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悪魔に転生した俺は復讐を誓う  作者: 向笠 蒼維
第2章 畜生の道
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悪魔が聞いた王都の現状

「さて」



和んでいた場の雰囲気が、アージリナの一言で瞬時に霧散する。

張り詰めた空気の中に、隠しきれない殺気が漏れていく。その行先は、フェリュスだ。



「ウェルの話で出てきたフェリュスという名の司祭は、そいつか?」

「……ああ」



ウェルは回想の中でフェリュスについて説明していたが、見た目に関する情報は伝えていない。

ウェルの着ている服のサイズや、フェリュスの佇まいから推測したのだろうか?

ウェルの表情に驚愕はない。返事が遅れたのは、アージリナの殺意を感じ取り、正直に告げていいのか迷ったからだろう。

まぁ、嘘をついてもすぐ見破られるからと、直ぐに肯定したけどね。



「そいつを引き連れていることに理由はあるのか? 無ければ、こちらで処分するが」



アージリナの言葉を聞き、ウェルが俺に視線を向けた。

それに反応し、アージリナの視線も俺に向く。



「フェリュスには、死ぬまで働いてもらう」

「ほう? 何をやらせるつもりだ?」

「まずは、この国にいる人攫いの処分」

「……人攫い、だと?」

「うん。フェリュスは人間を魔道具の材料にしていた。その供給源は奴隷が半分。残り半分は、難民だよ」



奴隷には人権が無く、物として扱われる。だから傷つけようが壊そうが、罪にはならない。

人権が軽視されている世界だけど、難民だからと人権がはく奪されることは無い。グラン連邦国内では共通の法律が定められているから、国を跨いで移動しても法律が変わることは無い。


勿論、フェリュスは知っている。知っていて、難民を攫うよう命令を下している。

貴族なら護衛を引き連れて馬車で移動できるが、平民ではそうもいかない。馬車に乗れずに徒歩で国を跨ぐ者も多い。

兵士達が魔獣を間引きしようと限界があり、移動中に魔獣に襲われるという被害は少なくない。

だからフェリュスは魔獣の仕業に仕立て上げて難民を攫っていた。


十数人の難民を使役した魔獣に襲わせて、弱ったところを人攫いが縛り上げる。その際、獣害と思わせる為に2,3人はその場で食い殺していた。

……既に怒気を露わにしているアージリナには、話さない方がよさそうだね。というより、多分察しているからこそ感情を荒げているんだろうけど。



「……人攫いが、この国にいると言ったな? この都市に居るのか?」

「いや、ここにはいないよ。奴隷商ならいるけど」

「奴隷商か、確かにいるな。奴隷商もこの世から消し去りたいが、合法だからな……。何かやらかしてくれれば、処分できるのだが」



……アージリナってかなり物騒だよね。いや、気持ちは分かるけど。


アージリナのような立場なら法を重んじる必要があるのだろうけど、俺は現世の法律に縛られるつもりは無い。だって悪魔だもの。

率先して罪を犯すことはしないけど、必要なら躊躇わない。


基本は敵じゃなければ放置する主義なんだけどね。

フェリュスが殺してきた奴隷達の魂を取り込んだからか、聖教会の神官と奴隷商、人攫いに対する殺意が燻っている。目の前にいたら再燃するだろうね。

俺が積極的に動くつもりは無いけど、使える駒があるならそいつに任せれば良い。



「まぁ、人攫いの処分はまだ先。今は襲われた時の肉壁か、逃走する時の生贄としか考えていないよ」

「……酷い扱われ方だな。本人を目の前にして言っていいのか?」

「奴隷紋で縛っているから、問題ないよ」

「奴隷紋? 隷刻印は無いようだが……」



奴隷商が使用する奴隷紋は隷刻印だ。刻印は額に刻まれ、命令違反すると脳に偽の情報を伝達して幻痛を発生させる。

奴隷も商品だからね。普通は商品を傷付ける可能性のある奴隷紋は使わない。

だからフェリュスが使っていた心刻烙印を知っている者は少ないだろう。心臓に烙印を刻む行為は商品を傷物にしているのに等しい。最悪は烙印を刻む痛みに耐え切れず商品が壊れてしまうからね。



「特別な奴隷紋」

「……そうか。ならば問題は無い」



フェリュスには隷刻印でも心刻烙印でもなく、魂魄隷化を使った。これは魂に直接奴隷紋を刻み込む。肉体が滅ぼうと奴隷紋は消えない。

スクイが作り出した魔法で知っている人はいないからね。詳しく話す必要もないし、曖昧な答え方になったけど、アージリナは追及しなかった。

アージリナは感が鋭いからね、聞いても答えが返ってこないことを察したのかな?



その後、俺達はアージリナからグラン連邦国の現状について聞いた。


ウェルの失踪は既に国中に広まっている。

国王の命令により、現在進行形で多くの兵が捜索に当たっている。

だが、捜索範囲が広く、魔獣の襲撃も多発していて痕跡を一つも見つけられていない状態だ。


ベンダーや騎士を含む護衛達も消息不明になっている。ウェルを裏切った騎士達は身を隠しているらしいね。

一向に知らせは無く、国王はショックのあまり憔悴して寝込んでいるそうだ。


国王は高齢を理由に王座を退くと宣言している。その為、三年以内には王位継承が行われる予定だった。

ウェルが失踪して憔悴した国王を見て、周りの重鎮達は王位継承を早めるべきと考えた。

その為、望む望まざるに関わらず、継承権を持つ候補者達は対応に迫られている。

王都内は喧騒に包まれ、警備の為にと他の都市に配属されていた騎士にも招集が掛かっている。

サン・ホセ・デル・グアビアーレにも三人の騎士が配属されていたが、アージリナ以外の二人は招集に応じて王都に帰っていった。



「招集された騎士は候補者の護衛を任命されるが、私は面倒だから招集を断った」

「アンジー、本音が漏れている」

「本音を偽る必要もない。候補者の子守りなんて雑用は下っ端にやらせておけば良い」



次期国王候補の護衛を雑用って言えるのはアージリナくらいだろうね。

他の騎士達はほとんどが招集に応じて王都に集まっているのだろう。



「候補者って誰がいるの?」

「ウェルを含めて四人だ。残りは国王の長男のハイエンス、次男のファルフェン、三男のガイファンだ」

「じゃあ、ウェルは四男?」

「ん? ……ああ、勘違いしているようだが、国王であるガイフェル様はウェルの祖父で、ウェルの父親はハイエンスだ」



ウェルは次期国王の最有力候補だから、てっきり国王の子供かと思っていたのだが、実際には国王の孫だったみたいだね。

王位継承権は王族の血を引いている者に与えられるから、ウェルにも権利はある。けど、他の息子達を差し置いて孫を次期国王とする意味が分からない。


聞いてみると、その理由は他の候補者にあった。



「通常ならハイエンスが次期国王に選ばれるはずだったのだが、ハイエンスは素行が悪くてな。実力主義で自分よりも弱い者を虐げて楽しんでいたんだ。国王は性根を正す為に尽力していて、私も矯正するために手を貸したのだがな。あれは駄目だ、性根が腐っていた。あれを国王にしたらグラン連邦国は滅ぶだろうな」

「酷い言われ様だね、ウェルのお父さん」

「事実だ。幼少の頃からハイエンスに虐待されていたからな。それを救ってくれたのが、国王だった」



サラッと告げられたが、ハイエンスは実子に対しても手を上げていたらしい。

実力主義というよりは、加虐趣味なのだろうね。



「ハイエンスの行いを知っている国王は、ハイエンスに王座を渡すことを拒んでいる。かといって、ファルフェンは虚弱体質で政治には強いが武力が低い。ガイファンは放浪癖があって国王の身分は要らないと公言してな。他に候補がいないんだよ。だから国王はウェルを引き取り、次期国王としての教養を身に着けさせたんだ」

「ウェル、苦労しとるんやな」

「苦労はあったが、候補者に成れたことは名誉と感じている。将来は祖父のように立派な国王になりたいと思っていた」



ウェルが国王を尊敬していることも、国王になる決意を持っていたことも伝わってくる。

けど、それ以上に強く諦念が伝わってきた。


沈痛な雰囲気が蔓延する前に、俺は一つの可能性を上げた。



「王座が目的なら、ハイエンスが一番怪しそうだね」

「ああ、可能性が高いのはハイエンスで間違いない。ウェルがいなければ、次期国王はハイエンスに決まってしまうからな」

「エンハンスなら僕を殺そうとしても不思議はないが、証拠が無いから告発はできない」

「犯人捜しは後回しでいいんやない? どうせ、ウェルが生きとるん伝われば向こうから襲ってくるやろ」

「確かに。そっちの方が楽だね」

「気が合うな、私もだ」



クリュスの意見に俺とアージリナが賛同し、ウェルが渋い顔を見せた。

簡単に言えば、ウェルを餌にするってことだからね。


ウェル自身も餌にされることに不満は抱いていないけど、別の懸念点を指摘した。



「騎士の中にも裏切り者がいる。そうなると、迎撃もそう簡単ではない」

「あー、集団で来られると困るかな?」

「ほう? 騎士相手に一対一なら勝てると思っているのか?」

「たぶん」



現世に来てから何度か人間と戦っているけど、脅威に感じることは無かったからね。

破邪天明の影響さえ抑えられれば、負けることはないだろう。


俺の言葉を聞いて、アージリナはウェルとクリュスに視線を向ける。

二人の態度を見て、俺の言葉が法螺かどうかを確かめたみたいだね。



「面白い。手合わせ願いたいところだな」

「……」



アージリナの呟きには答えず茶を啜る。

俺は別に戦闘狂じゃないからね、不要な戦いはしたくない。



ウェル関連の話を終えた後、俺達は食事を頂く為に席を立った。

その他の話は特に隠す必要はないからね。まぁ、話を聞かれてもこの館の執事やメイドは外部に漏らさないだろうけど。


応接室を出ると外から喧騒が聞こえてきた。外には兵士しか出歩いていない。何か問題があったのかな?


門番をしていた兵士の一人が慌ただしく駆け寄ってきた。何が起きたのかはその兵士の口からアージリナに告げられた。



「アージリナ様! 大量の魔獣がこの都市に向けて進行しています!」

「規模は?」

「現時点で百体、まだ増えています!」

「分かった。直ぐに行く」



大量の魔獣と聞いても、アージリナの冷静な態度は変わらない。

ふと思い出したように俺達を見て笑みを浮かべた。



「丁度良い。貴殿らの力を見せてくれ。勿論、私の力も見せてやろう」



有無を言わせず歩き出したアージリナの後を、観念した様子でウェルが続く。

……まぁ、拒否できそうにないから仕方がないか。


食事の準備は済んでいて、香りが鼻孔を擽る。

マテ茶が美味しかったから食事も期待しているんだけど、有り付けるのはまだ先になりそうだね。

未練を残しつつ、走り出したアージリナに遅れないよう俺達も駆け出した。



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