に触れた時と同じように、鮮明な記憶が流れ込んできた。







暗い部屋の中で、男性は床に転がっていた。



『やめ、止めてくれ!』




男の懇願する声が響く。少し香ばしい匂いがする。ここは、台所なのかな?

他に音は聞こえない。無音の中で、男の声だけ響き渡る。



べちゃ



ふと、音が聞こえた。何かが床に落ちた、湿った音だった。

指先に何かが触れた。液体のようだけど、水よりも粘り気がある。それに、温かい。


その温もりは一瞬で、瞬く間に冷えていく。

暗闇の中でそれが何か理解できない。けど、鼻につく臭いで大体予想は付いた。



『止めて欲しいなら、契約を守れ』



耳に聞こえてきた男の声。その声の方へ眼を向けると、そこにはフードを被った男がいた。

暗闇の中でも、わずかに射し込む月明かりで男の顔が見えた。

見覚えのある男は、俺が殺した襲撃者だった。



『誓うのなら、止めてやろう。それまでは苦痛が続く』



僅かに音が聞こえる。衣服がすれる音。くぐもった呻き声。

男の手元を見れば、暗闇の中で何かが蠢くのが見える。

俺が手で触れている液体は、その物体から流れ出ていた。



『耳と鼻、指の次は、どこが良い? 目玉でも刳り貫くか?』

『や、止めてくれ! 誓う、誓うから!』



男性は額を床に打ち付けながら懇願した。

すると、襲撃者は男性の頭を鷲掴みにして床に押し付けた。

額の痛みは感じない。心が圧迫されて、胸が苦しい。様々な感情が、濁流となって魂を穢す。



『いいだろう。お前が契約を果たしたのなら、こいつの怪我を治して解放しよう。ただし、それまでは人質として拘束する。解放してほしいなら、早く行動することだな』



男はそう言って、魔法を男性に放った。

隷刻印と同様の契約魔法だね。ただし、隷刻印のように体に紋様を刻むことは無い。

効果としては、契約が履行されたかどうかを確認する程度しかない。


魔法自体に強制力は無いけど、人質をとることで強制力を確保している。

そもそも魔法を知らない人にとって、魔法を掛けられること自体が恐怖だからね。

どんな効果があるのか分からず、契約を果たさなければ死ぬと言われれば、そうだと信じてしまうだろう。


それに、奴隷紋が見えないことで、単独犯と思わせることもできる。

暗部にとっては少ないリスクで手下を入手出来る方法ってことだね。



その後の男性の行動で把握できたが、契約の目的は物資の調達だった。


男性は宿屋の店主だった。たまに来る商人を宿泊させる為の宿だったため、商人から直接商品を購入することが出来る。

商人に依頼して、暗部が必要とする物資を調達した。食事に混ぜた毒も、商人から仕入れていた。

それ以外にも武器や薬品等、普段は購入しない物を次々に購入していった。


そのせいで、宿を利用していた商人達は直ぐに不審に思うようになり、商人達からの通報で兵士の調査が入った。

男性は兵士から購入した武器や薬品の用途を聞かれたが、黙秘したまま口を割らなかった為、留置所に入れられてしまった。


兵士からすれば、怪しくて放置なんてできないからね。

でも、いくら聴取しても男性は答えない。答えることができない。

契約が無くても、購入した武器や薬品がどこに行ったのか把握していないからね。


襲撃者の記憶によると、購入した武器や薬品は別の宿にいる暗部の手に渡り、加工や調合をしていたようだ。

暗部の人間はバレないように複数の宿に分かれて住んでいたから、もしかしたら他の宿でも同じようなことが起きていたかも知れない。



昨日のメイドと良い、宿屋の店主と良い、ハイエンスの部下は人を操るのが好きなのかな?

人質を取り、恐怖を与え、人を操る。下種だけど、効果的なのは確かだね。


バラしたら人質を殺す。命令を遂行したなら人質だけは解放する。

そう言っておけば、命令された者は従うしかない。人質が既に躯になっていることなんて知らずに。



血塗れになった妻を見て、男性は手を汚すことを決意した。


国に対する反乱と知りながらも、男性は妻の為に物資を用意した。

兵士に捕まった後も、黙秘して罪を隠す。憎悪を向けた相手を守る為に、心を蝕みながら。



魂に打たれた楔は死への恐怖だけじゃない。

大切な存在を甚振られたことによる怒り。それを阻止できない自らへの怒り。そして尊厳を踏み躙られた屈辱。

そんな色んな負の感情が織り交ぜられて、楔になっている。


今、男性が感じている恐怖も、自分が死ぬことに対する恐怖ではない。

愛する人が、無残に殺されることを何よりも恐れていた。



既に襲撃者は死んでいる。彼を拘束していた契約魔法は強制力が低いため、襲撃者が死んだタイミングで消滅している。魔法を使えない者には感知できないから、男性も知らない。

俺は、それを知らせること無く足を進めた。


暗部の者達は、痕跡を残さないことを徹底されている。

利用する者には恐怖という楔を刺し、その時に利用した人質は早めに処分する。


アージリナの所にいたメイドも同じだった。

メイドもこの男性も被害者だ。愛する者を人質に取られ、良いように利用されただけ。

僅かな希望に縋らせて、罪を犯させる。その行いに、心の中で激情が蠢いた。



人を道具としてしか見ていない。

……いや、昨日の襲撃者達は、自分のことすら道具と認識していたか。



人を道具とすることを、当たり前のことと認識し、強制する奴がいる。

そいつのせいで、無意味な悲劇が至る所で生まれている。



最初は、どうでも良い存在だと思っていたんだけどね。

ウェルが必死の思いで行動していたから、ウェルの手助けをするつもりだけだった。

王国の事情なんてどうでも良いし、王国内のいざこざで知らない人が死のうとどうでも良い。


けど、間接的にしても、ここまで感情を逆撫でされて、黙っていることはできない。



「うん、ハイエンスは殺そう」



笑みを浮かべて、俺はそのまま外に出た。

留置所に囚われた被疑者達は、いつの間にか全員気を失っていた。





読み取った被疑者達の犯罪履歴を、留置所の所長に伝えて外に出た。

どういう方法で情報を取り出したのかは内緒にしたけど、裏が取れるように目撃者の特徴も伝えた。情報を活用できるかどうかは所長の腕次第だね。

所長は目を見開いて絶句していたけど、メモを取りながら話を聞いてくれて、最後は頭を下げて礼を述べた。こんな黒ずくめの男に礼を示せるなんて、人間出来ているよね。



この都市には留置所が三か所ある為、残りの二か所も見て回った。

結果としては空振りだったけどね。最初の一か所しか暗部に繋がる情報は無かった。

まぁ、犯罪履歴を情報として提出できたから、全くの無駄足では無かったか。

これだけ働いたんだから、アージリナから魔鉱石を貰っても文句は無いよね。



魂に触れて情報を読み取るのはそれほど大変では無いけど、人数が多く、人目を避けて留置所を移動していたせいで、三か所目の留置所を出た時には日が随分と傾いていた。

ショーオンという者が経営している飲み屋ももうすぐ開店する頃。だけど、行くのは日が完全に沈んでからだね。


俺はゲインにお願いして、暗部の者を捕らえる為の人手を用意してもらっている。

記憶を探った感じだと、暗部の者はまだ十人近く残っている。人質を取られて契約に縛られている都民もどれだけいるか分からない。

警戒されずに人を配置するのにも時間が掛かるからね。


フェリュスの結界で逃げ場を無くせば、俺一人でも対処は出来るだろうけど、その場合は手加減している余裕は無いから契約に従っているだけの都民も殺すことになる。


必要経費と割り切ることもできるけど、できるなら殺さない方が良いからね。

この都市の責任者として、アージリナにも手伝ってもらう為に、俺達は一度アージリナの館に戻ることにした。







「ということで、手を貸して」

「分かった」



食堂にいたアージリナに開口一番でお願いし、アージリナは俺の言葉を聞いて即座に了承し立ち上がった。

その横に座っていた二人は状況が分からず、頭の上に?を浮かべている。



「アンジー、今の言葉で何故理解できた?」

「ゲインから報告があったからな。これから敵の潜伏先と思われる場所を襲撃する」

「……潜伏先って確定してへんのに、襲撃してええの?」

「問題ない。間違っていたら謝罪すれば済むことだ」

「……僕も付いていこう。メアとアンジーの組み合わせは不安過ぎる」



そんな会話を交わして、アージリナだけでなくウェルとクリュスも参戦することになった。

因みに、俺がアージリナは過激だねって言ったら、ウェルとクリュスに冷めた目で見られた。

……何で?


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