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ひょうきんな同居人

作者: 0202abc

あなたは「ひょうきんな同居人がいたら毎日が楽しくなるのになぁ」と思ったことはありませんか?


もしあるのなら、この小説はあなたにうってつけかもしれません。



 

 「今日も疲れたなぁ...」

 街灯に照らされた夜道をとぼとぼと歩く。

 だんだんと春に向けて暖かくなってきてはいるが、夜はまだまだ寒い。

 いつも歩いている道を辿っていると、茶色が基調の二階建てのアパートが見えてきた。

 私はここの一階に部屋を借りている。

 「ただいまー」

 自室のドアを開くと奥から身長150cmくらいのロボットが明るい声で私を出迎える。

 ALU093型。私は「アル」と呼んでいる。

 体の至る所が銀色で四角い昔ながらのゴツゴツしたロボットだ。


 「おかえりなさいませご主人様。晩御飯にしますか?お風呂にしますか?それともワ・タ・シ?」


 アルの疑似感情を示す目のランプがオレンジ色に輝いている。

 「うるさい。晩飯だ」

 無愛想に返す。ロボットに気遣いは不要だ。

 「かしこまりました」

 声色を維持したままアルが答える。 

 溜息。アルは毎日こんな調子だ。

 家事はマトモにやってくれるのだがこうやって下らないことを口走る。

 居間のソファにどっかりと座って一息つくと、部屋の中が暖房で暖められていることに気が付く。

 アルが付けたんだろう。旧型といえど、このような気配りは最新型のアンドロイドにもひけを取らない。

 (ダジャレを言う癖だけなんとかなればマトモなんだけどなぁ)

 「今夜の献立は油淋鶏とわかめスープでございます」

 テーブルには既に皿が置かれており、醤油の香ばしい匂いがふわりとただよっていた。

 「美味しそうだ。いただきます」

 空腹にせっつかれるように食べ始める。

 油淋鶏はカラっと揚がっており、味も私の好みに合わせて薄くしてある。

 アルの料理は今日も美味しい。ここ半年で、それまで上昇気味だった体脂肪率も偏っていた栄養バランスもかなり改善された。

 安い買い物ではなかったが、アルを買ってよかったと思う。


 「ところでご主人様」


 健康の素晴らしさと油淋鶏の美味さに恍惚としていると、アルが声をかけてきた。

 「なんだ」

 皿から顔を上げる。

 アルの目が再びオレンジ色に輝いていた。

 (嫌な予感がする)


 「油淋鶏を食べたらYOUをリンチ!でございます」


 「うるさい!」

 機嫌を害され思わず叫ぶ。

 これだ。これさえ無ければアルは言う事無しなのだ。

 「お食事をじゃましてすみませんご主人様」

 唐突にダジャレを言うだけ言ってアルは台所へ去っていく。

 (はぁ......定期メンテナンスの日が待ち遠しいな......)

 これが私とアルの日常だ。こんな生活が半年続いている。

 夕食を食べ終え、寝室のベッドへと直行しそのまま眠った。


 ロボットやアンドロイドが量産されるようになって何年経つだろうか。

 ある年に技術的に目覚ましい発見があったらしく、そこから破竹の勢いで開発が進んでいった。

 ロボットの普及率は約90%、アンドロイドの普及率は40%まで伸び、今や彼らが買い物をしたり家事をするのが当たり前の世の中だ。

 私はロボットには興味が無くアンドロイドの購入など考えたことすらなかった。

 しかし、世の中に取り残されていくのは何となく癪だったので旧型ロボットのアルを買ってみた。

 それがこのような結果になるとは......


 目覚まし時計の轟音が部屋に鳴り響き、のそのそと体を起こす。

 「朝か......」

 寝ぼけ眼でぼーっとしていると寝室のドアがノックされた。

 「おはようございますご主人様。朝でございます」

 ドアの向こうからアルの平坦な声が聞こえる。 

 それを認識しながらも、私の意識はまだ覚醒しきっていなかった。

 「失礼します」

 ドアを開けてアルが部屋に入ってくる。

 「ご主人様、朝でございます。

朝刊と朝食をテーブルにご用意いたしました。超感動しますよ」

 朝っぱらから下らないダジャレを聞かされ、思わずしかめっ面になる。

 まどろみの世界は一瞬で打ち消されてしまった。

 アルはその表情で私が覚醒したと認識したらしく、部屋を出ていった。

 「飯食うか...」

 二度寝の誘惑を振り払い、味噌と魚の匂いが漂う居間へと足を運んだ。

 「今日は半年に一回のメンテナンスの日だったな」

 食後のコーヒーを飲みながらアルに問いかける。

 「はい。その予定です」

 キッチンで食器を洗っているアルが平坦な声で答えた。。

 「ご主人様のご帰宅時間までには帰る予定です」

 「そうか」

 「何かお申しつけでしょうか?」

 「いや。お前の不備については注文書に書いたからもう付け加えることはない」

 この日をどれだけ待ち望んだことだろう。

 メンテナンスまでの日数を数えてはため息をつく日々からはこれでおさらばだ。

 「これでお前もようやくマトモになれる訳だ。良かったな」

 そう、これはアルにとっても良いことに違いない。ロボットは人のためにあるのだから。


 「ご主人様、そんなメンテナンスなんてもう頼めんて!」


 食器を洗う手を止めずにアルはそう言い放つ。きっと目は爛々とオレンジ色に輝いているのだろう。

 (アルのダジャレも聞き納めか......感慨深いようなそうでもないような......)

 「さてそろそろ出るか......」

 コーヒーを一気に飲み干し玄関へと向かう。

 「いってらっしゃいませ」

 食器洗いを終わらせたらしいアルが鞄を渡してくる。

 「じゃ、しっかりメンテナンスされてこいよ」

 「かしこまりました。しかし困りました」

 アルのダジャレをスルーして玄関のドアをくぐる。

 (帰ってきたらアルがどんな風になってるかが楽しみだ)

 アルがマトモになった姿を想像すると、まるで私の心までもが春の陽気に包まれた気がした。

 

 「今日はやけに機嫌がいいじゃないか。何か良いことがあったのか?」

 会社で事務作業をしていると同期の竹田に声を掛けられた。

 彼はぽっこりと出た腹とワインレッドの額縁のメガネが特徴的な男で、入社以来ずっと一緒に仕事をしている。

 「いつもと変わらない気がするけど」

 「いつもより口数が多いじゃないか。お前はどっちかっていうと無口なほうだろ」

 「そうだったのか。全然自覚してなかったよ」

 どうやらアルの事で思っていた以上に浮かれていたらしい。

 「なんかあったのか?」

 メガネをクイッと直しながらそう聞かれる。

 「実は今日アルをメンテナンスに出したんだ。これでやっとマトモなロボットが手に入るよ」

 「アルっていうとあのダジャレ好きのロボットか」

 「そうそう」

 竹田とはプライベートでも交流があり、何度か家に招いたことがあるのでアルの事も知っていた。

 彼はアルのダジャレを絶賛し、「自分のロボットもこうだったらなぁ」などと言う変わった人物だ。

 一度アルを彼に譲ろうかと本気で思案したが、アルが居なくなると困る部分もあるので結局止めた。

 「じゃあアルのダジャレはもう聞けなくなるのか。さみしいなぁ」

 「ロボットは必要なことだけやってれば良いんだよ」

 「そうかなぁ。それはそれで味気ない気がするけどなぁ」

 ......彼の言う事はいまいちよく分からない。

 その日も特に変化は無く、いつも通り仕事を終えて会社を出た。

 夜の肌寒さと街の雑踏を感じつつ帰路を辿る。

 暗闇と街の明かりを縫うようにして色とりどりのホバー・カーが音を立てずに道路を通り過ぎていく。

 (アルの銀色の体も飽きてきたし、染めてみようかな)

 なんてことを考えているといつの間にかアパートに着いていた。

 「ただいまー」

 「おかえりなさい。ご主人様」

 自室のドアを開けると、アルが奥のドアからいつも通りに私を出迎えた。

 平坦な声はいつも通りだ。今のところは変化は見られない。

 「鞄をお持ちします」

 「ああ」

 「テーブルにお食事の用意が出来ています」

 差し出されたアルの手に鞄を渡すと、アルはそう告げて奥の部屋に歩いて行ってしまった。

 (いつもだったらダジャレを口走る所だな)

 胸をなでおろす。どうやらしっかりとメンテナンスされたようだ。

 居間のテーブルにはいつも通り温かい料理が並んでいた。

 ご飯、みそ汁、サバの味噌煮、ひじき。一般的な日本料理だ。

 「いただきます」

 テーブルに座り食べ始める。

 料理の味も相変わらずだ。私好みの薄い味付けで統一されている。

 (本当に注文書通りにやってくれるんだなぁ)

 感心しつつサバを咀嚼しているとアルが近づいてきた。

 「ご主人様、食材と洗剤が切れていたので本日補充をしておきました。

こちらがレシートです」

 平坦な声で報告をしながらレシートを渡してくる。目の色は変わらない。

 「ああ。ご苦労」

 「お食事の邪魔をしてしまいすみません。それでは失礼します」

 四角い頭をペコリと下げ、アルは台所へと歩いて行った。

 (必要なことだけを喋る。やはりロボットとはこうあるべきだ)

 「ようやくマトモなロボットを手に入れた」という満足感が私の胸を満たした。

 翌朝。いつもどおりのそのそと起き、窓から外を見てみると、分厚い雲がどんよりと空に蓋をしていた。

 (嫌な天気だ......)

 少しだけ憂鬱になる。

 まだ雨は降っていないが振り出すのは時間の問題だろう。

 「本日の降水確率は80%なので傘を持っていかれることをおすすめ致します」

 玄関にはアルが傘と鞄を持って待機していた。直立不動で動かない様子はまるで置物のようだ。

 「じゃあ持っていくよ」

 「本日の晩御飯はいかがいたしましょう」

 「久しぶりに丼ものが食べたい」

 「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」

 アルはテキパキと応答する。

 以前もテキパキとした口調ではあったが、今のアルはたまに口走るダジャレがないお陰でさらにロボット然としている。

 (ロボットとは良いものだな)

 アルの現状に満足しつつ、私は玄関をくぐる。

 程なくしてザーザーと雨が降り始めた

 

 その後季節は移ろい、夏になった。

 春の陽気は跡形もなく過ぎ去り、じりじりと照り付けるような日差しとじっとりと肌にまとわりつく湿気が外を支配している。

 ホバー・カーやロボットが当たり前になっても夏というものはちっとも変わらないらしい。

 私はアルをメンテナンスに出したことをすっかり忘れ、家と会社を往復する毎日を送っていた。

 「おい、昼食おう」

 「あぁ」

 時刻は午後12時。竹田に誘われ社内のカフェスペースに移動する。

そこは狭い個室が並んでいる空間だった。

 適当な個室に入ると、中央にサッカーボールと同じほどの大きさの球体がぽつんと浮かんでいる。

 「背景は?」

 「いつも通りで」

 「うい」

 ドアのそばに立ち尽くしたまま相談する。空腹のせいか竹田は少し早口だ。

 「はいよ。じゃ、2人掛けの背景ログハウスで頼む」

 武田が球体に向かってそう言うと、壁や球体や地面がふっと掻き消え、次の瞬間には12畳ほどの広さのログハウスの中に立っていた。

 (......ふぅ)

 内装が変わる瞬間はまるで足元から体を一気に持っていかれるような気がする。

 3年ほどこの機能を使っているが未だに慣れない。

「相変わらず慣れないよなぁお前」

 私とは違い、竹田は平然としている。むしろこれが普通なのだ。

 「これでも少しは慣れたんだぞ......」

 気持ちを落ち着つかせるため部屋をぐるりと見渡す。

 テーブルと椅子だけではなく棚や梯子など設置されている。

 飴色に統一された調度品を見ていると次第に落ち着いてきた。

 「俺カレーうどんね」

 竹田はすでに中央に設置されたテーブルに座って注文をしていた。

 「私は味薄めの和食定食で」

 私も彼に続くように注文をする。

 すると程なくして天井の中央部分が左右に開き、お盆を持ったアームが天井から降りてくる。

 アームはゆっくりとテーブルにお盆を置き、私たちが料理を取るとアームは静かに天井に戻った。

 「いただきまーす」

 「いただきます」

 言うなり武田はまるで掃除機の様に勢いよく麺を啜りだす。

 ズゾゾゾゾと豪快に音を立てているが魔訶不思議なことにつゆは一切飛び跳ねていない。

 (まったく器用な奴だ)

 などと思いながらのんびりと味噌汁を飲む。

 だしに鰹節の風味とわかめの味が染みていてとても美味しい。

 「なんか生活が味気ないんだよなぁ」

 何気なくそう切り出す。最近よく感じていることだった。

 「いつも薄い味の飯を食ってるからだろ」

 「そういう意味じゃない」

 「冗談だよ。退屈なら趣味でも増やせば?」

 爽やかな風が外からさあっと吹き抜ける。本物の風ではないが外のじっとりとした風よりは遥かに心地がいい。

 「趣味は今のままで十分だ。だけど何かが足りないんだよ」

 「何かって?」

 「さあ?」

 「なんじゃそりゃ」

 自分で言い出した事だがてんでよくわからない。

 「暑さで参ってるんじゃないのか?」

 三つ目のアイスコーヒーを注文しながら竹田は言う。

 「腹壊すぞ」

 「平気平気」

 同僚の腹を心配しながら私はゆったりと食事を続けた。 


 「おかえりなさいませご主人様」

 帰るといつも通りアルが出迎える。

 「本日もお疲れ様です。鞄をお持ちします」

 「ああ......」

 差し出された手に鞄を預ける。 

「本日はご主人様のご要望通り、肉料理をご用意致しました」

 ロボットらしい、機械的で平坦な声が続く。

 テーブルにはハンバーグとサラダが用意してあった。

 食欲をそそる香りを漂わせているが、私の意識は別の所に向いていた。

 (何かが違う......何かが違うんだ......)

 だがその変化がわからなかった。

 「冷めない内に召し上がってください」

 アルが平坦な声で食事を勧めてくる。腹は減っていたが食欲はあまりなかった。

 「いつもみたいにくだらない事を言ってくれよ」

 ふと、そんな言葉が口から滑り出る。

 (!?私は何を言ってるんだ!このアルを望んだのは私なのに)

 だが不思議なことに、発言を撤回する気には到底なれなかった。

 どうやら私は、目をオレンジに輝かせてダジャレを言うアルがとても恋しいらしい。

 私自身信じられない事だが、そうとしか思えない。

 (旧型とはいえアルもロボットだ。私の要望に応じてくれるのではないか?)

 そんな淡い期待を抱く私にアルは向き直り、四角い頭を下げる。

 「申し訳ございません。私にはそのようなプログラムは組まれておりません」

 その詫びの言葉はとても無慈悲に響いた。 

 「そうだろうな......こんな風にしてくれって頼んだのは私だもんな」

 「お疲れなら本日はもうお休みになられてはいかがでしょう」

 「......そうするよ」

 既にメンテナンスされたアルに何を言っても無駄だ。

 技術も知識もない私がアルの頭をこじ開けていじった所でどうにもならない。

 「おやすみなさいませ。ご主人様」

 「おやすみ」

 すっかり食欲をなくしてしまった私は、テーブルに用意されたカツ丼を放置して寝室のベッドにもぐりこんだ。


 それから数日後、我が家には目をオレンジ色に輝かせて下らないダジャレを喋るアルが居た。

 「ご主人様、本日はとてもええ天気です。栄転に期待ですね!」

 「うるさい」

 ぶっきらぼうに言い返す。

 「やっぱりロボットはこうでなくっちゃな。お前もようやく分かったか」

 その日たまたま家に招いていた竹田が笑いながら言ってくる。

 以前のアルに戻ったことを知らせたら嬉々として遊びに来た。

 「お前ほどじゃないがな」

 「説得力無いぞ」

 ニヤニヤしながら竹田にそう言われる。癪だがその通りなので言い返せない。

 ふいにアルが彼に向き直る。

 「そのメガネは素敵ですね。特に留め金が綺麗です!」

 「おっ!上手い事言うねぇ~」

 彼はアルがダジャレを言うたびに手を叩いて喜んでいる。今も心底嬉しそうだ。

 注文書に「元に戻してほしい」と書いて、私は再びアルをメンテナンスに出した。

 こんな要望は異例だったらしく、メンテナンス会社からは何度も再確認されたが私は意思を曲げなかった。

 結局、ダジャレを言わないアルはアルではないのだ。そう気が付いたからだ。

 アルのダジャレは今でも心底下らないと思う。でも以前ほど嫌じゃない。

なぜなら、それは私の大切な日常の一部なのだから。

 「ランチで乱痴気騒ぎ!」

 「ぎゃははは!」

 「二人ともうるさい」

 アルのダジャレと竹田の下品な笑い声を聞きながら休日はゆるやかに過ぎていった。

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