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悪魔に転生した俺は復讐を誓う  作者: 向笠 蒼維
第2章 畜生の道
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【side フェリュス】悪魔の抱く感情は

赤子の亡骸は遠目からだと血濡れの袋にしか見えなかった。

近くには衣服を纏わぬ奴隷がいた。あの赤子の母親だ。

そして、その奴隷を犯している神官が二人。


命令に逆らえず抵抗も禁じられているのに、それでも奴隷は必死に手を伸ばしていた。

既に死んでいることは誰の目にも明らかだったが、我が子の死を簡単には受け入れられなかったのだろう。


奴隷の口から零れる嗚咽と、濡れた音。

その中で聞いた神官達の汚らわしい言葉は、今も消えてくれない。



「あああぁあ……」

「ったく、五月蠅いな。あんなの、また作ればいいだろうが」

「手伝ってやるから、喜んで喘げよ!」



何があったのか、問う必要もなかった。

いつも通り奴隷で遊んでいた。今回はそこに、赤子が含まれていただけ。



その光景を見ても、思考は随分と落ち着いていた。

損得勘定で考えれば私にとっては得のはずだ。これで赤子に気を掛ける必要が無くなったのだから。


殺すことは禁じられているが、過失によって命を奪った場合は含まれていない。そう、都合よく解釈されている。

最初は私もそうしようとしていた。一人で生きることのできない赤子を放置して衰弱死させようとしていた。



だから、手間が省けて良かった。



それなのに、心の底ではこの現実を受け入れられないでいた。

死体は見慣れているはずなのに、私はこの時、赤子を直視できなかった。



心にまた、忘れていた感情が溶け出てきた。

果たしてこの感情は何なのだろうか。そんな考えに囚われているうちに、気が付くと私は神官二人を昏倒させていた。


足元に転がる神官を無視して赤子の元へ向かい、そして掬い上げる。

あの温もりはもう無い。勿論、動くことも無かった。

血に濡れた布に巻かれ、顔は見えていない。だが、布を捲る勇気は私には無かった。

この時、久しぶりに私は恐怖心を感じていた。



奴隷に命令して服を着させ、血濡れの赤子を渡す。

涙を流して嗚咽を漏らす奴隷の声が、不快にも私の心をかき乱す。

黙らせることはできた。だが、命令する気にはなれなかった。

暫く黙認した後、他の奴隷を呼び寄せて神官を運ばせた。


向かった先は魔道具作りの製作場。

外の光が入り、換気や廃棄物の処分がしやすいようにこの施設の外側に用意している。

様々な工具が壁に掛けられており、足元の土は血を吸って赤黒く染まっていた。


大きな作業台の上は清潔にするよう厳命していたからか、そこだけは常に清掃が行き届いている。

奴隷に命令し、抱えていた赤子を作業台の上に載せた。


手を翳して台に刻まれた魔法陣を発動し、赤子に魂魄保護を掛けた。

一度発動させてしまえば、後は破魔の陽の光によって魂魄保護は維持される。



私は横に控えていたドルフに声を掛け、赤子を治せるか尋ねた。

聞くまでも無かったが、やはり不可能だった。死んでしまっては、再生魔法も行使できない。


様子を見守っていた奴隷は祈る様に手を組んでいた。

奴隷として酷使されている状況下で、私に救いを求めていた。


その自己犠牲の精神は私が崇拝する神に似ていると感じた。

その姿に、私は使命感を駆り立てられた。





肉体は死んでいる。だが、魂は保護してある為、今からでも魔道具にすることは可能。

赤子の魂を魔道具によって保護したまま別の肉体に注入する、魂の移植を検討した。


臓器移植と同様、魂移植も適合しなければ拒絶反応を示すだろう。

魂に関する研究は昔から行われているが、役立つ情報はまだ発見されていない。

勿論、魂と肉体の適合について明らかになっていることなど無い。


親の体であれば、拒絶反応が少ないだろうか?

だが、まだ生まれて間もない赤子と大人の体では適合するとは思えない。



ならば、赤子の体を新たに作るしかない。



子供を作る過程の中で、魂が子に宿るのは何時であろうか。

受精した時か? 細胞分裂を開始した時か? 人の体を成した時か?


体と魂には繋がりがある。それにより体の一部に魂を移すことができる。

であれば、体を成していなければ魂は宿らないということになる。


魂がどうやって肉体に宿るのかは分からないが、細胞分裂を開始して肉体を形成する間に外部から魂を押し付ければ、肉体に魂を注入できるかもしれない。


その為には、もう一度奴隷に子を産ませる必要がある。

子種は既に神官達が与えていた。受精しているかは不明だが、もし受精しているのであれば猶予は無い。



奴隷に魂移植の話を伝え、準備に取り掛かる。

奴隷はこの方法を否定していた。新たに生まれてくる命を犠牲にする行いだと。

だが、殺すわけではない。肉体を作り出すだけだと伝え、半ば強引に了承を得た。



まず、赤子を魔道具にする。何度も使ってきた工具なのに手が震えた。

倍以上の時間を掛けて必要な部位を抽出して箱に詰めた。


その後、奴隷を光の届かない最深部に連れていった。

魂魄保護によって魂の消滅を防いでいるが、そのままでは魂は魔道具に囚われたまま肉体に移ることができない。

意図的に魂魄保護を弱め、身近にある肉体に接触させる必要がある。


最深部には大きな祭壇を作る予定だったが、それを中止して部屋中に魔鉱石を設置した。

その魔鉱石を魔力で満たし、更に魂魄保護の魔法陣を刻む。これで部屋が魔道具となり、箱から赤子の魂が抜けても外部に漏れることは無くなった。

後は赤子の魂が母体に入り込むかどうか。魂に干渉できない以上、母体に向けて放ることはできない。

自然に移動するのを願うばかりだった。



定期的に魔力を補充する為に最深部に足を運んだ。

月日が経過しても奴隷の体調に変化はない。奴隷は受精していなかった。


計画を遂行する為、奴隷に了承を得て、私は自らの精子を奴隷に与えた。


神官は生涯独身であり、子を成す行為は禁じられている。

これは子を成す為ではなく、依り代を作る為だと、自分を言い聞かせた。

いくら聖典の内容を都合よく解釈しようとも、受け入れがたいものだった。


あの時の奴隷の表情が、感触が、感情が、今も心臓を締め付ける。

言い様の無い不快な気分なのに、逃れようとはしなかった。

初めて聞いた奴隷の名は、ビーナだった。


行為を繰り返し、ビーナは再び子を成した。

その頃には箱に掛けていた魂魄保護は完全に解けていた。



異変は突然訪れた。


ビーナはひどい頭痛に苦しんでいた。

眩暈がして幻聴も聞こえているようで、魘されることが多くなった。

ドルフに診させても原因が掴めず、司祭の務めを放棄して付きっ切りで看病をした。


少し大きくなった腹部を撫でる。

すると、手の平から邪な気配を感じた。それは魔獣の気配に似ていた。


産んではいけない。本能がそう告げていた。

だが、中絶という選択肢を取ることができなかった。


中絶すれば、ビーナを苦しみから救うことができるかもしれない。

だが、ビーナは子を産むことを望んでいた。


感情が邪魔をして、私は最善手を打つことができなかった。

そのせいで、大切な物を失うこととなった。



ビーナの症状は次第に深刻化し、痙攣や記憶障害、異常行動を起こすようになった。

自傷してしまう為、拘束具を着けて様子を見ていたが、症状は深刻になる一方で、収まったと思った時には既に息を引き取った後だった。


感情が激流に呑まれ、平常を保てずにその場で崩れ落ちた。

神官になってから初めて涙を流した。その時になって、漸く思い出した。

ビーナに抱いていた感情が愛情であった事に。



横たわるビーナを見つめていると、腹部が僅かに動いた。

そっと腹部に手を翳すと、あの邪な気配を感じた。



あの時の判断は、司祭という立場であれば誤りであっただろう。

それでも、ビーナを失った段階で、私に残されたのはこの子のみ。

躊躇なく、私はこの子を救うことを決意した。



それがどれだけ困難なことか、子を取り出してすぐに突き付けられた。


ドルフに命じて子を取り出させた時の光景は、今でも鮮明に思い出せる。

ビーナの腹部を切断して赤子を確認したドルフは、悲鳴を上げて腰を抜かした。

後ろで見守っていた私は咄嗟に前に出て、腹部の中を覗き込んだ。



赤子はこちらを向いて目を見開いていた。



体は鱗で覆われており、血よりも赤い深紅で縦長の瞳。

およそ人間でないことは直ぐ理解できた。



人外の存在を目の当たりにしてなお、私が抱いた感情は畏怖ではなかった。

そっと両手を突き出し、赤子を掬い上げる。臍の緒と共に尻尾が垂れていたが、私は気にすらしていなかった。



唯々、愛おしかった。



生れ落ちた子が魔獣でも構わない。


果たして死んだ赤子の魂が宿ったのかは分からないが、私達の子であることは間違いない。

何と言われようと、大切に育てていくと決意し、彼女の分もこの子を愛することを誓った。





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