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悪魔に転生した俺は復讐を誓う  作者: 向笠 蒼維
第2章 畜生の道
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【side フェリュス】悪魔の所業


私は常に最悪を想定する。


幾手先を読み、幾通りもの対策を立て、緻密に計画を練ろうとも、物事は予想通りに進まない。

必ずと言っていいほど綻びが生まれ、それが次第に大きな穴となる。

だが、目的が定まっているならば多少想定を外したところで問題にはならない。

計画を見直して軌道を修正すれば、小さな綻びなど容易に紡ぐことができるからだ。


大切なのは素早い補正と明確な優先順位。

優先順位が明確であれば、想定外の事態が起きても躊躇いなく取捨選択が可能となる。


全てにおいて優先されるのは私達の命だ。

どれだけ高価で貴重な物であっても、命を賭してまで守る必要はない。



だからこそ、計画に重要な物をも悉く使い捨てにした。

だが、それでも軌道は修正されず一歩一歩死に近づいている。


腹部に空いた穴から、血が止め処なく溢れてくる。

聖壁の魔道具を使って腹部を圧迫するも、気休め程度にしかならない。



薄れていく意識の中、頭に浮かぶのは疑問だった。


私は一体、どこで選択肢を間違えたのだろうか?


全て計画通りに進んでいたはずだ。予想外の事象にも素早く対処してきた。

計画に穴は無かった。綻びは無かった。



全ての元凶は、目の前にいる得体の知れない奴隷か。


魔力を持っていることは知っていた。

だが、まさかウェルフェンスに匹敵するほどだとは想像すら出来なかった。


私の手駒で対応し得るのはウェルフェンスだけだが、当の本人は弱体化されて使い物にならない。

ビーウェも精神が不安定になっていて、魔力も使えない状態だ。

共に、あの奴隷の仕業だろう。



切り札にしていた爆炎砲は有効打にならなかった。

どころか、跳ね返されてこちらが致命傷を受けている。


あの奴隷に有効な攻撃は、もう残っていない。

だが、どの道逃げることもできなかっただろう。

聖壁を張ってもあの奴隷は瞬く間に打ち壊してしまうのだから。


時間を稼ごうにも、奴隷も神官もこの場で生き残っている者はいない。

補充しようと召喚魔法を行使したが、何故か魔法が発動しない。これもあの奴隷の仕業なのか?

クリュスさえ召喚できれば、逃げ切ることができたかも知れないというのに。



……駄目だ、手が見つからない。

最早、最優先事項すら死守することが叶わない。

あの奴隷が、私の計画を破綻させた。あの奴隷のせいで…



違う。


そもそもが、そもそもが間違えていた。

計画を立てる前から、この計画は破綻していた。



ビーウェが死んだ時点で、私の人生は詰んでいた。






=========





神官として、私は身を粉にして働き、貧困した人々の為に施しを与えてきた。

それは救いを求める人々の為に成してきたこと。決して、聖教会の為ではない。



私が信仰する神は、光を司るシャルム神。

天より聖なる光を降り注ぎ、希望と救済を齎す最高神にして慈愛の女神。


幼少の頃から毎夜、母から聞かされたシャルム紳の御業は、幼かった私の心を大きく揺るがした。

悪魔を祓い、魔獣を滅し、異界の神を退け、数多の絶望を希望で塗り替えた。


言い伝えだけであれば、御伽噺だとしか思えない。

だが、聖国の結界や破魔の陽など、シャルム紳の奇跡が今もなお私たちをお守り下さっている。

言い伝えの全てが真実では無いだろうが、一部だけでも信仰するに値するお方だと思った。


人の身で奇跡を生み出すことは叶わない。

だが、救いの手を差し伸べることはできるだろう。


そう思い、私はシャルム紳を祀るシャルム聖教会に入信した。



神官となった当初、私はシャルム紳に関する伝書を調べて回った。

世間には出回っていない伝書も、聖教会にはあると見込んでいたのだが、検討違いだった。


シャルム紳に関する伝書はほとんど失われており、分かっていることは限りなく少ない。

現存する伝書には、シャルム紳が最後に目撃されたのは数百年前と記されていた。

そこから姿を隠されたのであれば、伝書が無いのも頷ける。



だが、聖教会にとってはその方が都合が良かったのだろう。

伝書を元に聖典が作られたはずなのに、その中には伝書に無い教えも記されていた。



【生に縛られる莫れ、死を畏れる莫れ。

自ら死を選ぶは罪、御身が為に身を賭すは義】



聖典に記されたこの文を見た瞬間、私はシャルム聖教会に対する尊敬の念を捨てた。


これは神の名の元に命を差し出せという内容だ。

私が崇拝する神は、自己犠牲の塊のような存在。救済し希望を齎し、それなのに見返りを求めない。

その神を聖教会は冒涜したのだ。腹の底から怒りが込み上げ、怒りのままに聖典を燃やした。



権力者が自分の都合の良いように信者を操るための方便として、聖典にこの文を追加したのだ。

私が勤めていた教会の司祭にそう伝えた。この聖典は、欲で汚れていると。


すると、司祭からは解釈が違うと指摘された。



【人間は皆死ぬ定めにあり、死は免れるものではない。だが、それを畏れることはない。

正しく生きた者にはシャルム紳から救いの手が差し伸べられ、希望ある来世を約束されるだろう。

死を受け入れ、天命を全うしなさい。罪を嘆き、忌避し、清くあるべきである。

唯一、許されるとすれば、御身の為に正義を貫いた時のみ。

正義を認められれば、シャルム紳がその罪を洗い流してくれるだろう】



解釈の仕方がこれほど乖離していると、滑稽を通り越して憐れに感じた。


そもそも、神が正義という不確定の言葉を使うはずがない。

個体によって視点の変わる正義は、まさに人間にとって都合の良い方便だっただろう。

シャルム紳の名を騙り、信者を駒として利用する。人の醜さが詰まった聖典は燃やして正解だった。


私が信仰するシャルム紳は、人々に希望を齎すお方。

その神の名を、自らの欲望の為に汚した者達に、慈悲は要らない。

そんな信仰心から、抑えきれない殺意が心の内側から溢れ出した。

当時、未熟だった私は、その殺意に呑まれて司祭を殺した。



人の命を奪うことは教えに背く。これは本物の伝書に記されている内容だ。

崇拝する神の言葉だからこそ、私は逃げも隠れもせずに処罰を受け入れようとした。

殺されはしないが、自由を奪われて何もできずに死んでいく。

そんな生き地獄を想像していたが、結果は異なった。



『この者は使えそうですね。私の手伝いをすることを罰としましょう』



グリュティス様のこの言葉によって、処罰は免れた。


グリュティス様は聖教会の枢機卿。

魔道具の生みの親として名高く、教皇から聖櫃の二つ名を与えられるほどの御仁。

細い体躯に長い白髪を携え、白衣で身を包んでいる姿が今でも脳裏に浮かぶ。


耄碌した老人と、最初は侮っていた。

だが、グリュティス様は聖教会の闇そのものだった。



【死を望む者も生を全うすべし。

だが、それを生に縛られると感じるならば、思考を放棄することも許されよう】



グリュティス様が追加した聖典の解釈は、常人が聞けばその異常性に気づけるだろう。

だが、グリュティス様はその曲解した内容を信徒に刷り込み、それが聖典の導きだと受け入れさせた。

当初は私もそれが正しいと信じていた。常軌を逸したのは、この時からだろうか。



私は新たな仕事を与えられた。それは、人間を使った魔道具の作成。

殺意を持っていなければ、たとえ人を殺したとしても聖典の教えには反しない。

魔道具にすることで思考の放棄を叶え、魔道具として天命を全うさせる。

そんな横暴が、罷り通っていた。


私はグリュティス様の手足となって魔道具作りを執り行った。

人を切り刻むことも、箱詰めすることも、処分することも、躊躇は感じなかった。



グリュティス様の元で従事して十数年。

手の平サイズの球体型魔道具である魔眼を作りだすことに成功し、私は司祭となった。


そして、聖国から離れた遠方の地で魔道具作りを続けることを任命された。

体の良い国外追放だとは思ったが、どうでもいいことだった。



この頃からだったか。

私も聖教会の屑共と同じように、聖典の内容を都合の良いように曲解し始めたのは。



【奴隷は自由を制限され、死を望む者が多い。だが、それでは聖典の教えに反する。

職を与えて労働と対価を与えることで、生に希望を見出させよう】



私にとって都合の良い考えは、神官達にすんなりと浸透した。

そして、死を待ち望む奴隷を大量に購入し、奴隷達に魔道具作りを任命した。



魔道具が増え、奴隷が減り、奴隷を補充し、魔道具を作る。

人の命に価値が、重みが無くなる。


そんな状態でも感情は動かない。心は完全に凍り付いてしまっていた。

気が付けば、私も聖教会の歯車になり果てていた。





そんな地獄から私を救ってくれたのが、ビーウェだった。



ビーウェは神官と奴隷の間にできた子供だった。


辺境にいる神官達は気性の荒い者が多く、欲を制御できない愚か者ばかりだった。

その内の一人が玩具にしていた奴隷を孕ませたのだ。


玩具で性欲を満たしていたことを咎めはしない。

問題なのは、新しい命を授かってしまった事。そして、身籠った奴隷が隠れて子を出産してしまった事だ。

その女奴隷はまだ幼さが残っていたが、見目は良かった。そのせいで犯され、そのお陰で壊されず済んでいた。



命は奪ってはいけない。


過去、既に犯してしまった罪ではあるが、だからこそ二度目は無い。

だが、役に立たない存在に手を掛ける必要も感じられない。


ならば、奴隷の手の届かないところに放置しておけばいい。そうすれば赤子は何もできずに死に絶える。

そう思って奴隷の手から子を奪い取った。



手の平に収まる物体は、魔道具と対して変わらぬ大きさだ。

だが、無機質な魔道具とは明らかに違う。


赤子は泣き声を響かせて身動ぎしていた。

手の平に、その動きと温もりが伝わってくる。

鼓膜を揺るがす泣き声が、心をも震わせた。



遠い、遠い昔に、感じたことがある感情。

それを何というのか。……もう、忘れてしまった。


忘れてしまったが、大切な物だったはずだ。

この感情のお陰で、凍てついた心に陽が射したのだから。



思い出したいと、そう思ってしまった。

過去に忘れ去った大切な感情を、取り戻したいと。



そして、私はその赤子を奴隷に返し、育てることを許可した。



その決断を、私は今でも後悔している。



翌日、再び様子を見に行くと、赤子は既に死んでいた。



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