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悪魔に転生した俺は復讐を誓う  作者: 向笠 蒼維
第2章 畜生の道
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悪魔が見た少年の記憶


少年は蹲ったままだったが、俺の動きが止まったことを察してか苦痛に耐えながら面を上げた。

俺の姿を見て、少年は呆けたように固まった。まぁ、先ほどまで殺し合いをしていたんだから戸惑うのも無理は無いよね。


困惑しつつも、少年は傷口を抑えていた左手を上げた。

血に染まった手を俺に向けて、魔法を発動した。


至近距離から石鏃が放たれる。けど、硬化を付与した黒衣を貫くことはできない。

数発の石鏃が黒衣に阻まれ、砂塵となって消え失せた。


互いに動きが止まり、静寂が包み込む。



……分かってはいたけども。予想はしていたけども! 普通この状況で攻撃するか!?



心の中では感情が荒れ狂っていた。声に出さないのは、恥ずかしさ故だ。

差し伸べた手を引っ込ませるタイミングを逃し、手を出したまま硬直が解けない。


殺さない理由を探して格好良く手を差し伸べたんだけど。

餌を与えた猫に手を噛まれたような感じで居たたまれないんだけど!



……はぁ、仕方ない、か。攻撃された以上は、許容はできないからね。


少年は今も攻撃を続けている。俺に向けて断続的に魔法を放っているが、黒衣を貫くには至らない。

けど、ダメージを受けていないからって理由で見逃すことはできない。害意を向けてくる相手に手を差し伸べていられるほどお気楽な性格はしていない。


いつもなら、こんなことを考える前に反撃していただろう。

それができないのは、少年から敵意を感じないからだ。


少年の表情は困惑から悲痛に変わっている。

それは演技ではないと思うけど、攻撃に躊躇いは無い。



本人の意思に反した行動。相違の原因は、おそらく首元の痕だろう。

半裸状態になっているから、隠れていた首元の痕がはっきりと見えている。


それは小さな十字架を横に並べたようなもので、遠くからだと傷口の縫合のように見える。まぁ、もしそうなら首チョンパされていることになるけども。


あれが奴隷紋の一種なら、少年の意思に反した行動も納得できる。

けど、他の奴隷達とは明らかに違う紋様で、俺が得た知識にもない。


隷刻印の場合、刻印は額に刻まれる。刻印から脳に偽の情報を伝達して幻痛を発生させる為だ。

心刻烙印の場合は心臓。青い炎を使って心臓に烙印を刻む為、胸にも刻印が火傷として残る。


少年の体には首元以外の紋様は無い。見えていないだけで、背中に刻まれている可能性はあるけどね。

どちらにしろ、俺の知らない奴隷紋なら解除の仕方は分からない。分かったところで何もできない場合もある。さっき殺した奴隷のように。



けど、もしかしたら簡単に解除できるかも知れない。可能性は限りなく低い、というよりほぼ無いだろうけど。

この世界の奴隷の扱いを知れば、簡単に解除できる奴隷紋があるなんて想像できないからね。


……でも、一度は殺さないと決めたから、このまま何も試さずに殺すのでは後味が悪すぎる。

足掻けるだけ足掻いてみようかな。



まずは少年に刻まれた痕の正体を知るところから。

知らないことは、知っている人から聞き出せばいい。



俺は差し伸べたままだった手を動かして少年の頭を鷲掴みにし、魂に同調する。

少年が抱く感情は、言うことの聞かない体に対する苛立ちと、手を差し伸べた相手に攻撃してしまったことに対する悲愴だった。


やっぱり、奴隷紋によって強制されているようだね。それと、俺に対する負い目も感じていた。

良かったよ、何も感じていなかったらこの時点で切り捨てているところだよ。


感情に同調して魂に干渉し、強制閉門によって少年の魂にある魔力の門を閉じた。

情報をゆっくりと確認する為に攻撃を止めることが目的だったが、その影響は予想よりも遥かに大きかった。



「かこっ、かっ…」



突然少年が苦しみ出した。口を大きく開いているが、零れるのは微かな音だけ。

そして、電池切れしたかのように全身を硬直させたまま崩れ落ちていく。


俺は咄嗟に強制閉門を解除した。少年の魔力が再び溢れ出し、その魔力が喉元の痕に流れるのを目にした。

意識はあるはずだが体の硬直が解けずにそのまま地に伏した。少年は身動きできないようで、全身が痙攣していた。その状態を目の当たりにして困惑する。



魔力を止めただけなのに、何で……?



疑問を抱きつつも少年の前で膝を折り、再び頭に手を乗せた。

そして、少年の魂に干渉する。少年から情報体を取り込むことを優先したが、それは叶わなかった。


強い感情に引っ張られ、強制的に少年の記憶を見させられた。







========


鬱蒼とした森林の中。天高く伸びた木々の枝葉が陽の光を遮り、静寂と暗闇が包み込む。

それとは対照的に、少年の動悸は激しく、恐怖が心を荒らしていた。


少年の周りには三人の人物がいた。彼らは同じ鎧を身に着けた少年の護衛だ。

だが、内一人はその場で横たわったまま息を引き取っていた。


少年の服は血と泥で汚れていた。それは少年が流した血ではなく、目の前にいる故人の血。

少年は感謝を込めて、目を閉ざした。



その様子を伺っていた老齢の護衛が、少年の目の前で跪く。髪は白く染まっているが、鍛え抜かれた肉体に衰えは一切感じられない。



『ウェルフェンス様、私が敵の気を引き付けているうちにお逃げ下さい。お供できず、申し訳ございませんが……』

『却下だ、ベンダー』



少年は護衛の申し出を即座に切り捨てた。その凛とした佇まいは汚れた身なりであっても気品を感じさせるものだった。



『僕も、戦う』



体を震わせながら力強い言葉を吐く。だが、有言実行はベンダーによって阻止された。



『ウェル』



ベンダーが少年を愛称で呼ぶ。その優しい声に、少年の震えが止まった。


ベンダーと呼ばれた人物は護衛のリーダーであり、少年が心から信頼する人物だった。

幼少の頃から世話をしてくれたベンダーは護衛の枠を超えて接してくれた。時には叱り導いてくれた。

そんな、父親よりも父親らしい存在が、この状況下で優しく声を掛けてきた。

その中に込められた思いの強さを感じ、大きさを知り、少年は涙を流した。



『ウェル。聡明な君なら、今、何を優先すべきか、分かっているはずだが?』



ベンダーは子供に言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で語りかけた。

少年は温かな視線に背くことなく、濡れた眼でベンダーを見つめている。



『国家存亡の危機が迫っている。それを阻止できるのは、君だけだ。だから、真実を知る君は、今すぐ国に向かわなければならない。こんなところで足を止めている場合では無い』

『分かって、いる。だが……』

『追手の数は百を下らない。それに血の臭いを嗅ぎつけて魔獣も湧いてきている。この状況下では、君を守り切れない』

『足手纏いなのは、分かっている。それでも、僕は守られてばかりではいたくない』


歯を食いしばる少年の頭に、大きな手が覆いかぶさった。その温もりに、不安が霧散していくのを感じる。


『私からしたらウェルはまだまだ子供だ。そして、子供を守るのが大人の仕事だ。だから、今は存分に甘えなさい』

『……うん。なら、無事に僕の元へ戻ってきて。出来なかったら、一生恨むからな』

『ふふ、安心しなさい。私は王より絶壁の名を賜ったのだぞ? 負けることなどあり得ない。それとも、ウェルも私を年寄扱いするのか?』

『はは、しないよ』



場の空気が柔らかくなり、二人に笑みが差す。その言葉を聞いていたもう一人の護衛、レイラも涙を隠して笑みを浮かべていた。

ベンダーはレイラに視線を向けて声を掛けた。


『レイラ。私の代わりにウェルフェンス様のことを頼む』

『承知しております、ベンダー様。この命に替えましても』

『駄目だ。生きて共に国へと帰れ』

『……はい。承知しました』



レイラにも笑みを向けたベンダーが、二人に背を向けて歩き出す。



『国で、待っている』

『絶壁の名にかけて、必ず』



最後に短く言葉を交わし、少年とレイラは走り出した。

後ろで響く怒号や地鳴りに心身を揺さぶられながらも、振り向くことなく足を動かし続けた。





ベンダーと別れた少年はひたすら進み続けた。森林を抜け、山々を越えて国を目指す。


護衛のレイラは息切れせずに少年についていく。ベンダーほどではないにしても、少年を守るために拝命された護衛は、国の中でも精鋭が揃えられていた。

だが、長時間の進行に、仲間の喪失。そして現在進行形で悪化している国のことに思考が向かってしまう。



そのせいで、気づくのが遅れた。薄い霧が立ち込めていることに。それが、魔法によって生み出されているということに。



『……!? "断魔結界"!!』



少年とレイラの周りを囲むように鉄の杭が地面から天に向けて打ち込まれた。

乱立した杭には魔を祓う効果が付与されている。杭から魔力を放出し続けている間、魔獣だけでなく魔法も打ち消すことができる。


杭から放たれる波動によって霧が祓われた。そして、隠れていた敵の姿を露わにした。


突然のことに少年は目を白黒させつつ声を張り上げた。



『レイラ!? 何事だ!?』

『申し訳ありません! 感知が遅れました! 敵が……ぁ……』



レイラは最後まで言い切ることができず、意識を手放して崩れ落ちた。



『おい、レイラ! 返事をしろ! 一体、何、が……』



少年も意識が混濁し、体から力が抜けた。

記憶が途切れる直前に敵を目にした。ぼやけた視界には、尻尾の生えた人間のシルエットが映っていた。




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