壁穿つ悪魔
通路から出てきたフェリュスが、そのままビーウェの元まで歩み寄っていく。
手に持っている魔道具が光っていることから、まだあの透明な障壁は張られているようだね。
まさか黒槍を防ぐほどの強度だとは思っていなかった。かなり強力な魔法のようだね。
強力な分、消費する魔力も膨大なはず。それなのに、障壁は展開されたまま。つまりはそれほどの魔力量と技量があるってことか。
フェリュスの使っている障壁は魔法を発動する時だけでなく、魔法を維持する為にも常に魔力を消費している。
そして、攻撃を受けて障壁が摩耗すれば、その分の魔力を補わなければいけない。魔力が足りなければ障壁は霧散するはずだ。
俺がよく使っている反衝も同じだからね。
反衝は受けた攻撃を純粋なエネルギーに変換して跳ね返す魔法。攻撃を受けた時に魔力が足りなくなれば、魔法陣を維持できずに霧散してしまう。
反衝と違ってフェリュスの使う障壁は攻撃を跳ね返すことはしない。
けど、フェリュスの障壁に黒槍が衝突した瞬間、黒槍が内側から弾けたように見えた。
殴った時はただの堅い壁程度にしか思わなかった。その時は身体強化のみで魔法は使っていない。
恐らく、あの障壁には魔法を打ち消す効果があるはずだ。ただ攻撃を受け止めるだけの障壁では黒槍を霧散させることはできないだろうからね。
フェリュスってもしかして、人間の中ではかなり上位の存在なのだろうか?
見た目が司祭っぽいから身分は高いんだろうけど、出会った人間が少ないから強さは分からないね。
まぁ、上位と言っても人間の中ではの話だからね。特に脅威と感じるほどの力ではないか。
強さで言えば、少年やビーウェの方が明らかに強い。
少年はまだ少し痙攣しているけど、もう少しで動ける状態になりそうだね。
問題なのは、少年に対する魂の干渉が弱まっていることだ。
原因はビーウェの魂に干渉した為だね。後、ビーウェを甚振ったのを見せてしまったせいでもあるか。……引かれてたもんね。
そして、ビーウェの方も干渉が弱まっている。
フェリュスが現れた瞬間、ビーウェに与えていた恐怖が和らぎ、希望を見出している。それだけフェリュスを信頼しているってことなのかな?
生きている者の魂に干渉するのはやっぱり難しいね。
その時々によって意思が遷移し、状況によって感情が転々とする。全ての意思に干渉することはできないから最も強い意思にのみ干渉しているけど、そのせいで干渉していた意思が弱まるとそれだけで干渉が解けてしまう。
早く干渉し直さないと、魔力の流出を阻害することができなくなっちゃうね。
それでも、俺は干渉し直すことも、攻撃を再開することもしなかった。
フェリュスとビーウェの状況を見て違和感を感じた。だから、その違和感の原因を見つける為に二人の様子を伺うことにした。
出会った時から無表情だったフェリュスから怒気を感じた。
相変わらず表情はあまり変わっていないけど、その声には明確な殺意が含まれていた。
一方、ビーウェがフェリュスを見て安堵した理由も分からない。
あの冷徹なフェリュスが、自分のことは助けてくれると信じて疑っていない様子だ。
他の神官や奴隷、魔獣達とは明らかに異なる二人の関係性。ただの主従関係ではなさそうだね。
「ビーウェ、早く傷を癒せ」
「フェリュス卿! 魔法が、魔法が使えないの!」
「何? 魔毒か?」
「分からない! 足を切り落とされた後から魔力が出てこないの!」
フェリュスの視線は俺に向けられたまま、耳だけをビーウェに傾けている。
そしてビーウェの言葉を聞き、一瞬だけビーウェに意識が向けて顔を顰めていた。
おそらく魔力感知を使い、ビーウェの言う通り魔力が放出されていないことを感じ取ったのだろう。
「貴様、何をした?」
今度は俺に対して発せられた言葉だった。
それを俺は無言で流す。答える気なんて更々ないからね。
「……"奴隷召喚"」
フェリュスの後方に魔法陣が発生した。そこから八人の奴隷が出てきた。
その中には治療師のドルフの姿もある。ドルフは俺を見て驚いていたけど、声を出すことなく他の奴隷達と同様にその場で立ち尽くしていた。
「ドルフ、ビーウェの怪我を治療しろ。他の奴隷共は前に出ろ」
命令によって我を取り戻したドルフがビーウェの元へと向かう。
そして、残り七人の奴隷がフェリュスの前に出た。障壁は張られたままなのに、奴隷達は何の抵抗もなく素通りしている。
瞬間的に障壁を消したのかな?
それとも、内側から外側への移動は阻害されないのかな?
後者だと一方的に攻撃され放題になるから面倒……。いや、どうでもいいか。
魔力を感知して目を向けると、ドルフが魔法を行使しているのが見えた。
ビーウェの切断された腕に魔力が流れている。治療を始めたようだね。
まぁ、手足の傷が治ろうとどうでもいいんだけどね。
問題は魂の干渉がいつまで持つか。また魔法を使われるのは面倒だし、その時は優先して殺す必要がありそうだね。
「燃えろ」
「"破刻一線"」
七人の奴隷の体が発火したタイミングと、俺が奴隷達の頭を打ち抜いたタイミングはほぼ同時だった。
時間稼ぎのつもりか、それとも奴隷を使って俺の隙を作ろうとしたのか。狙いは分からないけど、やることは変わらない。
破壊の光線が奴隷の後ろにある障壁に衝突した。光線を受けた部分が水面のように波打つ。どうやら、反衝と同じく受けた攻撃をエネルギーに変換し、それを横に分散させているようだね。
でも、同時に七か所に光線を受けたせいか、衝撃を受け流し切れずに障壁が吹き飛んだ。
これなら、もう一本追加してフェリュスを狙っておけば良かったかな。
頭の無い七人の躯が崩れ落ちる。青白い炎が死骸を灰にする。人を燃やす音が消え、静寂が包み込んだ。
ビーウェとの魂の干渉が補強された。
表情を見れば、再び恐怖に顔を強張らせているのが見えた。
少年との魂の干渉が完全に途絶した。
ビーウェを甚振っただけでも魂の干渉が揺れていたからね。
奴隷を殺せばこうなることは分かっていた。
でも、躊躇いはしない。
炎に包まれた時点で、もう救うことは出来ない。だから、少しでも楽に逝けるように一瞬で殺す。
状況が悪くなろうと、何かを失おうと、この意思は曲げない。
少年から距離を取り、ゆっくりとフェリュス達の元へ向かっていく。
「ちっ」
フェリュスは舌打ちしつつも懐から白い箱を取り出した。
それは手の平にすっぽりと収まるくらいの小さな真四角の箱。外から見ても魔法陣は描かれていない。
けど、ただの箱を出すわけがないよね。あれも多分、魔道具なのだろう。
鬱陶しい。何かされる前に始末しよう。
一瞬でそう判断して攻撃を繰り出すも、魔法を発動するタイミングは同時だった。
「"破刻一線"」
「"力場結界"」
光線が肩と太腿を貫いたかのように見えた。
だが、実際には光線はフェリュスの体表を滑るように受け流され、傷一つ付けられていなかった。
「……今のは、レイラの魔法?」
「何?」
思わず零れた俺の言葉に、フェリュスは無表情を崩して驚愕を露わにした。
俺が知るはずの無い情報を口にしたからだろう。
「何故、貴様がこいつの名を知っている?」




