【side ファルフェン】変態が悪魔だけだと思うなよ?
目の前に跪く暗部の者達。黒い布で顔を覆っている為、表情は伺えない。
声にも抑揚は無く、淡々と事の顛末を報告していく。
優秀な部下の主として、私も堂々たる態度を示す。だが、今回ばかりは頬が引き攣ってしまうのは仕方が無いだろう。
嘆かわしい。我が愚兄が、ここまで愚かだとは。
国王、いや父上が王位を返上したため、現状この国には王がいない。
代わりに王位継承権の序列第二位である私が執務を行う羽目になっているが、執務の内容は全て把握しているから問題は無い。
王座には優秀な甥のウェルフェンスか、愚弟のガイファンに座らせるつもりだ。私はその二人の支援に徹する。
だからこそ、王座に興味はなくとも執務を難なく熟せる程度の知識は持ち合わせている。
私が執務を行う様子をハイエンスは睨みつけてくるが。
睨む暇があるなら見て覚えれば良いのだが、私の兄とは思えぬ残念な頭脳だからな。愚兄に任せれば王国は亡ぶ。
ハイエンスの目には、私を含めてウェルフェンスとガイファンの三人は王座を狙う敵に映っているのだろう。
だからこそ、王位継承権を持つ者の暗殺まで企てている。
ウェルフェンスの消息不明も、ハイエンスが絡んでいることは確かだ。
私達の中で王座を狙っているのは、ハイエンスとウェルフェンスの二人だからな。
ウェルフェンスを消すことが出来れば王座が確実となる、なんて甘い考えを抱いているのだろう。
ハイエンスと違い、ウェルフェンスが王座を欲するのは憧れの存在に近づく為だ。
過酷な環境下で救いの手を差し伸べた父上を慕い、国の為に尽くすその姿に憧れた。
いずれは父上のようになりたいと、鍛錬も勉学も一所懸命に修めてきた。
才能はあった。だが、それだけではたどり着けない高みへと昇り続けるウェルフェンスに、私は羨ましいと妬み、そして尊敬した。
私も父上の姿に憧れ、国の為に尽くしてきた者の一人だ。
だからこそ、同じ憧れを抱くウェルフェンスに共感を覚える。
そして、国を思い己の限界を超えていく姿に王たる器を感じた。
だからこそ、私はウェルフェンスに国王となってほしい。
……そう、願っていたのだがな。
私ですら、これだけの悲壮を感じている状態だ。初めての孫として可愛がっていた父上の悲しみは、私では想像もできない。
父上を最後に見かけた時、いつもの覇気は感じられなかった。年相応の老人にしか見えず、居た堪れなかった。
本来なら継承の儀を済ませずに王位を返上することなど有り得ない。
だが、この不安定な情勢の中、今の父上を国民の前に立たせれば不安を煽る結果となる。それは断固として阻止しなければならない。
だからこそ、父上が王位を返上したことは王族とその関係者の中だけの秘密となっている。
世間では、父上はまだ国王のままだ。次の国王が決まるまでは、私が父上の影武者として執務を行う必要がある。
早く次の国王を決めたいところだが、序列第一位のウェルフェンスがいなければ話にならない。
王位継承権の序列は公に宣言はされていないが、公然の秘密だ。
王位継承権の序列第一位はウェルフェンス。武力も知力も備え、そして国民を思う心がある。間違いなく、継承権を持つ中で最も国王に相応しい。
その次、序列第二位が私だ。
知力と愛国心はウェルフェンスにも負けはしない。
ただし、グラン連邦国は実力主義だ。王位継承権を持つ中で、武力は私が一番低い。
それでも二位なのは、残りの二人が武力以外で評価を落としてしまっているせいだ。
第三位はガイファン。
武力は秀でている一方、勉強嫌いで自由奔放。明るい性格で国民からの人気はあるが、本人に国王となる気がない為、私よりも下の順位になっている。
そして第四位がハイエンス。
武力も知力も高いが、王族としては平均台。野望だけは一人前で素行が悪い。そして国民を見下していて、王国を自らの所有物にすることしか考えていない。
父上が考えていた序列も、公然の秘密として広まっていた内容と概ね一致していた。
ただし、ハイエンスは四位では無く、除外だが。つまりは、事実上王位継承権をはく奪されていた。
そのことは既にハイエンスには伝えられていた。
できればその場に居合わせてハイエンスの表情が歪むところを見たかったな。
宣告した際には意気消沈して自室に籠ったと聞いたが、今は何かに憑りつかれたかのように豹変しているらしい。
気が狂うなら迷惑の掛からないところでやってほしいものだ。
ハイエンスが裏で奮起しているのは、継承権をはく奪された恨みを晴らす為か、それとも謀反を起こすつもりか。
ハイエンス一人だけなら簡単に始末することが出来ると考えていたが、暗部からの報告内容を聞くと、事はそう簡単には片付かないようだ。
「報告は以上です」
報告は一つ一つが頭痛の種だ。
王座を退いた父上の消息不明。王都に入り込んだ複数の族。アマゾン熱帯雨林で活性化した魔獣。サン・ホセ・デル・グアビアーレへの魔獣襲来及びアージリナへの襲撃事件。
まだ片付いていない問題もあるというのに。それも、魔獣以外は全て王族絡みとは、情けない。
「ご苦労。父上は放置で良い。サン・ホセ・デル・グアビアーレは監視を維持。族は監視して戦力を確認、可能なら処分しろ」
「はっ」
精神的に参っている状態でも、父上はこの王国で最も強い力を持っている。万が一を考えて監視をつけていたが、不要だったようだ。
大人しく隠居生活を送るような性格でもないからな。適当に放浪させておけば良い。
サン・ホセ・デル・グアビアーレの事件はハイエンスが黒幕だと報告があった。
どうやって尋問したのかは知らないが、アージリナからの報告だからな。虚偽は無いだろう。
アージリナがいれば問題ないはずだが、あの軍事都市が落ちれば魔獣侵略により国家として危機的状況に陥る。監視は継続し、必要なら増援を送る必要がある。
魔獣の活性化は今に始まったことではない。騎士が抜けて戦力が落ちるとしても、各都市で防衛は可能だろう。
もしもの時は王都に来て暇を持て余している騎士に行かせれば良い。
そうなれば、暗部が対処すべきは族の処分。まだ人数も戦力も把握できていないが、恐らくハイエンスの差し金だろう。
暗部だけで処分できる程度なら問題は無いが、騎士団の要請が必要になるかも知れない。まずは情報収集だな。
可能なら、ハイエンスを真っ先に処分したいのだが。
ハイエンスの周りには護衛も騎士も多い。暗部だけでは不可能か。
「手の空いている者は王都内を監視し、裏切り者を特定せよ。特に、騎士団と国政に関わる者を重点的にだ」
「はっ」
暗部の者達が散開する。私の目では一瞬で姿が消えたように見えた。
暗部に所属している者は諜報や隠密に特化しているが、戦闘力もかなり高い。そんな彼らでも、騎士団相手では分が悪い。
暗部の動きを捕らえられない私では、戦力としては無価値だな。
国王として求められるのは強さ。
だからこそ、ハイエンスのような愚者でも強さ故に崇められる。王族の中では平均くらいの力量だがな。
武力で言えば父上の次に強いのはガイファン、次いでウェルフェンスか。
……やはり、ウェルフェンスを失ったことは、私にとってもこの王国にとっても、大きな損失だ。
この大事な時期に、父上の言に従って遠征させたことが間違いだった。
「ファルフェン様」
横に控えていた護衛に目を向ける。手を伸ばせば届くほどの距離にいるというのに、気配を全く感じない。
いつものことだが、急に声を掛けられると心臓に悪い。彼女はそれを楽しんでいる節があるからなお質が悪い。
「顔色が優れないご様子。少し横になられては?」
「顔色が悪いのは影の薄い護衛に驚かされたせいだ。ケルナー、少しは存在感を出してくれ」
「影の薄さは生まれつきです。魔法も使っていません」
「……魔法を使わずに暗部の目から逃れられるのは父上でもできない芸当だぞ」
「恐れ入ります」
「褒めていない」
暗部との会話中も、ずっと私の陰に潜んでいた。
魔法ではないというが、暗部の視線を私に誘導させて認識されないようにする芸当は、魔法でなければ異能だろう。
「全く、強者とは何故こうも扱いづらいのか」
「ありがとう存じます」
「褒めていない。それより、まだガイファンは王都に来ていないのか?」
「現在はコロンビアの首都に滞在しているそうです」
「あの愚弟は、あれだけ早く来いと念を押したというのに、何故まだコロンビアにいるんだ?」
「王都に向かう途中で見目の良い女性を見つけたようです」
「……はぁ。ガイファンにとっては、国よりも女か」
ガイファンの元に暗部を遣わせ、国の一大事であることを伝えたのだが、遅れている原因が女とは。
やはり、幼少の内に愚弟の女好きを矯正しておけば良かった。私の見通しが甘かったな。
「それで? ガイファンが発つのは何時になる?」
「女性二名を連れて宿に帰ったという報告が最後でしたので、早くとも明日かと」
「……早く済めば良いが」
「ガイファン様もお盛んですね。同時にお二人の女性をお相手するとは」
「ん? ケルナーは知らないのか?」
「何をでございましょう?」
「……いや、何でもない。だが、ガイファンには近づかない方が良い」
「……はい」
聞いても愉快な内容ではないと察したのか、ケルナーはそれ以上聞き返してこなかった。
私としても、話したい内容ではないから良かった。
……全く、何故愚兄も愚弟も性癖が歪んでしまったのだろうか。
===
簡素な宿の部屋には、小さなテーブルに椅子が二脚、そしてベッドが一つだけ。
そのベッドの上に、赤髪の女性と黒髪の女性が一糸纏わぬ姿で横になっていた。
「ガイファン様、早くぅ」
「もう、準備できていますよ」
「そうか」
女性の艶やかな声に答えたのは、椅子に腰かけたガイファンだった。
ガイファンが立ち上がり、衣服を脱いでいく。
露わになった肉体は鍛え上げられており、盛り上がった筋肉は彫刻のように美しく、女性二人も思わず見入ってしまうほど。
全てを脱ぎ終えたガイファンを見て、女性二人の頬が紅く染まる。魅了に掛けられたかのように、ガイファンから視線を逸らすこともできず、呼吸が荒くなっていく。
早く、触れたい。求められたい。そんな欲求が、女性の中で膨らんでゆく。
期待を一身に受けたガイファンは、女性二人を見て興奮を形に表す。その男らしい一物に、理性が吹き飛ぶ、その一歩手前で。
ガイファンは椅子に座り直した。
「では、始めてくれ」
「「……え?」」
ガイファンに激しく求められる姿を幻視していた女性二人は、思わず声を漏らしていた。
少しの沈黙の後、赤髪の女性がベッドから立ち上がろうとした。
ガイファンは迫られる方が好きなのではと考えた為だ。だが、
「どうした? もう始めて良いぞ?」
そう言われてしまっては、ガイファンに迫ることは正解でないと気付き赤髪の女性は再びベッドに腰を落とす。
訳が分からないまま、数秒の沈黙が重く圧し掛かる。
「……あの、どういうことでしょう?」
堪らず、黒髪の女性がガイファンに質問を投げかけた。
どうして来てくれないのか。もしかして、求められていないのか。そんな不安が募っていた。
だが、帰ってきた言葉は想定を大きく外れていた。
「私はここで二人が愛し合っているところを見ている」
「「……え?」」
「私は美しい女性同士が絡み合っているところを見たい。さぁ、始めてくれ」
「「……」」
ファルフェンのいう通り、ガイファンの性癖は歪んでいる。
女性好きは確かだ。だが正確には、好きなのは女性の同性愛者。
女性同士が愛し合い、絡み合う姿が見たいが為に、美しい女性二人に声を掛けたのだ。
グラン連邦国の第三王子、王位継承権第三位。
そして、女性の同性愛者を愛する者。それが、ガイファンという男だった。
何時の間にか女性二人に掛かっていた魅了は解け、甘い雰囲気も霧散していた。
残るのは、どんよりとした雰囲気に、一人鼻息を荒くしたガイファンの痴態だけだった。




