豚野郎に抱き着かれる悪魔
この階に降り立ってから随分と歩き回ったのに、ずっと代わり映えしない景色が続いている。
左手で壁に触れながら歩き、横穴があれば入って中を確認していったが、特にめぼしいものはなかった。
悪魔たちは結構出てきたけどね。
この階には昆虫や爬虫類と人が合わさった見た目の悪魔が多くいて、犬モドキみたいな動物よりの悪魔は少なかった。
急に横穴から飛び出て襲い掛かってきた蛇女や、足をワサワサと動かして壁走りしてくる蜘蛛男など、出会いが衝撃的過ぎて脳裏から離れない。
一番の恐怖体験は虫の軍団だった。てんとう虫のように丸い体で、背中に目玉がある。それが床一面を埋め尽くしていた。最初は床の色が黒くなっていると思い近づいていったのだが、近くに寄った瞬間に虫たちが一斉に目を開いたのだ。
そしてカサカサと動き出して俺に向かってくる。化け物といい勝負するほどの気持ち悪さだった。
上階もそうだったが、この階の悪魔も全員俺に襲い掛かってきた。俺ってそんなに旨そうなの?
向かってくるものはすべて殺した。
大きく口を開いて襲ってきた蛇女には顔面串刺しにし、蜘蛛男には岩をぶつけて吹き飛ばした。
虫は手を大きくして叩き潰した。悪魔の気持ち悪さには慣れてきたが、叩き損ねた虫が体に張り付いてきたのには怖気がした。
そして、殺した悪魔のすべてを、スライムが食らった。
悪魔を食べることで少しずつだが体が大きくなっているようだ。生まれたてだから栄養が足らないのかな?
灰になりかけの目玉を食うことはもう許容した。止めようとしても、食べるときだけ機敏な動きになるから止めきれないし。
ただ、生きた虫を丸呑みするのはやめてほしい。スライムの体は半透明だから虫が消化されているのが見えてしまう。いくら俺でも、消化中にスライムを抱きしめるのは無理。
探索と殲滅を繰り返しつつ、ようやく変化が訪れた。
開けた空間の奥に、穴が見える。まだ下にも同じような空間があるのだろうか。
確認したいが、その前に対処するべきことがある。
穴の前を陣取るように、大きな肉塊が鎮座している。
見た目は豚が一番近いと思う。豚の顔に弛んだ体。だが、腕が異様に長くて太い。足は……、あるのか? 肉に埋もれてて見えない。
あれも襲ってくるかな? あいつ動けなさそうだし、腕の間合いに入らなければ大丈夫かな?
できればあの体に触りたくないなと思い逃げ道を探していたが、そうはいかないらしい。
豚野郎が俺に気づき、腕を伸ばしてきた。
なっ!?
明らかに間合いの範囲外なのに、腕が伸びて俺の眼前に迫っていた。少し考えればわかるはずだった。俺と同じ悪魔であれば、体の構造を変えることができても不思議ではない。
だが、あの愚鈍な姿からは想像できないほどの俊敏性に虚を突かれてしまった。
俺は捕まり、引き寄せられる。豚野郎はそのまま俺を壁に放り投げた。背中から勢いよく壁にぶつかったが、衝撃だけで痛みはない。
俺は豚野郎を敵と見定めて睨みつけると、豚野郎が次の行動に出ていることに気づいた。
両手を前に向けて地面を掴んでいる。地面に指が埋まるほどの異常な握力よりも、次に起こるであろう行動に、俺は恐怖した。
豚野郎が腕に力を込め、こちらに向かって思いっきりダイブしてきたのだ。
いや、ちょ、待って!
俺は動転しつつも、迎撃する為に両手から針を射出した。思いっきり腹に刺さったはずだが、勢いが衰えることなく衝突し、肉団子に埋もれた。
うべっ! ……ちょっとした温もりが気持ち悪い~!
俺は豚野郎の両脇を差し、腕を一気に巨大化して吹き飛ばした。反対の壁まで勢いよく吹き飛び、今度は豚野郎が壁に埋もれた。
まだ体に豚野郎の温もりが残っていて不快感が募る。とりあえず、あいつに止めを刺そう。
針ではダメだ。あの巨体にはダメージが少ないみたいで、先ほど開けた穴も塞がっている。
それならばと、俺は手を巨大化してドリルを形成した。
イメージすると回転もできるようで、ドリルが回り始めた。悪魔の体、マジ便利。
さらに回転を速め、俺は豚野郎目がけて走り出した。
狙うは急所の目玉。俺は豚野郎の手前で止まって勢いをつけ、腕を伸ばして豚野郎の顔面にドリルを放った。
抵抗は一切なく、ドリルは豚野郎の頭を吹き飛ばした。
頭のなくなった体は霧散し、目玉を潰したことで頭痛が走る。
……くそ、まだ豚野郎の温もりが……
頭痛よりも豚の抱擁の温もりを振り払う為に、俺は癒しアイテムのスライムを探した。戦闘に入ってから姿が見えなかったので巻き添えになっていないか心配だったが、どうやら俺が豚野郎に掴まる直前で逃げだし、部屋の片隅に隠れていたようだ。
部屋の片隅でプルプル震えるスライムを抱きしめて、ため込んだ穢れを浄化した。やはり抱きしめるなら豚じゃなくてスライムだね。
気持ちを落ち着かせて、俺とスライムは穴の方に進んだ。
穴の奥はだいぶ暗くなっている。また降りた瞬間化け物に遭遇とかは止めてほしいな……
一抹の不安を抱えつつ、俺はさらに下の階へと落ちていった。




